「姉さん、生きて下さい」 ~ 恋人の死と始まりの石

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第四章 ウェストフィリア・深海調査 ~ブルーディアナイト (5)
STORY
火山島ウェストフィリアの調査に参加した鉱物学者のイーサン・リースと息子のダニエルは

翌朝、洞窟を出た父子は山の斜面を降り、下山する為に渓流に沿って歩き始めた。

途中、ダニエルは手を洗う為に水際に行き、深さ十センチほどの川床に青いガラスのようなものが光っているのに気が付いた。拾い上げてみると、直径三センチほどの灰白色の母岩に、小指の頭ほどある青い結晶が三つも埋まっていて、明らかに周囲の岩石とは異なっていた。いずれも六角板状の美しい結晶で、針状のインクルージョンを含み、サファイアの原石と見まごうばかりだった。

ダニエルは父親にも内緒で石を持ち帰ると、結晶の一つを取り外し、知り合いの宝石研磨士のアトリエに持ち込んだ。研磨士は一流ジュエリーブランドに指名されるほどの名人で、少し手を加えれば、飾り石ぐらいにはなるだろうという軽い気持ちだった。

ところが、宝石研磨士が作り上げたのは、スターサファイアを彷彿とさせる素晴らしいジュエリーだった。カボションカットされた石の中央から鮮烈な六条の光を放ち、光源によってロイヤルブルーやピンクパープルに色合いを変えた。これまで数千万エルクの値がつくような稀少原石のカッティングを手がけてきた宝石研磨士でさえ目を見張るほどで、「これは単なる河口の石じゃない。山間の鉱床から流されてきたんだよ。探せば、もっとあるはずだ」と興味を示した。でも、ダニエルは分析も鑑定も拒み、プラチナのペンダント台座に埋め込んで、私にプレゼントしてくれたの。「ブルーディアナイト」と名付けて。

でも、私たちの幸せは数ヶ月で暗転した。

ブルーディアナイトの写真がファルコン・マイニング社の手に渡ったからよ。

宝石研磨士は職業的な好奇心から写真を撮影したのでしょう。ダニエルにブルーディアナイトを手渡す前、まばゆいほどの星彩効果や、光源によって様々に色を変える様を夢中でデジタルカメラに収め、自身のPCに保存していた。

ある日、研磨士のアトリエに宝石の仲買をしている男がやって来て、たまたまモニターに映っていたブルーディアナイトの写真に目を留めた。「これは一体、何の宝石だ」と質問され、研磨士は深く考えずに「マグナマテル火山の渓流で拾ったらしい」と答えた。

すると、男は研磨士が中座した隙に自身の携帯デバイスに写真を写し取り、ファルコン・マイニング社の役員に見せたの。「マーテル川に宝石の漂砂鉱床がある」と話を誇張して。

当時、ファルコン・マイニング社はステラマリスの有名な宝石商を傘下に収め、富裕層向けの宝石ビジネスに参入したばかりだった。上手く行けば、自分も儲け話に有りつけると踏んだのでしょう。ブルーディアナイトの事は矢よりも早くファルコン・マイニング社の上層部に伝わり、研磨士の交友関係と第一二五次調査団の名簿から、すぐにイーサン父子の名前が浮上した。

父子はファルコン・マイニング社に呼び出され、あれこれ詰問されたけれど、イーサンは「息子は河口の川底で偶然拾っただけだ。鉱床などあるはずがない」と事実を誤魔化し、ダニエルも「一口にマーテル河といっても、何十本もの支流に枝分かれし、熊手みたいな河口の裾は端から端まで五キロもある。地図上で『ここ』と正確に指し示せるわけがない」と言い張り、それ以外は固く口を閉ざして語ろうとしなかった。

一方、ファルコン・マイニング社は、宝石研磨士が保存していた「カッティングで生じた石の屑」を高額で買い取り、ラボラトリで分析にかけた。その結果、石に含まれる針状のインクルージョンは、これまで確認されたことのない結晶構造をもつ、純度九十九パーセント以上のニムロディウムであることが判明した。

これがどれほどの驚異か分かるでしょう。鉱石から不純物を取り除き、完璧なニムロディウムを精製するには、洗浄や溶融など多くのプロセスを必要とする。それが自然金や自然銀のように、完全な天然物として存在するのよ。他にも多量に見つかれば、鉱業のみならず、従来の学説をも覆す重大な証拠になるでしょう。

やがて話は鉱業局にも知れ渡り、もしイーサン父子が真実を隠し通すなら、法律で定められた調査員の義務を怠り、資源戦略の鍵となる重要な資料を私的に流用した罪で告訴するとまで通告された。

私もこれ以上、沈黙を通すわけにゆかず、ある晩、アルの協力を得て、町外れの緑地公園でダニエルと会った。

でも、それが間違いだった。アルの言うように、表通りのカフェで会うべきだった。なのに私は誰かに目を付けられるのが怖くて、人気の少ない公園に行ってしまったの。

私はブルーディアナイトよりもあなた方父子の社会的信用や学者としての将来の方が何倍も大切だから、本当のことを話すよう何度も説得したわ。でも、ダニエルは「話すならファルコン・マイニング社ではなく、鉱物研究所の恩師に相談する」と言い張り、ファルコン・マイニング社の軍門に降ることを良しとしなかった。下手すれば、洞窟で採取した硫化ニムロディウムのサンプルまで取り上げられ、ジオサイエンスの研究を潰されることを恐れたからよ。

そうして、一時間ほどで話を終え、公園の駐車場で待つアルに電話を入れて、待ち合わせ場所に急ごうとした時、ナイフを手にした四人組の男に囲まれた。

彼らは公園内の工事中の施設に私たちを連れて行くと、金目の物を出すよう迫った。ダニエルはすぐに財布を差し出し、私も同じようにしたわ。彼らは中身を抜き取り、それで満足したように見えたけど、突然、一人が私を羽交い締めにして、ブルーディアナイトのペンダントを奪い取った。

ダニエルは私を助けようとしたけど、ナイフを手にした複数の男に敵うわけがない。

悪夢のような時が過ぎ、ようやく男達が立ち去ると、私は地べたを這うようにしてダニエルの所に行った。ダニエルは鼻と口から血を流して、ほとんど息をしていなかった。携帯電話も壊され、アルに助けを呼ぶこともできず、このまま息絶えるかと諦めかけた時、懐中電灯の光が差し込み、警備員が中に入ってきた。施設のセキュリティシステムが異常を感知したので様子を身に来たのよ。

警備員はすぐさま通報したけど、ダニエルは搬送中に心停止し、私は一生子供を望めない身体になった。

この事件が表沙汰にならなかったのは、父が社会的影響を恐れて、警察や病院関係者に固く口止めさせたからよ。その後の捜査で一名だけ身元が割れたけれど、他の三名は何所の誰かも分からない。指名手配された男は闇の手配師で、汚れ仕事を引き受けては、下町のチンピラを集めて人を襲わせたり、高級車を盗んだり、悪行の限りを尽くしていた。ダウンタウンのアジトも警察に抑えられ、すぐに捕まると思っていたら、一週間後、MIGインダストリアル本社前のバス停で、口の中いっぱいに砂利を詰められた生首の状態で見つかった。世間では猟奇殺人と騒がれたけど、私たちに対する脅迫は明らかだった。警察の話では、その男が雇った者たちも、既に処分されているだろうとのことだった。

父はそれ以上の追及を諦め、私を守ることに専念した。病院もすぐに退院し、エルバラードの邸宅に医師と看護師を常駐させ、二十四時間、つきっきりで手当させた。

ダニエルはすぐに検屍に回されたので、もう一度、顔を見ることも叶わなかった。病室のベッドでアルから遺髪を渡されたのが最後になった。

事件を境にイーサン夫妻とも連絡が取れなくなり、アルが何度アパートを訪ねても玄関のドアは固く閉ざされたまま、ダニエルがどこに埋葬されたか知る事もできず、時間だけが過ぎていったの。

*

それから三ヶ月、私はエルバラードの自宅でほとんど寝たきりで過ごした。感じることも、考えることもできず、生きる屍みたいにベッドに横たわり、毎日、死ぬことばかり考えていた。

アルは毎日、私の部屋を訪れ、美しい詩句や聖書を読んで聞かせてくれた。

「悪をもて悪に報いず、凡(すべ)ての人のまえに善からんことをはかり、汝らの為し得る限りつとめて凡(すべ)ての人と相和らげ。愛する者よ、自ら復讐すな。ただ神の怒りに任せまつれ。録(しる)して主いい給う、復讐するは我にあり、我これに報いん」

ローマの信徒への第十二章。その個所だけを、繰り返し、繰り返し……。

そんなある日、アルがいつものように病床を訪れ、私の手に小さな石を握らせて言った。

姉さん、生きて下さい

それはダニエルがマーテル川で拾った、もう一つの青い結晶と母岩だった。

その日、アルは思いがけなくイーサンから呼び出しを受け、学園通りの図書館で再会した。身の危険を感じたイーサン夫妻は、一連の資料やサンプルと共に知人の別荘に身を潜めていたの。

イーサンは、母岩に埋まっていた二つ目の青い石と資料の大部分をジオサイエンスの盟友、バダミ博士に託し、アルにはその一部と残りの石を手渡した。

「君はよく言ってたな。本来、石に意味はない。人間がそれに意味を持たせると。君なりに答えを見つけて、世界に示せ。正しい意思に正しい力が宿ると信じてる」

そして、サンドラ夫人が選んだオレンジ色の石をアルに手渡した。

「カーネリアン――始まりの石だ。君たちの人生はこれからだ。ダニエルの分も立派に生きて欲しい」

イーサン夫妻は月長石の小箱に収めた息子の遺骨と共にトリヴィアを去り、それから二度と会うことはなかった。

私たちの手には、ダニエルがマーテル川で拾った石と、イーサンの研究資料と、カーネリアンだけが残った。

アルは両親を欺いて秘密のデートの手助けをし、私とダニエルを守りきれなかったことを深く悔やんでいたけど、その日を境に変わった。もともと真面目な勉強家だったけど、それからは溶鉱炉の火の如く、大学のカリキュラム以外にも経営やマネジメント、鉱物学や金属工学などの特別コースを受講し、大学の休暇期間にはMIGの工場に泊まり込んで、工程管理の実際や最先端の技術を学んだ。

そんなアルの熱意に動かされ、私も死の床から起き上がった。アルがニムロディウムの鉱床を探すなら、私は後方でそれを支えよう。MIGの体制を万全に整え、アルが採鉱事業に傾注できるよう采配しようと心に決めたのよ。

アルと私は毎日のように作戦会議をしたわ。もし鉱床を探すなら、どんな準備が必要か、資金はどうやって調達するか、様々なアイデアを出し合い、幾通りもの計画を立てた。辛いと感じたことは一度としてなかった。

いつの日か定説が覆され、ファルコン・マイニング社の一党支配が崩れたら、イーサン夫妻との再会も叶うかもしれない。それだけが唯一、一家への償いであり、愛の証しに思えたから。

※ 前のエピソード

あわせて読みたい
学界に名誉の旗を立てるだけが学問か? 鉱物学者イーサン・リースとダナの初恋 宇宙文明の根幹を成す稀少金属・ニムロディウムの研究を続ける鉱物学者イーサン父子には、ニムロイド鉱石の謎を解き明かし、鉱業改革に役立てたいという願いがあった。だがマグナマテル火山の噴気孔で美しい貴石ブルーディアナイトを発見した為に陰惨な事件に巻き込まれる。

カーネリアン

Carnelian handicrafts.jpg
<a href="//commons.wikimedia.org/wiki/User:%E6%AC%85" title="User:欅">欅</a> (Keyaki) - <span class="int-own-work" lang="ja">投稿者自身による作品</span>, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

目次
閉じる