海底鉱物資源の採掘の成否を決める海底地形のマッピング

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第二章 採鉱プラットフォーム ~ミッション開始 (9)
STORY
採鉱システムの接続ミッションに向けて、ヴァルターはマードックからレクチャーを受ける。 採鉱の成否を握るのは海底地形のマッピングだが、マードックは「最初に狙い定めた鉱区が宝の山だった。採鉱にも運は必要」と説く。 ヴァルターは海中作業の難度を懸念し、テスト潜航を申し出る。

九月九日。月曜日。

朝七時半に朝食をとると、ヴァルターはオペレーションルームに足を運んだ。

金曜、土曜、日曜とマードックからもらった資料に目を通し、採鉱システムの概要と接続ミッションの手順は理解できたが、全体を知悉するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

彼がオペレーションルームを訪れると、マードックは壁際のワーキングデスクで採鉱予定区の採鉱マップをチェックしていた。

採鉱に使われるマップは、無人調査機の計測プローブが採取したデータを専用ソフトウェアで分析し、七色のグラデーションで彩色した3D地形図だ。詳細な地形だけでなく、基礎岩を覆うクラストの厚さや形状までもが10ミリ単位で描出されている。このマップから採鉱する場所を選定し、破砕機や集鉱機のオペレーションシステムにアップロードして重機の動きを制御する。効率的に有価なクラストを採掘できるか否かは、重機の性能にも依るが、資源の賦存状況をいかに正確に把握するかにかかっている。どこに、どれくらいの硫化ニムロディウムが存在するか、地形は重機の運用に適しているか、といった事だ。その上で、硫化ニムロディウムが豊富に含まれるクラストだけを基礎岩から引き剥がし、海底からもれなく回収する。

マードック曰く、一番お金と技術がかかっているのはマッピングだという。それも探鉱権やリテンション・ライセンスが有効な間に結果を出さねばならず、全てが時間との闘いだったそうだ。

「でも、僕たちは運がよかった。最初に狙い定めた鉱区が宝の山だった」

「運だって?」

ヴァルターが憮然と聞き返すと、

「探鉱には運も必要だ。どれほど優れた調査機も、土の下に存在する物質を完璧に言い当てられるわけじゃない。陸上でも、百パーセント正確に分析できるのはせいぜい地下十センチ程だ。それ以深はあくまで『理論上』になる。それぐらい地下を知るのは難しい。深海となれば尚さらだ。ティターン海台にも幾つかの有望な候補があった。そして最初に精査を始めたエリアが大当たりだったんだ。空振りが続けば、時間もコストも浪費していた」

「たいした山師だな」

「運も実力のうちだよ」

(運なものか)と彼は思う。運も実力のうちなら、父の献身は何だったのだ?

「今もマッピングの範囲を広げてるのか?」

「もちろん。現段階で十分なレベルに達しているのは五年分だ。それ以外の部分は、今も調査クローラーを使ってデータ収集と分析を継続している。大半は自動化されているが、やはり人の目で描出されたマップを確認し、必要に応じて再調査をしなければならない。また商業的に価値のあるクラストが見つかっても、重機の動きには適さない地形もある。傾斜が急だったり、大きな凹みがあるような場所だ。それも人の目で確認して、回避しないと、重大な事故を引き起こす。どれほど機械化が進んでも、最終的には人的な判断が物を言う。それを見分ける教育も必要不可欠だ。だから、うちのオペレーターは工学理論や機械操作だけでなく、鉱物学や海洋学の講義も受けている。簡単な内容だが、学術的に理解して動かすのと、何も知らずに機械だけいじるのでは大違いだからね」

「なるほど」

「それを指示したのもマクダエル理事長だ。万一採鉱システムに失敗しても、知識や技術があればよそで即戦力になる。そこまで配慮されたら、若いのだって必死にやるだろう」

彼は納得し、コンソールの前でぺちゃくちゃお喋りしながらも、システムのチェックに余念がない自分と同年代のオペレーターに目をやった。確かに一人の優秀なオペレーターは資本や設備に換えがたい。事業の成否は、突き詰めれば、最先端の技術に携わる人間の質に依るのだから。

「それにしても、ここにはたくさん従業員がいるのに、どうしてパイロットは俺一人なんだ? もう一人か二人、操縦士がいてもおかしくないのに」

「確保するのが難しいからだよ。ステラマリスもそうだろう? 飛行機や宇宙船のパイロットは掃いて捨てるほどいるが、有人潜水艇の操縦ができる者は限られている。なり手もないし、教える人間も希有だ。以前はここにも三名から四名のパイロットが居たが、ここ数年は有人潜航の機会もめっきり減って、以前ほど重要性が無くなっている。僕とフーリエ、ノボロスキ社の数人の整備士も操作に精通しているが、熟達した潜航経験があるのは、ジム・レビンソンとキリチェンコの二人だけだ。だが、そのキリチェンコも持病の高血圧が悪化して抜けた。今から新人を訓練するには余りに経費も人手も掛かりすぎるし、何とか接続ミッションまで乗り切ろうとしていた矢先だった」

「じゃあ、俺が来なかったら、接続ミッションはどうするつもりだったんだ?」

「前にも言ったように、プラットフォームから有索無人潜水機を下ろして、遠隔操作で接続する。僕は反対だったが、ダグや一部のオペレーターはそれで事足りると主張して譲らなかった。君が来る前に少しゴタゴタしたが、僕はマクダエル理事長の判断で正解だったと思うよ。やはり誰かが目視で作業を確認しないと、本番では何が起きるか分からないからね」

(そうか)と彼は納得した。初めてここに来た日、マッコウクジラの兄弟が素っ気なかったのは、そういう理由だったのだ。

「最終的にどうなるか分からないが、とりあえず本採鉱までのスケジュールと採鉱予定区について説明するよ」
マードックはモニターの画像を切り替え、最初の採鉱予定区の海底地形図を表示した。

「これが第一期の採鉱予定区だ。ティターン海台の平らな山頂部を中心に、十二のエリアに区分けしている。一つの採鉱エリアの広さは10から30平方キロメートル、さらにそれを日単位、時間単位で、細かくエリア設定している。たとえば、最初のターゲットとなるエリアAは、ティターン海台東側、約20平方キロメートルだ。それをさらに十五区画に分画し、それぞれの予定採鉱量をこちらのテーブルに記している。一日平均5500トンの区画もあれば、5000千トンの所もある。どれだけ高品位のクラストを採取できるかは、実際にシステムを稼働してみないと分からない部分も多いから、今後のスケジュールはかなり流動的になるがね」

「接続ミッションまでの日程は?」

「今は地上勤務や長期休暇で島に戻っているスタッフが二十名ほどいる。彼らが現場にカムバックし、全スタッフが勢揃いするのが十月八日だ。十一日にビートル型破砕機、ドーザー型集鉱機をパワークレーンで海底に下ろし、試験的に稼働する。それで問題なければ、十五日に揚鉱管を繋ぎ、採鉱システムを本格稼働する。もちろん、悪天候の場合はミッション中止、場合によっては重機も揚収する。幸い、この海域は熱帯低気圧の影響は皆無だし、この24年間に僕が経験した最悪の天気でも、風速20メートル、一時間の降水量60ミリ程度だ。普段は荒れても風速十メートルに及ばないし、波高が2メートルを超えることもない。雨量にもよるが、悪天候での中止は確率的に低いだろうね」

「多少の雨は気にしないよ。俺、大事なミッションに限って、低気圧とぶつかるんだ。潜ってしまえば海上の悪天候は関係ないが、支援船が潜水艇の位置を見失うことは度々あった。海面に浮上したのはいいが、ダイバーが潜水艇にワイヤーを取り付ける作業に手間取って、ついには流され、そちらの救出で大騒ぎになったこともある。でも、不思議と大事故に至ったことはない。そういう意味では、俺は運否の境を漂っているよ」

「本当は強運じゃないのか」

「それだけは感じたことがない。サッカーのロトくじも当たったためしがないし、ゲームも懸賞もてんで駄目。たまにスクラッチカードが当たっても、せいぜい自転車のLEDライト止まり、それもハンドルに付けてたら、隣の悪ガキに盗まれた。そんなのばっかりさ」

「運はそんなものに使うんじゃない。ここぞという時に発揮するんだ。人間、一生に一度の大勝負に勝てばいい」

「そうかな」

「一見ラッキーなことも、実は運の尽きということもある。宝くじに当たったおかげで散財し、最後は破産なんて話、世の中にいっぱいあるだろう。物事なんて最後まで見てみないと分からないよ。実際、君は海洋技術センターを解雇されたおかげで、マクダエル理事長みたいな大人物に会えた。予定通り復職していたら、今も大西洋のど真ん中でお偉い先生に頭をコツかれ、あっちに行け、ここに行けで終わってたかもしれないよ」

確かにその通りだ。少なくとも、こんな接続ミッションは絶対に体験できなかっただろう。

「今は接続ミッションに注視しているが、本当に大事なのはその後だ。採鉱だけなら問題ないが、いざ選鉱、輸送、製錬の全体プロセスが動き始めたら、思いがけないトラブルに直面することもある。本当に成功といえるのは、システムが安定して、目標の売上高を達成してからだ」

「そうだろうね」

「だから、お前もそう深刻になるな。ぶっちゃけ、途中でトラブルが生じて、ミッションの日程が数日ずれ込んでも、何千万エルクの損失が出るわけじゃない。人的ミスでなくても、悪天候で中断に至る可能性は十分にある。それらも踏まえて、無理のないスケジュールを組んでいる」

「なるほど」

「前にも言ったが、どうしても無理なら、一日も早く断った方がいい。寸前までもたついて、何か起きてからでは、その方が他部署に迷惑がかかる」

「そのことだが、テスト潜航はできないだろうか」

「テスト潜航? 何のために?」

「操作の確認だ」

「お前一人のためにテスト潜航しろって? そりゃあ無理だよ。一度の潜航にどれだけの経費と手間がかかるか、お前も知ってるだろう。それでなくても本採鉱を前にして皆ぴりぴりしてるんだ。とてもじゃないが承服しないよ」

「俺にもれっきとした理由がある」

「どんな」

「過去三回のテスト採鉱の記録に目を通したが、今度の接続ミッションとは異なる場所で試験してる」

「異なるといっても、1キロメートルも離れてない」

「だが、今度の場所はテスト採鉱の時より300メートルも深い。前回の場所より凹凸も多いし、マップを見た限りでは平均勾配は9度だ。最も傾斜の大きい箇所は12度になる。破砕機も集鉱機も最大15度まで対応可能と聞いているが、九パーセントでもかなり重機は傾く。大きく傾いた状態で、本当にテスト時と同じ要領で接続できるのか? 三度のテスト採鉱は接続も重機の操作もスムーズだったという話だが、実際の採鉱区より300メートルも浅く、平坦な場所でテストすれば上手く行くのは当たり前じゃないか」

「そうだっけな」

「記録によると、一回目のテスト採鉱は昨年十一月、パイロットはキリチェンコとレビンソン。二回目のテストは今年三月、パイロットはレビンソンと大学生。三回目のテストは七月末、全て無人機で行ったんだな。なぜだ?」

「本来、接続ミッションも、キリチェンコとレビンソンがやるはずだったんだ。ところが一回目のテスト採鉱の後、キリチェンコが抜けたので、レビンソンはエイドリアンに声をかけた。セス・ブライト専務の子息で22歳の大学生だ。頭のいいスポーツマンで、ウィンドサーフィンや水上バイクはお手の物。小型船舶操縦士の資格も有して、水中ロボットは小学生の頃からいじってる。一時期、機械工学を目指していたほどのマニアだ。プロテウスに関しては、レビンソンから主に船体保持について指導を受けている。二回目のテスト採鉱では、プロテウスの中から機械操作も行った。もっとも、単純なスイッチのON/OFFぐらいだが」

「じゃあ、全くの素人というわけでもないんだな」

「僕はそう捉えてるよ。大学の都合でエルバラードに移住しなければ、今もこの場に居ただろう。将来、パイロットになるかどうかはともかく、接続ミッションではそれなりの役割を果たしたはずだ」

「三回目のテスト採鉱がオール無人機で実施された理由は?」

「理事長の指示だよ。万一に備えて、無人機でも100パーセント対応できるようにするのが狙いだ。これは現場の要望も大きい。接続作業に関しては、いずれ完全自動化に移行する予定だし、本採鉱が始まったら、プロテウスも不要になるからね。ところが、レビンソンがごねた。理事長とも相当激しくやり合ったはずだ。僕にもレビンソンがそこまでプロテウスに固執した理由は分からない。無人機に完全移行すれば、レビンソンも負担が軽減するはずなのに。ともあれ、三回目のテスト採鉱はオール無人機で敢行、余裕で完了した。その晩だよ。レビンソンが泥酔して行方不明になったのは」

「誰かに海に突き落とされた――なんてことはないのか」

「僕もちらと疑ったよ。多分、みな同じ思いのはずだ。だが、これだけは断言できる。皆、レビンソンの悪態と酒癖の悪さに辟易してたけど、殺意を抱くほどではない。それに、あの晩は各自にアリバイがある。警察も取り調べに来たから間違いない」

「だとしても、なぜテスト採鉱の時、実際の採鉱区で試験せずに、わざと平坦な場所を選んだんだ? 最初の二回は慎重を期したとしても、三回目のテストは本採鉱を意識してやるはずだ。それなら実際の採鉱区でやらないか?」

「それはマッピングと大いに関係がある」

「マッピング?」

「採鉱区のマッピング・データは既に重機のオペレーションシステムにアップロードされているからだ。十月十五日から来年三月までの半年間、どこを、どれだけ掘り返すか、既にプログラムされていて、これを変更するとなると、一からプログラムを組み直さなければならない。だから、実際の採鉱区はノータッチで、近隣の環境でテストしたんだ。テスト結果が良好なら、実際の採鉱区でも問題なく稼働するという見立てで」

「それでも納得がいかないな」

「君が思い描いているより重機の性能ははるかに柔軟だ。僕も三度のテストをつぶさに見てきたが、地形や深度の違いはそれほど足かせにならない。それに稼働中もコンピュータと人の目の両方でチェックする。万一、問題が生じたとしても、突然重機が横転するような事故にはならないはずだ」

「だが、揚鉱管の接続は別問題だろう。実験プールや平坦な海底面で、傾斜角ゼロの状態で接続するのと、勾配九度の斜面で、重機が傾いた状態で接続するのは大きく違う。ましてミッションを行う位置は段差に近い。深層流が思いがけない速さで流れてくることもある。採鉱予定区で深層流のスピードを詳しく調べたこともないんだろう?」

「それはまあ、そうだが」

「テスト潜航は必要だ。実際に破砕機と集鉱機を下ろして、もう一度、急斜でちゃんと接続できるか、確認した方がいい」

「じゃあ、ダグとガーフにそう言うんだね。大きな事は彼らが決定する」

「マッコウクジラの兄弟に?」

「彼らを納得させない限り、予算は一銭たりと下りない」

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