海洋小説 MORGENROOD -曙光 海とレアメタルの本格SF小説

何を得ても満たされない嫉妬と競争心 人間としての誇りはどこへ? 

MORGENROOD -曙光
あらすじ

人間としての誇りが生き様を決める

人間にとって一番大事なものは「誇り」でしょう。

誇りがなければ、悪いことをしても平気だし、怠惰に過ごしても何とも思わない。他人に嫌なことをされても、ぐっと堪えて、大人の態度がとれるのも誇りゆえだし、絶望の中に希望を見出すのも誇りのなせること。

英語で Pride(プライド) といえば、高慢や勝ち気をイメージしますが、本来の意味は人間としての矜持です。

プライドを捨てるということは、相手に屈服するということではなく、人間としての尊厳を自ら放棄することです。

本作で、ヒロイン=エリザベスのライバルとして登場するオリアナは、彼女にとって又従妹にあたる同年齢の女性です。

ヒロインの父親が、高名なカリスマ経営者で、実家も裕福であるのに対し、オリアナは私生児に生まれ、子供の頃からずっと苛められてきました。

しかも父親は得体の知れない『マンモン』と呼ばれる闇の投資家で、まともに愛情を注がれることもなく、小遣いだけ与えて放任されます。何を得ても満たされないのは、「エリザベスに勝つこと」が人生の目的だからでしょう。

彼女もまた美貌と才能に恵まれ、ヴァルターとも淡い友情で結ばれますが、最後まで素直になることはありませんでした。

自分を誇る気持ちは、決して勝ち負けからは生まれてこないのです。

なぜ女同士のマウンティングは止められないのか

女同士というのは、幼稚園時代の「所有している人形の数とグレード」から始まって、学生時代は、顔、ファッション、モテ度、友達の数で競い、結婚適齢期は、交際中の男の数とグレード、収入、持ち物で争い、結婚すると夫の地位と年収、子供の出来不出来で争うという、一生不毛なマウンティングを続けるものです。

常に、弱いもの、気に入らないものに対してマウティングせずにいられないのは、単純に、自分に誇るべきものがないからで、結婚しても、自分自身がやり甲斐のある仕事に就いたり、家事に育児に頑張って愛される母(妻)であり続ける女性は、夫の年収や子供の成績にも拘らず、むしろ、「○○の奥さん」と呼ばれることに反発を覚えたりするものです。何故なら、人生の主体は自分自身にあるからです。

ある意味、「○○夫人」と呼ばれて悦に入るタイプの女性は、思春期から青年期にかけて自我を確立できなかった人なのだと思います。

何故かと言えば、長い人生を価値あるものにするには、「これこそが我である」という健やかな自尊心と精神の核が不可欠だからです。

その本物の『生きる力』を欠いて、幸せになれと言われても、どうやったら幸せになれるのか分からない。

だから、高級住宅とか、夫の肩書きとか、子供の進学先とか、目に見える基準に頼ってしまう。

でも、得たと思っても、上には上がいるもので、上に行くほど、自分よりもっと凄い格上の人物に遭遇する確率も跳ね上がっていくわけですから、これこそ地獄のエンドレスゲーム。

ちやほやされても、内心では、さぞかしお疲れであろうと、同情を禁じ得ないわけですね。

そんでもって、不幸な人間にとって、最大の敵は何かといえば、実は「幸せな人」ではなく、「ギャラリー」なのですよ。

何所にでも居るでしょう。他人の競争を眺めて、面白おかしく噂し合う人々。

マウンティング人間が真に闘っているのは、自分より優れた人や、自分よりリッチな人ではなく、『ギャラリーの噂話』なんですね。

喩えるなら、真のアスリートは、自分よりも強いチャンピオンを倒すべく日々研鑽しますが、マウンティング人間にとって、真の敵とは、スタジアムで「きゃっきゃ、ウフフ」と噂し合う人達なので、ギャラリーを満足させる為なら、競技そっちのけで、脱いだり、審査員を買収したりします。試合の結果は二の次で、翌日の新聞に、「今世紀最大のニューホープ。世界最強の○○」と大きく見出しが出ることの方がうんと重要なのです。マウンティング人間には勝利も敗北もなく、あるのは『賞賛、あるいは、それ以外』という不毛のゲームなんですね。

マウンティング人間を回避する方法は一つしかありません。

それは自分もゲームに参加しないことです。

一度でも参加すれば、延々とゲームに引きずり回されます。

一方的にマウティングされて、周囲に嘲笑われたとしても、不毛なゲームに参加して、人生を消耗するよりマシでしょう。

誰かに絡まれて嫌な思いをしたら、こう考えてみて下さい。

この人が真に闘っているのは、ワタシではなく、世間なのだと。

【小説】 嫉妬と競争心 人間としての誇りはどこへ?

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「三時間も見てもらって悪かったね。御礼にピザでもご馳走するよ」

「ピザなんか要らないわ。そんなにお腹も空いてないし。どこかでデニッシュでも買って食べるわ」

「じゃあ、バス停まで送るよ」

「車で来たの。スーパーの隣の公共駐車場に置いてるわ」

「じゃあ、そこまで一緒に行こう」

彼はルークをベビーカーに乗せると、オリアナと連れだって住宅街に出かけた。

途中、ベーカリーでリンゴのデニッシュと紙パック入りオレンジジュースを買い、ルークには柔らかいバターロールを与えた。

「そこのベンチに座らない?」

オリアナに促され、スーパーの裏手のベンチに腰をかけた。

指先でデニッシュをちぎりながら黙々と口に運ぶオリアナを横目で見ながら、「本当にこんなものでよかったのかな」と彼は尋ねた。

「貧乏人に夕食をせびるほど無慈悲じゃないわ。どうせ、ぎりぎりの暮らしをしてるんでしょう。家の中を見れば分かるわ。すっからかんで、子供の物以外、何もありゃしない」

「俺が物を持たないのは仮住まいだからだ。いつ、また、どんな理由で引っ越すか分からない。あれもこれも買い揃えて、家の中に置く気がしないだけだ」

「いつまでこんな暮らしを? まだ髪結いの亭主みたいに彼女の帰りを待ってるの?」

「この子の母親だからね」

「子供云々の問題じゃない。男としてのあなたの気持ちを聞いてるのよ。一年八ヶ月も顔を合わさず、一通のメールも寄越さない女を何年も待てるもの?」

「君には関係のない話だ」

「関係なくても一言言わせてよ。待てば待つほどあなたは消耗して、人生に何の希望も見出せなくなるわよ。いくら潜水艇や船舶の特殊技能があっても、長いブランクを受け入れるほど世間は甘くない。本当に人生を立て直す気なら、明日にもこんな馬鹿げた暮らしは止めて、ステラマリスに帰るべきよ」

「そんな単純な問題じゃない」

「あなただって頭の片隅では分かってるのよ。いくら頑張っても、これ以上進展することはない、彼女の気まぐれに振り回されて、人生をふいにするだけだって。彼女もいい気なもんよ。あなたに子供を押し付けて、自分は何の非もないような顔で代表理事など務めてる。我が子と引き替えにしてもやるような仕事なの? 代表理事とは名ばかり、どうせお飾りじゃないの」

「彼女の悪口は止めてくれないか。好きでこんな方策を選んだわけじゃない。子供の安全を守る為だ」

「だったら、結婚すればいいのよ。それ以上の解決策がどこにあるの? 結局、あの人は父親の遺志だの、跡目の責務だの、自分の都合ばかり優先して、あなたを下に見てるのよ。まるで犬と飼い主みたいに。本気であなたと結婚したいなら、立場がどうあれ、あなたの所に来るわ。子供まで授かりながら一年以上も無視するなんて有り得ない」

「彼女一人が悪いわけじゃない。俺が故郷に帰ると言い出さなければ、こんな事にならなかった。ここに残っているのは自分なりの償いだ。そして、ルークの為でもある」

「だけど、ここで一生を棒に振るかもしれないわよ」

「棒に振ったとしても、それが俺の実力だ。どこに生きようと、自身の器は変わらない。俺だって、まったく何も無いわけじゃない。探せば生きる道はいくらでもある」

「よかったら、仕事を紹介しましょうか。汚れ仕事じゃないわよ。福利厚生もしっかりした一流の会社よ。私もマイニング・リサーチ社に知り合いがいるし、行きつけの会員制バーやフィットネスクラブにも見所のある経営者がたくさん通ってる。父の仕事絡みでも真っ当な世界の人が大半だし、海洋関連の高度技能者はどこも引っ張りだこよ」

「心に留めておくよ」

「あなたさえよければ、私も子守ぐらいするわよ。おばあちゃんみたいに上手くやれないけど」

「気持ちは有り難いけど、それだけは遠慮するよ」

「じゃあ、内緒にすればいい。私も誰にも言わないわ」

「悪いが、それだけは受け入れられない。君と友達付き合いするならともかく、彼女の代わりに母親の真似事をするのだけは止めて欲しい」

オリアナは胸を詰まらせた。初めから分かっていた事だが、実際に言葉で聞くと、水底に沈むような思いがする。

「でも、時々はここに来て構わない?」

「それより仕事を探せよ。何十万と小遣いをもらって楽しいかしれないが、今に暮らしも気持ちも堕落するぞ」

「また説教するのね」

「切実な問題だろう。仕事もせず、社会に参加するわけでもなく、パーティー三昧で一生を終えるつもりか」

「何もしたくないの」

「どうして」

「エリザベスと比べられる」

「またエリザベスか! 周りにどう見られようと、堂々としてればいいじゃないか。君もマイニング・リサーチ社に採用されるほどの能力があるんだ。短所はあっても、心根までは腐ってない。真面目にこつこつ働いておれば、周りも評価してくれるはずだ」

「またそんなお目出度い事を言うのね。あっちはサラブレッドのお姫さま、今は公益財団の代表理事でいらっしゃる。私は所詮、私生児で、それ以上のものでもそれ以下のものでもない。どうあがいても、世間の目は変わらないわ」

「でも、お父さんは有名な投資会社で働いておられるんだろう」

「所詮、雇われ人よ。マクダエル姓を名乗ったところで、アルバート大伯父さまみたいに死んでも語り継がれるわけじゃなし。皆、札束に頭を下げてるだけ、得体の知れないマンモンに心を許すほど愚かではないわ」

「だが、世の中には、本当の実力や人間性を認めてくれる人もいる。儲け話やコネで近寄ってくるハイエナみたいな連中とは縁を切り、知性も真心もある人間と付き合えばいい」

「あなたって、いまだに人間を信じてるのね。まるで暢気な田舎者みたい。世間なんて、いい加減なものよ。相手がどれほど立派でも、貧乏人やノンキャリは腹の底で見下して、我こそ一番だと思ってる。あなただって分かっているはずよ。どう逆立ちしてもフランシス・メイヤーには敵わない。百万の正論を並べても、巨大資本にバックアップされた一流建築家に勝てるわけがない。反対派がどれほど異議を唱えようと、パラディオンは建設され、ペネロペ湾は空前の投資ブームに沸くでしょう。そして、一攫千金した後は、フナムシみたいにさっと引いていく。その後、アステリアがどうなろうと知ったことじゃない。私たちが生きているのは、そういう世界よ。諦めるか、流されるか、二つに一つなの」

「だとしても、人間としての誇りはまた別だ。良心に逆らってまで、あっちのルールに迎合しようとは思わない。それに君は『エリザベスみたいに』というけれど、仮に彼女と立場も暮らしも逆転して、全てが手に入ったとして、本当に幸福になれるのか? 彼女の持ち物が本当に人間を幸せにするなら、彼女は今頃、幸福の絶頂で輝いているはずだ。だが、そうじゃない。一時期、満たされたとしても、いずれ心の渇きを覚えるようになる。俺がマルセイユの豪邸で暮らしても、父のない淋しさに耐えられなかったようにね。俺の父はいつも言ってたよ。人間にとって最高の幸福は『これが生だったのか、よし、それならもう一度』と思えることだと。だが、君は否定ばかりだ。自分とまともに向き合おうとせず、エリザベスみたいになれば幸せになれると思い込んでいる。そんな調子で彼女の持ち物を全て手に入れたとしても、今度は別の不満に苦しむさ。あの人の方が綺麗、あの人の方がお金持ち、永遠に心が安らぐことなどない。それより仕事を頑張れよ。もう一度、マイニング・リサーチ社に戻って、資源調査に打ち込んで、『この分野はオリアナが一番だね』と周囲の信用を得る方がどれだけ自分を誇れるかしれない。自分で自分に『よし』と言えるようになれば、彼女がどんな綺麗な服を着ようと、周りにちやほやされようと、気にならなくなる」

「また田舎教師みたいなことを言うのね」

「だが真実だろう。自分がやらないことを言い訳するな。まずは仕事を探せよ。週に一、二度でもいいじゃないか。朝から晩まで自分の事だけ考えて、毎日ぶらぶらしてるから、怒りや妬みで消耗するんだ。曲がりなりにもウェストフィリアで海洋調査に取り組んでいた君の方がまだ生き生きしてた」

「本気で言ってるの?」

「俺は世辞は言わない」

一瞬、オリアナの睫毛が震えたが、デニッシュの紙袋をくしゃっと丸めると、ベンチから立ち上がった。

「じゃあ、仕事を見つけたら、またここに来て構わない? 子守じゃなくて、話をするだけ。一人の友人として」

「本気で変わる気があるなら構わないよ」

「あなたと話せてよかったわ。私が彼女なら、一も二もなく、あなたの所に戻るでしょうに。ルークは幸せね。あなたみたいな父親をもって」

と足早に立ち去った。

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宇宙文明の根幹を成すレアメタルと海洋社会の覇権を懸けて水深3000メートルの深海に挑む。
リストラされた潜水艇パイロットが恋と仕事を通して再び生き道を得る人間ドラマです。
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