人事の妙 ~能力だけで人を判断しない

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第二章 採鉱プラットフォーム ~告白 (4)
STORY
接続ミッションの可否をめぐり、食堂でダグと言い合いになったヴァルターは、その夜、マードックと屋上で語り合う。マードックは彼の短気を諫めながらも、「だが、よく粘るよな」と評価する。ヴァルターは「俺にも矜持はある」と答え、マードックも自身の父親と、ダグ、ガーフの辛い過去について語る。

その晩、マードックは彼を娯楽室に誘ったが、彼は「屋上の方が落ち着く」とアイソトニック飲料のペットボトルを片手に屋上に上がった。

コンクリートの段差に腰を下ろし、手摺りにもたれながら、

「酒も飲まない。ゲームもやらない。映画も音楽も興味なし。お前、いったい何が楽しみで生きてるんだ?」

とマードックが心配そうに言った。

「別に。食事して、ぼーっとTVを見て、それで一日が過ぎていくだけの話だ。俺は俺なりに楽しんでるよ。楽しみ方が世間一般と異なるだけで」

「だが、たまには娯楽室に来て、皆と話せばどうだ。チームメイトと仲よくやるのもミッションのうちだぞ」

「俺は歓迎されてない」

「歓迎も何も、皆とよく話もしてないのに、どうしてそんなことが分かるんだ。ゴタゴタしてるのは事実だが、一部だけだ。皆もお前に興味を持ってるし、お前の方から歩み寄れば、皆もすぐ打ち解ける」

「……」

「人間嫌いなのか」

「そんなことはない」

彼はちびちびとアイソトニック飲料を飲みながら、海洋技術センターに入職して間もない頃の嫌な出来事を思い返した。

初めて深海の熱水噴出孔を間近に見、岩陰に虹色の蛍光ウミウシのような生き物を発見した時(それも誰にも信じてもらえなかったが)、生命の神秘に深く感じ入り、娯楽室で歓談中に「海の生き物は、みな誰かの生まれ変わり」と口にしたら、皆に大爆笑された。その後も何かを口にする度に「メルヘン坊や」「海の王子さま(プチ・プランス)」とからかわれ、「今日は詩歌は口ずさまないのか」としつこく絡む人もある。

《海の生き物は、みな誰かの生まれ変わり》の何がそんなに可笑しいのか。父親を亡くした悲しさも、海に慰めを求める気持ちも、他人にとっては子供じみた感傷でしかないのだろう。珍しい生き物を「見た」と言っても信じてもらえず、生命への深い感銘をメルヘンとからかわれるぐらいなら、最初から誰とも付き合わない方がいい。。それはデ・フルネの仲間も同様だ。復興ボランティアという共通の使命がなければ、一緒に食事することも、苗木を植えることさえなかっただろう。そして、それで構わないと、今も開き直る自分がいる。

「だが、よく粘るよな」

マードックがぽつりと言った。

「お前のことを見直したよ。ダグにテスト潜航を突っぱねられた時点で『降りる』と言うか、理事長に泣きつくと思ってた」

「俺にも矜持はある。そんな簡単に折れたりしない」

「矜持か。俺はそういう点を親父に学んだな。ジム・レビンソンみたいに取り立てて才能のある人ではなかったが、仕事に関しては誠実で、向上心の強い人だった。元々は造船会社のシステム工学デザイナーだったんだが、業績不振で会社が倒産した時、ここの求人を見て応募した。理事長が直に面接して、その場で採用された。親父もやはりジム・レビンソンの苛めに苦しんだ一人だが、理事長には心から感謝していた。僕が十六歳で、親父が五十歳の時のことだ。しかし、僕は最初、ここの暮らしが嫌で嫌でたまらなかった。今ほど便利でもないし、友達も無くて、絶海の孤島みたいだったからね。親父にもずいぶん噛み付いて、ネーデルラントに帰るの、帰らないのって、毎日喧嘩だったよ。でも、親父が六十歳になり、いよいよ仕事が辛くなってきた時、何となく後を継ごうという気になった。それから猛勉強して、親父が取り組んでいた仕事の内容も理解できるようになった。親父は五年前に病気で倒れて、テスト採鉱の成功を見ることなく世を去ったが、今もずっとここに居るような気がする。初めてのテスト採鉱で、揚鉱管の排出口からクラストを含んだ泥漿が滝のように溢れ出てきた時はね……あー、気分を害したかね、こういう湿っぽい話」

「いや」

「ダグやガーフも同じだよ。あんな大風を吹かせているが、根はデリケートで、僕よりもっと苦労してる。彼らはマクダエル理事長がエンタープライズ社を立ち上げる八年も前にアステリアに来てるんだ。ダグは十歳、ガーフは九歳だった」

「そんなに早く?」

「『コンチネンタル号』って知ってるか? 初めて百パーセント民間資本で建造された海洋調査船だ。船に搭載する海洋機器を設計する為、彼らの親父さんはメルボルンオーストラリアのビクトリア州の州都の一流メーカーからアステリアに派遣された。短期滞在のつもりが、あれこれ任されるうちに、アステリアでも屈指のエンジニアに成長し、マクダエル理事長に見込まれて、採鉱システムに関わるようになった」

「そう」

「父親同士がチームメイトだったから、ダグとガーフも実の兄弟みたいに育った。絆も深いし、考え方も似ている。能力的に難があるのは彼らも百も承知だ。だが、上の二人ががっちりスクラムを組んで、『採鉱システムの完成』という大きな目標に人生を懸けている。そういうのが、案外、チームの要になるんだよ。いくら管理能力に優れても、サラリーマン根性丸出しで、自分の出世しか頭にないような人間では、下もバカバカしくなって、やる気をなくす。ことプラットフォームに関しては、あの二人で正解だ。そして、あの二人をフォローする為に、僕の奥さんを総務部長にしたのは英断だよ」

「なるほど」

人事というのは面白いものだ。能力や性格だけでは計り知れないものがある。ずば抜けて優秀だが、周りとまったく噛み合わない人もいれば、個々は未熟でも、ペアを組めば三人分の働きをする人もある。理事長はその妙をよく心得ている。『拾いの神』と称されるのも、能力だけで人を判断しないからだ。お前の言う通り、あの人の本質は経営者だ。利益を上げ、事業を成功に導くことが第一義だ。だが、一つだけ、お前は見当違いをしてる。あの人はぎりぎりのところで利益よりも義理を取るということだ。世の経営者の九十九パーセントは、お前の言うようなタイプなんだろう。だが、残りの一パーセントはそうじゃない。そう信じることが、物の見方を変えるんじゃないかな」

「物の見方を?」

「何となく、権力者や金持ちを憎んでるように感じるからさ。まあ、好きな人はないと思うが、それも一つの偏見だ。偏見があると、どうしても物事を見誤る。根っこに憎悪があると、なおさらに」

「……」

「一度、頭の中を真っ白にしてみろよ。お前、いいもの持ってるのに勿体ないよ。すぐ喧嘩腰になって、余計で物事をこじらせる。一本、回線の繋ぎ方を変えれば、すいすいと良い方向に行きそうな気がするんだがな。余計なことを聞くようだが、ガールフレンドは無いのか?」

「そんな機会もない」

「じゃあ、これを機会に見つければ? 僕の嫁さんが言ってたよ。アステリアは、トリヴィアより美人で気立てのいい子が多いって。みな大なり小なり苦労して、小さなコミュニティで助け合って生きてるからだろう。うちの若いオペレーターも、接続ミッションが成功したら結婚や子作りを予定してるのが何人かいる。こうやって、社会もどんどん発展していくのだと思うと感慨深い」

「あんたのところは?」

「うちは子供のいる人生より、夫婦で一緒に居る人生を選んだ。まったく後悔がないわけではないが、これも一つの生き方だと納得している」

「そう」

「同郷のよしみでいろいろ言ったが、こういう考え方もあると受け止めてくれたら嬉しいよ。明後日は理事長はじめ、お偉いさん達がヘリで視察に来るそうだから、君もそのつもりで準備しておくといい。さて、僕はそろそろ奥さんのところに戻るよ。明日もまた早いんでね」

マードックはよっこらしょと立ち上がると、身長190センチの細身をスキップしながら階段を下りていった。

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