人生の半ばにおいて、人生は私を失望させはしなかった ~ニーチェの『悦ばしき知識』より

人生の半ばにおいて、人生は私を失望させはしなかった

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【小説】 人生の半ばにおいて、人生は私を失望させはしなかった

第一章 運命と意思 ~ローエングリン・大堤防(7)

辛いことも悲しいことも、いつかは通り過ぎていく。
苦しみばかりの人生もなければ、楽しいことだけに彩られた暮らしもなく、物事の様々な側面を味わい、その時々の学びや感情を噛みしめることが生の意義なのだ。
ヴァルターもその意味を理解できたなら、些細なことで落ち込んだりせず、一日一日を楽しむことができる。他人に嗤われようと、けなされようと、これが自分だと胸を張り、肩肘張らずに生きていくことができるだろう。

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ニーチェの『悦ばしき知識』について

執筆の背景 ~ちくま文庫『悦ばしき知識』より

本書『悦ばしき知識』(Die fruhiliche Wissenschaft)は、ニーチェの著作順序からすれば、『曙光』(1880~82年)と『ツァラトゥストラ』(1883~85年)との間に位する重要な作品である。「神の死」にまつわるニヒリズム、「永劫回帰」の最初の定式化、ツァラトゥストラの登場等、ニーチェの根本思想の幾つかが、この書で明確に姿をあらわしてくる。しかも、いわゆる『権力への意志』と称される「八十年代遺稿」の書きはじめられたのが、本書の「第四書」までの部分が完成する1882年頃からである点からしても、ニーチェの円熟期の思想圏は本書から形成されはじめたと考えてもいいであろう。

さらに、本書中の「第五書」すなわち「われら怖れを知らぬ者」は、『ツァラトゥストラ』の完成の翌年、『善悪の彼岸』の完成した年に、つまり1886年の秋に脱稿されたものであるから、全体としての本書の位置は、すでにニーチェの思想の絶頂期に入れられるべきものと見ても差し支えないであろう。

《中略》

本書は、その成立事情からしてすでに明らかなごとく、第二期末から終期にまたがるものであり、いわばその移行過程の思想内容が主として盛りあげられる。そしてそれが、完成期の思想圏へと引き入れられ止揚されてゆくのである。

本書の第四書までは、これに先立つ『曙光』の続稿として書かれている間に独立したものとなったのであるため、その中心は『曙光』と同じく主として道徳的偏見に対する闘いにおかれているし、近代文化やその諸観念あるいはドイツ国家や大衆的社会状況等に対する批判的構想のモチーブに貫かれている。

その間に、彼の形而上学的あるいは認識論的な見解が点綴されていて、次第に自己自身の「新しい哲学」を肯定的に語り出す方向へと導かれてゆく。第五書はこの方向を受け止めた形で補われたような節が見られる。

そして、全体として『ツァラトゥストラ』や『善悪の彼岸』あるいは『権力への意志』へと読者の理解をつなぐ踏台の役割を、果たしている。もちろん第五書は、後から加えられたものである点で、前四書とはいくらか調子がちがっているのが感じられよう。

本書は、ニーチェの重大な精神的転換期が懐胎し生み落とした思想上の子供であり、彼の魂の危機の記念碑でもある。この点を幾らか省みておくことが、本書を内面から理解する助けとなるであろう。

『悦ばしき知識』 信太正三 巻末の解説より

『悦ばしき知識』の名言

創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を解き放ってくれるで紹介している、「人間とは乗り越えられるものだよ」「創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を救ってくれる」というのはニーチェの言葉のアレンジです。

ここでいう『創造』とは絵を描いたり、作曲したり……という創作ではなく、「ゼロから価値あるものを打ち立てる」という意味です。

ニーチェの名言もいろいろありますが、特に好きなのが『体得された自由の印は何か? ――もはや自分自身に恥じないこと。』です。

第三章の275節に収録されています。

二六八

英雄的にさせるのは何か? ――自分の最高の苦悩と最高の希望とに向かって同時に突き進んでゆくことがそれだ。

二七〇

お前の良心は何を告げるか? ――「おまえは、おまえの在るところのものと成れ」

二七三

お前は誰をば悪と呼ぶか? ――いつもひとを辱めようとする者を。

二七四

お前にとって最も人間的なことは何か。――誰をも恥ずかしい思いにさせないこと。

二七五

体現された自由の印は何か? ――もはや自分自身に恥じないこと

現代において、ニーチェはどう読むべきか

世界は意思の表象 ~締め切り大堤防の建設とコルネリス・レリーの偉業にも書いていますが、現代においては、ニーチェのような考え方も一般化していると思います。

言い回しが違うだけで、伝えたいことは、みな同じ。

古典として読むと、難しく感じますが、要は『よりよく生きよう』『幸も不幸も、あなたの心次第』みたいな話なんですね。

ただ、現代と、ニーチェの時代と、決定的に異なるのは、個に重点を置いた考え方――とりわけ、カトリック的な教義から離れて、自分の頭で考える、ということが、まだ一般化していなかった事だと思います。

現代人で、生き方を決めるのも、人と付き合うのも、カトリックの教えに忠実に従っている方は稀でしょう。

しかし、ニーチェの時代には、まだまだ教会が思想や生活規範の中心であったし、個々がインターネットを駆使して、様々な価値観に触れたり、活発に議論するような社会でもありませんでした。

その中で、基軸となる教えから離れ(この場合は、カトリックの教義)、幸福の基点を「自己」にフォーカスしたことが、当時は革新的だったわけですね。

では、現代において、ニーチェをどのように読めばいいのか……という話になると、仲良く肩を組むような気持ちでいいと思います。

みな、同じ石につまずき、必死に考え、苦しみ抜いて、世界の真理に辿り着いた。

それはもう、昔から変わらぬただ一つの真理で、「幸も不幸も己の内側にある(自身を肯定しろ)」、その一言に尽きます。

ニーチェの場合、その思いを要約すると、『これが生だったのか。それならよし、もう一度』になるわけです。

ただ、あの時代に、こうした考えを表明するのは、非常に勇気が要ったのは確かで、既存の価値観に囚われている人から見れば、不遜、傲慢、抵抗も大きかったでしょう。

にもかかわらず、思索することを止めなかったのが偉大な点で、哲学の潮流の一里塚として見ても、非常にユニークであると思います。

明るく華やかな南フランス・プロヴァンス文化のトルヴァドゥール的情趣と共感しあい、ニーチェの思想の光と影が多彩に明滅する哲学的アフォリズム・詩唱群。神の死に関するニヒリズム、永遠回帰思想の最初の定式化、ツァラトゥストラの登場など、ニーチェの根本思想の核心が明確な姿を現わしてくる重要な作品である。重大な精神的転換期にあった哲学者の魂の危機の記念碑。

ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)
ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)

【コラム】 人生は私を失望させはしなかった

社会が斜陽に向かい、人々の心が不安定になると、ニーチェがよく読まれる……という話を聞いたことがある。

どんな人も、景気のいい時は絶望や空しさなど感じもしないけれど(とりわけ若い人は)、社会から勢いや明るさが消え失せ、暗雲立ちこめると、不安になるし、疑心暗鬼にもなる。それまで信じていた方法も、理念も、信条も、全て嘘みたいに感じて、意欲も希望もなくしてしまうのは誰しものことだろう。

そんな中、”偉大なる肯定者”ニーチェの言葉が求められるのも納得がいく。

自分や世界への肯定なくして、人は生きられないから。

人生の半ばにおいて(In media vita)。

いな! 人生は私を失望させはしなかった!

それどころか、私には、歳を重ねるにつれて人生は一そう豊かな、一そう好ましい、いよいよ神秘に充ちたものに感じられる。

それは、あの偉大な解放者が、つまり、人生は認識者にとって1個の実験でありうる――

義務でもなく・宿命でもなく・虚妄でもなくして――というあの思想が、私に訪れたあの日以来のことだ!

そして、認識そのものは、よしそれが他の人たちにとっては たとえば安楽椅子だとか・安楽椅子まで辿り着く道だとか・慰みごとだとか・無為無精だとかいった何か別なものであるとしても――

私にとって認識そのものは、英雄的感情でさえ そこをそれ自身の舞踏場とし 戦場とすることのできる危険と勝利との世界なのだ。

人生は認識の一手段なり

この原則を抱擁するわれわれは、ただに勇猛であるだけでなく、悦ばしく生き 悦ばしく笑うことすらできるのだ!

何はさておきまずもって戦闘と勝利の道に通暁する者でなければ、そもそも誰が一体良く笑い良く生きるすべを解しえようぞ!

ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)

『認識の一手段なり』の意味するところは、前述の「1個の実験でありうる」より続く言葉。

要するに、人生の究極の目的は、幸せになったり、成功したり、『目に見えて優れる』ということではなく、自分が何の為に生き、何ゆえにこの人生があるのか、実感できることだと思う。

たとえば、苦悩から抜け出す。

何かを克服する。

自分の役割を知る。

生き甲斐を得る。

自分の置かれている状況がどのようでも構わない。

行為や社会との関係を通して、自分なりに大事な何かを悟得できたなら、またそれゆえに魂の高揚を覚えたなら、それは立派に生き抜いたと言えるのではないだろうか。

ニーチェの『認識』とは、仏教でいうところの『悟道』や『悟入』に相当すると思う。

何も知らずに生まれて、怒りや嫉妬で苦しんで、それらの痛苦がどこから生じるかといえば「無知」だもの。

ニーチェの言うところの認識、あるいは通暁によって、突然、心の目が開け、物の道理が理解できたなら、その瞬間から、人は余計な苦悶や嫉妬から解放され、安楽に感じる。世間目にはなんら優れなくても、心の中は清明とするならば、それに優る魂の幸福はないように思うのだ。

生きるチャンスを得ても、何も分からず、気付きもせず、苦しい、苦しいと世を恨みながら死んでいく人も少なくない。

大した人生でなくても、明鏡止水の心境にたどり着けたら、悦ばしく生きたと言えるのではないだろうか。

*

ニーチェの名言もたくさんあるが、上記はトップ3に入る好きな言葉。

初めて読んだのは30歳頃だったが、あの時も、今も、『人生は私を失望させはしなかった』のフレーズが好き。

小説のテキスト版

少年サッカーとの出会い

そうして再びチューリップの季節が訪れ、向かいの緑地に子供の声が戻って来た頃、グンターは大雪で傷んだ樋を直そうと壁にスチール梯子を立てかけた。接着剤と小道具を携えて梯子を登り、継ぎ手のズレを直したまではよかったが、うっかり梯子を踏み外し、右足をひどく挫いた。幸い骨に異常はなかったが、くるぶしは赤く腫れ上がり、二週間以上のギプス固定が必要になった。

サッカーの相手もできず、緑地のベンチで休んでいる傍らで、ヴァルターは一人淋しくボールを蹴っている。そろそろ仲間も欲しいだろうに、地元のサッカークラブに入ることを勧めても、頭をぶんぶん振るだけだ。

しばらくすると、同じ年ぐらいの男の子が六人やって来て、サッカーコートで三対三のミニゲームを始めた。この公団では見かけない顔だ。遠くから来たのか、フェンス脇には自転車が折り重なるように立てかけてある。

隣町から来たのかな……と眺めていると、これがびっくりするほど上手い。まだ十歳くらいなのに、パス、ドリブル、フェイント、ウェッジコントロールなど、基礎のテクニックがほとんど身についている。

特に司令塔の男の子。年齢は十一歳か十二歳くらい、ダンプカーみたいに頑丈で、仲間に力強く指示を出している。一緒にプレーしている子たちも豹のように俊敏で、中学生でもここまで統制のとれたコンビネーションプレーは難しい。

ヴァルターも一緒にプレーしたいのか、サッカーコートの側で彼らに併せてドリブルしたり、リフティングしたり。「仲間に入れて」の一言が言えず、身振り手振りでアピールだ。自分が子供の頃は、サッカーボール一つで誰とでも友達になれたものだが、それもこの子の性格だ。気長に見守るしかない。

ヴァルターは父親の助けが欲しいのか、時々、こちらをチラ見するが、グンターは本を片手に気付かない振りをする。気持ちは分かるが、一から十までお膳立てするのも賢明ではないだろう。

そのうちダンプカーみたいな少年が「よぉ、お前も一緒にプレーしたいのか」とヴァルターに声を掛けた。「来いよ。一緒にやろう」。

ヴァルターは不安げにグンターを見やったが、グンターが背中を押すように息子の目を見つめ返すと、おずおずとコートに入った。

ヴァルターが加わると、少年たちは速やかにプレーを再開し、四対三に分かれてボールを蹴り始めた。

ヴァルターも最初は皆の動きに圧倒されて、後を追いかけるだけだったが、途中でダンプカーみたいな少年が気遣ってボールを回すと、よほど嬉しかったのか、積極的に攻撃に転じるようになった。

なんとまあ。

子供同士の遊びなのに、あの子一人が本気になって、まるで「俺様ワールドカップ」だ。鬱屈した心のエネルギーをぶつけるようにボールを蹴り、果敢にゴールを攻める。この子のどこに、こんな火の玉みたいな激しさがあったのか、グンターもただただ圧倒されるばかりだ。

だが、それに刺激されるように他の子たちも熱気を帯び、今は実戦さながらのプレーを展開している。さすがにヴァルターはコンビネーションプレーは出来ないが、ダンプカーの少年にアシストしてもらって、積極的にシュートを打っている。

半時間も走り回ると、少年たちは息を切らしてその場に座り込み、手持ちのスポーツドリンクをがぶ飲みした。

ヴァルターも肩で息せき切らしながらグンターの方に戻ってくると、「みんな、すごく上手いんだ! 俺、付いていくのに精一杯だったよ!」と顔を輝かせた。

そのうちダンプカーみたいな少年も彼らの方にやって来て、

「お前、すごいじゃないか。どこのクラブでプレーしてるんだ?」

と太い声で尋ねた。

ヴァルターが父親を指差すと、

「そうか、父ちゃんに習ってんのか。でも、もっと上手になりたければクラブに入った方がいい。サイド攻撃やポゼッションはチームでないと身に付かないからな」

と少年は言った。

ヴァルターはぶんぶん頭を振ったが、少年は気にする風もなく、「気が向いたら、また来いよ。オレたち、来週もここでプレーするから」と声をかけると、自転車にまたがり、颯爽と団地の向こうに走り去っていった。

悦ばしく生き、悦ばしく笑う

言葉通り、少年たちは次の土曜日もやって来て、今度は公団の子らも交えて十数人でプレーを始めた。

ヴァルターは二階の自室の窓から緑地を眺め、「父さん、あの子が来たよ、俺も行っていい?」と嬉しそうに叫ぶ。友達と遊ぶのに、もう父親は必要なく、仲間の輪に入って、生き生きとプレーに興じている。

小さなライオンみたいにフィールドを駆け回る息子の姿を見ながら、グンターはつくづく思う。

《人生の半ばにおいて(In media vita)――いな! 人生は私を失望させはしなかった! それどころか、私には、年を重ねるにつれ人生は一そう豊かな、一そう好ましい、いよいよ神秘に充ちたものに感じられる》

《「人生は認識の一手段なり」――この原則を抱懐するわれわれは、ただに勇猛であるだけでなく、悦ばしく生き悦ばしく笑うことすらできるのだ! 何はさておきまずもって戦闘と勝利の道に通暁する者でなければ、そもそも誰が一体良く笑い良く生きるすべを解しえようぞ!》*30

辛いことも悲しいことも、いつかは通り過ぎていく。

苦しみばかりの人生もなければ、楽しいことだけに彩られた暮らしもなく、物事の様々な側面を味わい、その時々の学びや感情を噛みしめることが生の意義なのだ。

ヴァルターもその意味を理解できたなら、些細なことで落ち込んだりせず、一日一日を楽しむことができる。他人に嗤われようと、けなされようと、これが自分だと胸を張り、肩肘張らずに生きていくことができるだろう。

生きて、ヴァルター。

どんな時もだ。

その為に、僕がいる。

いつの日か、君が「もう一度!」の気持ちを感得するまで、僕はいつまでも君の側を離れない。

*

プレーが終わると、グンターはダンプカーみたいな少年に声をかけ、互いに自己紹介した。

少年の名はヤン・スナイデルといった。

ヤンは先月から公団の向こうの民家に住んでいて、祖母と両親と妹の五人暮らしだ。両親のことはあまり話したがらないが、ギーゼラという四歳年下の妹のことはとても可愛いらしく、会話の中にしょっちゅう「オレの妹」という言葉が出てくる。小学校高学年と思っていたら、まだ九歳で、ヴァルターと二歳しか違わない。

「いつもみんなにビックリされるんだ。毎日牛を丸ごと喰ってるみたいって」

ヤンは快活に笑う。

ヤンはゼーラント州で五指に入るサッカークラブ『FC Groen(フルン)オランダ語で『緑』の意味』の主要選手で、一緒に行動している仲間はチームメイトだ。いつも利用している湖畔のサッカーコートが改修中の為、ここまで出てきたらしい。

「よかったら、ヴァルターも練習を見に来いよ。二ヶ月に一度、入団テストもある。コーチも監督もいい人だし、夏休みもベルギーやドイツに遠征したり、海辺でキャンプをしたり、すごく楽しいよ」

週明け、グンターとヴァルターは堤防を渡った先の湖畔のコートに出掛け、練習を見学した。監督やコーチとも話し、入団テストの手続きも済ませ、緑地で練習しながらテストの日を待つ。

翌月テストに合格し、週三回、練習に参加することが決まると、グンターはヤンを呼び止め、「あの子のこと、気をつけて見てやってくれないか」と耳打ちした。

「お喋りが苦手で、友達と上手く付き合えないところがある。時々『楽しいか?』と声かけしてくれるだけでいい。誰かが気に懸けてくれることが分かれば、あの子も安心する」

「それぐらい、どうってことないよ。オレの妹も、なんとかって病気なんだ、喘息も持ってる。でも、発作が起きたらオレが薬を吸わせて、病院にも連れて行くんだぜ」

「そうか。頼もしいな」

「あいつ、いい勘してるから、すぐにレギュラーになれるよ。オレがちゃんと面倒見てやるから心配すんなよ、おじさん!」

少年とは思えぬ逞しさに目を細めながら、こういう大らかで面倒見のいい兄貴分が側に付いてくれたら、ヴァルターも安心して社会に溶け込めるだろうに……と思う。

実際、クラブで練習をするようになってから、オステルハウト先生に頼る部分も減り、学校の成績もぐんぐん伸びていった。

小学校三年生になり、レギュラー選手に抜擢されると、オステルハウト先生にも太鼓判を押されてスピーチセラピーを卒業した。

『自分を好きになる』という目標は達成されたか。

小さなライオンみたいにフィールドを駆け回る息子の姿を見る限り、答えは「Ja(ヤー)(はい)」だ。

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