人生の始まりは一篇の句 ~寺山修司の名句と共に

寺山修司の世界
言葉を友人に持ちたいと思うことがある。
それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついたときにである。

《ポケットに名言を・寺山修司》 角川文庫

私が初めてこの一文を目にしたのは、十七歳の時だ。

バブル世代にとって、高校生活はまさに受験一色。

大学は行って当たり前。大学に行かなきゃ落ちこぼれ。

今以上に上昇志向だったあの時代、それ以外の人生の選択肢は負けを意味したし、そうした風潮に異を唱える人も少数だった。

人は何の為に生きるのか、自分とは何なのかといった問いかけに答えてくれる人もければ、じっくり考える機会もなく、ドリルの練習問題さえ解いておれば良しとされた。

「そんなことは大学に行ってから、じっくり考えればいい」

それが周りの一様の回答だった。

だけど、そんな悠長に構えておれない。

今すぐ納得のいく答えが欲しい。

自分の内側に有り余るほどのエネルギーをもてあましながら、必死に流れ出す先を探している。

それは中二病などという言葉では言い表せないほどの渇望であり、自分だけが皆とは違う方向に流れて行くような孤独感でもあった。

そんな時、本屋でたまたま手に取ったのが寺山修司の『ポケットに名言を』だ。

寺山修司のことは、名前だけは知っていたし、1983年に亡くなった時、新聞の一面に大きく報じられたことも記憶に残っている。

その割に、一度も手に取ったことがなかったのは、まともに向き合えば、真っ当な人生から足を踏み外すような予感があったからだろう。

寺山修司といえば『家出』、家出といえば『寺山修司』というくらい、「家出のすすめ」というタイトルは十代の私にとってセンセーショナルだった。書名にもなった『書を捨てよ 町に出よう』という呼びかけは、私の耳に「親を捨てよ 家を出よう」と聞こえた。

それで、いつも書架の前を素通りしていたのだが、ある日、とうとう寺山氏の著作に手を伸ばし、ぱらぱらとページをめくってみた。その時、強く胸を打ったのが、「言葉を友人に持ちたいと思うことがある」の一文だったのである。

思えば、友だちらしい友だちなどなかったし(遊び仲間はいても)、胸の中のもやもやを誰かに打ち明けることもなかった。そんな事を口にすれば、ネクラと馬鹿にされるか、「そんなことを考えて、どうするの?」と不思議そうな顔をされるのがオチだったからだ。

だったら、言葉を友人にすればいい。

言葉は揺らぐこともなければ、自分から離れていくこともない。

いつも変わらずそこに在り、魂の道連れになってくれる。

あとがきの、「そして、『名言』などは、所詮、シャツでも着るように軽く着こなしては脱ぎ捨ててゆく、といった態のものだということを知るべきだろう」という言葉の通り、身の丈に合わなくなったものは風のよう通り過ぎていくだろう。

どんな孤独な魂にも、友人となる言葉はこの世の何処かに存在するものだ。

私たちが言葉を探し求める時、言葉もまたそれにふさわしい読み手を求めているのである。

記: 2021年9月12日

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