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本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

本作は、海洋科学や土木・建築をモチーフにしたサイエンス・フィクションです。
投稿の前半に小説の抜粋。 後半に参考文献や画像・動画を掲載しています。
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第二章 採鉱プラットフォーム ~ウミガメ(10)
STORY
ミッションの前々夜、堤防を守りに戻って行方不明となった父の最期を聞かされたヴァルターは非常にショックを受け、潜水艇の操作も危ぶまれる精神状態に陥る。 運命の仕打ちを嘆くヴァルターに、アルは本当の心の強さについて説いて聞かせる。
目次

本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

ミッション前の意思の確認

ミーティングは五階のカンファレンスルームで午後四時から開かれた。

アル・マクダエル、セス・ブライト、三人の役員、そして各部署の主任が一同に集い、最後のスケジュール確認と意見交換を行う。リズも窓際の席に着くことを許され、ペンとノートを片手に構えているが、どうしても視線はテーブルの端に座るヴァルターへと注がれる。彼の方はリズの存在に気付いても、こちらを見ようともせず、じっと硬い表情で皆の話に聞き入っている。

既にどの部署も準備万端、今更、是非を問うこともない。

明日の段取りについて一通り説明が済むと、ダグが全員の顔を見回し、「他に質問や意見のある者は?」と訊いた。発言する者は皆無だ。

ただ低気圧の接近だけが気がかりで、半時間前、海洋安全局から取り寄せた最新情報によると、今夜半から明朝にかけて降水確率九十パーセント、明日も午前中は一時間に1ミリから2ミリの降雨が予想されている。また最大波高は50センチメートルから1メートル、弱いうねりが発生し、秒速5メートルから10メートルほどの風が吹くとの予報だ。

「ミッションを中止するほどではないが、前回のテスト採鉱より多少難度は高まると思う。午前六時の海象を見て、最終的な判断を下したい」

ダグが締め括ると、最後にアルの意見を求めた。

アルは全員の顔を一つ一つ見つめると、

「もはや、わしの方から言うこともない。今夜は夕食に少し手の込んだ料理を用意させている。しっかり食べて、リラックスして、明日に臨んで欲しい」

といつになく優しい口調で言った。 

そうしてミーティングもお開きになり、全員がそろそろと席を立ち始めた時、

「ヴァルター。お前は残れ」

アルの声が響き渡った。

一瞬、その場に居合わせた者は顔を見合わせ、リズも凍り付いたが、何も見聞きしなかった風に退室すると、カンファレンスルームにはアルとヴァルターだけが残った。

無理に鋼になろうとするな

ヴァルターは末席でずっと俯いたまま、放心というよりは必死に心を抑えているように見える。

「それで、明日はどうするんだ?」

アルが訊ねると、

「あんたはどうしたいんだ」

彼はぽつりと聞き返した。

「わしが聞いているのはお前の意思だ。運の風向きじゃない」

「……」

「答えたくないのか。答えられないのか。いずれにせよ、そこから先の人生は誰も負ってくれないぞ」

「自分の手で成したい気持ちは変わらない。でも、確信がない」

「なぜ?」

「先日から父親の顔が脳裏に浮かんで離れない。何度も、何度も、波をかぶる夢を見る。水底で、苦しそうに叫んで……」

「それとミッションにどんな関係が?」

「あんただって知ってるだろう。潜航や機械操作にどれほど集中力を要するか。こんな調子で、どうして万全と言えるんだ? 二度も、三度も、大勢の前で恥をかくぐらいなら、最初からやらない方がいい。今度、失敗したら、俺は……」

「心の中の父親はお前に何と言ってる? 自分と一緒に心中してくれと懇願してるかね? そうじゃないだろう。自分の恐怖と父親の死を重ね見て、父親が駄目なら自分も駄目と思い込んでいるだけだろう」

アルは手元のドキュメントホルダーからクラフト封筒を取り出すと、彼に差し出した。「開けてみろ」と促され、彼が手に取ってみると、中には一枚の写真が入っていた。十一歳の夏、初めて地区の最優秀選手に選ばれた時のものだ。彼は誇らしげにトロフィーを抱き、その側で父が優しい笑みを湛えている。《四カ国語を話すエースストライカー。夢は世界に通用するプレイヤーに》という見出しで地元の新聞に掲載されたものだ。父が切り抜きをホームサーバーに保存していたが、それも洪水で流された。日に日に薄れゆく記憶の中で、二度と目にすることはないと諦めていた写真だった。

「それと同じ顔を見たことがある。再建コンペのプレゼンテーションだ。会場の誰もがお前の言葉に聞き入っていた。『緑の堤防』が大勢に支持されたのは、デザイン云々より、お前の主張に共感したからだ。わしはあの日のお前がまぐれとは思わん。ロイヤルボーデン社にどんな言い掛かりをつけられたか知らないが、もっと自分を信じたらどうだね。父親は父親、お前はお前だ。父親と一緒に死ぬはずがない」

「だが、死んだ事実はどうなる? どうやって納得しろと? どれほど誠実に生きても、ほんの数分差で運に見放され、我先に逃げた人間が生き残る。運命は何も助けない。正義も報われない。理不尽な現実があるだけだ」

「たとえ、そうだとしても、お前はこの先も生きてゆかねばならん。父親がどんな死に方をしようと、人生は待ってはくれない。そうだろう?」

「……」

「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。あの晩、お前の父親が我先に逃げ出し、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親の姿はもはや無い。所詮口先だけの人だったと失望し、お前との関係も、生き様も、何もかも違っていただろう。結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。それでもまだ父親の死は無駄で、運命は理不尽だと恨むかね。確かに、人間にとって命に勝る宝はない。だが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は、自分の命より息子の前途を取ったんだ。そして、その願い通りになっている。お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」

「……」

「もういい加減、目を覚ませ。理不尽というなら、世の中そのものが理不尽だ。誠実な者ほど人一倍苦労し、小賢しいのが易々と天頂に上る。その一つ一つを、不正だ、不平等だと責めたところで、縦の物が横になるわけではない。どこかで折り合いをつけて、共存共栄の道を探るしかないんだよ。この世に生きる限りはな。だからといって、お前に理想を捨てろとは言わない。自分が信じる指針は大事にすればいい。だが一方で、清濁あわせ呑む度量も持て。それは決して正義の敗北ではない。相容れないものとも上手に付き合う糊代を持つことで、不毛な争いを避け、勝機を広げることができるんだ。いつまでも『許せん、許せん』と憤り、自分の殻に閉じこもっても、決して人生は開けない。穴から顔を出した途端、ロイヤルボーデン社のような、もっと狡猾な蛇に頭から食われるだけだ。それより、もっと心を開いて、世間に飛び込め。プルザネではどうか知らんが、マードックやフーリエとは上手くやれただろう。ここでお前に心から礼を言ってくれた人もいたはずだ。人は裏切り、傷つけもするが、人を救うのもまた人だ。自分から人に背を向けて、どうしてこの社会で一事を成せるかね。――そうやって泣いている間も、お前はわしに『負けた』と思ってるのだろう。だが、わしの評価はむしろ逆だ。屁理屈を並べて吠え立てるより、ずっと大きな可能性を感じる。弱いなら、弱いなりに生きていけばいいじゃないか。なぜ無理に鋼になろうとする? 恥というなら、出来もしないことを『やれる』と大見得を切ることだ。今ここで『出来ない』と弱音を吐いたところで、誰もお前を弱い人間とは思わない。この一ヶ月、必死で頑張ってきたのは誰もが知るところだし、事情を知れば、みな納得するだろう。お前は皆の信頼を得た。それが最大の功績だ」

「……」

「どうする? やるか、やらないか」

「明日やらなかったら、きっと一生後悔する。それは意地でもプライドでも何でもない。本当は『やれる』と心の底では分かってる。だが、自信がない――」

「だったら、そのようにやればいいじゃないか。途中で無理と気付いたら、マードックやフーリエに『助けてくれ』と言えばいいだけの話だ」

「……」

「お前はたった一つの勘違いで人生を台無しにしようとしている。それは『強さ』に対する誤解だ。お前が身に付けようとしているのは力であって強さじゃない。明日、『助けてくれ』と言えたなら、その意味が解るだろう。明日はプロとして操縦席に座れ。お前なら出来るはずだ」

アルは席を立つと、静かにカンファレンスルームを後にした。

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第二章『ウミガメ』のシリーズ
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