バレエ『眠りの森の美女』の物語と見どころ / 体力的にきついオーロラ姫の踊り

眠りの森の美女

バレエ漫画の金字塔。地方のバレエ教室の一世とに過ぎなかった聖真澄が、ロシアの名教師アレクセイ・ミハイロフをはじめ、様々な強敵や天才との出会いを通して、世界を代表するプリマに成長する物語。単なるスポ根にとどまらず、人生とは何か、芸術とは何かを問いかける、哲学的な作品です。この記事はSWANに登場する演目や見どころについて動画で紹介しています。

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京極小夜子のオーロラ姫

カルラ・フラッチの「ジゼル」~有吉京子の『SWAN』を観る (2)の続きです

日本バレエ・コンクールで優れた成績を収めた聖真澄、京極小夜子、草壁飛翔らは、モスクワのボリショイ・バレエ団に招待されます。

ロシアの天才少女ラリサ・マクシモーヴァと『ジゼル』を競演し、実力を認められた京極小夜子は、日本を代表するプリマとして『眠りの森の美女』のオーロラ姫を踊ります。

小夜子の踊りは、目の肥えたモスクワの観客を魅了し、第一幕、第二幕と順調に進みますが、前日の競演で小夜子は足を痛め、次第に踊るのが困難になります。

無理を押して、『眠りの森の美女』の最大の見せ場である『グラン・パ・ド・ドゥ』に挑みますが、ジャンプの着地と同時にアキレス腱が断裂し、小夜子は這うようにして舞台袖に戻ります。

SWANの説明によると、「精神的にきついのが“ジゼル”で、肉体的にきついのが“眠りの森の美女”」とのこと。

確かに、オーロラ姫は全幕を通して出ずっぱりで、しかも各幕ごとに見せ場となるソロやパ・ド・ドゥが盛り込まれている為、同じテンションを保ち続けるのは至難の業です。

しかも、第三幕のオーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥは王女にふさわしい、光り輝くようなカリスマ性も要求される為、足を痛めた小夜子にとって、大変なプレッシャーだったでしょう。

SWANでは、京極小夜子が足を痛めたことで、真澄の運命も大きく変わります。

参考 → マイヤ・プリセツカヤの黒鳥とバレエ『白鳥の湖』 ~有吉京子のSWANを観る(1)

バラのアダージョ

そんな『眠りの森の美女』の第一の見どころは、、オーロラ姫の16歳の誕生日。四人の王子のプロポーズを受けて踊る、『バラのアダージョ(ローズ・アダージョ)』でしょう。

クライマックス、ポアント(つま先)でアティチュードの姿勢を保ちながら、四人の王子と踊るパートはプロでも緊張する難度Cの大技です。

こちらは、1990年代のホープだった、ラリサ・レジュニナの『バラのアダージョ』。
キーロフ・バレエ団の公演のVHSビデオで、私も所有していました。

この時、レジュニナは18歳。次のキーロフのスターと目されていましたが、その後はあまりパっとしなかったような……。
このバラのアダージョも、ヨタヨタとして、どこか頼りないのですが、それがまた初々しくて、可愛い。
オーロラ姫は、超絶技巧ばっちりのベテランが踊るより、デビューして間もないお嬢ちゃんが危なっかしい足取りで踊る方が魅力的な気がします。

こちらは、スヴェトラーナ・ザハーロワの『バラのアダージョ』。
さすがの安定感です。

ちなみに、『眠りの森の美女』は、英国ロイヤル・バレエ団のお家芸と言われ、SWANでもお馴染みのマーゴ・フォンティーンのオーロラ姫は今に語り継がれています。

私が90年代に鑑賞したロイヤル・バレエ団の日本公演では、デボラ・ブルという、日本ではあまり知られてないプリマがオーロラ姫だったのですが、素敵な舞台でした。

当日は、相当緊張されていたのか、見せ場のアティチュードで、片足がぶるぶる震えて、今にも落ちそうだったのですが、必死に持ちこたえようとする気迫が会場いっぱいに伝わって、見事、成功した時には、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こったのが今も忘れられません。
後にも先にも、あれほど盛り上がった『バラのアダージョ』は、デボラ・ブルさん、ただ一人です。(本当に凄かった)

オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥ

『眠りの森の美女』の最大の見どころは、第三幕、結婚式のクライマックスで踊られる、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥでしょう。

京極小夜子が、足を痛めながらも、モスクワの観客を魅了し、これは大成功だと思われた時、ラリサが口にする「だけど、彼女は、最大の見せ場である第三幕を踊っていないのよ」の言葉通り、オーロラ姫の最大の見せ場は最後の最後に登場します。

第一幕と第二幕がどれほど完璧でも、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥが期待外れでは、画竜点睛を欠きます。

こちらは、上記で紹介したキーロフ・バレエ団、ラリッサ・レジュニナ&ファルフ・ルジマトフのグラン・パ・ド・ドゥ。
エキゾチックな美貌と卓越した技巧が魅力のファルフ・ルジマトフが、ここではオーソドックスな王子役を忠実に演じていて、好感が持てます。

こちらは、オーリー・デュポンとマニュエル・ルグリのグラン・パ・ド・ドゥ。
パリ・オペラ座の演出は、どこかファンタジックです。

青い鳥のパ・ド・ドゥ

こちらは、『結婚式』で踊られる、青い鳥のパ・ド・ドゥ。
このパート非常に人気があって、ガラ・コンサートでもよく取り上げられます。
京極小夜子と草壁飛翔もコンクールで踊っていましたね。
男性も、ダンスール・ノーブルとしてのマナーをわきまえている
というセリフがありました。

こちらは英国ロイヤル・バレエのオーソドックスな演出。
青い鳥には、軽やかで、高い跳躍が求められます。

リラの精の踊り

『眠りの森の美女』で、オーロラ姫に匹敵する重要な役回りがリラの精です。
リラの精は、オーロラ姫の命名式に招待された精霊たちのリーダー格で、「リラの花」をイメージする薄紫の衣装を着ています。

優しさの精や元気の精らが、それぞれの美点をオーロラ姫に授けた後、リラの精から贈り物をしようとした時、雷鳴と共に悪の精カラボスが現れます。
カラボスは、無視された腹いせにオーロラ姫に呪いをかけ、「16歳の誕生日に糸紡ぎの針に指を刺して死ぬ」と言い放ちます。

そこにリラの精が現れ、カラボスを遠ざけます。
悲嘆に暮れる王と王妃に、リラの精が告げます。
「カラボスの呪いはあまりに強すぎて、私の力で解くことはできません。しかし、オーロラ姫は眠りにつくだけ。愛する人の接吻で目を覚ますでしょう」

リラの精には、善と叡知を感じさせる気品と存在感が求められます。
女神のようなオーラを放つ、実力派プリマの役どころです。

こちらは、ラリッサ・レジュニナ主演と同じ、キーロフ・バレエ団の第一幕。
リラの精を踊るのは、キーロフが誇るプリマ・バレリーナのユリア・マハリナ。
しっとりと、アダルトな雰囲気が魅力で、いまだかつて、ユリア・マハリナに優るリラの精は見たことがないです。

ユリア・マハリナのリラの精は、単に綺麗なだけでなく、場を圧倒するようなオーラがあるんですね。
全編にわたって、巫女のような存在感です。

YouTubeの画質が悪いのが本当に残念です。VHSビデオの製品版は非常に綺麗でした。

前半の六人の精の踊りはこちら。
https://youtu.be/Kt1Fy01s-3I

悪の精 カラボスの踊り

『眠りの森の美女』の出来映えを左右するのが、悪の精カラボスです。
通常、女性が演じますが、キーロフ・バレエ団では、男性が魔女を演じて、素晴らしく上手でした。
いまだかつて、この演技にまさるカラボスは観たことがないです。

一般的な演出では、チャッチャーチャチャララの呪いの場面で、両手首を十字に組み合わせた呪いのポーズを取ることが多いですが、キーロフ・バレエのカラボスは高笑いして、それが音楽に非常にマッチしているのです。

こちらの動画は、カラボス登場から始まります。
王様と王妃様がちょっとばかりユニークなのがキーロフ・バレエの特徴です。

ちなみに、キーロフ・バレエの映像は輸入盤DVDで購入可能です。
今も流通しているのは、舞台としての完成度が高いからだと思います。
この版は、脇役がいいんですね。美術も非常にオーソドックスで。

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『眠りの森の女』の物語と見どころ

物語と見どころ

プロローグ

フロレスタン王の娘、オーロラ姫の命名式。
宮殿に招かれた名付け親の妖精たちは、勇気や元気、明るさなど、それぞれの美点をオーロラ姫に贈ります。
そして、最後にリラの精が贈り物をしようとした時、悪の精カラボスが現れ、オーロラ姫に呪いをかけます。
呪いを恐れて、フロレスタン王は、領内に針を持ち込んだ者には厳罰を処すとお触れを出します。

最大の見どころは、リラの精とカラボスの対決でしょう。
メインキャラではありませんが、両者に説得力がなければ、舞台そのものが死んでしまいます。
リラの精はプリンシパル級、カラボスもそれに匹敵する実力派が演じます。

『眠りの森の美女』は、『白鳥の湖』や『ジゼル』と違って、様々な演出が可能なので、舞台美術や衣装も見どころの一つです。
ちなみに、『眠りの森の美女』は、もっとも経費がかかるらしく、舞台を豪勢にやれるか否かで、バレエ団の羽振りと実力が分かるそうです。

第一幕 16歳の誕生日

16年後、王宮の庭園で、オーロラ姫の誕生日を祝う宴が催されます。
美しく成長したオーロラ姫に、四人の王子が結婚を申し込みますが、姫の心にかなう人はいません。
その時、一人の老婆が美しい花束を差し出します。
オーロラ姫は花束を手に、嬉しそうに踊りますが、突然、指の痛みを覚えて、花束を投げます。
なんと花束の中に、糸紡ぎの針が仕込んであったのです。
姫はその場に倒れ、老婆が正体を現します。
それこそ悪の精カラボスでした。
呪いが成就し、カラボスは高笑いしながら去って行きます。
その時、リラの精が現れ、姫は眠りについただけだと皆を慰めます。
家来は姫を寝所に運び、リラの精は魔法をかけて、城中の人を眠らせます。

第一幕の見どころは、美しく成長したオーロラ姫と四人の王子が踊る『バラのアダージョ』です。
技術がはっきり見えるだけに、非常に難しいパートです。
第三幕との違いは、「恋を知る前のオーロラ姫」で、少女らしく、明るく、溌剌と演じることが求められます。
それでいて、王女にふさわしい気品と、舞台を支配するオーラが求められます。

逆に、あまりに存在感があり過ぎると、王女というより、女王の風格になってしまうので、バランスが難しいですね。

オリガ・スミルノワの『バラのアダージョ』。
最近、ロシアを離れて、オランダ国立バレエに移籍したことで話題になりました。

英国の至宝と称えられ、SWANでもお馴染みのマーゴ・フォンティーンの『バラのアダージョ』はこちら。
現代のスタイリッシュな踊りを見慣れていると、「え?」という印象ですが、参考に。

第二幕 デジレ王子と夢の女性

百年後。
森で狩りを楽しむデジレ王子は、ふと孤独を感じて、物思いに耽ります。
そこへリラの精が現れ、オーロラ姫の幻影を見せます。
姫の美しさに魅せられた王子は、リラの精に導かれ、森の奥深くの王城に向かいます。
邪悪なカラボスとその手下を討ち取り、オーロラ姫に接吻すると、姫が目を覚まし、城中の人が二人を祝福します。

第二幕の見どころは、デジレ王子とリラの精が白鳥みたいな小舟にのって、城に旅出す『パノラマ』と呼ばれる場面です。
ここは踊りではなく、小舟に乗って移動するので、それをどう演出するかが舞台美術の腕の見せ所。
パノラマは、4分の小パートですが、舞台上の4分は結構長くて、演出が悪いと、ちょっと退屈してしまうんですね。
また、舞台が狭いと、そうそう移動しないので、間を持たせるのも大変です。

また、第二幕は、100年後の世界なので、王子や貴族の衣装も、それなりに時を経てなければなりません。
第一幕がシャルル・ペローのお伽噺の世界としたら、第二幕はちょっと現実に近い感じで、衣装の違いを見比べるのも興味深いです。

また、第二幕に登場するオーロラ姫は、あくまで幻影なので、幻影っぽく踊らなければなりません。
王子に追いかけさせるような演出が大事です。

アリーナ・コジョカルのオーロラ姫もとても可憐で好きでした。
マリンスキー劇場の衣装はもっさりしてますね。

第三幕 オーロラ姫とデジレ王子の結婚式

オーロラ姫とデジレ王子の結婚式が華やかに催されます。
青い鳥のパ・ド・ドゥ、長靴をはいた猫、赤ずきんとオオカミ、宝石の踊りなど、バラエティに富んだ踊りの後、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥが披露されます。
最後にリラの精が登場し、全員が感謝の意を表して、華やかに幕を閉じます。

第三幕の見どころは、粋を凝らした演出でしょう。
衣装、振付け、舞台美術など、各バレエ団の腕の見せ所です。
またソロの踊り手にとっても、自分の技量をアピールできる機会なので、気合いが入ります。

また、本作は、舞台の最後をリラの精が締めるので、オーロラ姫とリラの精のバランスも重要です。
あまりにリラの精が目立ちすぎると、どちらが主人公か分からないし、かといってリラの精の影が薄いと、物語の神秘性が失われます。

そういう意味でも、筆者は、オーロラ姫より、リラの精に着目することが多く、リラの精がつまらないと、白けてしまいます。

いろんな意味で、総合力が問われる大作だと思います。

こちらは、英国ロイヤル・バレエの予告編。
全編をダイジェストでご覧頂けます。

初稿 2010年4月30日

眠りの森の美女

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Notes of Life

正しい意見は人を安心させるが、魂までは救いません。 正しいことしか言えない人は、実は何も分かってないのでしょう。 私たちは人間の負の面を知り、寄り添うことによって、初めて人間として完成します。 光がこの世の全てではないのです。

この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO 著者

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
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『嘘は人間を弱くする』SNSの時代、嘘はすぐにバレるし、身元を特定されるのも早いです。 元同僚。元彼氏。元従業員。 アカウントの数だけ、人の口も存在します。 どれほど表面を取り繕っても、嘘はすぐにバレます。 正直で損するより、嘘がばれた時のコストの方がはるかに高くつきます。
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