海洋小説 MORGENROOD -曙光 One Heart, One Ocean

ウミガメの産卵 ~見守るしかない親の愛と子供の人生

【小説】 見守るしかない親の愛と子供の人生

物語

マードック夫妻の計らいで海岸デートしたヴァルターとリズ。仲睦まじく砂浜を歩き、心から理解し合えたかに見えたが、リズが恋心を打ち明けると、彼はたちまち態度を変えて、彼女の想いを拒絶してしまう。 だが、父親のアルは上司として彼の戸惑いに理解を示し、娘のリズにも恋する女性の心構えを説く。

ウミガメの赤ちゃん

実際、砂利浜で語り合った後、二人は夜の帳が降りた海岸を寄り添って歩き、時々、立ち止まっては、一つ、二つ、瞬き始めた星を数えた。

あの夜はなぜかしら月が美しく、ふと遠い南の島で目にしたウミガメの産卵を思い出し、その様子をリズに話した。

「満月がね、母親みたいに見守る中、ウミガメの赤ちゃんが次々に卵から孵って、海を目指して歩み始めるんだ。誰に何も教えられなくても、自分の故郷が海だということを知っているんだね」

「迷子になったりしないの?」

「そういう子もいるよ。人間の足ならほんの数十秒の距離でも、ウミガメの赤ちゃんにとっては果てしない道程だ。砂にまみれ、凹みに足をとられ、中にはそのまま力尽きて死んでしまう子もいる。だけど、みんな生きるために海を目指して歩み続ける。月も、人間も、ウミガメの母親さえも、どんなに助けたいと思っても、その子が自力で海に辿り着くのをじっと見守るしかない。親の愛って、いつも側に居て世話を焼くのが全てじゃないんだな。多分、手出しもできずに見守る方がずっと切なく、難しい。それでも、そうやって見守ってくれる人が居るから、子供も生きていける。俺の父親も今は夜空に浮かぶ月と同じだ。俺はただ必死に生きて行くだけ。本当にそれだけだ」

するとリズの瞳がみるみる潤み、両手を胸の前で握りしめた。

「なんていじらしいの! 私もそういう場面を見てみたい。一匹、一匹、胸に抱いて、温めてあげたい……」

そのあまりの可憐さに、思わず上体が傾きかけた時、後ろからマードック夫妻に声をかけられた。どうやら彼らの数十メートル後ろを付けていたらしい。

*

「カリーナが『お似合いのカップルだ』と喜んでいた。女性はこういうシチュエーションが好きなんだ。自分も青春時代に戻ったみたいでドキドキするらしい」

「俺は君の奥さんを喜ばせるためにここに来たんじゃないよ」

「まあ、いいじゃないか。お前も一生に一度くらい、本気で人を好きになってみろよ。人生が変わるぞ」

だが彼は右から左に聞き流し、「格納庫に行ってくる」とその場を離れた。

リズの告白

(何がお似合いのカップルだ)

彼はスチールメッシュの通路を大股で歩きながら、その後のことを思い返した。

二人は一旦、マードック夫妻のアパートに立ち寄ると、軽くお茶菓子をつまみ、揃って帰路に就いた。彼はタクシーを呼んで、リズを海の別荘に送って行った。

高級住宅街を囲繞する一車線の道路を走り、南門と呼ばれるサブエントランスの前でタクシーを降りると、回転式フェンスのゲートをくぐり、大人一人がやっと通れるほどの小径を海岸に向かって降りて行く。

やがて茂みの向こうに別荘の灯りが見えると、リズはしばし足を止め、今後の彼の予定を訊ねた。明日にはプラットフォームに戻り、そのまま接続ミッションまで滞在するが、その後の予定は分からないと答えると、リズはもじもじしながら切り出した。

「あのう……よかったら、また一緒にお食事したり、海岸を散歩したりできるかしら。時々、電話でお喋りしたり、メール交換も……」

彼はそんな彼女の顔をじっと見つめていたが、「三日で忘れるんだ」と呟いた。

リズが何のことか分からず顔を上げると、

「港に停泊している間だけ付き合って、出航したら三日で忘れる。俺はそういう人間だよ」

彼女はまだ意味が分からぬように目をぱちくりしている。

「俺は、いつ、また何処へ行くか分からない。仕事も不安定だし、明確な目標もない。その時には君のこともきれいさっぱり忘れているかもしれない。だから、これ以上親しくしない方がいい。それが君の為でもあるし、俺自身の為でもある。君を傷つけたくない」

みるみるリズの瞳が涙でいっぱいになり、頭の中が真っ白になった。

「……私のことが嫌いなの?」

「そうじゃない。今まで出会った誰よりも親切で、可愛い人だと思ってる。でも、それだけだ。俺は君が夢見るようなタイプじゃない」

「私が『アル・マクダエルの娘』だから……?」

「君がアル・マクダエルの娘であろうと、なかろうと、俺の考えは変わらない。多分、俺は誰かと一緒に居られる人間じゃないんだよ。確かなものなど何一つないし、明日のことも分からない。ただ海と自分があるだけだ。君がどんなにいい人でも、俺には無理なんだ。他人を愛し愛されるような人間じゃない」

「あなたがどんな過去を生きてきたとしても、今、私の目に映るあなたが全てだわ。たとえ、いろんな欠点があったとしても、あなたはとても心延えのいい人だと私には分かる。あなたともっと話したい。いろんな想いを分かち合って、あなたの支えになりたい。誰かのことをこんな風に思えるのは生まれて初めてなの。いつか、あなたに傷つけられても後悔なんかしない。悲しんでも、決して恨んだりしないわ」

「ミス・マクダエル。君は男に傷つけられることがどういう事かよく分かってないから、そんな暢気なことが言えるんだよ。仮にだよ、君と俺が懇ろになって、最後に別れることになっても、君は本当に後悔しないと言い切れるのか。身も心も傷ついても、いい勉強になったと割り切れるのか? 俺が君と距離を置きたいのは、君を大事に思うからだ。どうでもいい女なら、『君って可愛いね、俺も大好きだよ』で終わりなんだよ。真珠は真珠貝の中にそっとしておく。それが俺の誠実だ」

彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ、白い頬を濡らした。

「これ以上説明しても、君は泣くだけで、パパも怒り心頭だろう。だが、その方が俺にはかえって都合がいい。さあ、早く帰ろう。玄関先まで送って行くよ」

彼はやさしく彼女の肩に手を回したが、リズはその手を振り払うと、わっと泣きながら小径を駆け下りていった。

恋より仕事

(最悪だ) 

彼は溜め息をつき、どうしたものか思い倦ねた。

見て見ぬ振りでやり過ごすか。それとも追いかけて謝るか。

いやいや、このまま別れた方がお互いの為だと、その場を立ち去りかけた時、「お付き合いするにせよ、しないにせよ、理事長に一言、断りを入れた方がいいわよ」というミセス・マードックの言葉を思い出し、後を追うように小径を駆け下りた。

シーリングライトがほのかに照らす中、玄関チャイムを鳴らすと、ほどなくアル・マクダエルが顔を見せた。ラフな白シャツにグレーのスラックス姿で、職場とはまったく異なる雰囲気だが、彼の顔を見るなり眉をひそめ、「これで二度目だな」と穿つように言った。

「お前はよくよく女を泣かすのが得意と見える」

「そうじゃない。あんたの娘さんが何か勘違いしているようだから説明に来たんだ」

「あいにく娘はお前とは話さない。家に戻ってくるなり、三階の自室に駆け込んで、今も鍵をかけたまま、おいおい泣いている」

「そんなつもりじゃなかった」

「じゃあ、どういうつもりだね」

「つまり、その……お嬢さんに好意をもってもらえるのは有り難いが、俺は今、接続ミッションのことで頭がいっぱいだし、ここにも物見遊山で来たわけじゃない。今は女の子と楽しくお喋りしたり、ボート遊びをするような気分じゃないんだ、分かるだろう?」

「つまり、うちの娘がそういうことをお前に要求したわけだな」

「あんたのお嬢さんは一級のレディだ。だが、男女のことになると、俺とはまったく方向性が違う。ドラマみたいな恋愛に憧れてる感じだ。キャプテン・ドレイクとか、なんとか」

「ああ、キャプテン・ドレイクね。まだ言ってるのか」

「俺だって彼女が嫌いで遠ざけたわけじゃない。ただ、今はタイミングが悪すぎるし、あんたとの上下関係もある。好意と本気を取り違えてもお互いに傷つくだけだし、深入りする前に距離を置いた方がいいように思っただけだ。でも、彼女は純粋というか、夢見がちというか、言葉を額面通りに受け取って、俺のことも星の王子さまみたいに思い描いてる。男女のこともまったく分かってないようだし、今に齟齬を起こして喧嘩別れするのが目に見えている」

「つまり、うちの娘は稚すぎて相手にならないと言いたいわけだな」

「いや、そういう意味では……」

「別に、愛せないものを無理に好きになれとは言わないよ。お前が一線を引きたいなら、それで構わない。顔も見たくないなら、トリヴィアに連れて帰って、永久におさらばだ。それでお前も納得だろう」

「……」

「本当にそれでいいんだな?」

「……あんたがそうしたいなら」

「わしの問題じゃない、お前の気持ちを訊いてるんだ。都合よく話をすり替えるな、この馬鹿者」

「……ともかく、あんたの方から上手に取りなしてくれないか。俺が話しても彼女の心をかき乱すだけだし、この二週間はミッションに集中したい。『余計なこと』とは言わないが、今は仕事以外のことを持ち込まないで欲しいんだ。一段落したら、また俺からちゃんと話すよ」

「娘にはよく言い聞かせておく。お前も余計なことに気を回さず、仕事に専念しろ」

「……すみません」

彼は一礼すると、すごすごと来た道を引き返した。

*

今でも彼女に対する気持ちは複雑だ。自分でも卑怯に感じるが、これ以上、内面に踏み込まれたくない。

格納庫に着くと、彼は作業台座をプロテウスに寄せ、白い梯子を登って、耐圧殻の中に入った。

ハッチを閉め、外界から完全に遮断されると、ほっとする。ここが深海なら、なおさらに。

覗き窓に背を向け、音も光もない世界を懐かしく感じながら、どうしても他人と上手くやれない自分自身を思う。

自分が世界を嫌っているのか、それとも世界が自分を嫌っているのか、彼には分からないけれど――。

続きのエピソード

ウミガメの告白の結末は、臆病なウミガメは甲羅から顔を出すのが精一杯 ~嵐の夜の急病人と海辺の別荘に描いています。

【参考】 ウミガメの産卵 ~生命は故郷に還る

赤ちゃんもひたすら生きる

サケの回遊と産卵や不老不死のベニクラゲなど、海の生き物には不思議な回帰を辿るものが多いです。

ウミガメもその一種で、満月の夜、砂浜に産み付けられた卵が一斉に孵化し、海に向かって泳ぎ始める姿は、感動を通り越して、畏敬の念さえ感じさせます。

存在理由と深海の生き物にも書いていますが、生物が生きるのに理由などなく、生きる為に生きる、ただそれだけなんですね。

ウミガメの赤ちゃんも、ひたすら生きています。

こんなにたくさんの赤ちゃんが卵から孵っても、水際に辿り着くまでに海鳥に教われたり、砂浜の途中で力尽きたり。

運よく大海に乗り出すことができても、さらに成長できるのは一握りです。

生きる、って大変。

だからこそ、生あるものは、生きて、存在するだけで美しいのです。

ウミガメの産卵と、子カメの旅立ちは何度観ても泣けますよね(・_・、)

満月の夜、誰に教えられなくても、ちゃんと海に還っていくのがすごいし、また故郷の海に戻ってくるのも不思議。

なんで? と問われても、誰にも答えられないし、彼らが何の為に存在しているのかも謎。

でも、生きている。

ウミガメの動画

ウミガメの全てがわかる(?)、ナショナル・ジオグラフィックの動画。

美しい画質で、ウミガメの生態から産卵まで、ショートフィルムで紹介。

やっと歩き出したウミガメの赤ちゃんを、猛禽類がパクっとさらっていくのは本当に残酷・・でも、これが自然の掟。

それでもひたすら生きていく。故郷の海を目指す。

こちらも、赤ちゃんにフォーカスした高画質の動画。

活動家のお兄さんが妙にイケメンなのは気のせいか?!

それにしても、誰にも教えられなくても、自分が海の生き物から産まれて、自分の生き場所は「海」と知っている・・って、本当にスゴイですね。

これは人間の赤ちゃんも同様で、子どもも誰にも教わらなくても、自分が母親から産まれた、ということを知っているんですね。「僕、お父さんから産まれたの」と言う子はない、と育児エッセイストの田島みるくさんも書いておられました。

満月の夜に合わせて生まれるのも本当に不思議です。

カメは長寿の証し

「鶴は千年、亀は万年」の喩えもあるように、カメは長寿の証しでもあります。

ベルトリッチ監督の映画『ラストエンペラー』でも、死の床に就いた西太后に、ウミガメの甲羅を煮て作った生薬を飲ませるシーンがありました。

大昔の人も知っていたんでしょうね。

私たちが目にするウミガメは、奇跡的な確率で生き延びた、最強の生き物だということ。

赤ちゃん、かわゆいス

それにしても・・

ウミガメのお母さん。産むだけで、育てなくていいのか……。

ある意味、羨ましいような^^; (いやいや、そんな事を言っちゃいかん)

頑張れ、ウミガメちゃん!!

Baby Green Sea Turtle, Amelia Island, Florida

My Public Lands Roadtrip: Sunny Alabama Shores for National Trails Day!

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