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【27】 土地が蘇れば、何十年、何百年と作物を実らせる ~農地再生と住民の願い

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あらすじ

<h2>【小説】 農地再生と住民の願い

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(ページ数 8P)

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<h2>【小説】 農地再生と住民の願い

フェールダム臨海都市計画

二十六歳の誕生日を迎えて間もない頃。

フェールダムではデ・フルネの創設十周年を記念して、ささやかなパーティーが催された。

十年前、ヤンがクリスティアン、イグナス、数名の大学生と始めた時には十人程度のグループだったが、今ではゼーラント州全域から有志が集まり、復興企業コンソーシアムの支援を受けて常駐職員七名、レギュラー会員約200名、ボランティア参加者が累計二万名を超える大所帯に成長している。

ヤンもレイクス・エンジニアリングに勤める一方、ボランティアの切り盛りに大忙しだが、プレッシャーが大きいほど闘志を燃やすところは少年時代と変わらない。近頃は豪放な性質に謙虚さや柔軟性が備わって、真に信頼に足る社会のリーダーに成長している。

また、ボランティアと勤務が両立するのも、会社に理解がある点が大きい。

洪水の後、レイクス・エンジニアリングはいち早く復興企業コンソーシアムを立ち上げ、重機の貸し出しや人材派遣、再就職の支援などに取り組んできた。また、学生や一般市民のソーシャルグループにも積極的に関わり、助言も行っている。現在は大きな被害を受けたフェールダムの水路の補修や地盤改良、道路の再舗装などを手がけ、復興事業に一役買っている。ヤンのことも「我が社の誇り」と大事にし、業務でも便宜を図ってくれた。

今では土日になると百名を超えるボランティアがフェールダムを訪れ、植樹や耕鋤、土砂や瓦礫の運び出しに粉骨している。将来的にはVereniging zonder winstoogmerk(VZW)――非営利法人として認可を受け、一段と活動域を広げるのが目標だ。

一方、クリスティアンは高度なパーステクニックを身に付け、デザイン工房《vanderloop》の出世頭として将来を嘱望されている。イグナスも四人の中では一番乗りで結婚して、今では一児の父親だ。都市開発コンサルタントの仕事も順調で、自治体に意見を求められることもあるという。

仲間が着実にキャリアを積み、フェールダムの復興に全力を尽くしているのとは対照的に、彼だけは帰る家も持たず、プルザネとフェールダムを行ったり来たり、行き場のない幽霊みたいに海を彷徨っている。

言い様のない侘しさの中で、どうにか自分を故郷に繋ぎ止めているが、同じ地元に住み、常に行動を共にしている仲間と、年の大半を船上で過ごし、確固たる足場を持たない彼とは生活環境も心の持ち方も大きく異なる。

数ヶ月に一度、故郷に帰り、仲間と一緒に瓦礫を片付けたり、苗木を植えても、自分だけが暗い水の底に取り残されたような焦りと疎外感を完全に払拭することはできなかった。

その日も仲間はそんな彼の胸の内に気付くことなく、楽しく飲み食いし、子供時代の思い出話に花を咲かせている。この十年、手探りながらも復興作業に打ち込み、ここまで大きな活動に育てた手応えが彼らの表情を明るくしていた。

彼はパーティー会場の隅で黙々とビターバレン丸いコロッケを頬張っていたが、なんとなく気詰まりに感じ、会場の外に出ようと席を立ちかけた時、中核メンバーの一人が「おい、大変だぞ!」と自身のタブレット端末を高く掲げた。

《フェールダム臨海都市計画》と干拓地の実状

周りが一斉に注視すると、ローカルニュースの一面記事が会場の大型ディスプレイに映し出され、明るい笑い声がぴたりと止んだ。

《フェールダム臨海都市計画》。

それが地元政財界の打ち出した再建案の名称だ。特に被害の大きかったフェールダムの北部――締切堤防のある湖畔から盛土堤防の内側、南北四キロメートル、東西幅二キロメートルにかけて、お洒落なシーサイドシティを建設するアイデアである。

デザインを手がけたのは、リゾート建築で定評のあるフランシス・メイヤー。学生時代に海上空港ターミナルビルの国際コンペで注目され、二十四歳で『サンシャインコーストの別荘』で世界的な建築賞を受賞した天才肌だ。その後、大手建築設計事務所にスカウトされ、数々の大型プロジェクトを手がけてきたが、四十歳で独立し、講演、執筆、個展など、自身のアトリエを拠点にますます活動の場を広げている。

メイヤーの考案する臨海都市は、洪水で大きな被害を受けたフェール塩湖の東側湖畔(フェールダムの西側。デンボンメルの森周辺)の一部を埋め立て、宇宙基地のようなコロッセウム型のショッピングモールを中心に、オフィスビル、ホテル、アパートメント、高級建売住宅を展開する。また各所にはウォータースポーツ施設やマリーナを設け、水と緑が一体となったモダンなシーサイドリゾートを構築する。

これまでにもフェールダムの再建案は幾度となく持ち上がり、その都度、立ち消えてきたが、今度の臨海都市計画はフェールダムの在り方を根本から変えるものであり、地元政財界はもちろん、ネーデルラント政府や近隣諸国までもが期待を寄せている。

だが、元住民にしてみれば、再建というより「改悪」だ。そこに元住民の願いを叶えようという意図はさらさら無く、洪水で壊滅した土地を政財界の都合よく再利用したいに過ぎない。

たとえば、建設予定のエリアには、現在も土地や家屋の権利を有する八十二世帯が存在する。彼もその一人だ。そのうち三十世帯は、すでに土地を売却したり、第三者に譲渡して法的手続きが完了しているが、他の四十二世帯は彼の家と同じように『保留』という形で存続し、残り十世帯とは全く連絡がついていない。自治体いわく、これらの放置された土地や家屋が再建の妨げとなっており、年内にも期限付きで強制処分する方針だという。

被害を受けた後、家を建て直すわけでもなく、再びこの地に戻ってくるわけでもなく、瓦礫のまま放置している家と土地の所有者に対し、強い姿勢で決断を求める理由は理解できる。それによってフェールダムが大勢の望む形で再建されるなら、納得もするだろう。

だが、元住民の意向を全く無視した臨海都市計画の為に立ち退きを迫られるのは納得がいかない。瓦礫のまま放置している所有者にも責任はあるかもしれないが、洪水で家財一式を失い、各地を転々としながら、どうにか食い繋いでいる世帯にとって、わずかな見舞金だけで瓦礫の撤去や家の建て直しを迫られるのは経済的にも負担が大きいはずだ。たとえ瓦礫の山でも、そこには愛する人と暮らした思い出があり、何年経っても癒えない悲しみがある。そうした葛藤も理解せず、まるで巨大ゴミのように一掃するのも腹立たしい。

なお許し難いのは、ボランティアが額に汗して土を耕し、一本一本心を込めて植樹してきたデンボンメルまで開発予定区に組み込まれていることだ。

フランシス・メイヤーの計画では、デンボンメルを含む東側の湖畔を中心に大規模な産業用地を造成し、ショッピングモールやオフィスを建設する。締切堤防には高潮の時だけ海底面から持ち上がる浮上式パネルを増設し、夜には華やかにライトアップする趣向だ。また堤防から湖畔にかけては白い三日月型の庭園が建設され、シェル型の屋外コンサートホールや噴水ショーも計画されるという。

これによりデンボンメルの森は完全に消滅し、湖畔の風景も全く違ったものになる。苗木は別のエリアに移植されるというが、どこに、どのように移し替えるのか、他に候補地があるとも思えず、体よく一掃しようという魂胆が見え見えだ。

また復興対策強化地域として農地再生に取り組んできたエリアも大幅に縮小され、地方道の拡張や住宅地の建設が予定されている。それは元住民の願いもフェールダムの伝統も根本から覆すような改造計画であった。

土地が蘇れば、何十年、何百年と作物を実らせる

「金になるからだよ」

ヤンがやりきれないように言った。

「以前と同じ豊かな農地を取り戻すには何年もかかるし、ちりぢりになった元住民が戻ってくるかも分からない。農地が再生するのを待つより、見栄えのいいリゾートシティを建設して、手っ取り早く観光客と居住者を集めた方が採算がいいからだろう。何より政府は主要工業都市から切り離されたデルタ地帯を近代化して、『トリアドゲート』へのアクセスを強化したい。ところが、デルタ地帯の干拓地は昔ながらの農場主や何代にも渡って住み続けている世帯が土地を手放したがらないからな。壊滅したフェールダムはうってつけの物件というわけさ」

「トリアドゲート?」

「そうだ。北海南端の海上宇宙港を中心とする、ばかでかいタックス・ヘイブンだよ。あそこで外惑星から運び込まれた鉱物資源や半製品を分配してる。国内ではあり得ないような免税や規制緩和がなされているから、いろんな企業や組織が絡んで、甘い汁を吸っているという話だ。以前は世界第一の貿易港といえばロッテルダムだったが、それも完全にトリアドゲートに取って代わられてる。ゆえに北海沿岸のデルタ地帯を強化して、工業地帯や輸送機能を拡張したいんだろう。メキシコ湾やアラビア海の宇宙ゲートに対抗する為にね」

「だとしても、メイヤーの臨海都市がフェールダムの救いになるとは思わない。どんな洒落たインテリジェントビルもいつかは老朽化する。道路も、橋も、マリーナも、いつかは摩耗して、補強が必要になる。その対策費も莫大だ。なぜフェールダムの干拓地は幾多の水害を克服し得たか、それは『土』には寿命がないからだよ。洪水で押し流されても、雨が自然に残留した塩分を洗い流し、土壌の微生物も再び栄養分を作り出す。その自浄作用と生命力こそ、真の社会の礎だ。リゾート施設など、一時は注目を集めても、新たなものが登場すれば人はそちらに流れる。所詮、目先の利益じゃないか。干拓地も締切堤防も百年の計の元に作られた。だったら、百年の計に従って再建するのが筋だろう」

「今となってはデルタ地帯もお荷物だからな。あらゆる水管理施設が老朽化して、毎年、莫大な維持費と改修費が必要だ。都市のキャパシティも風車の時代とは比べものにならないほど増大しているのに、住民は昔と変わらず保守的で、運河の土手にブロック補強材を敷設するだけでも環境破壊と騒ぎ出す。だから余計でフェールダムに対する期待も高いんだよ。ここの改造に成功すれば、他のデルタ地帯も梃入れしやすくなるからな」

「だからといって、あんな浮上パネル式のハイブリッド堤防が最善策とは思えない。父さんがいつも言っていた。堤防の第一義は人命を守ることだと。夜間のライトアップなど無くてもいい。未曾有の洪水や高潮に持ちこたえる頑強な堤防を作り直すべきだ。それに補強が必要なのは湖畔や北の沿岸部だけじゃない。東側の沿岸も、家屋の全壊こそなかったが、一メートルに及ぶ浸水で甚大な被害を出している。同じ工事を施すなら、水際一帯を強化すべきだ。フェールダム全域で人が安心して暮らせるようになって初めて、再建といえるんじゃないか」

「だが、その為には、自治体に十分な経済力とそれを支える人口が必要だ。大半の住民が戻らないのに、堤防や農地だけ整えてもどうしようもないだろう。臨海都市計画を後押しする側にも一理ある。町として復興するかどうか分からない無人の荒れ地を遊ばせておくより、地の利を生かして都市開発を進めた方が州全体の活性化に繋がる」

「だったら、金のかからない方法で再建すればいい。あと十年もすれば、塩害対策を施した土壌も息を吹き返す。木材チップを混ぜ込んで、畜糞ベースの堆肥を与えただけで、以前より大きな農作物が育つようになった場所もあるじゃないか。むしろ、耕作放棄で放置されている農場の跡地を以前と同じ豊かな農地に戻した方が帰郷しやすいはずだ。皆が皆、ロッテルダムみたいな工業都市で暮らしたいわけじゃない。元住民でなくても、デルタ地帯の牧歌的な暮らしを求めてる人はまだまだ存在するだろう。何億ユーロも投入して、本当にテナントが入るかどうか分からないショッピングモールを建設するより、既存の酪農家と共同で高機能堆肥の開発でもやった方が実際的だ」

「確かにな」

「どれほど時間がかかっても、土地が蘇れば、何十年、何百年と作物を実らせる。それこそデルタ地帯の生きた資産だよ。俺にはあんなモダンな臨海都市が農家と共存できるとは到底思えない。君は仲間が汗水流して土を耕し、植樹した場所をブルドーザーで掘り返されて、本当に平気なのか?」

「平気なわけないさ」

「だったら、なぜ強く抗議しない? 自治体の支援も受けて、面倒を起こしたくない気持ちも分かるが、今声を上げなかったら、みすみす苗木を枯らすようなものだ。俺の父さんなら決して黙ってない。たとえ独りになっても闘うよ。意思もった人間としてね」

「じゃあ、お前ならどうするんだ」

「デ・フルネのウェブサイトを通じて皆に問いかける。本当に臨海都市を支持するのか、フェールダムにとって再建とは何なのか。このまま決行されたら、あまりに一方的だ。どうせ勝てないにしても一石は投じたい」

その点についてはヤンも賛同し、ミーティングを通してメンバーの結束を図った。

彼もいっそう抗議活動にのめり込んだ。

土地とは何か。

再建はどうあるべきか。

調査船の一室で、地下のレジスタンスのように自身の思想をウェブログに吐き出す。

その熱に引かれるように一人、また一人と声を上げ、今やデ・フルネのオフィシャルサイトは活発な議論の場だ。時には過激な意見が飛び交い、オーバーヒートすることもあるが、元の干拓地を取り戻したい気持ちは皆同じだ。

やがて反対派の意見は地元メディアにも取り上げられるようになり、推進派と真っ向から対立するようになった。

推進派がどれほど尤もらしい理屈を並べようと、彼はひるまない。堤防には干拓地の未来と人命がかかっている。たとえ、そこに大勢の住民がなくとも、再建の意味を捩じ曲げ、ようやく息を吹き返した農地を埋め立ててまで観光地化する理由はどこにもなかった。

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宇宙文明の根幹を成すレアメタルと海洋社会の覇権を懸けて水深3000メートルの深海に挑む。
リストラされた潜水艇パイロットが恋と仕事を通して再び生き道を得る人間ドラマです。
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