子供だって社会の役に立ちたい 

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こんな私でも必要としてくれる人がいる

子供にとって最大の転機は何だと思いますか?

模試で一位になることですか? 県大会で優勝することでしょうか。

私は「自分の個性や能力が社会に役立った実感」だと考えています。

ドイツの思想家カール・マルクスの有名な言葉に「人間は労働を通して社会的存在になる」とあるように、どんな人も社会との関わりと評価なしに幸せに生きていくことはできません。私たちが「会社勤め」と呼んでいることも、本質は社会参加であり、賃金収入や出世以前に、「社会の一員として認められ、役に立ちたい」という欲求が満たされることが第一義です。そこそこに収入はあっても、損得勘定ばかりで社会に役立つ実感が得られなかったり、作業は楽でも人間として尊重してもらえなかったら、いくら働いても幸福には感じません。どれほど頑張っても、社会との一体感がなければ、自分の行為も、存在そのものも無価値に感じてしまうからです。

子供も同じです。順調に成長すれば、いつかは社会の役に立ちたいと願うようになります。面白いことを言ってクラスメートを笑わせたり、県大会に勝つのが嬉しいのは、周囲より優れているからではなく、自分の個性や能力が仲間(社会)の役に立っている実感があるからなのです。

そうして高校生になり、いよいよ実社会の間口に近づくと、その願いはいっそう強くなります。

高校生が「生き甲斐」や「自分らしさ」に拘るのは、社会の一員として認められ、自身の個性や能力を生かすことができなければ、どれほど頑張っても不幸に終わることを肌で感じているからです。能力の優劣よりも、何よりも、自分の属する社会から無視されるほど恐ろしいことはないんですね。

子供が自信を無くしたら、理屈を説いて聞かせるより、本人の適性や展望に叶った何か――趣味でも、当番でも、役目でも、何でもいい、子供にとって仕事に相当するものを提示するのが一番だと思います。

学校の勉強はイマイチだけど、ファストフード店のアルバイトはバリバリこなす高校生もいますよね。それも給金がもらえるから頑張るのではない、持ち前の機転やバイタリティがカウンター業務に向いており、職場の評判を相成って手応えを感じるからでしょう。安定しているから、人気があるから、といった理由で仕事を選んでも、いずれ自己疎外感を覚えて、何のために生きているのか分からない……という気分に陥ると思います。

ずっと以前、『夜回り先生』で知られる水谷修さんの番組で、高校時代、リストカットやドラッグなどを繰り返した女の子が、卒業後、先生の勧めで福祉施設に勤務するようになり、「こんな私でも必要としてくれる人がいる」と嬉しそうに語っていた姿が今も印象に残っています。

自分の持ち味を生かして得る社会との一体感は、どんな勉強にもまさる妙薬です。

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「大人になる」ということ ~親もまた”人間”と気付く時~ 子どもはある年齢に達したら「大人になる」わけではありません。経済的に自立しても心の自立に失敗する人はたくさんいます。心の中にいつまでも「幼い自分」を残したまま親への恨み辛みに固まっていると、考え方も偏屈になり、人間関係や仕事にも影響するようになります。
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精神的親殺しとは何か 子供の自立と親子対決 ~河合隼雄の著書【家族関係を考える】より 世の中にこれほど『親死ね』『殺したい』を願う人が存在するのも一驚でしょう。何も知らない人が見れば、誰も彼もが殺意を抱いているのかと恐怖を感じるかもしれません。しかし、こうした人々は本気で親の死を願い、殺す方法を模索しているのでしょうか。その理由について考察することが、親子関係をやり直すきっかけとなり、子供の救いとなります。
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