自己主張にも言葉のスキルが必要 映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』

ストレイト・アウタ・コンプトン
目次 🏃

映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』 あらすじと見どころ

ストレイト・アウタ・コンプトン(2015年) ー Straight Outta Compton(コンプトンは実在の町。カリフォルニア州に位置し、深刻な貧困や人種問題を抱えることで知られる)

監督 : F・ゲイリー・グレイ
主演 : ジェイソン・ミッチェル(イージー・E)、オシェア・ジャンクソン・Jr(アイス・キューブ)、コーリー・ホーキンズ(ドクター・ドレ)

ストレイト・アウタ・コンプトン (字幕版)
ストレイト・アウタ・コンプトン (字幕版)

あらすじ

ドラッグ売人のイージー・Eは、ヒップホップに魅了され、地元のクラブでDJとして活躍していたドクター・ドレ、ラッパーのアイス・キューブを仲間に誘って、『N.W.A(エヌ・ダブリュ・エー。“主張する黒人たち”の意味)』を結成する。
日常の怒りをぶつけるような過激な歌詞と激しいビートでたちまち人気となり、ファースト・アルバムの『ストレイト・アウタ・コンプトン』も全米で300万枚の売り上げを記録する。
しかし、彼らの音楽は社会現象となり、大勢の若者が感化されたことから、警察やFBIの監視対象となり、世間の風当たりも強くなる。
また、権利や報酬をめぐって、メンバー間やプロデューサーの対立が激化し、ついにはグループ解散に追い込まれる。
心を入れ替えたイージー・Eは、メンバーらに謝罪し、一からやり直そうとするが、すでに彼の身体はAIDSに蝕まれていた……。

見どころ

実際に、N.W.Aのメンバーと交流のあったスタッフが製作し、撮影もミュージックビデオの製作で定評のあるマシュー・リバティックが手がけているだけあって、ライブの場面は本物そっくりの迫力。出演者も完全に役柄になりきっており、口パクとは異なる、熱いパフォーマンスを見せてくれる。

歌詞は「ピー」な言葉が多いし、女遊びとドラッグに明け暮れるメンバーの痴態も大概だが、人種差別や貧困を訴える彼らの動機には説得力があるし、無学ゆえに狡猾なプロデューサーに騙される経緯も胸に迫るものがある。

ストリート系の若者がごちゃごちゃイキってるだけ、と思うかもしれないが、彼らの歌詞には拘りがあるし、音楽的に上を目指したい動機も理解できる。

ただ、彼らはあまりにも若く、大金と名誉を手にするには、10年早かった。

だが、そこで利口になれなかった点が、逆に、彼らの魅力かもしれない。

ヒップホップに興味のない人も、ライブの場面は圧巻なので、ラップ系ミュージカルとして楽しんで欲しい。

2時間40分の長編ながら、まったく飽きさせない脚本も見事。

予告編もオフィシャルの方がクールです。日本語版はこちら

こちらが、N.W.Aのオフィシャル動画。

真実を伝えると、みんなが怒る

本作で一番印象的なのは、『おかしいよ 真実を伝えると みんなが怒る』という台詞だろう。

N.W.Aは全米で大ヒットするが、それと同じくらい、世間から忌み嫌われた。

良識派の市民に非難され、自分たちのレコードがブルドーザーで踏みつけにされる光景を目の当たりにしたアイス・キューブは、『おかしいよ。真実を伝えると、みんなが怒る』と呟く。

真実を伝えると みんなが怒る

「こんなものは音楽じゃない」と彼らのレコードを踏みつけにする。

こんなものは音楽じゃない

しかし、それに対するイージー・Eの返答が痛快。

真実とは……やつらはレコードを壊していい。だって、買ってくれたんだから

本当にその通り。

これだけ大量のレコードを購入して、売り上げに貢献してくれたなら、ミュージシャンには御の字だ。

青春のサクセス・ストーリーを描く

本作の魅力は、青春のサクセス・ストーリーとしての魅力も描いている点だ。

たとえば、一番最初のレコーディングは、スタジオも小さく、イージー・Eの歌もいまいち。

しかし、ドクター・ドレ、アイス・キューブらの卓越した能力によってスキルは増し、最後には立派なスタジオを建設する。

また、反抗的な彼らは、コンサート会場に警察やFBIが張り込んでいるのを承知で、警察を長髪するラップを歌う。
警察は直ちに逮捕に向かい、N.W.Aのメンバーはコンサート会場から逃げ出す。
若さ全開の弾けっぷりも見物。

N.W.A は権利や報酬をめぐって仲間割れし、アイス・キューブもイージー・Eを批判するようになるが、それもラップ対決という形で展開するのが面白い。
動画は、イージー・Eに対する皮肉を込めたアイス・キューブの新曲。

本作はライブシーンも素晴らしく、そのまま公式のミュージック・ビデオに使えそうなクオリティの高さ。
今でこそ、こうしたライブも当たり前だが、当時は斬新で、熱狂的だったのだろう。

【コラム】 自己主張にも言葉のスキルは必要

以前、社会活動に取り組む若者グループが往来で「○○首相は辞めろ~」とラップ調で叫んで、世間の注目を集めたことがあった。

私も何度か動画で目にしたが、非常に残念に感じたのは、あまりに言葉のセンスが悪い、ということだった。

「言いたいことを、言いたい放題に言う」のと、「どうすれば大衆の心を惹きつけることができるか」を考えながら言葉を選ぶのでは大きく違うし、どれほど優れた理念や信条も、言葉が悪ければ、心に響かないものだ。

N.W.Aも、決して文学部卒のエリートではないが、言いたい放題に言うのではなく、リズムやメロディに合わせて言葉を選んでいるのは分かる。

抜け出す意思のある者だけが抜け出せる 不遇と幸運の境目 映画『8 Miles』もそうだが、ラップのリリックやライムには文学に根ざした技巧が必要で、いくら主張が立派でも、詩歌として『作品』になってなければ評価されない。

大衆の理解と共感を得るには、言葉のスキルが不可欠なのだ。

若い人が勇気をもって主張するのは好ましいことだ。

だが、チンドン屋みたいな集団でも、ネタとして金になるなら、無条件に持ち上げて、チヤホヤするのもどうかと思う。

かえって彼らを勘違いさせ、向上の機会も逸してしまうのではないだろうか。

まして政治活動なら、大衆の支持が得られなければ意味がない。

その為には、『万人が好ましいと思う代表者』『四方に説得力のある、誠実な言葉』等々、工夫が必要。

「目立ちたいから」だけではダメなのだ。

表現方法に決まりはなく、たとえ、それが反社会的な事でも、上手に伝える術はある。

その根幹となるのが、言葉の能力と思えば、「何でも思ったままを口にすればいい」は通用しないと理解できるのではないだろうか。

Notes of Life

拾いの神は捨てられた後にやって来る ~自分を捨てることは一切の可能性を捨てること
「捨てる神あれば、拾う神あり」の諺を元に、「神に拾われるには、最初に捨てられなければならない」という幸せな考え方について綴っています。

この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO 著者

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
amazon著者ページ https://amzn.to/3btlNeX

Kindleストア

ジャンルはSFですが古典的なスタイルの長編小説です。海外翻訳文学が好きな方に向いています。
サイトで気軽に試し読みできます。

📔 無料で読めるPDFサンプルはこちら

TOP
目次 🏃
閉じる