心の問題は何度でも克服する ~自分を恥じないことが大事

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心が再び呪いに囚われかけても、自分のことを弱いとか卑怯とか責めてはいけません。長い間、苦しんできたのです。そう簡単に影は追い払えません。それでも歩みを進めれば、だんだん心も強くなります。
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心の問題は何度でも克服する

親から離れることが叶っても、親の影は一生ついて回ります。

辛い記憶も、憎しみも、心からすっかり払拭されることはないでしょう。

それでも人は光に向かって進むことができます。

怒りや憎悪に生きるより、生き甲斐や悦びや友情を大事にした方が、うんと幸せだと思いませんか。

嫌な記憶や苦痛は、何度でも、何度でも、襲ってきます。その度に、過去に引き戻されそうな恐れを感じるかもしれませんが、前だけを見つめて生きていきましょう。

心が再び呪いに囚われかけても、自分のことを弱いとか卑怯とか責めてはいけません。

長い間、苦しんできたのです。そう簡単に影は追い払えません。

それでも歩みを進めれば、だんだん心も強くなります。克服体験は心をいっそう強くし、生き延びる知恵を磨いてくれるでしょう。

あなたには無限の可能性があります。

再び憎悪をこじらせない限り、あなたはどこまでも遠くへ、幸せに向かって、歩いて行けるはずです。

自分を恥じない

私の好きなフリードリヒ・ニーチェの言葉に『体得された自由の印は何か? ――もはや自分自身に恥じないこと(「悦ばしき知識」ちくま学芸文庫)』というものがあります。

自分自身に恥じないとは、どういう意味でしょうか。

親に毒づかれたり、けなされたり、また自分自身も親を恨む気持ちでがんじがらめになると、人間的に後ろめたい気持ちがするものです。世の人々は、みな親と仲良く暮らし、親を敬い、怒りや憎悪とは無縁の暮らしをしているのに、なぜ自分だけが……と劣等感を抱くかもしれません。

でも、その後ろめたさは、良心の証しです。あなたが正常な人間だから、痛みや引け目を感じるのです。

それに親子関係が上手くいかないのは、あなた一人が原因ではありません。あなただって、思いやりにあふれた親のもとで育っていれば、怒りや憎悪とは無縁の人生を送っていたはずです。

この世に何の欠点もない人間は存在しませんし、皆、大なり小なり、自分を恥じながら生きているものです。それは人を傷つけた過去かもしれないし、好きな人に振られた惨めな思い出かもしれません。心の底から自分は偉いと信じきっている人など皆無でしょうし、迷いも悩みもないとしたら、それは人間ではなく、お釈迦様です。お釈迦様なら、わざわざ人の世で修行する意味もないですね。

自分を恥じているからといって、あなた一人が特別劣っているわけでもなければ、謝っているわけでもありません。一人の社会人として真っ当に生きている限り、あなたは自分を恥じることなどないのです。

今がんばっていること、上手くいっていることに心をフォーカスして、自分いじめは止めましょう。自分を責めて、貶めるほど、ますます親と確執し、呪いの囚われ人になります。

自分を恥じないことは、自分を許し、辛い記憶も、苦い思いも、何もかもひっくるめて、自分の人生を肯定することです。

あなたは自信をもって自分に「YES」と言い、親とは違った明るい人生を歩めばいいのです。

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子供の自立は罪ではない ~親子関係は『距離』が解決することもある 親から離れることが叶っても、親の影は一生ついて回ります。辛い記憶も、憎しみも、心からすっかり払拭されることはないでしょう。それでも人は光に向かって進むことができます。怒りや憎悪に生きるより、生き甲斐や悦びや友情を大事にした方が、うんと幸せだと思いませんか。
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「大人になる」ということ ~親もまた”人間”と気付く時~ 子どもはある年齢に達したら「大人になる」わけではありません。経済的に自立しても心の自立に失敗する人はたくさんいます。心の中にいつまでも「幼い自分」を残したまま親への恨み辛みに固まっていると、考え方も偏屈になり、人間関係や仕事にも影響するようになります。
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