小説でも、論文でも、執筆の核になるのは、情報収集→分析→執筆→考察(推敲)の思考過程です。
これは、「情報収集」「分析」「実施」「考察」「評価」という、医学・看護学論文の手法のアレンジなのですが、小説も基本は同じです。
そして、作品の良し悪しは、「情報収集」と「分析」で80%が決まるといっても過言ではありません。
情報収集について
たとえば、小松左京氏の『復活の日』でも話題にしていますが、「生物兵器(ウイルス)」を題材とするならば、まず「ウイルスとは何か。細菌やその他の微生物との違いは何か」「人体に健康被害をもたらすウイルスの特徴とは」「ウイルスとはどのような環境で増殖し、病原性を発揮するのか」「特効薬はあるのか」……といったところを、しっかり学ばないといけません。
たとえ創作物にしても、細菌とウイルスの違いも分からない、何の生物学的特徴も感じられない、「増殖」と「増加」の言葉の使い分けもできない、等々。
自分のイメージや記憶だけで書くと、安っぽい作品になってしまうからです。
たとえ、自由意思を有するスーパーウイルスとか、高電圧線で増殖する電気系ウイルスとか、めちゃくちゃな微生物であっても、そこにリアルな裏付けがあれば、人は納得するし、かえって、そのハチャメチャぶりが面白かったりします。
たとえば、宇宙から飛来した人喰いアメーバでも、「そういう性質なら、人間も喰うなぁ」という特徴があれば、人は面白がって読むし、退治する方法も、科学的な裏付けがあれば、妙に説得力がありますよね。(自己決定するウイルスをカモフラージュで騙すとか、都市を丸ごと停電させて、ウイルスの好きな電気を供給停止するとか^^;)
その上で、主人公が学界から追放された、偏屈な生物学者とか(功績が認められて、再起)、心理学に詳しいヒロインとか、アメーバの存在を絶対否定する学界の権威とか(最後はアメーバの餌食となる)、コテコテのキャラクター揃いなら、人喰いアメーバという設定もまったく気にならなくなります。
むしろ、突飛な方が面白いですよね。
でも、その為には、あなたはウイルスやアメーバに関する最低限の基礎知識は身に付けなければならないし、中学生レベルの知識では、大人の読者を引き付けるのは難しいでしょう。何故なら、読み手の中には、本物の生物学者や、生物学科の精鋭も存在するからです。
そういう人が読んでも、「なるほど、こういうウイルスも有り得るかも」と納得させるには、やはり基礎知識は必要ですし、科学的には突っ込みどころ満載でも、「話としては面白い」と楽しんでもらうには、それなりの裏付けが必要です。
ろくに調べもせず、記憶やイメージだけで書くのと、「ウイルスとはこういうもの」という最低限の知識をもって、世界観を構築するのでは、雲泥の差がありますし、そこでどれだけ手間暇をかけられるかで、作品の質も変わってくるのではないでしょうか。
だからといって、分厚い専門書を何十冊も読む必要はありません。
概論にプラスして、自分の設定に必要な情報(資料)にフォーカスすればいいのです。
では、どのようにフォーカスすればいいのでしょうか。
一口にウイルスといっても、インフルエンザもあれば、HIVもあります。人体にはほとんど無害なウイルスも多数存在します。
その中で、自分がモデルにするのは、どんなウイルスか。
まず、それを明確にするところから始めます。
その為にも、自分自身が作品のテーマをしっかり把握してないといけません。
同じウイルスでも、不治の病におかされた少女をテーマにするか、世界的なパンデミックを扱うかでは、ウイルスに求められるキャラクター性も全く異なるし、ウイルスの恐怖を描くのか、それとも少女の運命がメインかで、存在感も違ってきます。
何でもかんでも、 "致死率が高ければいい"というものでもなく、どんな症状を引き起こすのか、どんな条件で毒性を発揮するのか、物語の趣旨に沿って、しっかり特徴づけることが非常に大事なのです。
小松左京氏の『復活の日』の場合、「零度以下になると活動を停止する」という特徴に基づいて、「南極観測隊だけが生き残る」という設定で話が進んでいきます。
ウイルスに関しても、相当、調べられたと思います。
その基礎知識が、MM-88という、想像上のウイルスにリアリティをもたせ、読み手も「人類滅亡」という設定に納得するわけですね。
とはいえ、図書館に行けば、すぐに欲しい資料が手に入るわけではないし、検索しても、これぞと思う情報に辿り着くまで、何週間、何ヶ月もかかることもあります。
情報収集の大半は無駄足であり、本当に役立つのは、集めた資料の1割にも満たないかもしれません。
それでも、リアリティを高める為に、情報収集にこだわるのと、何も調べないのでは大きな違いがあるし、たとえ作中に登場しなくても、知れば知るほど奥行きが深まるのは本当です。
近年は、EvernoteやOneNoteのように、便利なデータ整理ツールが充実しているので、どんな小さな情報でもまめにクリップして、いろんな文献やニュース記事などに目を通すことをお勧めします。
分析について
次に大事なのが、情報の分析です。
集めた情報を、必要なもの、そうでないもの、鍵となるもの、無視していいもの、等、自分なりに分類して、設定を組み立てていきます。
同時に、集めた資料から、題材(テーマ)の本質や、問題点を理解し、ストーリーに繋げていきます。
たとえば、ウイルスなら、人体にとって何が問題か、様々な症例を通して、理解する必要がありますし、過去のパンデミックの事例から、社会的な影響や群集心理などを理解する必要もあります。
その中で、物語の核となるイベントが定まり、必要なキャラクターの数と性格が見えてきます。
ここまで来れば、全体像も見えて、あとは一気に書き進めるだけ。
一番だるい作業は終了です (´-`)
ここで、注意して欲しいのは、あまりにも設定に懲りすぎて、人間ドラマがおろそかになることです。
たとえば、潜水艦が10ノットで航行しようが、15ノットで航行しようが、一般人にはあまり興味がありません。それより、上陸拒否されたソ連兵の怒りと絶望の方が重いです。
南極観測基地も、一階建てだろうが、二階建てだろうが、大半の読者にはどうでもいい話です。それより、極限下に置かれた人々の葛藤や運命の行方が気になります。
このように、ひとたび、メインとなるイベントが発生すれば(『復活の日』の場合、人類滅亡)、そこから先は、人間ドラマの世界です。
いくら設定が緻密でも、主人公の行動や、ヒロインの恋心に共感できなければ、ウンチクばかりの退屈な作品になってしまいます。
その匙加減は非常に難しいですが、適宜、立ち止まり、見直し、その都度、バランスをとって修正する他ありません。
執筆について
情報収集と分析を経て、大筋が確定すれば、本格的な執筆を開始して、キャラクターを動かしていきます。
もちろん、順序は絶対ではなく、情報収集+分析と執筆を併行してもいいし、執筆の途中で、もう一度、0地点に戻って、情報を見直すのもありです。
何にせよ、情報収集+分析の段階で、確かな筋道ができていれば、あとはキャラクター任せで、どんどん進んでいきますので、「準備8割、執筆2割」だと思います。
考察(推敲)について
とりあえず、エンドマークまで進んだら、少し時間を置いて、原稿を見直します。
ただ単に、誤字脱字や、表記揺れなどを訂正するのではなく、完全に他人の目で読み返して、プロットが破綻してないか、キャラの行動が矛盾してないか、説明不足はないか、徹底的にチェックして、完成度を高めます。
実際、文章力が向上するのは、執筆の間ではなく、推敲の段階です。
自分で自作の粗が分かって、初めて、二段階ぐらい上がれます。
そこで、どれだけ自分(自作)を突き放して、冷静客観に粗を正せるかが決め手で、自分で自分の間違いに気付かないのは、文章力うんぬん以前の問題です。
逆に、「自分で自分の間違いが分かる」ということは、「理想の文体がちゃんと分かっている」という証ですし、そういう人は推敲を重ねることで、必ず上達すると思いますよ。
まとめ
作品の核となるテーマの選定 ~何を、どう伝えるかにも書いていますが、一つ、短編を執筆するにも、最初にテーマがあり、それを伝える為の手段があり、手段(アイテム)にリアリティを持たせるための情報収集+分析があります。
ここまでが前段階で、この過程で、8割決まるといっても過言ではないと思います。
恐らく、思うように書けないのは、「執筆」をメインに考えるからで、最初の土台を怠れば、その上にどれほど文章を積み上げても、途中で詰まるか、作品全体が沈没するかで、思うようには仕上がらないでしょう。
論文もそうですが、最初のデータ集めと、道筋を作るまでが、一番だるいし、面倒くさいです。
それでも、慣れてくると、データに目を通すだけで、問題点、方策、結論まで、すーっと見えてくるようになりますし、情報収集の段階で、思いもしなかった着想を得ることもあります。作品に使わなくても、雑学として、他の仕事や用事に役立つこともありますし。
早く書きたい気持ちはあるでしょうけど、最初に必要な情報を揃え、土台となる世界観を構築すれば、、今までにないリアリティが生まれますし、次の執筆作業もラクになりますので、「面倒だ」「難しい」と敬遠してきた方は、これを機会に、しっかり取り組んで頂きたいなと思います。仕事や学業にも必ず役に立ちます。
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