水島新司先生の訃報に寄せて ~お父さんの居場所と子供の遊び場もなくなった

水島新司先生の訃報に寄せて

今日、水島新司先生が亡くなった。

人間、いつかは死ぬと分かっていても、やはり辛く、淋しい。

私と同じ世代で、水島先生の作品とまったく無縁で過ごした子供たちが、どれほどいただろう。

放課後になれば、一斉にグランドに飛び出して、放課後終了の音楽が流れるまで、野球に興じたのも、授業中、ノートの切れ端に「里中クン、LOVE」「いや、私は土井垣さんと書き込んで、友だち同士でクスクス笑ったのも、みな水島先生からの贈り物だ。

野球好き、嫌いに関係なく、誰もが『ドカベン』に親しみ、キャラクターの真似をした。

少年ジャンプで『キャプテン翼』が台頭するまで、子供のスポーツといえば『野球』だったし、その中心には、いつも水島漫画があった。
(ちなみに女子は『エースをねらえ』の影響でテニスをする子が多かった)

そして、時には、ナイター中継を見ながら、お父さん顔負けの解説を披露することもあり、一家団欒においても、野球はなくてはならないコンテンツだったように思う。

実際、ネットも携帯電話もない時代、庶民の最大の娯楽といえばTVだったし、毎夜、繰り広げられるナイター中継は、仕事帰りのお父さんにとって最大の娯楽だった。

昔のサラリーマンは、定時の五時上がりが当たり前。

仕事から帰ってきたら、銭湯でさっぱり汗を流し、帰って来たら、家族で食卓を囲んで、お母さんのお酌で、冷えたビールを一杯。

今夜のナイター中継は、伝統の一戦、『巨人 VS 阪神戦』

どうせ今年も最下位なのに、いつまで「伝統」とか言ってるんだろ、

ほら見ろ、掛布がまた三振だ、

何がミスター・タイガースだ、

吉田はほんまにだらしない(吉田義男監督のこと)、

ところで、裏番の『広島 VS 大洋』はどうなった?

ほう、今日は江夏がリリーフか、あいつも頑張っとるな、

今年はこのまま追い上げて、案外、優勝するかもしれんなあ、、、etc

肴の枝豆をつまみながら、お父さんもTVの前で独り言。

まるでプロ野球選手に自分の人生を重ね見るようだった。

彼らの勝ち負けは、己の教訓。

たかがナイター中継とはいえ、仕事帰りのお父さんにとっては、人生のノウハウを教えてくれる教科書であり、唯一のストレス解消だったと感じる(TVの前で、「こんな場面で三振するヤツがあるか! あほんだら! とか叫んでも、相手には聞こえないからね、Twitterと違って)

また、お母さんにとっても、今夜の肴は何にするか、気を遣う時間帯ではあるが、とりあえず、冷えたビールと枝豆さえ出しておけば、お父さん、大満足(ついでに巨人が勝てば)

これほど処しやすい家庭生活も、またとない。

男というのは、何だって、こうも勝ち負けが好きなのか、半ば呆れながらも、お父さんの的外れな野球解説にとりあえず相づちさえ打っておけば、その日は夫婦円満という、楽な時代でもあった。

今なら、お母さんがお酌して、手作りの肴をこしらえて……と言えば、『女性差別』と叩かれるのかもしれないが、世の中には、仕事帰りのお父さんをいたわるのが好きな女性もいて、何でも十把一絡げに『差別』と言いだせば、幸せになれる女性まで、その機会を逃すだろう。

ともあれ、昭和の話である。

小学校卒の平の工員でも、結婚して、家を買い、定時に帰って、お母さんの手料理を楽しみながら、ナイター中継に興じることができた時代である。

子供も自由だった。

放課後はのびのびと校庭で野球に興じ、近所のおっちゃんの庭先にボールが飛び込んでも、「気ぃ付けや」のひと言で済んだ。

子供というのは、そういうものだと思われていた。

そして、何所にいっても、仲間がいた。

ボール一つで、誰とでも遊べた。

大空翼が「ボールは友だち」と言い出すまでは、野球が子供社会の中心だったし、男の子の誕生日のプレゼントは、グローブが主流だった。

グローブがなくても、気軽に貸し借りした。

大勢に使い込まれて、やわやわになった、ぺちゃんこのグローブは、かえって有り難かった。(ボールの感触が掌に伝わるので)

そして、時は過ぎ――

お父さんは定時に帰らなくなった。

お母さんも冷えたビールと手作りの肴に幸せに感じることはなく、

子供たちも、自室にこもって、スマホで、めいめいに好きな番組を見るようになった。

家庭から一家の団らんが消え、

食卓から家族の笑い声が消え、

今ではナイター中継もお父さんの最大の娯楽ではなくなっている。

というより、ナイター中継の時間帯に家に帰れない。

これが日本のサラリーマン社会が目指した結末である。

お父さんの居場所がなくなり、子供がのびのび野球をできる遊び場もなくなった今、

水島漫画のキャラクターは現代の読者層にどれほど説得力があるのだろう。

少年たちが希望を胸に、ひたすら野球に打ち込む姿など、今の子供たちから見れば、遠い昔のファンタジーではないか。

一応、貧しいと定義される山田君でさえ、自分の将来を疑ったことはない。

野球、友情、好敵手。

そして努力が報われる、明るい世界が広がるばかりである。

昭和の子供たちに夢と希望を与え続けた水島先生も亡くなり、後には何が続くのか、今は分からない。

ただ一つ、確かなのは、もう二度と、家族揃ってナイター中継に興じることはない、ということだ。

水島漫画は、お父さんが定時で帰宅して、子供たちにも野球ができるほどの遊び場があった時代の、幸福な思い出である。

一つの時代が終わる――というのは、こういう事なのだろう。

漫画に生涯ささげた「野球狂」 水島新司さん死去

阪神といえば、やはりコレ。みんな、タイガースに狂ってよね。

これもライブで見てました。あり得ないような結末でしたね。
みな、近鉄の勝利と信じて疑わなかったのに、コロコロと討ち取られて、びっくりした。

水島新司先生の訃報に寄せて

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最初から日の当たる場所で歩き始める人はいない。 皆に理解されながら物事を始める人も。 始める時は、いつも一人。 考えるのも、一人。 行うのも、一人。 だからこそ達成の悦びもひとしおなのです。

この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO 著者

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
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自己肯定感を高めたければ、誰かの役に立つのが一番の近道です。 いきなり人の中に入るのが怖ければ、小さな鉢植えでいいので、大事に育ててみましょう。 自分みたいな人間でも必要とされていることが分かれば自尊心も高まり、自信に繋がります。
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