人生には答えは無数にあるが、質問はたった一度しか出来ない

人生には、答えは無数にある
しかし、質問はたった一度しか出来ない

《誰か故郷を想はざる》 角川文庫

自分に対しても、他人に対しても、真剣に質問と向かい合えるのは、若い一時期だけだ。

年を取り、知恵が付けば、「人生なんて、そんなもの」というお決まりの文句でお茶を濁すようになるからだ。

「人は何のために生きるのか」「自分は何ものなのか」といった問いかけは、若いからこそ様になるし、考える余裕もある。いい年をした大人がそんな質問をしようものなら、「この数十年間、あなたは一体、何をしてしたの?」と鼻で笑われるだろう。

質問には、それを問いかけるにふさわしい時期があり、答えがある。

Carpe Diem(その日を摘め)の言葉通り、今日の質問は今日考えないと、質問自体が意味をなくしてしまう。 「なぜ」「知りたい」と思った時から、人生も始まるからだ。

答えが知りたかったら、答えがありそうな所に向かって歩き出そう。

間違えたっていいじゃない。

若いのだから、またやり直せる。

質問は、未来を開く鍵だ。

一つの答えが、また次の質問に繋がり、世界も開けていく。

無知だから質問するのではなく、知恵があるから質問せずにいられないのだ。

人生にも、世間にも、 正答などないから、私たちは自由に過ち、試すことができる。 

もし答えが1+1=2のように明白だったら、誰かを愛そうとも思わないだろう。

やった振り、分かった振り、知ったか振りは、世界を小さくするだけだ。

たくさんの質問でもいい。

知りたくなった瞬間を大切にしよう。

記 2021年9月12日

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