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人事の妙 ~能力や性格だけでは計り知れない

本作は、海洋科学や土木・建築をモチーフにしたサイエンス・フィクションです。
投稿の前半に小説の抜粋。 後半に参考文献や画像・動画を掲載しています。
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第二章 採鉱プラットフォーム ~告白(3)
STORY
接続ミッションの可否をめぐり、食堂でダグと言い合いになったヴァルターは、その夜、マードックと屋上で語り合う。マードックは彼の短気を諫めながらも、「だが、よく粘るよな」と評価する。ヴァルターは「俺にも矜持はある」と答え、マードックも自身の父親と、ダグ、ガーフの辛い過去について語る。
目次

人事の妙 ~プラットフォームの揉め事とマードックとの語らい

賄い人生 ~わびしい食生活と家族の食卓の思い出

揚鉱管の点検が終わると、マードックは夫人と話すため総務部へ、ヴァルターは食堂に向かった。

その日もセルフカウンターバーにはチキンカツ、白身魚のソテー、ニンジンとブロッコリーの温サラダ、ひよこ豆の煮込み、カレーピラフ、グリーンサラダ、等々、美味しそうな料理が並んでいる。

調査船もプラットフォームも、海上生活が快適なのは三食が付いてくるからだ。もちろん無料ではないが、一人で毎食用意する煩わしさに比べたら船の食堂は天国だ。三食の為に、一生船に住んでもいいと思うくらいに。

彼はプレートに肉と野菜をたっぷり取り分けると、デザートのチョコレートケーキを添えて窓際の席に座った。

思えば、十五の時から『賄い人生』だ。

学生時代は寄宿舎の食堂か学校のカフェテリア。

海で働くようになってからは船の食堂。

船を下りたら、港町のバーやレストランで腹ごしらえ。

最後に誰かの手料理を楽しんだのは、いつの日のことか。

ふと向こうを見やると、バーカウンターの前にマードック夫妻の姿が見える。談笑しながら料理を取り分ける姿は、いつも仲睦まじかった両親を思い起こさせる。

今でも思い出すのは、母の手作りのクロケットやキノコのスープだ。お腹を空かせて家に帰ると、キッチンにはいつも美味しい匂いが漂っていた。母は彼にお腹いっぱい食べさせるのが生き甲斐みたいで、彼も当たり前のように享受してきた。それが一夜で無くなるなど、誰が想像し得ただろう?

最後に家族で食事したのは、洪水の五日前。あの夜はまだ何とかなりそうな気配だった。

テーブルの上には温かいエンドウ豆のスープとへハックトバル(ミートボール)、マッシュポテトが並び、父と競うようにして皿のものを平らげた。

最後の一つだけへハックトバルが残ると、彼と父は顔を見合わせ、フォークを持つ手を止めた。彼は十三歳になって大人顔負けに食べるようになっていたし、父も堤防の仕事で疲れ切っている。それでも父は「お前が食べなさい」と皿を彼の方に寄せてくれた。だが、彼は頭を振り、

「俺はいいよ。父さんは仕事で疲れてるんだから。父さんが食べて」

と父の方に皿を押し戻した。

すると、父は再び彼の方に皿を寄せ、

「僕はお前の一言でお腹がいっぱいになったよ。早く大きくなったお前の姿が見たいから、たくさん食べなさい」

と優しく促した。母も頷き、

「今日はお父さんに甘えて頂きなさい。ヘハックトバルぐらい、いつでもたくさん作れるから」

と彼の皿に最後の一個を取り分けた。

彼は肉汁がしみ出すようなヘハックトバルを頬張りながら、笑うといつしか目尻に一本皺ができるようになった父の横顔を見つめ、(早く大人になって、父さんのことも、うんと幸せにしてやるんだ)と心に誓った。そして、そんな彼を父は満足げに見つめ、心から励ましてくれた。

あれが最後の晩餐と知っていたら、何が何でも父に譲った。

他にも欲しいもの、やりたい事、いっぱいあっただろう。

だが、何も返せなかった。

そして、これが「お前の大きくなった姿」と思うと、あの夜のヘハックトバルが今も胃袋に染みる。

ダグとガーフの言いがかり

と、その時。

にわかに目の前が暗くなり、何かと思えば、マッコウクジラの兄弟が立っていた。

二人は断りもせず彼の前に座ると、荒っぽく食事のトレイを置き、チキンカツにソースをぶっかけた。意外とカツは一枚だ。

彼が無視して二枚目のチキンカツにナイフを入れると、

「お前、食い過ぎじゃねえか。定額制をいいことに人の倍ほど食らいやがって、厚かましい奴だ」

ダグが揶揄すると、ガーフも「ガハハ」と笑った。

「そういえば、お前、いつも同じ服を着てないか。この前もカジュアルチェックのシャツで、今日もそう、初めて来た日もだ。まさか洗濯もせず、毎日同じ服を着回してるんじゃないだろうな」

「同じに見えるのはカジュアルチェックのシャツしか持ってないからだ。毎朝、何を着るか考えるのが面倒だし、他にどんな服が似合うかも分からないから、色違いのカジュアルチェックを着回しているだけの話だ。洗濯も三日に一度はしてる」

「苦しい言い訳してるぜ」

ダグが嬲った。

「ここに来たのも三食が食いたいだけだろう。本音は採鉱事業もプラットフォームもどうだっていい。稼ぐだけ稼いで、後は知らん顔だ。お前みたいな奴はどこの世界にも大勢いる。無責任に気の向いた時だけ働いて、タダ飯と分かれば犬みたいに食らうんだ」

「あんた、あまりに口が過ぎるんじゃないか。俺は俺なりに努力してるし、皆に迷惑をかけるつもりもない。ただでさえナーバスになってる時に、イライラ当たり散らしてプレッシャーをかけるのは止めてくれ」

「だったら諦めな。接続ミッションはお前抜きでやる。理事長に頭を下げて『出来ません』と言え」

「ここに来て、まだ二週間にもならないのに、なんでそんな事を言わなきゃならないんだ」

「寸前になって白旗を揚げられたら、こっちが迷惑するからだ」

「その時はその時で、ちゃんと対処する」

「ほら見ろ、やっぱり自信が無いんじゃないか」

「自信と確信は違う。今の段階で確信は持てないだけだ」

「自信も確信も同じだよ、ダッチ野郎。言い訳ばっかりしやがって、お前、ここを何だと思ってる。失業者のリハビリ施設じゃないんだぞ!」

ダグが声を荒らげると、向こうで食事中のマードック夫妻が顔を見合わせ、トレイごとこちらに移動した。

「なあ、ダグ、彼が懸命に努力してるのは本当だ。毎日遅くまでここで練習してるし、重機や揚鉱管の設計図も頭に入ってる。手順だって完璧だ。短期間でよくここまで習得したと僕も頭が下がるくらいだよ。だから、もう少し長い目で見てやってくれないか。いざとなれば、一部の作業をエイドリアンと交代すればいいだけの話だ。たとえ接続がスムーズに運ばなくても、送電前なら何度でもやり直しが利く。興奮して責めたところで、ミッションが成功するわけじゃない」

「何をどう見ようと、こんな奴に分かるわけがない。自分にこだわるのも、全体の利益より手前のプライドの方が大事だからだ。白旗を揚げて、自分の体面を潰したくないだけだろ」

そして、ヴァルターに向き直ると、

「お前、この採鉱システムを作るのに、どれだけ苦労したか分かってるのか。親父の代から水に浸かり、油にまみれて、一つ一つ組み上げてきた。志半ばで世を去った人だっている。それをお前一人のちんけなプライドの為に台無しにされたくねぇんだよ。お前にも多少なりと理解する頭があるなら、ミッションから降りろ。プロテウスに乗りたければ、ノボロスキ社に行け」

「そういうことは理事長に言えよ。俺をここに連れてきたのは理事長だ。俺の方から頼んで仲間に入れてもらったわけじゃない。あんたがそうやって興奮すればするほど、自分が不利になるだけだと分からないのか?」

「なんだと?」

「この際、はっきり言ってやる。俺とあんたとどっちに分があるかといえば、残念ながら俺の方だ。俺はあんたの気付かぬ事にも気付いて、解決策も提示できる。理事長にしてみたら、あんたの膠着した意見より、俺の新しい視点の方が十倍面白い。理事長に数十年の苦労話を語って聞かせたところで、あの人の事業熱の前には何の意味もないことぐらい、あんたにも分かるだろ? あの人はいい人だが、根っこは誰よりも冷徹で執念深い。それだけの情念があるから、辺境の海にこんなでかいプラットフォームが建つんだ。ここで長く働きたければ、俺と揉め事を起こすな。あんたの話に『うん、うん』と頷きながらも、頭の中ではきっちり査定して、いつか精算に乗り出すぞ」

場がしんと静まり返ると、彼はチキンカツにぐさりとフォークを突き刺し、

「俺も執念深いから分かるんだ。突き詰めれば、あの人の頭の中には目標の達成しかない。俺もあんたも、所詮、手持ちのコマだ。どちらが勝っても負けても、意味なしさ」

屋上の語らい ~人事の妙 ~能力や性格だけでは計り知れない

その晩、マードックは彼を娯楽室に誘ったが、彼は「屋上の方が落ち着く」とアイソトニック飲料のペットボトルを片手に屋上に上がった。

コンクリートの段差に腰を下ろし、手摺りにもたれながら、

「酒も飲まない。ゲームもやらない。映画も音楽も興味なし。お前、いったい何が楽しみで生きてるんだ?」

とマードックが心配そうに言った。

「別に。食事して、ぼーっとTVを見て、それで一日が過ぎていくだけの話だ。俺は俺なりに楽しんでるよ。楽しみ方が世間一般と異なるだけで」

「だが、たまには娯楽室に来て、皆と話せばどうだ。チームメイトと仲よくやるのもミッションのうちだぞ」

「俺は歓迎されてない」

「歓迎も何も、皆とよく話もしてないのに、どうしてそんなことが分かるんだ。ゴタゴタしてるのは事実だが、一部だけだ。皆もお前に興味を持ってるし、お前の方から歩み寄れば、皆もすぐ打ち解ける」

「……」

「人間嫌いなのか」

「そんなことはない」

彼はちびちびとアイソトニック飲料を飲みながら、海洋技術センターに入職して間もない頃の嫌な出来事を思い返した。

初めて深海の熱水噴出孔を間近に見、岩陰に虹色の蛍光ウミウシのような生き物を発見した時(それも誰にも信じてもらえなかったが)、生命の神秘に深く感じ入り、娯楽室で歓談中に「海の生き物は、みな誰かの生まれ変わり」と口にしたら、皆に大爆笑された。その後も何かを口にする度に「メルヘン坊や」「海の王子さま(プチ・プランス)」とからかわれ、「今日は詩歌は口ずさまないのか」としつこく絡む人もある。

《海の生き物は、みな誰かの生まれ変わり》の何がそんなに可笑しいのか。父親を亡くした悲しさも、海に慰めを求める気持ちも、他人にとっては子供じみた感傷でしかないのだろう。珍しい生き物を「見た」と言っても信じてもらえず、生命への深い感銘をメルヘンとからかわれるぐらいなら、最初から誰とも付き合わない方がいい。。それはデ・フルネの仲間も同様だ。復興ボランティアという共通の使命がなければ、一緒に食事することも、苗木を植えることさえなかっただろう。そして、それで構わないと、今も開き直る自分がいる。

「だが、よく粘るよな」

マードックがぽつりと言った。

「お前のことを見直したよ。ダグにテスト潜航を突っぱねられた時点で『降りる』と言うか、理事長に泣きつくと思ってた」

「俺にも矜持はある。そんな簡単に折れたりしない」

「矜持か。俺はそういう点を親父に学んだな。ジム・レビンソンみたいに取り立てて才能のある人ではなかったが、仕事に関しては誠実で、向上心の強い人だった。元々は造船会社のシステム工学デザイナーだったんだが、業績不振で会社が倒産した時、ここの求人を見て応募した。理事長が直に面接して、その場で採用された。親父もやはりジム・レビンソンの苛めに苦しんだ一人だが、理事長には心から感謝していた。僕が十六歳で、親父が五十歳の時のことだ。しかし、僕は最初、ここの暮らしが嫌で嫌でたまらなかった。今ほど便利でもないし、友達も無くて、絶海の孤島みたいだったからね。親父にもずいぶん噛み付いて、ネーデルラントに帰るの、帰らないのって、毎日喧嘩だったよ。でも、親父が六十歳になり、いよいよ仕事が辛くなってきた時、何となく後を継ごうという気になった。それから猛勉強して、親父が取り組んでいた仕事の内容も理解できるようになった。親父は五年前に病気で倒れて、テスト採鉱の成功を見ることなく世を去ったが、今もずっとここに居るような気がする。初めてのテスト採鉱で、揚鉱管の排出口からクラストを含んだ泥漿が滝のように溢れ出てきた時はね……あー、気分を害したかね、こういう湿っぽい話」

「いや」

「ダグやガーフも同じだよ。あんな大風を吹かせているが、根はデリケートで、僕よりもっと苦労してる。彼らはマクダエル理事長がエンタープライズ社を立ち上げる八年も前にアステリアに来てるんだ。ダグは十歳、ガーフは九歳だった」

「そんなに早く?」

「『コンチネンタル号』って知ってるか? 初めて百パーセント民間資本で建造された海洋調査船だ。船に搭載する海洋機器を設計する為、彼らの親父さんはメルボルンオーストラリアのビクトリア州の州都の一流メーカーからアステリアに派遣された。短期滞在のつもりが、あれこれ任されるうちに、アステリアでも屈指のエンジニアに成長し、マクダエル理事長に見込まれて、採鉱システムに関わるようになった」

「そう」

「父親同士がチームメイトだったから、ダグとガーフも実の兄弟みたいに育った。絆も深いし、考え方も似ている。能力的に難があるのは彼らも百も承知だ。だが、上の二人ががっちりスクラムを組んで、『採鉱システムの完成』という大きな目標に人生を懸けている。そういうのが、案外、チームの要になるんだよ。いくら管理能力に優れても、サラリーマン根性丸出しで、自分の出世しか頭にないような人間では、下もバカバカしくなって、やる気をなくす。ことプラットフォームに関しては、あの二人で正解だ。そして、あの二人をフォローする為に、僕の奥さんを総務部長にしたのは英断だよ」

「なるほど」

「人事というのは面白いものだ。能力や性格だけでは計り知れないものがある。ずば抜けて優秀だが、周りとまったく噛み合わない人もいれば、個々は未熟でも、ペアを組めば三人分の働きをする人もある。理事長はその妙をよく心得ている。『拾いの神』と称されるのも、能力だけで人を判断しないからだ。お前の言う通り、あの人の本質は経営者だ。利益を上げ、事業を成功に導くことが第一義だ。だが、一つだけ、お前は見当違いをしてる。あの人はぎりぎりのところで利益よりも義理を取るということだ。世の経営者の九十九パーセントは、お前の言うようなタイプなんだろう。だが、残りの一パーセントはそうじゃない。そう信じることが、物の見方を変えるんじゃないかな」

「物の見方を?」

「何となく、権力者や金持ちを憎んでるように感じるからさ。まあ、好きな人はないと思うが、それも一つの偏見だ。偏見があると、どうしても物事を見誤る。根っこに憎悪があると、なおさらに」

「……」

「一度、頭の中を真っ白にしてみろよ。お前、いいもの持ってるのに勿体ないよ。すぐ喧嘩腰になって、余計で物事をこじらせる。一本、回線の繋ぎ方を変えれば、すいすいと良い方向に行きそうな気がするんだがな。余計なことを聞くようだが、ガールフレンドは無いのか?」

「そんな機会もない」

「じゃあ、これを機会に見つければ? 僕の嫁さんが言ってたよ。アステリアは、トリヴィアより美人で気立てのいい子が多いって。みな大なり小なり苦労して、小さなコミュニティで助け合って生きてるからだろう。うちの若いオペレーターも、接続ミッションが成功したら結婚や子作りを予定してるのが何人かいる。こうやって、社会もどんどん発展していくのだと思うと感慨深い」

「あんたのところは?」

「うちは子供のいる人生より、夫婦で一緒に居る人生を選んだ。まったく後悔がないわけではないが、これも一つの生き方だと納得している」

「そう」

「同郷のよしみでいろいろ言ったが、こういう考え方もあると受け止めてくれたら嬉しいよ。明後日は理事長はじめ、お偉いさん達がヘリで視察に来るそうだから、君もそのつもりで準備しておくといい。さて、僕はそろそろ奥さんのところに戻るよ。明日もまた早いんでね」

マードックはよっこらしょと立ち上がると、身長一九〇センチの細身をスキップしながら階段を下りていった。

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