『そらまめ』の詩 ~手足を伸ばして、からを割ろう

寺山修司の世界
そらまめ
そらまめが病気になったら
そらまめの医者を呼べばいい

そらまめが死にたくなかったら
パチンとからを割ってとびだすさ

何のはなしか
おわかりか?

《寺山修司 少女詩集≫ 角川文庫》

人には、いろんな『から』がある。
決まりごと。
思い込み。
世の風潮。
自身の主義信条が『から』になることもある。

『から』が窮屈に感じるのは、自分が大きくなった証だ。
身体の大きいやどかりが、もっと大きなやどに乗り換えるように、人も自分に見合ったからを求めるようになる。
からが悪いのではなく、成長とはそういうものなのだ。

成長し続ける者は、常に破壊者だ
パチンと弾ける音は、周りを不快にすることもある。

それでも手足を伸ばして生きたいなら、からを割るしかない。
人は変わるが、からの方から人に合わせて変わることは決してないからだ。

あちこちでパチンと音が鳴り響き、若いそらまめが大地に降り立つのは、畑が元気な証しだ。
新芽も育って、そらまめの世界は西に東に拡がっていく。
そらまめ達が縮こまり、からの中で息を潜めるようになれば、いずれ畑は痩せ衰えて、新芽も枯れてしまうだろう。

成長は綺麗事ではない。
時に周りを傷つけることもある。
それでも、それでも、生きたいと願う。
その荒々しい本能が大地に活力を与えるのではないだろうか。

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