心の持ちようで灰色の海も紺碧の海に生まれ変わる

この投稿は小説【曙光】のボツ原稿や引用を元に作成しています。

十三歳の時に大洪水で最愛の父を失い、母の再婚先でも上手く暮らせず、商船学校に飛び込んだヴァルターは、潜水艇パイロットの職を得て、海での仕事を生き甲斐にしますが、故郷の再建コンペで有名な建築家フランシス・メイヤーと対立した為に故郷にいられなくなり、パイロットの仕事も失って、自暴自棄に陥ります。

そんなヴァルターの可能性を見出し、拾い上げたのが、拾いの神と呼ばれるカリスマ経営者、アル・マクダエルでした。

しかし、心の底までひね曲がったヴァルターは、なぜアルが自分のような負け犬に声をかけたのか分かりません。

反抗に反抗を重ね、なかなか目の前の海に心を開こうとしないヴァルターに、アルが真の再起を願って、心から語りかける場面です。

若さゆえの無力感 ~いやいやでも働くうちに自分が何ものか思い出すの2001年次の下書きです。

最終的にボツになりましたが、青春時代に人生の導き手を失い、今も海を彷徨うヴァルターにアルが語りかけることは同じです。

2001年の下書きの方がよりハードで説教臭いのは、私が若かったからです。

「そうとも、わしが初めてアステリアに来た時も、海と空以外、何も無かった。

島には船を横付ける場所も無く、防護スーツを着なければ船の外に出ることもかなわなかった。

それでも不思議と諦める気にならなかったのは、有ると分かっているものを、みすみす見捨てる訳にはいかなかったからだ。

意味も価値も、初めから存在するものじゃない。

自ら働きかけて初めて生じるものだ。

意味が無いなら、自分で探せ。

価値が無いなら、自分で創り出せ。

そうして無の平原から一つずつ築き上げる。

それが真の創造というものだ。

お前の心の持ちようで、アステリアもステラ・マリスのような紺碧の海に生まれ変わる。

全ては、お前の心の中に有るんだぞ」

第一章『運命と意思』 2001年 第六稿より

この台詞は、「世界は意思の表象」というショーペンハウアーの思想がベースになっています。

目の前の海が灰色に見えるのも、彼の心象の現れであり、心の持ちようで、紺碧の海に生まれ変わるという意味です。

2017年の完成稿では、もう少し優しいお父さん的な語りかけになっています。

ぜひ読み比べてみて下さい。

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こちらは生の哲学をモチーフにした、創造的生き方の場面です。

創造的生き方とは、灰色の海を紺碧の海に変える、心の変革かもしれないですね。

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