『他人の成功談はおとぎ話だと思いなさい』中島義道氏の人生相談より

いつの頃からか、若い人の間では、意識高く自分をアップデートしたり、(誰もが認めるような)何ものかになることが善徳になりました。

少なくとも、1980年代においては、「社会に役立つ」とか「自分らしく」とか「私は何ものか」など、深く考察する人間は「ネクラ(根が暗い)」と馬鹿にされ、自己啓発など見向きもされませんでしたが、1990年代、世の中が不況に陥ると、「自分探し」「スピリチュアル」といったものが、にわかに注目を厚め、SNS全盛期に至っては、個々が病気になるほどのプレッシャーを生みだしています。

そんな中、「私はこうやって○○になった」みたいな成功談はいっそう輝いて見えますし、苦しい現状から救い出してくれる蜘蛛の糸のようにも感じるでしょう。

誰もが救いの手を探し求めている今、「私はこれで成功したから、あなたも同じようにやってみたら」というノウハウは、さながら一発逆転の魔法の呪文のように心に響くのかもしれません。

しかしながら、戦う哲学者の中島義道氏に言わせれば、『成功した人は何でも語りたがりますが、その成功談はおとぎ話程度の役にしか立ちません』。

なぜって、あなたの前に道はなく、あなたの後にも道は無いからです。

https://toyokeizai.net/articles/-/19088

長い人生を送ってくれば自然とわかりますが、石にかじりつき血を流すほどの努力をしても報われるとは限りませんし、鼻歌交じりにやってもあれよあれよとうまく行くことがあります。哲学をしてよかったと思うことは、実は人間のすることなすこと、みな「わかったふりをしていますが、実は何もわかっていない」ということがわかったことです、努力がどう報われるか、などという複雑きわまりない方程式の解などわかりっこない。

≪中略≫

似たように見える実例であっても、あなたはAでもBでもCでもなく「あなた」なのであり、状況もaでもbでもcでもなく、「いま・ここ」なのですから。よって、成功した人は何でも語りたがりますが、その成功談はおとぎ話程度の役にしか立ちません。

≪中略≫

あなたの人生はあなたが切り開くしかないということ、他人の成功談・失敗談、いやあなた自身のこれまでの成功例・失敗例でさえ、次にあなたが動くときには、ほとんど何の役にも立たない、ということでしょうか。

「何事も、実際にやってみるまではわからない」ということです。

≪中略≫

あなたがする「次の選択」は、これまで地上に生息した人類の誰ひとりとしてしなかった、まったく新しいものなのです。だから、それが成功したか失敗したかを決めるのは「あなた」だけなのです。

『あなたがする「次の選択」は、これまで地上に生息した人類の誰ひとりとしてしなかった、まったく新しいもの』というのは、本当にその通りです。

同じ会社に就職するにしても、A君とB君では、家庭の事情も、頭の程度も、性格も、趣味も、何から何まで違う。

同じ会社に就職した後、仕事が合って、ぐんぐん伸びる人もあれば、上司が悪魔みたいな奴で、入社後三ヶ月でノイローゼになる人もある。

「ボクはこの仕事(会社)で成功した」といっても、それは”その人”だから成し得たことであって、人それぞれに道筋は違うし、バックグラウンドは違う。

もし成功談に意味があるとすれば、確率の問題であって、喩えるなら、残業当たり前の個人商店に勤めるよりは、Googleに入社した方が給料もいいし、可能性も広がるよ、という話。もちろん、Googleに入社したからといって、皆が皆、ハッピーになるわけではない。入ってみたら幻滅することもあるだろうし、子供はグレて親のすねかじりになるかもしれない、その後の人生なんて、誰にも分からんのです。

もちろん、他人の成功談は、同じ道を志す人のヒントになるだろうし、その過程での苦労話は励みにもなるでしょう。

でも、そっくり真似れば、誰でも同じようにできるわけではないし、ましてノウハウなど教えられるものではありません。

成功者と同じレベルになろうと思えば、能力も、人脈も、運も、財力も、何から何まで同じレベルでなければ、まあ無理です。

成功のノウハウを説く人が、そこまで面倒見てくれるわけではないでしょう?

理屈だけ教えて、「後は自分でやって」。

それが全てでしょう。

それを分かった上で参考にするなら、それも一つのヒントに違いないですが、それ以上のものを相手に期待したり、重ね見たりすると、いずれ相手とのギャップに苦しむようになるので、他人の成功談など、話半分に聞いておくのが賢明だと思います。

今は世の中全体が不安定で、安心や保証を手に入れるのが以前よりずっと難しい時代です。

だからこそ、万に一つの成功談に振り回されず、自分に自信と誇りを持って、何か一つでも、他人に胸張って語れるようなものを積み上げて頂けたらと思います。友達とか、漫画熱とか、ペットを可愛がるとか、何でもありですよ。

今回の相談は「個人的な些細な悩み」のうちでも際立って「些細な」悩みに見えますが、こういうことを簡単に切り捨てる哲学者は、いかにすばらしい学問的業績があろうと、しょせんニセモノです。哲学者とは人間に関するすべてに対しておざなりな態度を取らない者のことです。

誰かにこっそり教えたい 👂
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この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO Author

作家・文芸愛好家。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚の小説を手がけています。東欧在住。作品が名刺代わり。Amazon著者ページ https://amzn.to/3VmKhhR

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