事業の成否は人次第 ~人柄卑しい天才エンジニア

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第一章 運命と意思 ~フォルトゥナ号 (6)
STORY
困難の末、海底鉱物資源の採掘システムを設計できる技術者に出会うが、その男は想像を絶する卑しい人柄だった。男が嘲笑う中、アルは自らの運命を信じ、開発チームに迎えるが、現場との衝突が絶えず、事業の正否は人次第であることを思い知らされる。

この30年、全力でMIGの経営に打ち込むと共に、採鉱計画を指揮し、一昨年、ついにローレンシア沖に採鉱プラットフォームを完成した。

昨年末から今年にかけて三度のテスト採鉱にも成功し、念願の鉱業生産権も取得した。

あとは十月十五日の接続ミッションを完了すれば、海のニムロディウムが市場に出回り、ファルコン・マイニング社の一党支配に風穴を開けるはずだった。

ところが、まさかのプロジェクト・リーダーの失踪。

誰がこんな展開を予想しえただろう?

ジム・レビンソンは、言うなれば、アルの人生最大の幸運であり、逆運でもあった。これほど極端な二面を併せ持つ人物も二人としてない。

レビンソンを知ったのは、MIGインダストリアル社に「海洋開発事業部」を立ち上げ、名実共に採鉱計画のスタートを切った頃だ。

計画を完遂するにあたって最も重要なのは、採鉱システムを設計できる人材を確保することだ。だが、それこそ砂浜から一粒の金を拾い上げるほど難しい。海底から鉱物を効率的に回収するノウハウを有する技能者も希有なら、アステリアのような未開の星に出向く物好きもないからだ。

ステラマリスでも三回だけ海底鉱物資源の採掘が試みられたことがある。

一つ目は、地元の環境保護団体の強硬な反対運動に阻まれ、計画だけで終わった。

二つ目は、テスト採鉱まで漕ぎ着けたものの、無駄な岩塊ばかり吸い上げて水中ポンプを目詰まりさせたり、採鉱機のヘッドカッターを損傷したり、機械的なトラブルが絶えず、回収した海底堆積物も商業的に使い物にならないとの判断から途中で撤退した。

三つ目は実働に到ったが、期待したほど良質な鉱物が得られなかったこと、施設の維持費や海洋汚染の対策費も馬鹿にならず、地上の鉱山業ほど利益を上げられなかったことから、四年目に操業を停止している。

アルがどこに話を持ちかけても一笑に付されるばかりか、逆に思い止まるよう諭されるほどで、まったく埒が明かない。

探しても、探しても、どこにも見つからず、やはり運命の加護は得られぬかと諦めかけた時、たまたま目にした鉱物マニアの個人サイトで、漂砂鉱床のダイヤモンド採掘を手掛ける会社を知った。山中から河川によって海に運ばれ、海底に堆積したダイヤモンドを採掘する技術は数世紀の歴史を有し、今では水深一〇〇メートルを超える沖合でも採掘が可能になっている。

アルは直ちに会社に問い合わせ、ジム・レビンソンを紹介された。

レビンソンは三つ目の海底鉱物資源の採鉱システムを手掛けた上級技師だ。だが、会社が採鉱事業から撤退した為、レビンソンも職を失った。それでも自身の知識と技術に圧倒的な自信を持ち、設計した採鉱システムをいろんな企業に売り込みに回ったが、すでに海底鉱物資源に対する産業界の関心も薄れ、相手にする者もない。
アルは大いなる期待を寄せてレビンソンに接触したが、実際に顔を合わせてみると、とんでもなく野卑で、傲岸で、目眩がするほど浅ましい人間だった。天は二物を与えずというが、こんな性根の腐った男に天才的な頭脳が授けられるのも、不条理を通り越して滑稽ですらある。

それでもレビンソンの提示した採鉱システムを見ると、なるほど、これなら水深数千メートルの海底に堆積する鉱物も効率よく回収できると一目で分かる。

だが、こんな下卑た人間をプロジェクト・リーダーに据えて本当にいいのか。

技術より士気で躓くのが目に見えないか。

かといって、他にシステム設計を手掛けられる者もなく、これを逃せば、恐らく後は無い。

思い倦ねるアルにレビンソンは言った。

「おい、タヌキ。さっさと返事しな。ウンと言わねえなら、オレは帰るぜ。次からは、どれほど頭を下げられても、二度とやらねぇ。まともに酒も買えない未開の星に行くほど、お人好しじゃねえからな!」

まさに運命のチキンレースだ。

アルは契約書に署名すると、レビンソンに差し出した。

レビンソンはそれを鷲掴みにすると、天井が抜けるような声で高笑いした。

「あんた、よっぽど切羽詰まってんだな。こんな好条件でオレを雇うとは。十年後、二十年後、多額の負債を抱えてアップアップしてるか、本当にプラットフォームを完成して万歳三唱するか、こりゃあ見物だ、ケケーッ、ケッケッケ」

運命よ。嗤いたければ、嗤え。

運命の輪に踏みしだかれて全てを失うか、運命の女神を御して凱歌をあげるか、それは己次第だ。お前が何を仕掛けてこようと、決して負けはしない。十年後、二十年後、大
志を遂げて高笑いするのは、わしの方だ。

日焼けした顔に虫歯だらけの口蓋を覗かせ、傲然と嬲る男の顔を見つめながら、アルは運命に誓った。

ところが、レビンソンは想像以上の曲者だった。

スタッフの目の前でアルを「タヌキ」と呼び捨てにするのはまだしも、下っ端を顎でこき使い、女性秘書をノイローゼにし、予算を好き放題に使い込む。
堪忍袋の緒が切れたスタッフに「僕らを取るか、レビンソンを取るか」と難詰されたこともあれば、頼りにしていた役員に「あなたは自分の成功しか頭にない」と辞表を突きつけられたこともある。

そして、その度に現場に頭を下げ、協力を仰ぎ、誠意の限りを尽くしてきた。

結局、事業というのは、潤沢な資金や設備に恵まれても、現場の人間次第で良い方にも悪い方にも転ぶものである。

今、アルが「拾いの神」と呼ばれ、人材登用に長けた経営者として仰ぎ見られるのも、ひとえにジム・レビンソンという運命の暗黒面と辛抱強く向き合った結果だ。
それだけに、レビンソンが行方不明になったと第一報を受けた時、アルは少々複雑だった。

長年運命の輪を軋ませてきた石塊が転げ落ち、これでようやく物事がスムーズに運ぶと安堵する反面、曲がりなりにも三十年間、プロジェクトを二人三脚で推し進めた感慨もある。

最後にプラットフォームの作業甲板でレビンソンの姿を見た若い作業員の話では、午後九時過ぎ、千鳥足でAフレームクレーンの方に歩いて行ったと言う。元々酒癖の悪い男だったが、なぜそんな夜遅くに泥酔状態で甲板をうろうろしていたのか、誰にも解らない。警察の捜査も入ったが、宿舎の居室には財布もパソコンも何もかもそのままの状態で残っており、洋上のプラットフォームから船も使わず抜け出すなど到底不可能であることから、自殺や他殺ではなく、「泥酔が原因の落水」と結論づけられた。

ジム・レビンソンは天涯孤独で、報(しら)せる家族もなければ、嘆き悲しむ友もない。アルは組織の長として淡々と法的手続きを済ませると、私物は思い切って処分した。

自身も気持ちの整理がつかぬまま、プラットフォームの主任を集めて緊急会議を開き、皆の心積もりを問うたが、一同の意志は「水中無人機だけで、予定通り十月十五日に決行する」と堅固だった。

それはそれで頼もしいが、これまでレビンソンを中心に組み立ててきたミッションの手順を変更して、本当に上手くいくのか、どうか。

接続ミッションは、遠隔操作の無人機で出来ないこともないが、水深3000メートル下で、洋上のプラットフォームから降下される揚鉱管のフレキシブルホースの先端を捉え、集鉱機に接続したり、高電圧リアクターのケーブルを繋ぎ換えたり、難度の高い作業もある。若いオペレーターのスキルを疑うわけではないが、そこは年寄りの何とやら、やはり従来の手順通り、有人潜水艇によるフォローの下、確実に遂行してもらいたい。

そこで同型の有人潜水艇を有するフランスの海洋技術センターに問い合わせたところ、紹介されたのがヴァルター・フォーゲルだ。

本人はどこでもその名を名乗っているようだが、実名はWalther(ヴァルター) Lacroix(ラクロワ)という。古風なドイツ名と洒落たフランス姓を無理矢理くっつけたようなこの男は、ネーデルラントのフェールダムという干拓地に生まれた。父親はドイツ人、母親はエクス=アン=プロヴァンスの高貴な人で、蘭・仏・英・独の四カ国語を操る。十三歳の時、ネーデルラント南部を襲った未曾有の大洪水で生家と父親を失い、フォンヴィエイユ*5というモナコとフランスの国境沿いにある港町に移り住んだ。父親は治水局の土木技師で、洪水の夜も最後まで堤防を守ろうとして命を落としたようだ。その後、母親がジャン・ラクロワというマルセイユの実業家と再婚した為、名前もヴァルター・ラクロワに変わった。

十四歳から十五歳にかけて、マルセイユの名門私立学校に通っていたが、十五歳の夏、薬物使用で家裁送致され、地元の商船学校に転学。航海士の免許を取得した後、理工大学の海洋学部に学び、そこそこに優秀な成績を収めて海洋技術センターの運航部に入職。有人潜水艇《プロテウス》のパイロットとして研鑽を積み、潜航回数は一二〇回を超える。
海洋技術センター曰く「仕事ぶりは非常に熱心で、人柄も誠実だが、地味で、寡黙で、職場の仲間ともほとんど交流がない」。

解雇した理由は、よくある人員整理だ。

有人の深海調査はコストも人手も馬鹿にならないことから、世の流れはどんどん無人化に向かっている。宇宙探査の技術が逆に海洋科学に応用され、水深数千メートル下でも自在に動き回る高機能な自律型無人機が次々に開発されていることもあって、有人潜水調査は縮小の傾向にあった。

それは伝統あるフランスの海洋技術センターも同様で、誰を切るかという話になった時、一番若くて、能力もあるヴァルター・フォーゲルの名が真っ先に上がった。四十代、五十代のベテランパイロットから仕事を奪うより、若くて有能な独り者を解雇する方が痛みも少ないという上層部の判断だ。アルが運航部のトップでも同じ事を考えただろう。

ところが、解雇通告から二週間後、ロッカーに置き忘れた私物のことで連絡を取ろうとしたら、すでに電話もメールも通じず、何所に行ったか分からないという。マルセイユの母親に連絡したら、その時初めて息子がステラマリスを出て行ったことに気付いたようで、慌てて捜索願を出した。

宇宙航空局の調べで二月末日にトリヴィアに到着したことだけは判ったが、そこから先の足取りはまったく掴めず、警察と移民管理局のリストにも名前がなく、生きているのか死んでいるのかも分からない。

(こんな男を紹介されても何の役にも立たん)

アルは呆れながら身上調査書を眺めていたが、一点、面白い事に気が付いた。解雇される八ヶ月前、再建コンペに参加する為、休職していた事実だ。

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