キャラは「動機」「行動(台詞)」「結果」に説得力を持たせる ~名作を書くコツは人間観察

悪い噂は、良い噂の何倍もの早さで回る
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記事について

どれほど凝った作りでも、キャラクターの台詞や行動に説得力がなければ、読む人の心に響きません。
生き生きしたキャラクターを作る秘訣は人間観察です。

目次 🏃

キャラは「動機」「行動(台詞)」「結果」に説得力を持たせる

キャラを動かす上で、一番大事なのは、『動機』『行動(台詞)』『結果』に説得力を持たせることです。

どれほどキャラがユニークでも、言動に説得力がなければ、感動に至りません。

魅力的な悪役を作ろう ~悪に説得力があって初めて主人公の主義主張が生きるにも書いているように、どれほど立派な理想も、裏付けがなければ、白々しいだけです。

たとえば、スターウォーズ・旧三部作の主人公、ルーク・スカイウォーカーは、持ち前の正義感から、自由同盟軍に参加したいと家族に打ち明けます。

しかし、彼の養護者であり、出生の秘密を知っている、おじさんとおばさんは、「軍人など、とんでもない。家に残って、農作業を手伝いなさい」と諫めます。

ルークは渋々、農作業に使う中古ロボットを買いに出掛け、C3-POとR2-D2を手に入れます。

その過程で、助けを求めるレイア姫の映像を目にし、隠者オビ=ワンの所に相談に出掛けて、ルークの父親も立派なジェダイの騎士だったことを聞かされます。

その後、おじさんとおばさんが帝国軍に殺され、ルークは意を決して宇宙に旅立ち、自由同盟軍の戦士となります。

よくある話ですが、納得の展開ですね。

ルークの行動の動機には、若者らしい正義感と冒険心、恩義あるおじさんとおばさんを帝国軍に殺されたことへの怒り、囚われの姫君など、わくわくするような要素がいっぱいです。

もし、ルークの動機が、「学校で友だちに苛められたので、自由同盟軍に参加する」とか、「TVでジェダイの騎士を見て、格好いいと思ったので」みたいな理由なら、どっちらけですね。

たとえ、ライトセーバーとか、ミレニアム・ファルコン号とか、その他のアイテムが格好よくても、肝心のルークの行動が破綻していては話になりません。

いじめっこに復讐する為にジェダイの騎士になったルークが世界平和を説いても、誰も共感しないように。

キャラクターに命を踏み込み、生き生きと描きたければ、その人物が生まれ出た背景、行動に至るまでの動機と、その結果を、しっかり作り込まなければなりません。

キャラクターの外見、口癖、表情、価値観、全てに納得いく理由が必要です。

自分がメガネっ娘が好きだからといって、何でもかんでもメガネっ娘にするのは不自然だし、魔界の女王さまもメガネっ娘にするなら、皆が納得いく理由が必要です。

「魔界の女王さまは、なぜ眼鏡をしているの?」と問われた時、「自分の趣味で」と言うのと、「この眼鏡には人の心を見通す魔力が宿っていて、女王は、眼鏡の魔力を使って、臣下を支配している」と言うのでは雲泥の差があります。

それと同じように、ちょっとした仕草や仕草にも説得力が必要です。

都会の少女も、魔界の女王も、同じように「スタスタ歩く」のは不自然ですし、女王には女王らしい口ぶりがあります。

そこをいかに如実に描くかで、物語の重みも、リアリティも、大きく違ってくるわけですね。

スターウォーズ・旧三部作では、最終章で、主人公のルークと、帝国軍のダース・ベイダーが和解します。

それまでのベイダーの所業や、ルークの正義感を思えば、考えられない展開です。

しかし、ベイダーの心の底には、生き別れになった双子の子供たち(ルークとレイア姫)に対する尽きることのない思いがあり、三部作の随所で、それが描かれています。(オビ=ワンの回想や、ベイダーの反応など)

ゆえに、父子の和解に説得力があり、感動の大団円に繋がっていくのです。

その為には、まず書き手自身がキャラと一体化し、行動も、台詞も、自然に回せるようにならないといけません。

それはテクニックではなく、人間理解の問題です。

名作を書くコツは、人間を識ることです。

キャラの書き分けのコツは人間観察

キャラの書き分けの苦手な人は、根本的に、人間とういものが、どういうものか、よく分かってないのだと思います。

王女を描いても、妖精を描いても、みな似たり寄ったり。

目が青いか、黒いか、ぐらいの違いで、目の前に迫るような立体感がありません。

笑う時も、みな一様に「アハハ」で、心の底から楽しいのか、内心は悔しいのか、心理描写も乏しいので、共感も、好感も、得られないんですね。

アクション映画でも、名作と呼ばれるものは、人物が生き生きしています。

主人公の心の弱さや挫折感。

ヒロインの戸惑いと悦び。

悪役の迷いと葛藤。

揺れ動く内面が台詞、表情、仕草に如実に表れ、「あー、分かる、分かる」と誰もが納得するような描写になっています。

実際に宇宙で戦ったことがなくても、自分が経験した試合前の緊張や敗北感を膨らませれば、戦闘機パイロットの心情が理解できるでしょう。

自分自身は政治家でなくても、日頃、メディアで目にする政治家らの言動を観察しておれば、権力闘争に明け暮れる人間の内実も分かってくると思います。

そのように、自分の内面、あるいは他人の行動を観察、分析することが、創作の原動力となります。

人間を知らない者は、どれほどウンチクを重ねても、大勢が感動するような名作は書けないんですね。

読み手も、観客も、ドラマに登場するキャラを通して、自分の人生を疑似体験します。

人間としての深みも重みもないキャラは、どれほど凝った設定でも、共感を得ることはありません。

作品の半分は読者が作る ~読者の感想はコントロールできない

寺山修司が次のような言葉を残しています。

ぼくはどんな偉大な作家も半分しか書くことはできないという考え方なんです。あとの半分は読者が作るのでね。読者に想像力がなかった場合、つまらない小説にしかならない。だけども作家が全部書くという幻想が文芸評論家の中にある。世界の閉じ方を論じるのですね。ぼくは、作者の作った半分の世界と読者の補完行為との関係がどういうふうに成り立つかというところに批評の生成があるべきだと思う。

小説に限らず、映画でも、音楽でも、作者の狙い通りにはいかないものです。

作り手は「ここを分かって欲しい」と思っても、観客の反応はまったく違ったりします。

人の心に命令はできないように、作者がどれほど手を尽くしても、読者の感想をコントロールすることはできません。

言い換えれば、「こう書けば、このように感じてくれるだろう」というのは、作者の傲慢でしかないんですね。

それを踏まえた上で、どうすれば、より良く理解してもらえるか、工夫を凝らすのが作家の務めです。

そして、一度、作品を公開したら、あとの評価は読者に任せる。

理解させよう、感動させようと、ムキになっているうちは、良いものは作れません。

結果として、駄作と言われても、それはそれ。

作家には諦念も必要です。

読み手に、過度に期待しないこと。

一方で、みくびらないこと。

「言いたいことを何でも言ってくれる、手強い友だち」ぐらいの気持ちで臨めば、書くにふさわしい心構えも芽生えるでしょう。

作品というものは、読者の心の中で、初めて完結するものです。

こだわりは大事ですが、その全てが理解されると思わないことです。

誰かにこっそり教えたい 👂
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