本当の心の強さとは
「気が強い」と「心が強い」は違いますし、「心が強ければ、傷つかない」というものでもありません。
強さとは、受け入れる力のことを言います。
人間関係で傷ついたり、物事に失敗すると、「もっと強くなりたい。強くなって、もう二度と傷ついたり、動揺したくない。苦しみのない人生を送りたい」と願いますが、真の心の強さとは、『Power(力)』ではなく、『accept(受け入れる)』や『take(引き受ける』に近いものです。
「負けないこと」や「落ち込まないこと」の反対語ではありません。
堂々と反論したり、決して弱音を吐かないことが、強さの証しではないんですね。
それより、神経敏感で、上手くやれない自分自身を受け入れましょう。
「しくじることもある」と割り切ることで、自分に対しても、他人に対しても、許す余裕が生まれます。
皆が皆、上手く立ち回り、スマートに生きているわけではないと分かれば、必要以上に自分を責めたり、ひねくれることもなくなります。
人に負けないことが「強さ」と思い込むと、あなたは強い人間でいる為に、常に相手に勝ち続ける必要があります。
傷つく前に他人を攻撃し、自分の美点を誇示して、周りの尊敬を得ようとします。
いつも格好を気にして、自分と同じようにおどおどした人間を見ると無性に腹が立ちます。
でも、それは気が強いだけで、本当の心の強さとは言いません。
気の強い人は、自分が負かされる前に相手を負かそうとするので、自分も周囲も疲れてしまいます。
心が強い人は、自分が他人の言動に敏感で、些細なことにもビクビクしてしまう自分を受け入れ、許すことができます。
許せるから、他人の言葉に傷ついても、「自分の弱い一面」と割り切ることができるし、同じように傷つきやすい人に対しても、「お前も大変だな」と優しい気持ちで接することができます。
強さとは、アメーバみたいに柔らかいものです。
何でもまるっと呑み込み、消化するだけでなく、どんな形にもするりと自分を変えて、水中でも、土の隙間でも、生きて行くことができます。
あれも許せない、だから負けられない、という気の強さは、尖った釘と同じ。
何度も叩かれると、いつかポキリと根元から折れてしまうのです。
本作でも、最愛の父を亡くし、大洪水で生家を失って、再建コンペで必死に干拓地に復興を訴えるけども、権力者の反感をかって罠に嵌められたヴァルターが、それでも必死に強くあろうと意地を張りますが、立ち直ったのは表面だけ。
心の底はまだぼろぼろに傷ついて、脆弱なままです。
だから、アルはいいます。
「弱いなら、弱いなりに生きていけばいいじゃないか。 なぜ無理に鋼になろうとする?」
心が弱くても、良い志があれば、より良い人生を生きることができます。
弱いことは、人生の良し悪しに何の関係もありません。
弱い自分を認めて、自分にも周りにも弱い自分を許せるようになった時、本物の心の強さが身につきます。
ヴァルターの父が教えようとした、「魂の幸福とは、自身を肯定し『それでよし!』と思える気持ち」というのは、そういうことです。
「強さ」とは「受け入れる力」のこと
心と生き方のコラムとして再編集しています。興味のある方はご一読下さい。
【小説】 本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな
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(ページ数 5P)
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【小説】 本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな
ミッション前の意思の確認
ミーティングは五階のカンファレンスルームで午後四時から開かれた。
アル・マクダエル、セス・ブライト、三人の役員、そして各部署の主任が一同に集い、最後のスケジュール確認と意見交換を行う。リズも窓際の席に着くことを許され、ペンとノートを片手に構えているが、どうしても視線はテーブルの端に座るヴァルターへと注がれる。彼の方はリズの存在に気付いても、こちらを見ようともせず、じっと硬い表情で皆の話に聞き入っている。
既にどの部署も準備万端、今更、是非を問うこともない。
明日の段取りについて一通り説明が済むと、ダグが全員の顔を見回し、「他に質問や意見のある者は?」と訊いた。発言する者は皆無だ。
ただ低気圧の接近だけが気がかりで、半時間前、海洋安全局から取り寄せた最新情報によると、今夜半から明朝にかけて降水確率九十パーセント、明日も午前中は一時間に1ミリから2ミリの降雨が予想されている。また最大波高は50センチメートルから1メートル、弱いうねりが発生し、秒速5メートルから10メートルほどの風が吹くとの予報だ。
「ミッションを中止するほどではないが、前回のテスト採鉱より多少難度は高まると思う。午前六時の海象を見て、最終的な判断を下したい」
ダグが締め括ると、最後にアルの意見を求めた。
アルは全員の顔を一つ一つ見つめると、
「もはや、わしの方から言うこともない。今夜は夕食に少し手の込んだ料理を用意させている。しっかり食べて、リラックスして、明日に臨んで欲しい」
といつになく優しい口調で言った。
そうしてミーティングもお開きになり、全員がそろそろと席を立ち始めた時、
「ヴァルター。お前は残れ」
アルの声が響き渡った。
一瞬、その場に居合わせた者は顔を見合わせ、リズも凍り付いたが、何も見聞きしなかった風に退室すると、カンファレンスルームにはアルとヴァルターだけが残った。
無理に鋼になろうとするな
ヴァルターは末席でずっと俯いたまま、放心というよりは必死に心を抑えているように見える。
「それで、明日はどうするんだ?」
アルが訊ねると、
「あんたはどうしたいんだ」
彼はぽつりと聞き返した。
「わしが聞いているのはお前の意思だ。運の風向きじゃない」
「……」
「答えたくないのか。答えられないのか。いずれにせよ、そこから先の人生は誰も負ってくれないぞ」
「自分の手で成したい気持ちは変わらない。でも、確信がない」
「なぜ?」
「先日から父親の顔が脳裏に浮かんで離れない。何度も、何度も、波をかぶる夢を見る。水底で、苦しそうに叫んで……」
「それとミッションにどんな関係が?」
「あんただって知ってるだろう。潜航や機械操作にどれほど集中力を要するか。こんな調子で、どうして万全と言えるんだ? 二度も、三度も、大勢の前で恥をかくぐらいなら、最初からやらない方がいい。今度、失敗したら、俺は……」
「心の中の父親はお前に何と言ってる? 自分と一緒に心中してくれと懇願してるかね? そうじゃないだろう。自分の恐怖と父親の死を重ね見て、父親が駄目なら自分も駄目と思い込んでいるだけだろう」
アルは手元のドキュメントホルダーからクラフト封筒を取り出すと、彼に差し出した。「開けてみろ」と促され、彼が手に取ってみると、中には一枚の写真が入っていた。十一歳の夏、初めて地区の最優秀選手に選ばれた時のものだ。彼は誇らしげにトロフィーを抱き、その側で父が優しい笑みを湛えている。《四カ国語を話すエースストライカー。夢は世界に通用するプレイヤーに》という見出しで地元の新聞に掲載されたものだ。父が切り抜きをホームサーバーに保存していたが、それも洪水で流された。日に日に薄れゆく記憶の中で、二度と目にすることはないと諦めていた写真だった。
「それと同じ顔を見たことがある。再建コンペのプレゼンテーションだ。会場の誰もがお前の言葉に聞き入っていた。『緑の堤防』が大勢に支持されたのは、デザイン云々より、お前の主張に共感したからだ。わしはあの日のお前がまぐれとは思わん。ロイヤルボーデン社にどんな言い掛かりをつけられたか知らないが、もっと自分を信じたらどうだね。父親は父親、お前はお前だ。父親と一緒に死ぬはずがない」
「だが、死んだ事実はどうなる? どうやって納得しろと? どれほど誠実に生きても、ほんの数分差で運に見放され、我先に逃げた人間が生き残る。運命は何も助けない。正義も報われない。理不尽な現実があるだけだ」
「たとえ、そうだとしても、お前はこの先も生きてゆかねばならん。父親がどんな死に方をしようと、人生は待ってはくれない。そうだろう?」
「……」
「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。
あの晩、お前の父親が我先に逃げ出し、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親の姿はもはや無い。
所詮口先だけの人だったと失望し、お前との関係も、生き様も、何もかも違っていただろう。
結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。それでもまだ父親の死は無駄で、運命は理不尽だと恨むかね。
確かに、人間にとって命に勝る宝はない。だが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は、自分の命より息子の前途を取ったんだ。
そして、その願い通りになっている。
お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」
「……」
「もういい加減、目を覚ませ。
理不尽というなら、世の中そのものが理不尽だ。誠実な者ほど人一倍苦労し、小賢しいのが易々と天頂に上る。
その一つ一つを、不正だ、不平等だと責めたところで、縦の物が横になるわけではない。
どこかで折り合いをつけて、共存共栄の道を探るしかないんだよ。この世に生きる限りはな。
だからといって、お前に理想を捨てろとは言わない。
自分が信じる指針は大事にすればいい。
だが一方で、清濁あわせ呑む度量も持て。
それは決して正義の敗北ではない。
相容れないものとも上手に付き合う糊代を持つことで、不毛な争いを避け、勝機を広げることができるんだ。
いつまでも『許せん、許せん』と憤り、自分の殻に閉じこもっても、決して人生は開けない。
穴から顔を出した途端、ロイヤルボーデン社のような、もっと狡猾な蛇に頭から食われるだけだ。
それより、もっと心を開いて、世間に飛び込め。
プルザネではどうか知らんが、マードックやフーリエとは上手くやれただろう。
ここでお前に心から礼を言ってくれた人もいたはずだ。
人は裏切り、傷つけもするが、人を救うのもまた人だ。
自分から人に背を向けて、どうしてこの社会で一事を成せるかね。
――そうやって泣いている間も、お前はわしに『負けた』と思ってるのだろう。だが、わしの評価はむしろ逆だ。屁理屈を並べて吠え立てるより、ずっと大きな可能性を感じる。
弱いなら、弱いなりに生きていけばいいじゃないか。
なぜ無理に鋼になろうとする?
恥というなら、出来もしないことを『やれる』と大見得を切ることだ。
今ここで『出来ない』と弱音を吐いたところで、誰もお前を弱い人間とは思わない。
この一ヶ月、必死で頑張ってきたのは誰もが知るところだし、事情を知れば、みな納得するだろう。
お前は皆の信頼を得た。それが最大の功績だ」
「……」
「どうする? やるか、やらないか」
「明日やらなかったら、きっと一生後悔する。それは意地でもプライドでも何でもない。本当は『やれる』と心の底では分かってる。だが、自信がない――」
「だったら、そのようにやればいいじゃないか。途中で無理と気付いたら、マードックやフーリエに『助けてくれ』と言えばいいだけの話だ」
「……」
「お前はたった一つの勘違いで人生を台無しにしようとしている。それは『強さ』に対する誤解だ。お前が身に付けようとしているのは力であって強さじゃない。明日、『助けてくれ』と言えたなら、その意味が解るだろう。明日はプロとして操縦席に座れ。お前なら出来るはずだ」
アルは席を立つと、静かにカンファレンスルームを後にした。