文章力は推敲によって伸びる ~自分で自作の粗が分かりますか?

文章力は推敲によって伸びる ~自分で自作の粗が分かりますか?
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前のエピソード『情報収集・分析・執筆・考察(推敲)のプロセスを身に付ける』の続きです。

目次 🏃

推敲とは

詩文の字句を何度もねりなおすこと。
「━を重ねる」
「━を加える」
中唐の詩人、賈島(かとう)が「僧は推おす月下の門」の「推す」を「敲く(たたく)」にしようかと思い迷ったとき、韓愈(かんゆ)の助言を得て「敲」に決めたという故事に基づく。
[明鏡国語辞典 第二版]

人によって、考え方はまちまちですが、

・ 文章の誤りを直す
・ 表現のスキルを磨き、より洗練された文章に仕上げる

だと思います。

誤字・脱字、用語の間違い、ストーリーの破綻などを正すのは言うまでもないですが、一番大事なのは、より洗練された文章に仕上げることであり、そこから先は、書く人のセンスと見識、天賦の才に依るところが大きいです。

たとえば、「消防車を見ました。ウーウーとサイレンを鳴らしながら、大通りを走っていました」みたいな文章は、小学生でも書けますが、町中で見かけた時の、本人の気持ちや状況、周りの様子などは、書く人のセンスによりますし、その緊迫感をいかに伝えるかは書く技術に依るところが大きいです。

大地震の後に消防車が行き交うのと、子供に留守場させて買い物に出た帰り、消防車を見かけるのでは、本人の受け止め方も全く違うし、同じ「ウーウー」とサイレンを鳴らしても、聞こえ方も異なります。

それをどう伝え、いかに読む人の心に残すかは、訓練に訓練を重ねて、自分なりのメソッドを確立する他ありません。

一台の消防車が走る場面でも、小学生の書く文章と、上手な人が書く文章では、胸に迫るものが全く異なるのです。

推敲には二段階あり、最初の推敲は、誤字・脱字などを直すこと。

「消防車を見ました。ウーウーと汽笛を鳴らしながら、大通を走っていました」

みたいな間違いを見つけて、正しい文章に訂正することです。

次の段階は、文章の要点を見据えて、伝え方を工夫することです。

「スーパーの帰り道、家に残してきた子供たちのことを思いながら、三丁目の角を曲がった時、帰宅ラッシュで混み合う大通りを消防車がサイレンを鳴らしながら走り去って行くのを目にした。(まさか……)花子は不安な気持ちで早足で歩き始めた」

みたいな文章を、

「花子は今一度、買い物籠を見やると、透明なパックの中で、赤々と色づく苺に目を細めた。いつもは行かない高級スーパーに立ち寄ったのも、店頭に並ぶ苺の芳香に引き付けられたからだ。そういえば、今年はまだ一度も苺を買ってない。これでショートケーキを作れば、下の子もどれほど喜ぶことか。さすがタワマン奥様の御用達、『みなとスーパー』だけあって、結構な値段がしたが、たまにはいいじゃない。買い物籠の中身を取り出した時、子供たちがどれほど喜ぶか、想像に胸を膨らませながら、早足で三丁目の角まで来た時、帰宅ラッシュで混み合う大通りを消防車がサイレンを鳴らしながら走り去って行くのを目にした。(まさか……) 家を出る時、石油ストーブは切って、エアコン暖房に切り替えた。上の子にも、いつもコンロやマッチで遊ぶなときつく言い聞かせている。火気のものは二階には置いてないから、大丈夫なはず――だが、花子の脳裏に、先日目にした新聞記事が浮かび、留守宅で出火したシングルマザーの悲劇が自分の身に重なる。いつもは気にならない消防車の赤色が、まるで炎のように目に迫り……」

みたいに推敲して、次のストーリーに繋げることです。

そうすれば、人は、どんどん読み進めてくれるし、状況も分かります。

読む人が途中で飽きてしまうのは、事実だけが淡々と綴られて、感情の起伏も、ドラマティックな展開も、何もないからです。

それは論文やレビューも同じ。

いかに次の段落に繋げていくかが非常に重要ですし、「飽きさせない」というのは、今の時代、何よりも問われるスキルです。

なおかつ、人の心に残るような一文を書こうと思ったら、読み手をはるかに上回る知識やセンスが必要ですし、自分の頭の中のイメージを文章化すれば、それでOKというほど単純ではないんですね。

一流の映画監督が「編集こそヒットの要」と言うように、文章も、推敲が命です。

書いて、削って、直して、消して、また一から見直して、「文章を書く」というのは、そういう厳しい作業の積み重ねです。

書くのは誰でも出来ますが、「人に感動を与える」となれば、それはもはや芸術の域なんですね。

量産だけで文章力は伸びない

現代は、ブログでも、SNSでも、誰でも手軽に発信できることから、「一日、三つ以上、ブログ記事を書く」「毎日、掌小説を投稿する」のように、量産を目的にしている方も少なくないと思います。

趣味で小説を書いている人は別として、本気で高額ライティングの仕事を取りたいなら、あるいは、プロの作家を目指すなら、量産だけでは文章力の向上には繋がりません。

車や家電と同じで、その都度、欠点を改め、工夫に工夫を重ねる企業努力が不可欠です。

自分の書いた文章をまともに読み返すこともなく、毎日、10もも20も投稿したところで、何も変わりませんし、誰も見向きもしないでしょう。

プロの舞踊家は、たとえ数分の舞台でも、「今日はここが良かった。ここはイマイチだった」と、一人反省会をするものですし、毎日、鏡と向かい合い、腕が下がりすぎてないか、足軸がぶれてないか、厳しくチェックしながら、完璧なポーズを目指すものです。

文章も同じで、一度書いては、何度も読み返し、気がついたら、ちょこちょこ直していく、小作農のような努力なくして、上達はあり得ません。

たとえ趣味のツイートでも、人に読ませることを前提とするなら、一つ一つを完璧に仕上げることを目指しましょう。
(何を食べたか、みたいな、つぶやきは別として)

誤字脱字の訂正だけでなく、どうすれば、もっと歯切れのよい文章になうか、キャラが際立つか、見直すべき点は山のようにあります。

それを欠いて、毎日、がんがん投稿しても、文章力は伸びません。

さして面白くないものを、大量に見せられても、人はうんざりするだけです。

それよりも、ゆっくり、丁寧に、仕上げましょう。

そして、完璧を目指しましょう。

たとえ拙い文章でも、そこに美学や哲学を感じるのと、表面だけでつらつら書いている文章には雲泥の差がありますし、見る人が見れば、たとえ一行の文章でも、書いている人間の思想や性格が窺い知れるものです。

そして、人が惹かれるのは、美学や哲学の方であり、適当に量産しているものは、適当に消費されて、人の視界から消え去るだけです。

それよりも、人が十年でも二十年でも記憶して、辛い時や悲しい時、何度も噛みしめるような一文を作り出す方が、物書きの冥利に尽きると思いませんか。

推敲というのは、突き詰めれば、自己成長です。

昨日よりは今日、今日よりは明日、一段でも上がるための作業です。

ろくに見直しもせず、がんがん量産するのは、自宅の庭をぐるぐる回っているのと同じです。

理想となる文章を知ろう

プロの舞踊家は、どんなポーズが美しく見えるか、知っています。

軸足はぶれず、足先の角度は90度、頭の中に理想の型があるから、自分で自分の粗を直すことが出来ます。

文章もそれと同じ、

まず頭の中に、自分の理想とする文章がなければ、美しい形に仕上げることはできません。

舞踊家が理想のポーズも知らないのに、適当に踊るようなものです。

鏡の前で、毎日8時間練習しても、上手になるわけがないですね。

文章も、「とりあえず読めればいい」というものではなく、本気で人を感動させたいなら、とことん理想の形に近づけていくことが不可欠です。

そもそも、どんな文章がいいのか、自分で分からなければ、話になりません。

その為には、文芸書、実用書、論文、新聞など、様々な文章に目を通し、「これだ!」と思う理想の形を見つけ出すことが何よりも重要です。

「○○さんが流行ってるから」「○○先生が推薦してたから」というのは、あくまで他人の物差しで、自分の価値判断ではありません。

自分が何を書きたいかは、自分自身にしか分からないことですし、その為には、どんな文章を目指せばいいのか、それも自分で見つけ出すものです。

それすら出来ないなら、原稿に向かう以前の問題です。

好きなことを、好きなように書いて、内輪で盛り上がれば満足、ならいいですが、そうでないなら、研鑽するしかないです。

気付きは成長の証し

文章力アップになぜ推敲が効果的かと言えば、自分で自分の文章の粗が分かる=成長した証しだからです

間違いは、「それが間違い」と分かる人にしか分かりませんし、間違いに気付かなければ、自分の粗を直すことはできません。

言い換えれば、昨年書いたものに対して、「下手だなあ」「ここが物足りないなあ」と感じるなら、それだけ力が付いた、ということです。

執筆においては、何年も待ってはくれませんから、月単位、あるいは日単位で、ブラッシュアップすることになります。

つまり、昨日書いたものを、今日は自分で添削できるぐらいの頭の切り替え、あるいは、客観性がないと、時代のスピードには付いていくことはできません。

昨日書いたものを、もう一度、読み返した時、どこまで自分を突き放して、冷静にペンを入れられるかで、何もかも違ってくるわけです。

その際、求められるのは、経済の知識や武家社会のウンチクではなく、「本当にこれでいいのか」という禅問答です。

その書き方では、誰にも伝わらないかもしれないし、結論そのものが間違っているかもしれません。

そうしたことを、自分自身に問いかけ、他人の目で厳しく見つめ直すのが、推敲の本質です。

「誤字・脱字を直せばいい」「誰かが"いいね”してくれたら、それでいい」というものではないです。

たった一人のために書く ~想定読者を決めよう

よく言われることですが、漫然と「たくさんの人に読んで欲しい」と願っても、現実にはそうはなりません。

むしろ、誰に、何を伝えたいのか分からず、最初の数行で離脱してしまう人もたくさんいます。

骨子のしっかりした文章を書きたければ、想定読者を用意しましょう。

『想定読者』というのは、「この人に読んで欲しい」という、究極のターゲットです。

同じ文芸書でも、中高生向けに書かれた本もあれば、専門家向けの難解な本もあり、ターゲットはまちまちです。

だからこそ、文章の意図が明確で、ある層に突き刺さるんですね。

文章を書く時も、推敲する時も、「誰に読ませたいか」を明確にしましょう。

軽めのエッセイが好きな女性に、エログロ・バイオレンスを押しつけても、不快なだけですし、世の中にはボーイズラブを嫌う人もたくさんいます。

文章も相性が第一ですから、自分の読者にはなり得ない層に向けて、必死に書いても、理解されずに終ります。

それよりも、確実に振り向いてくれそうな層を想定して、なおかつ、女性か男性か、若者か中高年か、ライトな読書家か、あるいはマニアか、具体的に読者層を絞り込むことで、文章の意図もいっそう明確になります。

ジャンルによっては、反応する読者も僅少かもしれませんが、「たくさんの人に読んでもらいたい」と当たり障りのない事を書くよりは、読者層を絞って、一直線に的を射った方が刺さる確率は高いです。

今の時代、数が全てで、『部数の多い方が名作で、大勢に愛されている』というイメージがありますが、あっという間に消費され、ブックオフに売られていくベストセラーもたくさんあります。

それでも儲かればいいのかもしれませんが、一方で、表紙がボロボロになるまで読まれる本、死んで何年も経つのに仰ぎ見られる作家、廃刊から10年経っても古本屋で高値で取引される本もあり、数だけで作品の価値は計り知れません。

想定読者を選ぶということは、自分がどうなりたいかを決めることでもあり、それもまた原稿に向かう以前の問題です。

書くということは、誰かに伝えることであり、その「誰か」の顔が、のっぺらぼうでは、刺さる文章は書けないのです。

おわりに ~消費と鑑賞

どんな文章も、本当に意味が伝わるのは、100人中、一人か二人くらいです。

そんなバカな・・と思うかもしれませんが、amazonのレビューをご覧なさい。

どこを、どう読めば、そんな感想が出てくるのか、首をかしげるようなコメントが其処此処に見受けられるでしょう。

でも、それが世間一般です。

多くの人は、文章として理解できても、意図は理解できないし、何となく分かったような気分で終ってしまう。

それが圧倒多数です。

だからこそ、想定読者を絞り、「その一人」が完璧に理解してくれることを前提として、文章を磨いていかないといけないんですね。

でも、それはダンサーやピアニストも同じです。

夕べ、大勢のお客さんに受けたから、今日は練習サボっていい、ということはないですし、世界を代表するプリマになっても、「自分はまだまだ」と思いながら、鏡の前で黙々とターンの練習を続ける人が圧倒多数です。

ところが文章になると、ちょろっと書いて、ちょろっと送信して、ちょっと読まれたら、「俺、スゲー」と慢心しがちですし、あまりに手軽なために、消費されていることに気付かないケースも多いです。

それで、毎日配信が日課になり、目標を達成する為に書いているような、本末転倒のケースも多いのではないでしょうか。

周りの人に喝采されて、自分が楽しければ、それでいいのかもしれませんが、時には立ち止まって、本当は、誰に、何を伝えたいのか、自分の人生のテーマは何なのか、考えてみるのもいいと思います。

宮沢賢治は『銀河鉄道の夜』を仕上げるのに、1924年頃から書き始めて、1931年まで推敲を続け、結局、未完のまま終ったと言われています。

あの名作の、何が、どう気に入らなかったのか、私には想像もつきません。

それとも、1924年の草稿の段階では、目も当てられないような代物だったのか。

でも、「書く」とは、そういうものだと思います。

文字通り、人生をかけて、完璧な作品に仕上げようとしたのです(それでもまだ気に入らなかったぐらい)

宮澤賢治の想定読者が、どのようなものかは分かりません。

でも、有名な『蠍の火』のエピソードや、「まことのみんなの幸のために」というメッセージが何十年も経ってから、私みたいな読者に響いたということは、それだけの強い意思と志があった、ということです。

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と蠍の火 ~まことのみんなの幸のために

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