魅力的な悪役を作ろう ~悪に説得力があって初めて主人公の主義主張が生きる

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記事について

愛されるヒーローには必ず魅力的な悪役が存在します。ヒーローだけ凝っても悪役に魅力がなければ物語の面白さも半減します。なぜ悪役が重要なのかを解説します。

目次 🏃

魅力的な悪役を作ろう

どんな創作者も、「自分の作ったヒーローやヒロインを好きになって欲しい!」と願うものです。

自分の創った主人公に人気が出て、有名なイラストレーターにキャラ絵を描いてもらったり、キャラクターグッズになったり、二次創作でいじられたりすれば、作者冥利に尽きますね。

だからといって、見映えのいいヒーローとヒロインだけでは物語は成り立ちません。

ヒーロー(以下、ヒーローで統一)を際立たせるには、魅力的な悪役が不可欠です。

アンパンマンには、バイキンマン。

ルーク・スカイウォーカーには、ダース・ベイダー。

愛されるヒーローには、必ず対となるユニークな悪役が存在します。

世界的人気のスターウォーズも、ダース・ベイダーが無ければ、ただのSFアクションです。

自由同盟軍 VS 帝国軍。よくある話だと思っていたら、突然、ゴキブリみたいなコスチュームで現れ、ぶっちりぎの存在感。

エピソードⅤでは、ルークとの直接対決で、「I am your father」と告白して、世間がひっくり返り、 最終章では父と息子の感動のエピソードがあったから、今に語り継がれる名作となったわけで、ダース・ベイダーが単なる帝国軍の参謀であれば、ここまで物語に入り込めなかったと思います。

ダース・ベイダーの他にも、『ロード・オブ・ザ・リング』の魔王サウロン、宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統、銀河英雄伝説のラインハルト。

皆が熱狂する物語には、必ず魅力的な悪役が存在します。

その絶対悪に対して、初めてヒーローの主義信条が説得力を持ちます。

単純に「世界平和」を叫んで、武器を振り回しても、そんなことは子供でも分かりきっている話なんですね。

私が悪役として面白いと感じたのは、永井豪のお色気アクション『キューティー・ハニー』に登場する、シスタージルとパンサーゾラです。

当時のヒーローものといえば、悪役はたいてい男性で、世界征服が目的でした。

ところが、彼らは『姉妹』であり、姉が妹に指令を下して、時には、妹の失態を厳しく叱責する。

それが非常にリアルだったのです。姉妹をもてば分かります。

また、彼らがハニーを付け狙う動機は、「世界中の宝石を独り占めしたい」。

ハニーの亡父が開発した『空中元素固定装置』を手に入れて、宝石を人工的に造るのが目的です。

もし、キューティーハニーの敵役が男性で、「世界支配」が目的であったら、男性ファンは喜んだかもしれませんが、女の子はそこまで感情移入できなかったでしょう。

ハニーを付け狙う男たちは、ただの変態でしかないし、素っ裸になる変身シーンにも嫌悪感を覚えたと思います。

ところが、ハニーの敵は意地悪な姉妹であり、狙いは『宝石』という設定が女の子の感性にピタリと嵌まりました。

ボイン、パンチラのオンパレードで、PTAから苦情がくるほどお色気満載だったにもかかわらず、女の子も夢中になって視聴したのは、シスタージルとパンサードラの関係が「うちの姉妹みたい」、動機が「美に固執する女たち」で、非常に分かりやすかったからです。

そのように、ヒロインのハニーだけ可愛く作っても、何の説得力もありません。

なぜ、この悪役に対して、ヒーローは命を懸けて戦わなければならないのか。

彼らを滅ぼした後には、どんな世界が開けているのか。

そこをしっかり描かないと、読み手はヒーローにまったく感情移入できないし、いくらヒーローに高邁な理想があっても、理想だけが空回りして、「世界平和のため」というセリフがむしろ白々しく感じてしまうんですね。

ヒーローとは、悪に対して立ち向かう存在であり、自分から悪を求めて叩き潰す筋肉マンではありません。

たとえば、貧しくとも幸せに暮らしていた村の青年が、悪徳代官に両親を殺され、復讐を誓って、最強の剣士になる話も、元になる悲劇があって、初めて説得力を持ちます。

それも単なる個人的恨みではなく、領民の多くが悪徳代官に苦しめられ、この男が存在する限り、村にも、領地にも、決して平和は訪れない。

しかも、恋した娘が人質に取られ、強引に花嫁にされようとしている。

その大義をきっちり描けば、青年が剣を取って戦うことに説得力が生まれます。

また、悪役となる代官のキャラも、単なる無法者ではなく、邪悪な力と結託して、魔法を使うとか、かつては亡き父の盟友であり、国の再建を誓ったはずなのに、金に目がくらんで、暴力に走ったとか、誰もが納得する裏付けが必要です。

肝心なのは、「悪の動機」と「悪役の造形」。

それが主人公の正義感と対になって、初めてドラマとして意味を持ちます。

物語において、光と闇は一体です。

闇がなければ、ヒーローも輝きません。

何を『悪』と定義するか

ドラマを作る上で、一番大事なのは、「何を『悪』と定義するか」です。

たとえば、企業小説なら、本来、法律を遵守すべき立場にある人が、親族の会社に便宜を図って、どうこう・・という話がありますね。

法から見れば、それは絶対悪ですが、親族の窮状や現代の業界の動向を知れば、「便宜もやむなし」みたいな事もあります。

単純に、「法律違反はダメだ」と断じれば、最後は全員逮捕されて、終わりです。

でも、そんな話を誰が読みたいと思うでしょうか。

やむなく法に背く主人公の苦悩や、抜け道となる技に説得力があるから、読者も引き込まれるのであって、最初から白黒が決まっているような物語は退屈なだけです。

物語において悪となるのは、欲の権化のような義父かもしれないし、汚職が蔓延する業界全体の問題かもしれない。

何を悪と定義するかは、それこそ作者のセンスと見識に依ります。

その為の情報収集であり、テーマの選定なんですね。

読者は、主人公の超能力や必殺技に心惹かれるのではなく、悪に対する主義主張に共感するものです。

その『悪』に、説得力と魅力がなければ、主人公がどれほど頑張っても、輝かないのです。

悪には、読む人の正義感を打ち壊すような魅力を。
主人公の行動には、必然性と説得力を。

誰かにこっそり教えたい 👂
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