愛と死の世界 ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』のあらすじと名盤紹介

トリスタンとイゾルデ
記事について

この世を離れて私はあなたのものになる――
究極のエロスとタナトスを描いたワーグナーの傑作とCD&DVDの名盤を紹介しています。
ベースとなったジョゼフ・ベディエ編 「トリスタンとイズー物語」 の抜粋も交えて、オペラの見どころを解説。
雑誌『音楽の友』に掲載されたコラムと詩作を併せて掲載しています。

目次 🏃

楽劇『トリスタンとイゾルデ』の概要

楽劇 「トリスタンとイゾルデ」は、1857~59年、ドイツ出身の作曲家リヒャルト・ワーグナーによって作曲され、1865年、ミュンヘンの国立宮廷劇場にて初演されました。
中世の情熱恋愛神話ともいうべき『トリスタンとイズー』をベースに作曲されたこの楽劇は、究極の「愛と死(エロスとタナトス)」を描いた大作です。

【第一幕】 媚薬

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Rembrandt-The_return_of_the_prodigal_son.jpg#

コーンウォールのマルケ王に仕える騎士トリスタンは、アイルランドの姫イゾルデを王の花嫁に迎えるべく、船を一路コーンウォールへ走らせています。
しかし、花嫁となるイゾルデの心は嵐のように波立ち、立派な騎士であるトリスタンに憎しみさえぶつけます。
姫の身を案じる侍女ブランゲーネは、少しでも胸の苦しみを和らげようと、姫に優しく問いかけました。
するとイゾルデはトリスタンの深い罪について語り始めます。

トリスタンは、かつての婚約者モロルト公を討った憎い仇でした。
なのにトリスタンは、モロルト公との激しい戦いで負った傷を癒すため、名を「タントリス」と偽り、霊薬を扱うイゾルデの前に現れたのです。
彼女は「タントリス」がトリスタンだと気付きながらも、その眼差しにうたれ、モロルト公の仇を討つことができませんでした。そして、彼の傷を霊薬で癒し、国に帰してやります。

タントリスは「トリスタン」として再び彼女の前に現れました。
しかし、それは彼女をマルケ王の花嫁としてコーンウォールに連れ帰る為だったのです。

イゾルデは愛してもいない王に嫁がねばならない恥辱と、トリスタンへの愛の苦悩から逃れる為、死の薬でもってトリスタンに復讐することを誓い、ブランゲーネに死の杯を用意するよう命じます。
しかし、トリスタンもまた王への忠義からイゾルデへの愛を胸の奥にひた隠しにしていたのでした。

トリスタンは罪を償い、愛の苦しみから逃れる為に、イゾルデの差し出した死の杯をあおります。
そしてイゾルデも彼の手から杯を奪うと、その半分を飲み干します。
ところが二人に訪れたのは死ではなく、めくるめくような愛の悦びでした。
ブランゲーネが杯に注いだのは、死の薬ではなく、愛の媚薬だったのです。

船は、愛に酔う二人を乗せて、コーンウォールに到着します。

【 トリスタンとイゾルデ】J.W.ウォーターハウス Jhon William Waterhouse

【 トリスタンとイゾルデ】J.W.ウォーターハウス Jhon William Waterhouse

【第二幕】 逢瀬

マルケ王はトリスタンの忠義を称え、イゾルデを優しく迎えます。
しかし、分かちがたい愛の絆で結ばれた二人は、もう一時も離れていることができません。
二人は昼の光が消え去るのを待って、夜の園で逢瀬を重ねます。

「おお、降り来よ、愛の夜を、
我が生きることを忘れさせよ。
汝のふところに我を抱き上げ、
現世から解放せしめよ」

「こうして私たちは死ねばよい、
離れずに、永遠にひとつとなり、
果てなく、目覚めず、不安なく、名もなく、
愛に包まれ、我らかたみに与えつつ、
愛にのみ生きるために!」

「名づけることなく、別れることなく、
新たに知り合い、新たに燃え、
無限に永遠に、一つの意識に、
熱く焼けた胸の至上の愛の歓楽!」

カルロス・クライバー盤ライナーノーツより

しかし、二人の愛の夜も、臣下メロートの策略によって王の前に暴かれます。
二人の裏切りを知ったマルケ王は、深く嘆き悲しみます。
メロートと剣を抜き合ったトリスタンは、メロートの剣に自ら身を投げ出し、深い傷を負うのでした。

Liebe ‐【 愛 】グスタフ・クリムト Gustav Klimt

Liebe ‐【 愛 】グスタフ・クリムト Gustav Klimt

【第三幕】 愛と死

トリスタンの忠実な従者クルヴェナールは、傷ついたトリスタンを故郷カレオールの城に連れ帰り、イゾルデに使者を送ります。
トリスタンの深い傷と苦しみを癒せるのは、この世にただ一人、イゾルデだけだからです。
トリスタンは半ば「夜の世界(=死)」に入りながらも、イゾルデへの強い想いからその中に安らぐことができません。
身悶えするような苦しみの中で、イゾルデの到着を待ち焦がれます。

が、ついにイゾルデを乗せた船がカレオールに到着しました。
トリスタンは輝く陽に向かい、歓喜の声を上げます。
そして彼はイゾルデの名を呼びながら、彼女の腕の中で息絶えるのでした。

イゾルデの後を追って来たマルケ王は、トリスタンの死を知り嘆き悲しみます。
侍女ブランゲーネから愛の媚薬の事を聞かされた王は、二人を夫婦として祝福する為にやって来たのです。
しかし、トリスタンの亡骸にすがるイゾルデには、もう誰の声も届きません。
イゾルデは神々しい光に包まれながら、トリスタンの魂を追って「愛の死(=Liebes Tot)」に至るのでした。

イゾルデの原型 : 聖母被昇天(アスンタ)

私の大好きなティツィアーノの名作「聖母被昇天(アスンタ)」です。
制作されたのは、1516~18年。
ヴェネツィアのサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂の主祭壇画として描かれました。
690×360cmもの大作です。
聖母マリアの魂と肉体は、死後三日目、輝く光と歌声に包まれながら、たくさんの天使によって父なる神の待つ天国に運ばれて行きました。
画面の下には、驚愕と悲しみのうちにこの様を見守る十二人の使徒が描かれています。

Tiziani, assunta 02
聖母被昇天 ~ティツィアーノ

創作の背景

1857年、ワーグナーはチューリッヒの絹織物商オットー・ヴェーゼンドンクから仕事場兼住居を提供され、歌劇『ニーベルングの指輪』の第2章『ジークフリート』の作曲に没頭していました。
しかし、オットーの妻マティルデと心を通わすようになるにつれ、
「私は生涯においてまだ真の愛の幸福を体験したことがないゆえに、このすべての夢のもっとも美しきものに、記念碑を建てたい」
という思いから、『ジークフリート』の作曲を第2幕で中断し、『トリスタンとイゾルデ』の作曲に取りかかります。

が、やがてこの恋は周囲の知れる所となり、二人は別離を余儀なくされます。
恋に破れたワーグナーは一人ヴェネツィアに赴き、『トリスタン』を完成させました。
「愛の死」に至る「女神のごときイゾルデ」が、最終的に彼の中で明確に像を結んだのは、おそらくこのティツィアーノの「聖母被昇天(アスンタ)」に出会った時だといわれています。
晩年、ワーグナーは生涯を共にした妻コジマに、 「アスンタは聖母じゃない。愛によって浄化されたイゾルデだよ」と語ったそうです。

海を見つめるイゾルデ

海を見つめるイゾルデ

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Spotifyで聞き比べ 名盤と歴史的録音

昭和の頃から、楽劇『トリスタンとイゾルデ』は名盤ぞろいと言われています。

どれも指揮者の思い入れが強いせいか、同じ解釈は一つとしてなく、出だしを聴いただけで、誰の指揮か分かってしまうほど。

それだけワーグナーのスコア並外れている証しでもあります。

しかし、『ローエングリン』や『ワルキューレ』や『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が、万人におすすめできるのとは対照的に、『トリスタンとイゾルデ』は誰にでも気軽に勧められる作品ではありません。

よほどの物好きでもない限り、前奏曲で退屈のあまり死ぬでしょうし、あまりにも動きが少ないので、舞台上で何が起きているのか、理解できない人もあるかもしれません。

見方を変えれば、夜の海のような作品の本質を理解できるリスナーだからこそ、尖った演奏を厳選したい(いわば、耳が肥えている)。

そうした強い拘りが奇跡のような名盤をいくつも生み出したのではないでしょうか。

以下は、私のおすすめです。

21世紀の録音はリストに入れてません。理由は後述にもあるように、声が好きではないからです。すみません。

カルロス・クライバー指揮 ルネ・コロ & マーガレット・プライス

私の一押しは、カルロス・クライバー指揮、ルネ・コロのトリスタン、マーガレット・プライスのイゾルデです。

林田直樹氏いわく、

最初の一音から最後の一音まで、この演奏にはものすごい電流が流れている。前奏曲の弦の激しい軋みに「!」と気がついたが最後、感電したかのように、この演奏の魔力の呪縛から逃れることはできない。ぐいぐいと息もつかせぬ迫力で、ワーグナーの音楽に直接に切り込んでいくこの演奏には、天才的霊感が宿っている。死とエロスの真髄に迫るこの偉大なワーグナーの傑作の周りに立ち込める霧を、カルロス・クライバーは天下の名刀を用い、見事な剣さばきで払いのけていくかのようだ。

コロのトリスタンやプライスのイゾルデをはじめとした歌手たちも、透徹したカルロスの世界に同化し、青白い炎のように純度高くすべてが完全燃焼している。めくるめく官能に溺れ、危険で妖しい香りを漂わせ、ワーグナーの"毒"が最強度に発揮された、これほどの「トリスタン」…。聴き手をワーグナー中毒患者に至らしめる、文字通りの劇薬といえるだろう。
カルロスの"奇跡"伝説の頂点にある名演として、永遠に輝き続けるディスクである。

林田氏のコメントにもあるように、クライバー盤の魅力は、内側に沈潜するような音の響きです。
「愛と死」という、ともすれば甘ったるいメロドラマになりそうな世界観を、夜の海のように深く、静かに演出しています。
太い歌唱力が要求されるドラマティック・ソプラノのイゾルデ役に、あえて繊細なマーガレット・プライスを起用したのも、成功の一因でしょう。
また、最盛期のルネ・コロの歌声は、天使のラッパのように高らかに響き、死に赴く英雄を甘く、切なく歌い上げています。

おそらく、クライバー盤が苦手な人は、この「狙ったような」演出が気に入らないのかもしれません。
後述の教科書的なベーム盤や、劇的なバーンスタイン盤のファンには、クライバー盤がちょっと捻ったリチャード・クレイダーマンに聞こえてしまうかもしれません。

しかし、「楽劇」という形にこだわらず、純粋に「愛の音楽」として聴けば、清麗とした響きを味わうことができるでしょう。

21世紀においても十分に通用する、名盤中の名盤です。

こちらは初心者向けのハイライト盤。「前奏曲」「夜の二重唱」「愛の死」など、各幕のクライマックスが収録されています。

ワーグナー: 楽劇《トリスタンとイゾルデ》ハイライツ (SHM-CD)(特典:クラシックロゴ入り ストーンペーパーコースター1枚)
楽劇《トリスタンとイゾルデ》 ハイライツ
【amazon.co.jp限定】ワーグナー: 楽劇《トリスタンとイゾルデ》ハイライツ (SHM-CD)(特典:クラシックロゴ入り ストーンペーパーコースター1枚)とあるように、スペシャル仕様の限定版です。

マーガレット・プライス(ソプラノ:イゾルデ)
ブリギッテ・ファスベンダー(メッゾ・ソプラノ:ブランゲーネ)
ルネ・コロ(テノール:トリスタン)
ヴェルナー・ゲッツ(テノール:メロート)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン:クルヴェナール)
クルト・モル(バス:マルケ王)
ライプツィヒ放送合唱団
シュターツカペレ・ドレスデン
指揮:カルロス・クライバー
録音:1980年~1982年 ドレスデン

全曲盤はこちらになります。お間違えのないように。
ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲
ハイライト盤とまぎらわしいので、購入前に必ず演奏時間をお確かめ下さい。

Spotifyでも全曲が視聴できます。クリックするとブラウザが開きます。
https://open.spotify.com/album/2mnftFLsMflPnLLGTaGBgq?si=56fZHYFsSC2PcDibbxwxag

カール・ベーム指揮 ビルギット・ニルソン&ヴィントガッセン

今となっては教科書みたいなカール・ベーム指揮&バイロイト祝祭管弦楽団の名盤。
昭和のレジェンドともいうべき、ビルギット・ニルソン(イゾルデ)とウォルフガング・ヴィントガッセン(トリスタン)のゴールデン・コンビによる、お手本通りの演奏を楽しむことができます。
私の若かりし頃には、これが名盤中の名盤といわれ、「ベーム盤もニルソンも聴いたことがない」などといえば、バカにされたものですが、今となってはキルステン・フラグスタートやフルトヴェングラーと同じ並びで、現代の若いリスナーが聴いても、あまりの古さに隔世の感を感じるのではないでしょうか。

しかしながら、ワーグナーの基礎の基礎、「これがドイツだ! グラモフォンだ!」みたいな演奏は一見に値しますし、本当にゲルマン民族だけが住んでいた頃の、いにしえのドイツ――私たち日本人が夢見る、これぞドイツな響きを感じることができて、いろんな意味でおすすめです。


『トリスタンとイゾルデ』全曲 カール・ベーム&バイロイト、ニルソン、ヴィントガッセン、他(1966 ステレオ)(3CD+ブルーレイ・オーディオ)

Spotifyでも全曲視聴できます。
https://open.spotify.com/album/0q781kMYrvKGeeCHRXrHcI?si=chiXYqIwRWOxnPkyyFFWRg

レナード・バーンスタイン指揮 ペーター・ホフマン&ヒルデガルド・ベーレンス

80年代から90年代にかけて、ルネ・コロと人気を二分し、将来を嘱望されていた「バイロイトのトシちゃん」こと、ペーター・ホフマンと、20世紀後半を代表するドラマティック・ソプラノのヒルデガルド・ベーレンス(彼女のブリュンヒルデは絶品でした)を配したバーンスタイン盤。

クライバー盤よりダイナミックで、劇的なオーケストレーションが魅力ですが、あり得ないほどスローテンポで、聴く人によって好みも大きく分かれるところ。
「これこそ現代の名盤」と絶賛する人もあり、クライバー盤の対といったイメージです。

『ミュンヘンでの演奏会形式のライヴ録音。バースタイン初のワーグナーは,ベーレンス,ホフマン,他の歌手陣のこれ以上は望めない出来に支えられ,美しさも陶酔をもすべて呑み込んでしまう熱い炎におおわれている』とのレビュー。

日本では、ハイライト盤が僅かに出回っているのみ。

Spotifyでも全曲視聴できるので、気が向いたら是非。
https://open.spotify.com/album/0EGfzKnX0HmZNYNRCZJC5E?si=A7IHxTq5TXa9_TS3zedAnw


ーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」ハイライツ

最近、よく聴くようになったのが、ジークフリート・イェルザレムとダニエル・バレンボイムのトリスタン。
日本では入手不可のようですが、Spotifyで全曲視聴できます。
しかし、イェルザレムは、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のヴァルター・フォーゲルゲザングと『ニーベルングの指環』のジークフリートが一番はまり役と思います。

https://open.spotify.com/embed/album/6BIzBPVDbAw4DdyMOENCFe

歴史的名盤というなら、キルステン・フラグスタート(イゾルデ)を配したフルトヴェングラー盤でしょう。
今時、日本で聴く人があるのかしら……と思いますが、Spotifyで視聴できます。

https://open.spotify.com/album/1BPcsCYTj2N6q223iXVxZb?si=oYUiDlE5T-aLefLM1v_iWw

大昔の名盤といえば、ハンス・クナッパーブッシュ指揮、ヘレナ・ブラウン(イゾルデ)、ギュンター・トレプトウ(トリスタン)もあります。
今となってはクナ先生すら知らない人も多いのでは? 私の若かりし頃は、クナといえば、クナッパーブッシュ、「フルベンか、クナか」というくらい人気がありましたが。
Spotifyのリンクはこちら。

https://open.spotify.com/album/4KqWzHYJhY4xf5bq3ym6Z0?si=lfUnxI9lT9-z1jtoxW2t0A

DVDで楽しむ『トリスタンとイゾルデ』の舞台

21世紀に入ってからは奇妙キテレツな現代解釈が流行ですが、ワーグナーに関しては、オーソドックスな演出が好みです。
ワーグナー自身もそれを望んでいただろうし(そうでなければ、ルートヴィヒ2世とあれほど言い争ったりしないでしょう)、あまりに台本から逸脱した演出は、さしものワーグナーも眉をひそめるのではないでしょうか。

まずおすすめしたいのが、ルネ・コロ主演のベルリン・ドイツ・オペラ盤。
1993年、日本のNHKホールで上演されたゲッツ・フリードリヒ演出による傑作で、当時、NHK中継も大変な人気であったと聞き及んでおります。

私もこのディスクはレーザーディスクで所有していました。価格は2万円近かったように記憶しています。
Blu-Ray映像になったのは有り難いですが、日本語字幕はありません。
amazonレビューに、実際にライブを鑑賞された方の感想が掲載されていますが、私もまったく同じ意見です。

第二幕あたりまではよかったが、終盤、ギネス・ジョーンズが息切れしかけて、ちょっと苦しい。
ルネ・コロの演技と歌唱は、バイロイト版よりはるかに上出来。
ちょっと盛りを過ぎて、声に張りはありませんが、熟年の魅力がにじみだしています。
特に第三幕の瀕死のトリスタンは非常に見応えあり。
演出も、ジャン・ポール・ジュネのような華やかさはないが、人物にフォーカスした、落ち着きのあるトーンが印象的。
ゲッツ・フリードリヒらしい官能的な舞台です。

楽劇「トリスタンとイゾルデ」 ルネ・コロ & ギネス・ジョーンズ
楽劇「トリスタンとイゾルデ」 ルネ・コロ & ギネス・ジョーンズ
1993年 東京 NHKホール ライヴ収録/収録時間:233分
音声:[BD]ステレオ2.0/dts-HDマスターオーディオ5.1
字幕:独(原語),英,仏,西,伊,韓 ※日本語字幕なし
画面:16:9/[BD]ニ層 50GB 1080i High Definition
ワーグナー(1813-1883)自身が、作曲当時恋愛関係にあったマティルデ・ヴェーゼンドンクの姿を投影したかのような夢幻的な物語ですが、音楽的にも最先端を行くもので、ここで使われた「永遠に解決しない和声」は後の12音への先鞭をつけたと言っても過言ではありません。「歌唱、演出、装置、演奏、全てにおいて模範的、基本的な演奏」と評価され続けている永遠の名演がこれ。時々羽目を外すゲッツ・フリードリヒも、ここではいい具合にはまっています。トリスタンを歌うルネ・コロもこの時期にはすっかり重鎮としての貫録を身に着けており、若い頃に言われていた「ヘルデンテノールらしからぬ軽い声」からは脱却、誰もが成しえないほどの素晴らしい表現でこの役を易々歌いこなしています。またグィネス・ジョーンズのイゾルデは、まさに高貴な花が香り立つかのような風情であり、他の追随を許さない孤高のヒロイン像を作り上げています。

こちらはジャン・ポール・ジュネが演出した伝説の舞台。
愛と死の世界観に反して、キラキラとロマンティックな美術が印象的。
しかし、歌唱は全体的にNHK公演の方がまさっており、あくまで舞台美術を堪能するための一枚。
バレンボイムの指揮は良いです。

ダニエル・バレンボイム指揮 ルネ・コロ & ヨハンナ・マイアー
ダニエル・バレンボイム指揮 ルネ・コロ & ヨハンナ・マイアー
バイロイト祝祭劇場にて上演された舞台「トリスタンとイゾルデ」を映像化。鬼才・ポネルが演出・装置・衣装を担当し、ダニエル・バレンボイムがタクトを振る。
NHK公演より以前に制作されたフィルムで、出演者は皆、若々しい。
なお、格安の二枚組バージョンはこちらになります。
中身は同じです。

ルネ・コロ、ペーター・ホフマンの次点に位置するジークフリート・イェルザレムのトリスタン。
私はYouTubeでダイジェストを見ただけですが、ワルトラウト・マイヤーも上手いので、見応えはあると思います。
演出に関しては、このあたりから現代風になるので、好き嫌いが分かれると思いますが、歌唱は素晴らしいです。

Tristan Und Isolde/ [DVD] [Import]
Tristan Und Isolde/ [DVD] [Import]
ジークフリート・イェルザレム(トリスタン)
ワルトラウト・マイヤー(イゾルデ)
ケネス・ミューラー演出
ダニエル・バレンボイム指揮 バイロイト祝祭管弦楽団

残念ながら、21世紀以降は、ほとんど見ていません。
ローエングリンが病人になったり、ギービヒ一族がマフィアになったり、奇妙キテレツな世界観についていけないからです。
歌唱の方も、ルネ・コロやペーター・ホフマン、イェルザレムの生き生きとしたジークフリート&ヴァルターに親しんだ身としては、いまいちパンチに欠けるというか、舞台人としての色気が感じられないんですね。
彼らの何が凄かったといえば、「何やら小難しそうなワーグナーの世界」を一気に庶民に開放した点ですね。
喩えるなら、宝塚歌劇という感じ。
歌手であると同時に、コロも、ホフマンも、舞台人なのです。なおかつ、エンターテナーで、「一般人の見たいローエングリンやジークムントを見せてくれる」。それが演出家の美学や哲学ばかりが先走る現代版との大きな違いと思います。

↓ バイロイトのレストランに飾られた、ペーター・ホフマンの写真。。。

バイロイト レストラン ペーター・ホフマンの写真

歌詞と動画 『媚薬』『愛の二重唱』『愛の死』

あなたばかりを思う、こよなき歓喜

第一幕の終盤。
イゾルデは、トリスタンに自分を辱めた償いとして、死の杯をすすめ、イゾルデもまたその杯を口にします。
侍女ブランゲーネの気遣いで、『愛の媚薬』が入っているとも知らずに……。

恍惚の後、胸の奥に秘めていた愛が、さながら鍵の外れたパンドラの箱のように一気に花開きます。

「トリスタン」
「イゾルデ……」

「Treuloser Holder ! 不実にして優しき人!」

「Seligste Frau! 至高の人!」

胸の波は高まり、五感が歓びにふるえる。
憧れの愛が 豊かに花咲き、
狂おしい恋が 幸せに燃える。
胸の中の激しき 歓楽の叫び。
イゾルデ! トリスタン!
この世を逃れ あなたは私のものとなる。
あなたばかりを思う こよなき愛の歓喜!

O Wonne voller Tucke!   たくらみの喜びよ!
O truggeweihtes Glucke! 欺瞞の生んだ幸いよ!

この箇所の聞き所は、ルネ・コロの「Seligste Frau!」でしょう。
それまで抑えに抑えていた恋の感情が媚薬によって花開き、天にこだまするという感じ。
私もFaruと呼ばれてみたい。。
そして、クライマックスの二重唱。
「この世を逃れ あなたは私のものとなる」。
このセリフに痺れない人はないでしょう。
溜め息が出ます。
そして、「たくらみの喜びよ! 欺瞞の生んだ幸いよ!」というルネ・コロの絶唱。
恋の甘い苦しみが伝わって、本当に切なくなります。

ルネ・コロ&ギネス・ジョーンズの第一幕はこちらで視聴できます。媚薬の場面は、1時間10分ぐらいから。
Wagner: Tristan and Isolde, Act 1 (Deutsche Oper Berlin in Tokyo, 1993)

ちなみに、イゾルデが感じる「辱め」とは、トリスタンもイゾルデに心惹かれているにもかかわらず、「マルケ王への忠義」を理由に恋心を押し殺し、イゾルデに対してもわざと冷淡な態度を取っていることです。イゾルデにしてみれば、女性としてのプライドを傷つけられた思いでしょう。本当に愛しているなら、マルケ王から自分を奪い取って欲しいのです。

おお、降り来よ、愛の夜を

媚薬の力によって、愛を確かめ合った二人は、人目を忍んで逢瀬を重ねます。

おお、降り来よ、愛の夜を、
我が生きることを忘れさせよ。
汝のふところに我を抱き上げ、
現世から解放せしめよ

胸と胸をつけ 口と口をつけ
息もひとつに通わせ
歓びに盲しいて 眼も見えず
世も闇におおわれ 色も消えて行く

愛する人と身も心もとけて一体となりゆく歓びが美しい二重唱で歌われます。
「世も闇におおわれ 色も消えて行く」というのは、まさにこの世を離れ、純粋に愛の為のみに生きる桃源の世界を意味するのでしょう。
まるで仏教の涅槃にも通じるような、素晴らしい宇宙観です。

しかし、二人の愛も、臣下メロートの策略によってマルケ王の前に暴かれます。
心優しき伯父にして、命を捧げて仕える王の深い嘆きは、トリスタンの心を苦しめます。
とはいえ、もはや強い愛の力に捕らえられたトリスタンがイゾルデを思い切れるわけもなく、メロートと剣を抜き合ったトリスタンは、自らその剣に身を差し出すのでした。

ちなみに、『媚薬』は単なるきっかけであって、媚薬がなくても、二人の愛は結晶化したであろう、と言われています。
あるいは、最初から媚薬など存在せず、とうとう気持ちを抑えきれなくなって、情熱的に結ばれたというのが実情ではないでしょうか。

会場からため息が漏れたと言われる、ジャン・ポール・ジュネの伝説的な第二幕は、こちらで視聴できます。
愛の二重唱が収録されています。
Tristan und Isolde: Love Duet (Kollo, Meier, Bayreuth)

おお、この太陽! ~ 意識なき至上の快楽

忠臣クルヴェナールの助力により故郷カレオールの城に帰り着いたトリスタンですが、その傷は深く、死が待ち受けるばかりです。
しかし、イゾルデへの想いから、トリスタンは死の世界に入ることができません。

その時、海の彼方に、イゾルデを乗せた船の帆影が見えます。
傷口の包帯を外し、歓喜して迎えるトリスタン。

O diese Sonne
Ha, dieser Tag
Ha, dieser Wonne
sonnigster Tag !
Jagendes Blut
jauchzender Mut !
Lust ohne Masen
freudiges Rasen !

おお、この太陽 
この昼
歓びの 輝かしい昼!
はやる血潮 歓喜する心
限りなき快楽 喜ばしき狂乱

この傷を永遠に閉ざす女が 英雄の如く
祝福のために近づく
世界が滅びるとも 急いで行くのだ!

Tristan !

Wie, hor ich das Licht ?
Die Leuchte,ha ?
Die Leuchte verlischt !
Zu ihr ! zu ihr !

私は光を聴くのか
光はここに!
光は消える!
彼女のところへ!

「O diese Sonne !」に痺れます。
イゾルデを迎えたトリスタンの狂喜を、ベルリン・ドイツオペラの来日公演では朝の太陽のように輝かしく演じてくれました。
そして、「私は光を聴くのか」の「Licht」の発音が素敵。。
Ha の声もいいし、Zu ihr も味わい深く……(溜め息)

トリスタンはイゾルデの腕の中で息絶え、イゾルデもその場に崩れてしまいます。
イゾルデの後を追って来たマルケ王は、二人を祝福するために訪れたのですが、もはやイゾルデの耳にマルケ王の声は聞こえず、彼女のまた「愛の死」に至るのでした。

ルネ・コロの第三幕はこちらから視聴できます。「おお、この太陽」~「愛の死」は、1時間20分あたりからです。
Wagner: Tristan and Isolde, Act 3 (Deutsche Oper Berlin in Tokyo, 1993)

ルネ・コロの O diese Sonne コロ様の歌唱はライトで、きらきらした感じ。

イェルザレム様の O diese Sonne こちらの方が声が男前。

ペーター・ホフマンの O diese Sonne

そして、イゾルデの『愛の死』に続きます。
日本語訳も上手いですね。

Mild unt leise wie er lachelt,
wie das Auge hold er offnet
seht ihr's, Freunde?
Seht ihr's night ?
Immer lichter wie er leuchtet
stern-umstrahlet hoch sich hebt ?
Seht ihr's nicht ?
Wie das Herz ihm mutig schwillt
voll und hehr im Busen ihm quillt ?
Wie den Lippen, wonnig mild,
suser Atem sanft entweht
Freunde! Seht!
Fuhlt und seht ihr's nicht ?
Hor ich nur diese Weise,
die so wunder-voll und leise,
Wonne klagend, alles sagend,
mild versohnennd aus ihm tonennd,
in mich drignet, auh sich schwinget,
hold erhallend um mich klignet ?
Heller schallend, mich umwallend,
Sind es Welln sanfter Lufte ?
Sind es Wogen wonniger Dufte ?
Wie sie schwellen, mich umrauschen,
soll ih atmen, soll ich lauschen ?
Soll ich schlurfen, untertauchen ?
Sus in Duften mich verhauchen ?
In dem wogenden Schwall,
in dem tonennden Schall,
in des Welt-Atems wehendem All
etrinken, versinken,
unbwust hochste Lust !

穏やかに 静かに 彼が微笑み
口を優しく開けているのが 
あなたがたには見えないのですか?
しだいに 明るく輝きをまし 
星の光に包まれつつ 空高くのぼり行くのが
あなたがたには見えないのですか?

彼の心が 雄々しく盛り上がって
豊かに気高く 胸に湧き出るのを?
唇からは陶然と柔らかく 快き息が静かに出てくるのを
友だちよ、 それが感じられないのですか?

私にだけその調べは聞こえるのか
すばらしく そして 静かに 歓びを訴え
すべてを語りつつ 優しく慰めるように
彼から響きでて 私の中へ入り 高く舞い上がり
優しい音で このまわりに響く 冴えた響きで

私のまわりを漂うのは 穏やかな風の波なのか
歓びの香りの ふくれあがる波なのか
それらの波が盛り上がり まわりに寄せるのを
私は呼吸すべきなのか
聴くべきなのか
すすり飲むべきか
身をひたすべきか

波打つ潮の中に 高まる響きの中に
世界の息のかよう万有の中に
溺れ 沈み
意識なき
至上の快楽よ――!

マーガレット・プライスの『愛の死』は非常に繊細で美しい。まさにお姫さまの声。

ヒルデガルド・ベーレンスの歌唱も温もりがあって、味わい深い。でもブリュンヒルデの方がもっと好きかな。

おすすめの書籍

私も持っています。
今はKindle版もリリースされて、求めやすくなりました。
CDの歌詞カードもいいですが、大きなフォントで、ゆっくり読むのもいいですね。
ドイツ語の学習にもぜひ。

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)
ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)
ワーグナー研究の第一人者による、文字どおり「決定版」といえる新訳。ドイツ語と日本語が同時に目に入ってくる画期的な組み方。もう、オペラを聴きながら訳文を見失うことはありません!「精読派」「学究派」にも満足のいくブロックごとの翻訳。

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

こちらは私の家宝。
このレベルの本は二度と出てこないし、買う人もないと思う。
バブル時代は文化も華やかでしたね。
リング四部作の引っ越し公演とかやってたし。
S席5万円ぐらいのチケットが即日完売。
あんな時代、二度と来ないでしょう。

ワーグナー 大型本 – 1992/11/1 三宅 幸夫  (著), 山崎 太郎 (著)
ワーグナー 大型本 – 1992/11/1 三宅 幸夫 (著), 山崎 太郎 (著)
バブルの名残で「リング全幕」の来日公演があった頃に発刊された(確か)、超豪華本。
オールカラーの写真・イラスト入りで、ワーグナーの生い立ち、音楽家への道、マティルダとの恋、ルードヴィヒ2世との出会い、バイロイト歌劇場設立、臨終までをマニア好みのエピソードを取り入れながら華麗に紹介。
各作品の上演の歴史、古今のワーグナー歌手などもピックアップされ、一冊丸ごとワーグナーの世界を堪能できる本だったのですが・・すでに廃刊。本当に残念です。
これは本当に貴重な逸品。私の家宝です。

ワーグナー 大型本

ワーグナー 大型本

ワーグナー 大型本

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

あわせて読みたい

トーマス・ベディエ『トリスタンとイズー物語』

愛の秘薬を誤って飲みかわしてしまった王妃イズーと王の甥トリスタン。この時から2人は死に至るまでやむことのない永遠の愛に結びつけられる。ヨーロッパ中世最大のこの恋物語は、世の掟も理非分別も超越して愛しあう“情熱恋愛の神話”として人々の心に深くやきつき、西欧人の恋愛観の形成に大きく影響を与えました。

ワーグナーのオペラとは内容が違っていますが、本作を理解するには欠かせません。

恋愛を超越した、生と死の哲学が感じられる。非常に美しい名著です。

ワーグナーのオペラで有名な「トリスタンとイゾルデ」。
もともとはケルト伝承で、べディエというフランスの研究者が、様々な異本を比較検討して纏めたのがこの訳の底本ということだ。しかしこれは現代人が読んでも十分面白い。佐藤輝夫の訳はなかなかの名訳で、読みやすいし、格調も高い。名作と呼ばれる後世の作品の中にも、影響を見ることが出来るし、西洋的「対幻想」の原型として、一度は読んでおくべきだと思う。娯楽教養小説としてもいけるし、「指輪物語」風に映像化することも十分可能だろう。
死を齎し、死後も絶えて消えることのない西洋的「永遠の愛」の原点である。

【amazonレビューより】

トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)
トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)
愛の秘薬を誤って飲みかわしてしまった王妃イズーと王の甥トリスタン。この時から2人は死に至るまでやむことのない永遠の愛に結びつけられる。ヨーロッパ中世最大のこの恋物語は、世の掟も理非分別も超越して愛しあう“情熱恋愛の神話”として人々の心に深くやきつき、西欧人の恋愛観の形成に大きく影響を与えた。

「トリスタンさま、イズーさま、
あなた方のお飲みになりましたのは、
それは死でございますよ!」

媚薬を飲んで陶然と向かい合う二人に、侍女ブランジャンが叫ぶ言葉です。
二人が愛し合うことは、現世の掟に背くこと。
媚薬によって胸に秘めた愛が発露した瞬間から、二人は現世を離れ、死に向かいます。
なぜなら二人の愛は「死」によってのみ完全となるからです。

ひっきょう、恋とは隠しきれぬものである。

その想いを隠せるうちは、まだ本物ではありません。
恋とは、胸から、瞳から、自然に溢れ出すものだから。

恋人よ、われらはかくこそ。
我なくば、御身なく
御身なくば、我なし! (マリ・ド・フランス)

「我なくば、御身なし」――愛し合う二人にとって、まさに究極の言葉です。

トリスタン様、このお腕をしっかりと抱きしめて下さいませ。
二人の心臓が裂けて、抱擁の中で、いっそ死んでしまいとうございます。

愛し合う二人が真に一つになろうと思ったら、もはや「死」しかありません。
名前も、地位も、肉体も、二人の魂を隔てる一切のものを脱ぎ捨てる以外に、完全な結合は有り得ないからです。
愛極まれば死に至る、といったところでしょうか。
「神曲」で有名なダンテも、「愛こそは我らを死にぞ導きぬ」という言葉を残しています。

【運命】ウィリアム・ウォーターハウス

【運命】ウィリアム・ウォーターハウス

『音楽の友』掲載のコラムより

『トリスタン』を聴くたびに私は思い巡らす。
ワーグナーはどんな想いでこの曲を作ったのだろう、と。

恋と作曲は同時進行したというのが大方の見解だが、私には虚構が現実を支配したように思えてならない。
“愛”への強い憧れを抱いていた彼が、トリスタンという虚構と同化するうちに、イゾルデと同じ立場にある現実の女性に、憧れさながらの愛を抱くに至ったのではないかと。
もちろん、彼は彼女のことも愛していただろう。
だが、もっと愛していたのは“愛”そのもの……自分の憧れから生まれ、音楽の中に形を現した、あの狂おしい響きそのものではなかったか、と思うのだ。

ところで、私はもう一つのこんな物語を考える。
イゾルデは、己の心情を欺いて生きようとする最愛の男を自分の海に沈める為に、死の杯を装って媚薬を飲ませるのだ。
そしてトリスタンも、イゾルデの差し出した杯の意味に気付きながら、魂を解き放つ為に杯を手にする。
トリスタンが杯に酔うと、イゾルデはその身も心も自分の中に取り込む様にして、恍惚と彼を抱きしめるのだ。
元来、女は人を愛するのに媚薬なんて要らない。< 強い渇望を抱きながらも、理性によって自分のすべてを愛に投じられない男の為に、こういう薬が必要なのだ。
イゾルデは媚薬をもって、名誉や忠義でがんじがらめの孤独な男の魂を解放し、真の光の中へと連れて行った。
それはまた愛深き女の胎内に渇えた男が帰って行くというイメージを喚起させる。
媚薬を味わうべきは、憧れてるくせに、浪漫を鼻で笑う朴念仁の世の男どもだ。
媚薬は女の手の中に有る。
深い夜の懐に抱かれに、一生に一度は味わってはいかが?

『音楽の友』 95年11月号に掲載されたものを補筆しました。

【詩】 トリスタンとイゾルデに寄せて

In the Night

同じ出会うなら
夜の中で
会いたかった
いっさいが許される
この世を離れた何処かで

夜よ
深く優しい夜の闇よ

今宵
この一夜だけ
二人の秘密を
覆い隠して欲しい

朝になれば
すべてが露と消えるから

もう生きていたいとは思わない

あなたと一つになれるなら
死をもこえてゆくだろう
もう誰も追っては来ない
夜の深い懐へと――

死は優しく二人を抱き
永遠の合一へと導く

愛だけが叶える
無上の悦びの中へと――

初稿:1999年秋

Myth of Love

この世に残された最後の純愛を、道ならぬ恋という。

お互い、何の打算も駆け引きも無く、

ただ互いの魂だけを見詰めて、引かれ合うからこそ、

純粋に燃焼できるのかもしれない。

愛極まれば、死に至る。

それはまた人間に残された最後の神話でもある。

初稿:1999年

Notes of Life

自己肯定感を高めたければ、誰かの役に立つのが一番の近道です。 いきなり人の中に入るのが怖ければ、小さな鉢植えでいいので、大事に育ててみましょう。 自分みたいな人間でも必要とされていることが分かれば自尊心も高まり、自信に繋がります。

この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO 著者

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
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