自分が死んではつまらない ~死ねば可能性はゼロになる

この記事について
自立前の子どもにとって、親に考えを否定されたり、願望を妨害されることは「親を殺すか、自分が死ぬか」というくらい深刻なものです。反抗やワガママと責めるのではなく、親の側にも非がないか、これまでの経緯を振り返ってみて下さい。子供が口答えする間は、関係修復のチャンスが残されています。憎悪が本物になれば、殺人や自殺といった最悪の転機を辿ります。
目次

親を殺すか、自分が死ぬか

正面から親に逆らう勇気もなく、一方的に抑えつけられたり、人格や能力を否定されている人の場合、親殺しよりも、自分が死にたいと感じる人が圧倒多数でしょう。

何のトラブルもない人から見れば、何を大袈裟な……と思うかもしれませんが、自立前の子どもにとって、親に考えを否定されたり、願望を妨害されることは、「親を殺すか、自分が死ぬか」というくらい深刻なものです。

大人同士なら、交友関係を絶ったり、職場を変えたり、気晴らしに遠くに出掛けたり、どうとでも改善する術がありますが、子どもには何もありません。十分な稼ぎを得る経済力もなければ、一人で契約したり、証明したりする社会力もなく、寝泊まりできる場所も限られています。

ある意味、どこにも逃げ場のない囚人であり、毎日のように耳にする親の詰責や罵倒は、絶え間なく振り下ろされる鞭と同じです。心がぼろぼろに傷ついても、身を隠すこともできず、言葉で、時には暴力で、一方的に殴りつけられ、抗う術も持ちません。

それはまさに「親を殺すか、自分が死ぬか」の瀬戸際であり、たとえ肉体は生きても、心が死ねば、その後の人生は終わったも同然です。

しかし、死ぬ前に一度考えてみて下さい。

それは本当に死ぬほどの問題ですか。

本当にどこにも逃げ道がないですか。

もしかしたら、あなたは何も知らないだけで、少し手を伸ばせば、脱出ロープに手が届くかもしれません。真っ暗な穴の中で、偏った情報だけを手掛かりに「もう駄目だ」と思い込んでいるだけで、穴の外側には豊かな大地が広がっているかもしれないし、横に土を掘ってみれば、案外、たやすく抜けられるかもしれません。絶望するには早すぎます。

人は自尊心が低下し、無力感に陥ると、自分の状況を実際以上に深刻に考えてしまうものです。信じることも、調べることも止めてしまい、死んだ方がましと思い詰めるようになります。

それがいよいよ病的になれば、専門的な支援が必要ですが、まだ心のどこかで「何とかなるんじゃないか」と思えるうちは、いろんな情報を探して、脱出口を探ってみて下さい。次の角を曲がれば、まったく異なる展開が待ち受けることもありますし、じっとうずくまっている間に、夜が明けることもあります。

この一瞬の衝動で、将来の出会いも何もかも、無にしてしまって、本当に悔いはありませんか。

十年後、あなたは望みのものを手に入れて、大笑いしているかもしれないんですよ?

そんなこと絶対に有り得ない! と言い切っていいのでしょうか。

あなたの大嫌いな親の為に、あなたの人生を丸ごと棒に振るなんて、ナンセンスだと思いませんか。

人生は最後まで生きてみないとわからない

人生は最後まで生きてみないとわかりません。

一代で財を成した人が最後の最後に身内に裏切られたり、スクールカーストの底辺だった人が金持ちに見初められてシンデレラになったり、世の中はアップダウンの繰り返し。最初から最後まで予想通りに生きる人など皆無です。

死んで将来の可能性を棒に振るより、もう一日だけ、生きてみませんか。

死ぬほどの勇気があるなら、今まで行ったことのない場所に出掛けて、脱出の方法を探しましょう。ハローワーク、図書館、子ども食堂、行政相談所、インターネットで支援を呼びかけている団体もたくさんあります。

あなたは決して一人ではありません。

自棄を起こす前に、今一度、洞穴の外の情報に目を向けてみて下さい。

なぜ子供や若者はすぐ人生に絶望するのか

<補足の記事です>

なぜ子供や若者はすぐに人生に絶望するのか。

下記の記事にも書いていますが、世の中のことも、人間のことも、何も知らなくて、経験も浅い為、20年、30年という長いスパンで物事を考える事ができないからです。

ある程度、経験を積んだ人なら、大変な問題が起きても、「時が解決する」「いつか、何とかなる」と考えることができます。実際、そういう場面を何度もくぐり抜けてきたからです。

しかし、10年か20年足らずの人生経験しかなければ、先の先まで見通すことができません。物事が時間とともに移り変わることも、人の噂も消え去ることも、想像すらできないから、今、目の前の問題だけを見て、絶望したり、結論付けたりするわけです。「僕はもう駄目だ、死ぬしかない」と。

それは心が弱いからでも、頭が悪いからでもない。

世の中のことなど、何も知らないから、すぐに絶望してしまうのですよ。

喩えは悪いですが、初心者のゲーマーと同じ。一匹目のマリオがやられただけで、「もう駄目だ、こんな難しいゲームは俺には無理だ」とショックを受けるでしょう。

でも、二度、三度とプレーして、だんだん要領を得れば、一匹目のマリオがやれても、次のステージでボーナスをゲットすれば挽回できると分かるし、そろそろキョンシー(今でも居るのかね?)が出てくる頃だと用心することもできる。悪いカメの倒し方も、谷の飛び越え方も、どんどん上手になって、この先、どんな展開になるかも、だいたい予想がつく。マリオが一匹やられたぐらいで、動揺しなくなるでしょう。

それと同じで、「敵の倒し方が分かる」「先の見通しが立つ」など、人生の経験値が高いほど生きるのも上手になるわけです。

でも、子供はまだスタートラインに立ったばかり。ファーストステージでいきなり悪いカメにパクっとやられたら、人生のゲームに絶望しますよ。

そんな子供に、人生の楽しさや、命の尊さや、漠然とした観念を言い聞かせても分かるわけがない。

それよりも、スーパーマリオになるにはどうすればいいのか、悪いカメが近づいてきたら、どうやって逃げればいいのか、上手に谷を越えるには、どのボタンを押せばいいのか、具体的に教えた方が納得しますよね。

現実社会に置き換えれば、何事も問題を明確にして、具体的に解決することです。

勉強が苦手なら、学力アップの工夫。

いじめられているなら、物理的に距離を置く。

親への不満を抱えているなら、何をどうすれば納得するのか話し合う。

「子供が死ぬほど悩む」というのは、大人の漠然とした鬱状態と違って、必ずトリガーになっているものがあります。

何故なら、たいていの子供は家と学校の往復で、住んでいる世界も狭いし、大人ほど複雑な感情を抱いたり、哲学的な迷宮に迷い込むこともないからです。そのあたりは学識や感情分化の差ですね。

ゆえに、トリガーとなるものも、「授業についていけない」「先生が怖い」「Aちゃんに悪口を言われた」「カバンに虫を入れられた」etc、始まりは案外単純です。

だからこそ、早期に原因を明確にして、具体的に取り除けば、すっと良い方向に行きやすい。

最初のトリガーを甘く見て(あるいは見逃して)、苦痛を長引かせると、ファーストステージで人生に絶望して、簡単に命を絶ってしまうわけですね。

「若いから」「子供だから」ニコニコ笑ってるから、自殺なんかしない……と思い込んでいたら大間違い。

子供は親や周りの大人を安心させる為に、いくらでも幸せな嘘をつきます。

楽しくなくても「楽しい」と言い、行きたくなくても「行きたい」と言います。

それを真に受けて、「うちの子は大丈夫」と子供の笑顔に胡座をかいた途端、子供の懊悩を見逃して、救う機会を逸してしまうのです。

そのあたり、親と周りの大人がしっかり観察して、自らの知見を磨くほかありません。

慰めや励ましで解決するなら、子供の自殺など、とうの昔になくなっているのです。

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