君とはいい友人になれると思う ~トロピカル・パークの語らい

    第二章 神の遺伝子 ~胸腺(6)

    STORY
    アドナはスティンと再会し、彼が設計図の復元を手がけていることを知る。だが、スティンは身の危険を感じ、今夜にも脱出する意向を打ち明ける。 アドナは理解を示しながらも、不安な胸の内を吐露し、スティンもまたエルメインのゲノム編集で作り出されたアドナの哀しい身の上を知る。 スティンは自分の非を詫び、性別を超えた友情を誓う。

    目次

    トロピカルパークの語らい

    感染症騒ぎと無能な政府

    翌日。

    アドナは仕事を終えると、セスと落ち合う為にトロピカルパークを訪れた。昼過ぎ、セスから連絡があり、今後の事についていろいろ話したいとのことだ。今朝になって四人目の患者が運び込まれ、性病だけでは説明のつかない事態になってきたからだろう。

    四人目の患者は七十代前半の配水管技師だ。夕べから悪寒戦慄と高熱、下痢や腹痛が見られ、明け方に救急外来を受診した。高血圧と前立腺肥大、腎盂腎炎の既往があり、二度の入院歴がある。既に第一線を退いて久しいが、人手不足もあり、ほとんどボランティアとして下階の給水設備の修理と点検に携わってきた。主要な受け持ちは140階から144階の外周水路だという。前回も水。今回も水。最高評議会で水の汚染を指摘したジュール医師を皆で嘲笑ったくせに、今ではミクロの恐怖に右往左往だ。今朝になってようやく外周水路や人工池など、雑用水の中に入らないよう広報が出され、噴水やプールも停止した。しかし、外周水路やグリーンエリアの水流を完全に止めることはできない為、水量を極力絞って、最小限の還流は維持している。この上に水質汚濁を引き起こせば、農作物やグリーンに深刻なダメージを引き起こし、それこそ市民全員が飢え死にしかねないからだ。

    執政府も、常連客の性的関係や性病検査にリソースを注ぎ込む時間があれば、水質検査や設備点検に充てればよかったのだ。そうすれば、少なくとも無用なパニックは防げたかもしれない。今では「水を飲んだら死ぬ」「手洗いはいいが、シャワーは駄目」など根拠のない噂が広がり、鍋やポットを片手に一部の給水口に市民が殺到する騒ぎとなっている。

    まったくバラスを筆頭に執政府の無能ぶりには呆れ果てる。このまま原因究明も覚束ないまま、上から下まで感染症が蔓延し、死者が続出すれば、どう責任を取るつもりなのか。それでも医療資源はVIPの為に確保し、庶民は見捨てるつもりなのだろうか。

    スティンとの再会 ~真実を打ち明ける

    アドナは人工火山の裏手にあるベンチに腰かけると、やりきれないように溜め息をついた。

    今日から流水プールも子供向けの噴水広場も立入禁止になり、名物の人工滝も水流が八割以下に絞られて、表面の汚れを洗い流す程度になっている。いつもならこの時間、水と光のパフォーマンスを楽しむ市民で賑わうが、カフェやフィットネスも閉鎖されていることもあり、時々、見回りの警官やインフラ担当の職員の姿を見かける程度だ。市民は感染や取り調べを恐れて大半が住まいに籠もっている。

    アドナは溜め息をつくと、夕暮れの空を見上げ、《天都》も、自分も、どうなってしまうのだろうと思い巡らせた。

    ジュール先生と話して、だいぶ気持ちも落ち着いたが、圏内がこのような状態ではとても自身の治療どころではない。第一、エルメインがそれを許すのか。彼は依然として囚われ人であり、ゲージの中の実験動物である。

    こんな時、身を寄せ合う人がいれば、どれほど心の救いになることか。性も孤独も超越して、男でも女でもない自分を生きようとしたが、こんな風になって初めて痛感する。どんな身体であっても、人は人に支えられ、一人では決して生きられないことを。

    再び胸が塞ぎ、涙がこぼれそうになった時、背後から「ウサギちゃん」と思いがけない声が聞こえてきた。スティンだ。

    アドナが信じられないような思いで腰を浮かせると、「横に座っていいか」とスティンが訊いた。アドナが小さく頷くと、スティンは少し間を開けて腰を下ろし、「この間はひどい物言いをして悪かった。俺も頭に血が上ってた」と心から謝った。

    「自分でも分かってるんだ。一人で隠し通すのも限界があると。そんな最中に君が現れた。友達ができるのは嬉しいが、深く関わると調子が狂いそうで怖かった。慣れてないんだ、こういうの。今まで誰かが親身に手を差し伸べてくれることなどなかったから」

    「心から謝ってくれるなら、それでいいんだ。わたしも君との約束を破って、勝手に出自を探ってしまった。まさか市民IDが存在しないとは夢にも思わなかった……」

    「それについては、また次の機会に話す。今さら虫のいい話だが、今日は君に頼みがあって来た。俺の祖父を助けて欲しい。だんだん言動がおかしくなって、俺でも抑えが効かなくなっている。今も腹いっぱい食べさせて、やっと寝かしつけたところだ。だが、いつまで静かに寝ているか分からない。俺一人ではもう無理だ。だから君の助けが欲しい」

    「お祖父さんにも市民IDが無いのかい?」

    「いや。IDが無いのは俺だけだ。祖父はれっきとした市民で、俺が生まれる以前はIT部の要職にも就いていた」

    「じゃあ、何故……」

    「それも次の機会に話す。ともかく近いうちに俺の住まいを訪ねて、祖父を保護して欲しい。保健所に匿名の通報があったと言えば祖父も納得するだろう。そして、病院でしっかりケアして欲しいんだ。頼む」

    「それなら心配無用だよ。たとえ違法行為があったとしても、病気の高齢者に診察も受けさせず、問答無用で独房に閉じ込めるなど、あってはならないことだ。私の知り合いの医師に頼めば診断書も書いてくれるし、法務局の知人に相談すれば、人権を重んじる専門家を付けてくれる」

    「君を信じるよ。ありがとう」

    「だけど、君はどうするつもり? 先日、わたしの友人に保健所の追跡リストを調べてもらったら、『家庭教師のテイラー』が筆頭に上がっていた。あれは君のことだね」

    「俺は何もしてない。たまに勉強を見て、ボードゲームに付き合っていただけだ。なぜ彼女が俺と性的関係にあったみたいに周りに吹聴したのか理解に苦しむ。前から大袈裟な子だったが、まさか俺のことをそんな風に噂しているとは夢にも思わなかった」

    「だが、証明する手立てがないよ。女の子は亡くなったし、密室の出来事だろう」

    「母親に聞けば分かるはずだ。俺とジェシカが何でもなかったことは彼女が証言する」

    「でも、あのお母さんも少し変わってるよ」

    「あの人の警戒心が強いのは理由がある。彼女はいわゆる代理母だ。過去に三人、VIPの夫婦の為に子供を産んでいる。ジェシカは四人目だ。だが、ジェシカが生まれて間もなく、血液に異常があることが分かって、VIPの夫婦が受け取りを拒んだ。憐れに思った母親が引き取って、最下階で育てることにしたんだ。とはいえ秘密は絶対厳守。VIPの内情を外に漏らせば、彼女もどんな目に遭うか分からない。だから見知らぬ人間にはよそよそしいし、ジェシカの病気が悪化した時も、なかなか医者に診せようとしなかったんだよ。書類上、市民IDや偽の離婚歴は誤魔化せても、血の繋がりは誤魔化せないからね。彼女も詮索されるのを恐れてた。だから俺とも気が合ったんだ」

    「彼女はどうして君には自分の身の上を話したんだ?」

    「彼女も一人で隠し通すことに疲れたんだろう。家を留守にするのも、食堂の仕事が全てではなく、VIPの享楽の相手をする為だ。そして、その見返りに、本物の鶏肉や上等な果物を受け取っていた。それで俺にもご馳走してくれたんだ。ジェシカが寝込んだ時も、恐らく誰かに呼び出されて、上階に行ったんだろう。用事を済ませて帰ってきたら、もはや手の施しようがない状態になっていた。たとえ偶然でも、君が訪ねなかったら、彼女は娘と一緒に自死していたかもしれない。もっとも彼女が一連の出来事をどう受け止めているか、俺には伺い知れないが」

    「でも、このままだと、君はあの女の子との淫行を疑われて、もっと罪が重くなるよ。まして彼女は壮絶な死に方をしている。他にもいろいろ容疑をふっかけられて、冤罪で裁かれる危険性もある。君の出自にどんな事情ががあるのか知らないが、事と次第によっては命に関わるよ。エルメインはそういう人間だ」

    「だから、今日か明日にも地下に身を隠すつもりだ」

    「地下って、メカニカルフロアのこと?」

    「そうじゃない。《隔壁》の外だ」

    「君はもしかして設計図のことを知ってるのか……?」

    「今は話せない。だが、《隔壁》の外に通じる経路が幾つかある。かつて作業員が使っていた通用口だ。圏内で使われている汎用設計図には記述が無いだけで、其処彼処に出入り口は存在する。施錠もそこまで厳重じゃない。俺が闇雲に開かなかったのは、害獣や害虫が侵入する恐れがあるからだ。俺が今までに開いた出入り口は一つだけ。生物研究棟の天井裏に通じる作業員用通用口だ。あのエリアは隔絶性に優れ、生物学的にも清浄が保たれている。天井裏から階下の様子を探るにも都合がいい」

    「でも、危険だよ」

    「分かってる。だが、ここに居ればもっと危険だ。冗談抜きで殺される。タワーは建物自体が軍事機密であり、国家レベルの情報資産なんだよ。VIPの金銀財宝も中層の隠し金庫に保管されている。べラの両親はそれが理由で命を奪われた。VIPにとって設計図の謎を解く者は、救い主であると同時に、富と権力を脅かす邪魔者でもあるんだよ」

    「君はまさかアラルの血族なのか?」

    「俺にも確かな血筋は分からない。だが、ある言語に通じている。設計図やゲマトリアの難読化に使われている特殊な言語だ。連中に捕まる前にここを抜け出し、他のコミュニティと連絡を取りたい。今も存在するかどうか分からないが、南の補給基地まで行けば可能性も広がる。まだ一部の人はそこで暮らしているかもしれないし、脱出経路が分かれば、圏内の人々を誘導することもできる」

    「でも、どうやって地上0階(グランドフロア)まで降りるつもり? 圏内はともかく、中層以降はエレベーターも照明も停電している。下手に触ればセキュリティシステムが作動するし、最悪、機械室に閉じ込められて、そこで命を落とすよ」

    「張り出し面を使う。タワーの上階から中層部にかけて、外壁が等間隔で張り出しているのは君も知っているだろう。あの張り出し面は避難経路でもあるんだ。外壁には安全ベルトを繋ぐ為の細い手摺りが設けられ、万一の時は張り出し面を伝って、避難梯子で下に降りられる仕様になっているんだ」

    「まさか外壁の避難梯子を使って、地上まで降りるつもり?」

    「まあ、最後まで聞けよ。正規の設計図を見たことがない人は、上から下まで、高層ホテルみたいな作りと思い込んでいるが、上層、中層、基底部ではまるで構造が違う。《隔壁》から中層のトップフロアまでは20階層しかないし、中層まで降りれば、脱出用のパラシュートや要人専用の緊急ポッドもある。これらは停電中でも使えるよう、独自の電気系統が施されていて、一般職員でも簡単に操作できる。俺も設計図を完全に復元したわけではないが、旧司令部や重要な経路以外は、かなり理解しているんだよ。このタワーを作った人間の心理や目的も」

    「だが、運よく建物の外に出られても、周りは広大な山地に囲まれ、水も食糧も手に入らない。南の補給基地まで150キロと言うけど、途中で水も食糧も尽きれば衰弱死するのがおちだし、道路がどうなっているかも分からない。それにこの辺りはオオカミの生息地だ。武器も車も無しに歩いて行くのは危険だよ」

    「俺にも勝算がある。何の手立てもなく飛び出すわけじゃない。俺がビリヤードグリーンに必勝の軌跡を描くのは知っているだろう」

    「それは分かるけど……」

    「何年も前から心の準備は出来ている。今日出るか、来年まで待つかの違いだ。エルメインに捕らえられ、設計図もGEN MATRIXも奪われるくらいなら、秘密を胸に抱えたまま死ぬ方を選ぶ」

    アドナは押し黙り、もし逆の立場でも、同じことを考えるだろうと思った。設計図はともかく、GEN MATRIXをエルメインに渡すことは、自分のような実験体を大量に生み出すことになるからだ。

    「よかったら、手伝うよ」

    アドナは控えめに切り出したが、スティンは軽く頭を振った。

    「いや……俺一人でも無事に建物の外に出られるのか分からないのに、誰かを伴うなど考えられない。君の好意は有り難いが、君はここに留まり、俺の祖父を助けてやって欲しい。辛いこともあるかもしれないが、ここには病院もあるし、食糧もある。飢えと寒さに苦しみながら、150キロメートル先の、存在するかどうかも分からないコミュニティを目指すなど君には無理だ。俺一人なら運が悪かったで諦めもつくが、君が一緒だとそういう訳にもいかない。それに君は分子生物学に精通している。生命情報科学の概念も。君なら俺と祖父のPCのデータを手がかりに設計図を復元できる。鍵はDNAだ。タワーの設計図は『エゼキエル』という女性の塩基配列を元に六十億個のピースに分割されているんだよ」

    「DNA……」

    「そう。DNAの二重螺旋だ。エゼキエルの塩基配列に従って、AGTCからなる四種類の分割ファイルを組み上げれば完成する」

    「それは、まさか神の遺伝子のこと?」

    「そこまでは分からない。だが、エゼキエルが単なる被験者でないことは確かだ。システム開発者にとっても、遺伝学においても貴重な存在だった。だから彼女の塩基配列を元に設計図を分割したんだ」

    アドナは総身が震えた。

    「どうか祖父を手厚く保護して欲しい。いよいよ手遅れになる前に、祖父から文字変換ツールと復元プログラムの使い方を聞き出して、残りのピースを完成させて欲しいんだ」

    アドナはしばらく黙っていたが、

    「君と一緒に行きたい。でも、一人の方が君にとっては動きやすいんだろうね」

    と淋しそうに言った。

    君とはいい友人になれると思う

    「俺は決して君や他の住民を見捨てたりしない。安全な経路を見つけたら、皆をタワーの外に連れ出せるよう、働きかけるつもりだ」

    「信じるよ。君が心の底では社会全体を気に懸けていることも。ただ、とても怖い……」

    「誰か一緒に居てくれる人はないのか? 巻き毛のキューピットは? そう言えば、君の両親はどうしたんだ?」

    「わたしに両親は存在しない。あるのは卵子と精子の提供者だけだ」

    「どういうこと」

    「作られたんだよ、エルメインに。受精卵のゲノムに手を加え、こんな姿にした。エルメインがこの世にある限り、わたしに安寧はない。人の姿をした実験動物なんだ。この世に生まれついた時から、ずっと……」

    「そんな馬鹿な。エルメインが君のゲノムを一からデザインしたというのか? 一体、何の為に?」

    「エルメインは単なる権力者じゃない。VIPに新鮮な血肉を提供する呪術師だ。いつもヒトの受精卵で何かやっている。エルメインにとって、受精卵や胚盤胞など命の内にも入らない。ヒトの形さえしていなければ、何をやってもいいと思っている。ゲノム編集の実験のみならず、人工臓器を作ったり、移植用のベビーをこしらえたり。わざと脳髄を欠損させて、意識や痛覚を取り除くんだ。ヒトを単なる肉塊とする為に」

    「それこそ犯罪じゃないか! 不正アクセスや身分証偽造より、もっとたちの悪い非人道的罪だ。なぜ告発しなかった? 誰かに助けを求めなかったんだ?」

    「そして、どうなるのさ。また診察室に呼び出されて、酷いことをされるだけだ。わたしには人権などない。何所にも逃げ場など無いんだよ」

    「まさか君はエルメインの子供なのか?」

    「エルメインは決して子供は作らない。万一、遺伝的に相同性をもつ人間がITシステムの最高管理権限にアクセスすれば、認証エージェントが混乱して、重大なエラーを引き起こす恐れがあるからだ」

    「認証エージェントの混乱?」

    「遺伝子センター所長も同じことを言っていた。《隔壁》を締め切った後、旧司令部のメインフレームやGEN MATRIXにアクセスできなくなったのは、ITシステムの最高管理者権限を書き替える過程で予期せぬエラーが生じたからだと。エルメインは自分のDNA配列を使った生体認証を設けている。エルメインにとって最大の弱点はエルメイン自身なんだよ」

    「なるほど……」

    「わたしは心底、エルメインが恐ろしい。見た目は知的な紳士だが、生命を脅かすことに何の良心の呵責も感じてない。まるで蝶の羽根をむしるように他人の肉体をいたぶり、相手が苦痛に顔を歪める様を見て喜んでいる。きっと被害者はわたしだけじゃない。VIPフロアに軟禁されているから人目につかないだけで、犠牲者は他にも大勢いる。それも非力で、物言わぬ子供だ。エルメインは治療者であると同時に、性的捕食者(プレデター)に生贄を差し出す怪物なんだよ」

    「君はよく生き延びたな」

    「わたしはエルメインにとって特別だったからだ。実験体であると同時に愛玩物でもあった。暴行されたわけではないが、いつも屈辱を味わってきた。それに、ある時気付いたんだ。エルメインは大人の身体には興味がない。大人の女性とも交わるけど、根っから好きなのは子供だと。実際、わたしの背が伸びて、大人の体型に近づくと、エルメインも興味をなくした」

    「それで、男の振りを?」

    「わたしは男でも女でもない。生まれた時からそうだ。そのようにエルメインに作られた。だが、それでいい。わたしはわたし。性など必要ない。ただ、わたしという人間があるだけだ」

    「でも今は意識してる。そうだろ? 巻き毛のキューピットが言ってた。君は心と身体が別だと。そして、俺もそう思う。でも、本当にそれで幸せか? 無理に自分は男だと言い聞かせてるだけじゃないのか」

    「男じゃ悪いのか」

    「良い悪いの問題じゃないよ。君は俺に対して、どっちでいたいんだ?」

    「わたしはどちらでもない! そんなこと、すぐに決められるわけがない!」

    「決められなくても、自分では分かってるだろ? 本当に男で納得してるなら、なぜそんな悲しそうな顔をする? 俺と発展しなくても平気なはずだぞ?」

    「……」

    「ビリヤードをしている時の君はとても楽しそうだった。拗ねたり、笑ったり、一所懸命に俺の真似をして、今まで出会った誰よりも純粋に見えた。だが、本物の男はキューを片手に『教えて』なんて甘えたりしないんだよ」

    「でも、わたしのことを『気持ち悪い』と言った! わたしのことを、『気持ち悪い』と……」

    「ああ、言ったさ!! だが、それは君が男と言い張るからだ。そうでないなら、俺の見方も変わる」

    アドナの目から涙がこぼれ落ち、白衣の膝に滴り落ちた。

    「よかったら肩を貸すよ。一緒に居ても男女のように発展することはないだろうが、人としては解り合える。いつか何もかも決着したら、一緒に食事をして、ビリヤードを楽しもう。性の壁は超えられなくても、君とはいい友人になれると思う」

    アドナが恐る恐るスティンの肩にもたれると、スティンもアドナのきれいに揃った膝頭を見つめ、巻き毛の言葉が真実であることを悟った。そして、アドナがむせび泣くのを聞くうちに、まだ見ぬ仇敵に対する怒りがふつふつと湧いてきたのだった。

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    タワーからの脱出 ~ガル爺さんとスティンの語らい ㉖ガル爺さんは食堂で騒ぎを起こし、スティンも出入り禁止になる。途方に暮れるスティンに爺さんは「タワーの外に逃げろ」と促し、脱出経路を説明する。スティンは市民を見捨てることはできないと躊躇する。
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    アラルの血族とスティンの出生の秘密 ㉘アドナはスティンが逮捕されたことを知り、ベラと共にガル爺さんの保護に向かう。爺さんはスティンの出生とアラルの血族の歴史的悲劇について語り、アドナもまた自らの運命に立ち向かう。


    執筆に参照した引用・参考文献はこちらです。

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