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物事の成否は『運』で決まる ~集鉱機と破砕機の水中降下と揚鉱管の接続

本作は、海洋科学や土木・建築をモチーフにしたサイエンス・フィクションです。
投稿の前半に小説の抜粋。 後半に参考文献や画像・動画を掲載しています。
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第二章 採鉱プラットフォーム ~ウミガメ(2)
STORY
目次

集鉱機と破砕機の水中降下と揚鉱管の接続

採鉱システムに含まれる破砕機、集鉱機、揚鉱管は、Nautilus Minerals社の採鉱システムをモデルにしています。
詳しくは、採鉱の完全自動化を目指す 深海の破砕機と集鉱機のオペレーションをご参照下さい。

動画はNautilus Minerals社で採用されていた採鉱用の重機です。

ビートル型破砕機とドーザー型集鉱機の降下作業

十月十一日。金曜日。

いよいよ接続ミッションに向けて、ビートル型破砕機とドーザー型集鉱機を海底に降下する日がやって来た。オペレーションに関与するスタッフは午前五時に起床し、いつもより早い朝食を済ませ、それぞれの持ち場に就いている。

ヴァルターが直接携わる任務はないが、機材の搬出や部品の取り付けを手伝う為に、皆と同じ時間に起床し、格納庫に向かった。

朝日が立ち上る中、全長八メートル、高さ三・八メートル、幅四メートルのビートル型破砕機が甲板後方のAフレームクレーンまで搬出されると、数人のオペレーターが作業台や梯子を使って、機体上部の真ん中に直径4センチのニムロイド合金製パワーケーブルを固定する作業を始めた。

それと同時に、機体の数カ所に、クレーン巻き上げ用ワイヤーロープを固定する。

全ての取り付け作業が完了し、安全が確認されると、運転台に合図が送られた。

クレーン脇の運転台では熟練のオペレーターが慎重にコントローラーを操作し、ゆっくりとAフレームを海側に回転させる。次いで、全長8メートルの破砕機が海上に降り出され、機体のバランスを保ったまま海面に着水すると、白い水しぶきを上げながら海中に降下を始めた。重機の降下と共にウィンチも回転を始め、徐々にワイヤーロープを繰り出してゆく。

作業の様子は、タワーデリックのオペレーションルームとブリッジの管制室でモニタリングされ、映像はエンタープライズ社の採鉱事業部にもイントラネットで中継される。

ブリッジで指揮を執るブロディ一等航海士の仕事は、破砕機の位置を正確に捕捉しながら、プラットフォームの底部に設置された六基のスラスタを微調整し、プラットフォームを定位置に保つことだ。万一、クレーンと破砕機の位置が大きくずれれば、ケーブルが引っ張られ、ウィンチや破砕機に深刻なダメージを与える。今日は終日好天で、高波や強風の恐れはないが、プラットフォームを定位置に保つ重要性は晴天も雨天も変わりない。

タワーデリックのオペレーションルームではマードック達が破砕機に取り付けた計器のデータを慎重にモニタリングしながら、クレーンのオペレーターと頻繁に連絡を取り合っている。

破砕機は重力に従って海底に沈んで行くが、海中においては長大な紐にぶら下がった重石と同じだ。その動きは決して一定ではなく、波や海流の影響によって振り子のように微妙に揺れる。それも計算に入れて安全設計されているが、破砕機が無事に海底に着底するまでは予断を許さない。

直径4センチのパワーケーブルに吊り下げられた破砕機は、一分間に30メートルから40メートルの速さで水深3000メートルの海底に降りて行く。順調に進めば、一時間四十分ほどで着底する予定だ。

破砕機の降下と水中無人機のオペレーション

ヴァルターはマードックの後ろで一緒に作業を見守った。破砕機に取り付けられた水中カメラを通して、海中の様子をライブで観察することができるが、伝送用のアンビリカブルケーブルは未接続の為、音波を使って海中から送られてくる映像はあまり鮮明とはいえない。

降下開始から半時間、破砕機が水深1000メートルを超えると、マードックはムーンプールで待機する別チームに有索水中無人機《ヴォージャ》の降下を指示した。

《ヴォージャ》は縦80センチ、横50センチ、高さ60センチで、高性能の水中カメラと小回りの利く二本のマニピュレータを備えている。今回の任務は深海の状況を把握し、破砕機が海底に着底したら、Aフレームクレーンのパワーケーブルを操縦用のアンビリカブルケーブルに付け替えることだ。

《ヴォージャ》のオペレーションを担当するマルセルは、オペレーションチーム・リーダーのノエ・ラルーシュと共にメインコントローラーに付き、計器の状態を確認する。LEDライト、カメラ、マニピュレータ、電気系統、油圧システム、すべて正常と判断されると、ムーンプールのチームに合図を送り、降下を開始した。

《ヴォージャ》を繋ぐアンビリカブルケーブルも全長3000メートルだ。ケーブルを巻き取るケーブルストアウィンチの高さは3メートルに及び、ウィンチを稼働するドラムケーブルエンジンとエンジン制御室、ともに下層レベルのマイナス1からマイナス2にかけて設置されている。

エンジン制御室の操作により、アンビリカブルケーブルが繰り出され、《ヴォージャ》の海中降下が始まると、水中カメラの視界もあっという間に闇に包まれた。これから一分間に平均30メートルから40メートルの速さで破砕機を追いかける。順調に進めば一時間四十分ほどで水深3000メートルに到達する予定だ。

破砕機と無人機の二本のケーブルが海中でくるくる絡まることはないが、それぞれの位置を捕捉するのは重要な課題だ。遠すぎると作業に支障をきたし、近すぎるとトラブルの危険性も高まる。いずれも深海で目視することはできず、それぞれの機体に取り付けられた発信器だけが頼りで、シグナルを追うオペレーターの眼差しも真剣だ。

オペレーション開始から二時間半後、まず破砕機が水深3000メートルの目標地点に着底した。

破砕機にもカメラは取り付けられているが、着底の衝撃で微細な堆積物が砂煙のように舞い上がり、視界を完全に遮っている。それが収まるまで十数秒は待たなければならない。地上ならとんとんと進む作業も、深海では一つ進んでは止まり、の繰り返しだ。

さらに一時間後、《ヴォージャ》が水深3000メートル付近に到達した。破砕機までの距離は50メートルほど、そこから小さなスラスタを使って破砕機まで接近する。

もちろん目視はできない。互いに発する音波だけが頼りだ。

マルセルが慎重にスラスタを操作し、ついに水中カメラで破砕機を撮影できる距離まで接近すると、《ヴォージャ》は破砕機の前後左右を一周し、機体や海底の様子をハイビジョン画像で送ってきた。

《ヴォージャ》を繋ぐアンビリカブルケーブルは、Aフレームクレーンのパワーケーブルと異なり、内部に電源、デジタルビデオ、データシグナル、光ファイバー通信など、種類の異なるケーブルが一つに束ねられている。その断面は数十本のストローを束ねたような構造をしており、腐食耐性に優れた金属素材で頑丈に覆われている。

高機能のアンビリカブルケーブルで繋がれた有索無人機のメリットは、ハイビジョン画像のような大量のデータを瞬時にやり取りし、電力を海上から直接供給できる点だ。有索機の操作には直径数メートルのウィンチやドラムエンジンなど大型の張力制御装置を必要とする為、自由度や手軽さでは自律型水中ロボットに劣るが、ハイビジョン映像や精密なハンドリング操作などを必要とする場合は有索の方がメリットは大きい。

《ヴォージャ》が送ってきたハイビジョン画像を見ると、ヴァルターが兼ねてから指摘していた通り、着底した箇所には約九度の傾斜があり、破砕機もお尻が持ち上がるような格好になっている。だが、ケーブルの付け替えに支障ははなさそうだ。

《ヴォージャ》は破砕機の上部に回り込むと、全長60センチのマニピュレータのアームを伸ばし、機体の天井部に接続されたAフレームレーンのパワーケーブルを外した。カメラを通して完全に離脱したのを確認すると、甲板部のオペレーターに合図し、パワーケーブルを巻き上げる。

それと入れ替わりに下層のエンジン制御室に第二の指示を出し、プラットフォーム後方に設置された二基目の大型ウィンチから破砕機に繋ぐアンビリカブルケーブルを海中に降下する。

破砕機のアンビリカブルケーブルは《ヴォージャ》のものより一回り太く、より多くの電気・通信経路を有している。ケーブルの全長は5500メートル、ケーブルを収納するドラムの直径は4メートル近い。

ケーブルの先端には直径50センチの金属コネクターとアンカー部材が取り付けられ、それ自身が重錘の役目を果たして、ほぼ垂直に海中を降下する。

プラットフォームが定位置に保たれる限り、何百メートルにも渡ってケーブルの先端が流されることはないが、それでも破砕機との間に数十メートルの誤差は生じる。

また波や潮流の影響を受け、ねじれ、屈曲、切断といったケーブル損傷の危険性もある。

オペレーター、エンジン制御室、航海部など、複数の部署でデータをやり取りしながら、その都度、プラットフォームの向きやケーブルの降下速度を微調整するが、それも好天に恵まれればこそだ。ひと度、海が荒れれば揚収を余儀なくされることもあり、何事も『計画通り』とはいかない。

その上、ドラムエンジンをフル回転しても、ケーブルの先端が水深3000メートルの破砕機に到達するまで数十分は待たねばならず、プロセスの一つ一つが冗長だ。

「ケーブル一つに面倒だな」

ヴァルターがモニターを見ながらつぶやくと、

「安全の為だ。次は集鉱機で繰り返すんだから、本当に一日がかりだよ」

マードックも濃いめのコーヒーを飲みながら溜め息をつく。

「もっと作業を簡素化したいが、初めのうちは仕方ない。経験を重ねれば、別の方策が見つかるだろう」

「重機の上げ下ろしは頻回に行うのかい?」

「四ヶ月に一度、メンテナンスの為に引き上げる予定だ。その間は毎日二十四時間、ぶっ続けで操業だよ。とはいえ全自動制御だから、地上の採鉱よりはるかに楽だがね」

「操業コストは?」

「それは採鉱量と品質次第だ」

マードックは気を取り直すようにコーヒーを飲み干すと、下層のエンジン制御室に状況を確認した。

そうして五十分後、ようやくアンビリカブルケーブルが海底に到達し、《ヴォージャ》のマニピュレータがケーブルの先端を捕捉した。アンビリカブルケーブルを送り出すドラムエンジンも一旦停止し、次の指示を待つ。

アンビリカブルケーブルの先端は破砕機の約40メートル上方、北東方向に20メートル離れた位置にある。《ヴォージャ》がケーブルの先端を把持して破砕機まで接近するにはやや遠すぎる距離だ。

そこで破砕機の専任オペレーターが破砕機に音響信号を送り、燃料電池を一時的に通電して、破砕機のクローラーを稼働する。水深3000メートルの海底を、破砕機はキャタピラ車のようにゆっくり北東に進み、アンビリカブルケーブルとの距離を縮める。

そうしてケーブル先端と破砕機の接合部の距離が半径10メートル内に収まると、《ヴォージャ》がマニピュレータのアームをいっぱいに伸ばし、ケーブル先端に取り付けられた直径50センチの金属コネクターを把持した。

同時に、ドラムエンジンがゆっくり回転し、ケーブルをもう40メートルほど繰り出す。

《ヴォージャ》は金属コネクターを把持しながら真っ直ぐ降下し、ついに破砕機の1メートル真上まで接近した。

「ここからがマルセルの腕の見せ所だ」 

マルセルは主操縦席で水中カメラの画像を見ながらスラスタを調整し、さらにケーブルの先端を破砕機の接合部に近づける。

強力なLEDライトとハイビジョンカメラを使っても、《ヴォージャ》の視野は人間の眼よりはるかに劣る。カメラの位置によっては死角ができたり、奥行きが掴めなかったり。投光器の光が反射して対象物がぼやけたり、周囲の堆積物が舞い上がって視界が遮られることもある。

マルセルは左右のアームコントローラーを器用に操作し、深海でウミヘビのように揺らぐケーブルの先端をしっかり把持しながら、破砕機の接合部に近づけた。接合部は直径20センチほどの凹型のフランジで、ケーブル先端の金属コネクターと接合すれば、自動的に周囲の部品が回転し、奥までがっちり嵌まり込む。

マルセルはノボロスキ社の実験用プールで何度も練習した通り、マニピュレータをいっぱいに伸ばすと、金属コネクターをフランジの凹部に差し込んだ。凹凸が完全に合致すると、その脇の小さな制御盤にグリーンランプが点灯し、フランジ周囲のリング状の金属部品が一斉に回転を始める。すべてが完全に固定されると、二つ目のグリーンランプが点灯し、制御盤のその他のランプも一斉に点灯する。

最後に、マルセルはマニピュレータの指先で白いダイヤルレバーをOFFからONに切り替えた。

接続操作が完了すると、海上のオペレーションルームから、ケーブルが完全に接続されたかどうかを確認する電気テストを行う。

こちらのモニターで異常なしを確認すると、《ヴォージャ》は破砕機の左側面に回り、機体後部に取り付けられた操作盤の大きなダイヤルスイッチをOFFからONに切り替えた。

続いて、下方にある三つの親指大のトグルスイッチを次々に押し上げ、三つのグリーンランプが点灯すれば完了だ。

再びオペレーションルームから電気テストを行い、安全が確認されると、マードックは動力伝達システムのワークステーション担当に通電開始を告げた。下層階のワークステーションには四人のスタッフが控え、慎重に電気システムを稼働する。それと同時に破砕機のヘッドライトが点灯し、四つのクローラーがゆっくり動き出す。海底面に約九度の傾斜はあるが、走行に問題はなさそうだ。東に50メートル前進し、何度かUターンしたところで一旦停止する。

「キャタピラの方は問題ない。次にヘッドの動きを見よう」

マードックは破砕機の操縦担当者と連係を取りながらカブトムシのようなカッターヘッドを持ち上げ、前後左右に旋回する。動作に異常は無く、遠隔システムも円滑に作動している。

次にカッターヘッドを下げ、クラストを実際に削ってみる。

長さ50センチの鋭い切削コーンが一面に取り付けられた、二つの球状のドリルピットを回転させながら、鉱物の皮のように基礎岩を覆うクラストを削り取っていく。

たちまち微細な堆積物が砂煙のように巻き上がり、《ヴォージャ》のハイビジョンカメラは埃を被ったように視界が遮られた。代わりに至近距離から高分解能の水中音響カメラで海底面の様子を撮影し、リアルタイムで分析したデータ画像を見ると、クラストが細かく砕かれ、ローラーで均したように破砕機の通り道に堆積している。

だが、商業的に価値のあるクラストだけがきれいに削られたかどうかは、海上に引き上げてみないと分からない。クラストと一緒に無駄な基礎岩まで大量に吸い上げ、収益より運用コストの方がはるかに上回るようでは到底採鉱事業として成り立たないからだ。その評価に少なくとも数ヶ月から一年は掛かるし、市場の反応も含めれば、それ以上の歳月を要する。プラットフォームに『数字に強いゼネラルマネージャー』が必要なのはその為で、ダグやガーフィールドが今度の身の振り方について覚悟を据えなければならない所以でもある。

集鉱機の降下とテスト走行

そうして一通りテストが済むと、マードックは破砕機に関しては問題なしと判断し、続いて集鉱機の海中降下の指示を出した。前回と同じように甲板後部で集鉱機にAフレームクレーンのパワーケーブルを接続し、クレーン・オペレーターが海面に降り出して、ゆっくり降下する。

集鉱機が着底するまでの間、オペレーションスタッフは代わる代わる昼食に出かけ、マードックの昼食はカリーナがランチボックスに詰めて持ってきた。奥のワーキングブースで「大丈夫、上手く行くわ」「完璧じゃないの」と励ます声を聞きながら、プレッシャーはみな同じと実感する。

それからまた半時間が経過し、集鉱機が着底すると、専任オペレーターが位置を確認した。着底位置は目標地点より60メートルほど東寄りで、大きな凸状の地形に乗り上げたのか、機体が不自然に傾いているようだ。

《ヴォージャ》が集鉱機に接近し、ハイビジョンカメラで確認したところ、右前方のクローラーが高さ50センチほどのクラストの段差に乗り上げている。アンビリカブルケーブルの接続に支障は無いが、確実に接合するには機体をもう少し均等に保つ必要がある。

オペレーターが集鉱機に音響信号を送ると、集鉱機の燃料電池が一時的に通電し、全体のクローラーが僅かに後退した。段差から降りると、機体もほぼフラットになり、操作しやすいポジションになった。

続いて、《ヴォージャ》がパワーケーブルを取り外すと、今度は集鉱機に接続するアンビリカブルケーブルが海中に降下され、前回と同じ要領でケーブル先端の到着を待つ。

「まったく、海中作業というのは手探りのコンビネーション・ダンスだよ。陸上のオペレーションもチームワークが大事だが、海はそれ以上だ。深海の場合、現場全体を目視することはできないし、海上と海底でスムーズに情報交換できるわけでもない。海底の様子も、水深数千メートルから跳ね返ってくる音響とか、水中カメラの映像とか、得られるデータも限られて、その分析能力も人や機材によってまちまちだ。いくら無人化の技術が進んで、水深1万メートルを自由に動き回る水中ロボットが登場しても、海上から一人で操作するのは絶対に不可能だし、いくら腕のいいオペレーターがいても、海が荒れれば操作を中断せざるを得ない。技術より運に左右される部分も大きい」

物事の成否は『運』で決まる

やがて集鉱機に接続するアンビリカブルケーブルの先端が到達すると、さっきと同じ要領でマルセルが集鉱機に接続し、通電を開始した。

その様子を見ながら、「今日は本当に運がいい」とマードックがしみじみ言った。

「運だって?」

「そうさ。初めて破砕機を海底に降ろした時は、あれが動かない、これが動かないのトラブル続きで、このまま海底から揚収できずに終わるんじゃないかと皆が血相を変えたものだ。その次は予報に反して海が荒れ出して、途中でケーブルを揚収する羽目になった。時化が収まるまで二十時間も待たされた。その次は《ヴォージャ》のグリッパが開かず、電気系統を修理して接続作業を再開するのに一週間待ち。そうかと思えば、まさかのケーブル破損で泣かされたこともある。全長3000メートルのケーブルからわずか1センチの亀裂を探すんだ。皆、涙目だ。それでも、よく乗り切ったよ」

マードックは肩の凝りをほぐしながら言った。

「よく理事長が言ってたな。最後は『運』だと。準備万端、最高のコンディションで取り組んでも、突然、問題が生じることもある。それもスタッフの技術や精神性とは何の関係もない、悪天候や病気、取引先の倒産や条例の変更など、突然霰(あられ)が降ってきたとしか思えないような事が原因だ。だが、その度に落胆するのではなく、運を味方につけるような気構えを持てと言われた。技術が運を呼ぶのか、運が技術を磨くのか、僕には分からないけど、最後は何か、人知を超えた巡り合わせによって物事が成就するのは確かだよ。その証拠に、今日の現場の雰囲気はテスト採鉱の時とまったく違う。スタッフのミスを罵る人間がないからだ」

「ジム・レビンソン?」

「まあね」

マードックは複雑な表情を浮かべた。

「マルセルの動きを見れば分かる。いつも背中でびくびくしてたから。だが今日は本当にリラックスしてる。操作もビックリするほどスムーズだ。いつもコネクターの接続だけで半時間かかったのに、今日は十五分で完了だ」

「言葉は悪いが、レビンソンがいなくなって運が向いたということ?」

だが、マードックはそれには答えず、

「スポーツでも、ビジネスでも、『運か努力か』という話になるだろう。運と言えば人間の努力など何の意味も無いみたいだし、逆に実力だけでは説明のつかないこともある。僕だって『採鉱システムに成功した秘訣は何ですか』と訊かれたら、「努力半分、運半分」と答えるよ。今日が好天に恵まれたのも運なら、今ここにレビンソンではなくお前が居ることも運だ。つまり、そういうこと――何事も自分一人の努力では成り立たないし、天候みたいに運に左右される部分もある。そうした世の不思議を謙虚に受け入れることで、知恵や忍耐力も磨かれる。でないと、万一失敗した時、自責の念にかられるし、逆に成功すれば天狗になるだろう。努力半分、運半分と大きく構えることで、自分も周りも追い詰めることなく、いつかは成功に導かれると理事長は教えたいのだろう」

そうして午後六時過ぎ、全行程が完了すると、マードックは全部署にステータスを確認し、

「上手く行った。ありがとう」

と皆にメッセージを送った。

同時に、ブリッジのケネス・ブロディ一等航海士、機関部のオリガ・クリステル、甲板部や下層階のエンジン制御室などからも感謝と労いの言葉飛び交い、マードックも回転椅子に深く身を沈めて、大きく息をついた。

【参照】 無人機の海中降下の実際

水中無人機について

日本ではJAMSTECで運航する深海調査研究船『かいれい』がよく知られています。
『かいれい』は、無人探査機『かいこう』の支援船でもあり、深度7000メートルまで潜航可能な無人機のケーブルを収容するストリーマケーブルのドラムは非常に大きいです。
採鉱プラットフォームで、破砕機や集鉱機を海中降下する為のケーブル類もこれほどの規模と想像してもらうと分かりやすいです。

『かいれい』の公式パンフレットはこちら

深海調査研究船「かいれい」

地震や海底鉱物資源など、深海調査を目的とした無人機の役割は、『船舶・艦艇事業本部 小山寿史(三井造船技術)による『水中機器製品の開発』のPDFが分かりやすいです。
情報として古くなっている部分もありますが、全体像を把握する上で役に立つと思います。
すでにネットから削除されている為、私が個人的に収集したPDFを置いています。閲覧のみです。

PDFを見る

水中・水上無人機を取り巻く環境を変化させたもう一つの要因として、海洋基本計画が5年ぶりに海底(2013年4月26日閣議決定)され、海洋立国日本を目指す姿勢が改めて示されたことも大きい。日本の領海・排他的経済水域には、海底熱水鉱床やメタンハイドレート、コバルトリッチクラストなどのエネルギー・鉱物資源が豊富に存在していることが確認されており、その資産価値は数百兆円規模になるとの資産もある。これが、我が国が近年、潜在的に資源大国と言われるゆえんであるが、問題はこれらの資源が、人が直接作業できない深海底に存在することである。そのため、採掘にかかるコストの採算が合わず、これまで技術開発が進まなかった経緯がある。

しかし、東日本大震災に伴う原子力発電所事故によるエネルギー政策の見直しも相まって、海洋基本計画ではこれらの海底資源の調査・研究を継続しつつ、事業家のための開発・研究を強化していくことが明確に述べられている。

当社では、大深度大型ROVや資源探査AUVの開発を20年以上前から行ってきており、高水圧下における様々な現象やそれに対する材料、水密、通信、投入・回収、ケーブルなどの技術開発を行い、その知見と技術を保持している。

≪中略≫

自律型無人機は機械・電気だけではなく、流体、材料、通信、制御、センサ工学など多くの技術分野の結集が必要である。特に水中無人機は、陸上や空中に比べ高水圧下という厳しい環境に加え、電波や光波を用いた高分解能センサや高速通信の利用が難しく、それら制約条件の下で自立行動可能な無人機を製造することは多くの経験と技術的ノウハウ、総合力が必要となる。海外では近年大企業のM&Aによる業界再編が進み、各企業グループは無人機本体だけでなく、航行センサや通信、ペイロード、水中ケーブルや電池など各分野で専門技術を保有する水中機器メーカを取り込むことにより総合力を高めている。

水中機器製品の開発 船舶・艦艇事業本部 小山寿史(三井造船技術)

動画で紹介 ~無人機のオペレーション

深海作業船のムーンプールからROV(水中無人機)を海中降下するオペレーションの模様を描いた動画です。
無人機を支持する為の鋼製ケーブル(有索)、深海に達する長大なケーブルを巻き取る(巻き上げる)巨大なドラム装置、無人機や各設備を遠隔操作するオペレーションルームの様子が分かりやすく紹介されています。

『Sepro™ MoonPool Handling system on board DSV Deep Explorer』

こちらの動画は、無人機を海中降下する為のAフレームクレーン、ケーブル、巻き揚げ機能などが鮮明な画像で紹介されています。
また海底で曳航する重機と支援船の動きがCGアニメーションで分かりやすく紹介されています。

『The capabilities of our cable-laying vessels』

こちらが実際に水深3000メートルに無人機を海中降下する様子です。
本作に登場する集鉱機や採鉱機は7メートルから9メートルの大きさで、パワークレーンを使いますが、有索無人機の降下は動画のような感じです。

『Testing an ROV down to 3000m』

無人機の海中作業のオペレーションの一例です。
船上での機体チェック、クレーンを使った海中降下、オペレーションルームから遠隔操作など、一連の流れが分かります。

『Eclipse Group deep sea ROV dredging operation』

ROV『クアトロ』のモデル

本作に登場する『クアトロ』のモデルは、SAAB SEAYE社の Panther -XTP がモデルです。(2014年版)
現在は、さらにパワーアップして下図のようになっています。
PDFパンフレットはこちら
Panther -XTP

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第二章『ウミガメ』のシリーズ
  1. 実験用プールと水中無人機の調整 ~ROV(有索無人機)について
  2. セイリング ~あの世にも、この世にも、帰りたい場所はなく
  3. ウミガメの産卵 ~見守るしかない親の愛と子供の人生
  4. 深海で潜水艇にトラブルが起きたら ~問題は爆発ではなく酸欠
  5. 臆病なウミガメは甲羅から顔を出すのが精一杯 ~嵐の夜の急病人と海辺の別荘
  6. 淋しさなんて、慣れるもの? ~水深4000メートルの愛
  7. 父が死んだのは運が悪かっただけ? ~生死を分けた数分の差                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
  8. 相手に媚びるやり方では本物の愛情は得られない
  9. 引くも勇気、諦めるのも強さ ~個人の葛藤よりミッションの完遂
  10. 本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな
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