あらすじとキャラクター紹介 作品の概要

【2】『人こそ資本』 自分を捨てることは一切の可能性を捨てること

人こそ資本 人間には無限の可能性がある
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海洋小説 MORGENROOD -曙光 より

祖父は人間の可能性について論じるのが好きだった。極限まで追い詰められた人間の、劇的な力の発露を信じていた。どんな凡庸な人間も、断崖絶壁に立たされれば、海を割るほどの知力を得るというのが祖父の持論だった。

「人間には無限の可能性がある。自分を捨てることは、一切の可能性を捨てることなんだよ」

事業の要は「モノ」「カネ」「ヒト」。モノとカネには限りがあるが、ヒトには無限の可能性がある。工場の組み立てラインを管理するのもヒトなら、画期的な商品を編み出すのもヒトだ。現場に優秀な人材がなければ、百億の予算も世界有数の設備も用を成さない。

人こそ資本。

それはそのままアルの経営哲学になった。

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【コラム】 拾いの神は捨てられた後にやって来る

捨てる神あれば、拾う神あり

誰にとっても、採用 / 不採用、入賞 / 落選、交際OK / ごめんなさい、等々。

選ばれない苦しみは計り知れないものがあります。

特に若い時分は、世の浮き沈み(あるいは運勢の上昇・下降)というものを長いスパンで経験することがないので、失恋しては落ち込み、不採用通知を受け取っては人生に失望し、「俺はもうダメだ」と白旗を揚げて、自分の中に閉じこもってしまうでしょう。

でも、世の中、「捨てる神あれば、拾う神あり」で、聖書にも「誰かが要らないと捨てた石が家の土台になる」という言葉があるように、そんなあなたを必要としている人間もいるんですよ、何処かには。

廃品回収のプロに言わせたら、ゴミ捨て場なんて宝の山だし、スポーツでも、戦力外通告された人が、コーチを変われば、奇跡の復活を遂げることもあります。

でも、拾いの神に見つけてもらうには、まず第一に、捨てられないといけません。

誰かにポイと捨てられ、地に叩き付けられて、初めて拾いの神の目に留まるわけですね。

なぜなら、拾いの神は、拾うのが仕事だから。

ところが、多くの人は、自分を捨てた神の裾にすがって、いつまでもしがみつくんですよ。

「どうしてですか。頑張りますから、もう一度、使って下さい」と。

捨てる神の裾にぶら下がって、完全に地に落ちないうちは、拾いの神も拾いようがないのに。

野球に喩えれば、「僕は絶対に巨人軍でプレーしたいんです! 巨人以外はダメなんです!」と無理にでも巨人軍に籍を置いているようなものです。阪神タイガースに行けば、六甲おろしが、あなたを歓迎してくれるというのに。

もちろん、拾ってくれるなら、誰でもいいわけではありません。

同じ拾われるなら、極上の神様に拾ってもらわないと。

その為には、ゴミ捨て場でもよく目立つように、自分をピカピカに磨いておかないといけない。

努力というのは、次の出会いの為にするものであって、自分を捨てた神を振り向かせる為にするものではないです。

世の中には、切れた方がいい縁もたくさんあります。

人や職場に捨てられる時は、実は大きなチャンスだったりします。

拾いの神と称される、アル・マクダエルに絡めて。

能力は現在の力、可能性は未来の力

今、目に見える実績や能力よりも、可能性の方がはるかに大きな力を持ちます。

何故なら、実績は過去の力、能力は現在の力、可能性は未来の力だからです。

人と仕事のマッチングは、未来への投資のようなもの。

上手く噛み合えば、実力以上の効果がありますが、そうでなければ、人も、職場も、疲弊するばかりです。

予算や設備をどれほど整えても、適性を備えた人材が集まらなければ、100人のエリートを雇っても、効果は出ないんですね。

仕事運とは、高収入の会社に就職することではなく、実力以上に自分を生かせる職場と縁が出来ることかもしれません。

事業の要はヒト・モノ・カネ

上記のボツ原稿です。

下書きにおいては、人と仕事(職場)のマッチングに関する記述が含まれます。

彼はまた「運命の女神」を意味する愛機『フォルトゥナ』を自在に駆り、一度は切り捨てられた人材をその手で拾い上げる「拾いの神」でもあった。

事業の要はヒト・モノ・カネ。

カネとモノには限りがあるが、ヒトには無限の可能性がある。

特にMIGのように優れた技術力によって邁進してきた企業にとって、技術開発に携わる人材の確保は社運を左右する大事だ成長と革新の鍵を握っているのは「ヒト」であり、アイデアこそ資本に優先するからである。

だが人材確保は量を採り、質を選べば良いというものではない。

肝心なのはマッチングだ。

人間も魚と同じで、どんなに活きの良い魚も合わない水に放り込めば窒息するし、死にかけた魚も合う水に戻してやればたちまち息を吹き返す。

人を生かすも殺すも、水次第――もちろん個々の素質による所も大きいが、本当に人を育てる気があるなら、人の上に立つ者は、個々の志向、適性、技量をしっかり見極め、その能力を最大限に生かせるよう努めるべきである 。

なぜなら、個を生かすことが、最終的には全体の発展に繋がるからだ。

だが時には、様々な利害や偏見から眠れる才能を潰してしまうことがある少し配置を変えたり、別の課題を与えるだけで、内に眠れるものを一気に開花させられるかもしれないのに、その可能性に気づくことなく切り捨ててしまうそして彼らは一様に「落ちこぼれ」のレッテルを貼られ、再起の機会さえ与えられずに表舞台から消えて行くのだ。

だがアルに言わせれば、「落ちこぼれ」も大きく二分された。

一つは、意思と情熱の欠如、基礎的な能力不足、方向性の誤り、人間性の問題から自ずと脱落した「退嬰的落ちこぼれ」。

もう一つは、自己の理念や哲学を追求するがゆえに枠からはみ出た「進取的落ちこぼれ」である。

人それぞれ長所も短所もあるが、アルは「進取的落ちこぼれ」になれるだけのエネルギーの持ち主が好きだったとことん自分を貫ける人間にこそ期待がもてた世界を変える知恵と技術は、錐のように一点に向かう集中力と持続力の賜物だからだ。

そんなバイタリティと可能性をもった人材を得る為なら、アルはどんな遠くへでも出かけて行った愛機『フォルトゥナ』を自在に駆り、人が要らぬと捨てたものをその手で拾い上げた

そうして彼に見出された人材が次々に再起の機会を得、予想以上の成果を上げたことから、彼はいつしか「拾いの神」と呼ばれ、『フォルトゥナが降り立つ時、必ず誰かの運命が変わる』と言われるまでになったのである。

ちなみに、この原稿の後半はボツにしています。

アルが説明しなくても、話を追えば分かるから。

アルに拾われたヴァルターがその後、どうなったか。

それが答えです。

【小説】 『人こそ資本』 ~自分を捨てることは一切の可能性を捨てること

第1章 運命と意思 ~フォルトゥナ号(2)
物語

アル・マクダエルの祖父ノアは、画期的なニムロイド精製法『真空直接電解法』でファルコン・グループの権勢に風穴を開け、世の流れを一気に傾ける。 祖父から薫育を受けたアルは『人こそ資本』という経営哲学を受け継ぎ、「拾いの神」と呼ばれていた。アルは失踪したプロジェクト・リーダーの穴埋めを探し、長年の悲願である採鉱システムを完成させる為、半年前に人員整理で解雇された潜水艇パイロット、ヴァルター・フォーゲルに会いに行く。

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【1】 文明の根幹を成すレアメタルと鉱物資源問題 ~ニムロディウムとニムロデ鉱山 カリスマ経営者アル・マクダエルは宇宙文明の基礎をなす稀少金属『ニムロディウム』を水深3000メートルの深海底から採掘すべく、愛機フォルトゥナ号を駆る。海底鉱物資源とレアメタルに関する動画と参考文献を紹介。 『鉱物資源』とは何か/ 海底鉱物資源の取り組み /レアメタルについて / ユニークな稀少金属 / レアメタルと政治問題』
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【3】 今行なうか、永遠に成さないか Nunc aut numquam ~やるか、やらないか、人生の決断の時 海洋惑星アステリアの深海底に眠るレアメタル《ニムロディウム》に強い関心を抱くアルは知古の紹介で研修に参加するが、海洋学者に技術的不可能と指摘される。どうしても諦めきれないアルは「今成すか、永遠に行わないか」を自問し、決意の杭を打つ。ラテン語の人生訓、コラム『やるか、やらないか、人生の/決断の時』。
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