鉱業権と採鉱について ~大企業の寡占と情報共有のアイデア

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第二章 採鉱プラットフォーム ~ミッション開始 (12)
STORY
採鉱システムのプロジェクト・サブリーダー、マードックから設計図を受け取ったヴァルターは、プリントアウトする為に総務部に足を運ぶ。 総務部長で、マードック夫人のカリーナは彼の印刷を手伝いながら、原稿の鉱業法やニムロディウムをめぐる鉱業寡占の暗黒史について語って聞かせる。 アル・マクダエル理事長が老齢になれば、誰が現場を支えるのかと危惧するカリーナに対し、ヴァルターはファルコン・グループの一党支配の対抗策として、海洋情報ネットワークの構想を口にする。 カリーナは「すぐに理事長に話すべき」と勧めるが、これ以上、関わりを持ちたくないヴァルターは逃げるようにその場を後にする。

九月十一日。水曜日。

ヴァルターはいつものように朝食を済ますと、格納庫に赴き、フーリエにプロテウスのコンソールやジョイスティックの使い方を教わった。

なんだかんだで一週間。

基礎的な操船やマニピュレータの使い方はすぐにマスターし、グリッパでネジの頭を掴んだり、セレクタスイッチを回したり、大型の部品もかなり自在に扱えるようになっている。

だが、実際に水深3000メートルで操作すれば、視野の明るさも異なり、どこまで正確に遂行できるか分からない。噂に聞く大学生のアシスタントも、ちゃんと船位を保持できるのか怪しいものだ。船体が右に左に流されるようでは、どれほど手技が優れても意味が無い。いっそ自分一人で片付けたいぐらいだが、やはり万一を考えると、青臭い大学生でも頼らざるを得ない。

「接続ミッションの段取りは覚えたか?」

フーリエがマイク越しに声をかけると、彼は操縦席のマイクをONにし、「大まかな流れは掴んでる」と答えた。

「それなら楽勝だろう。あとは指示された通りにネジを回して、スイッチを入れるだけ。何も複雑なことなどない」

「そのことだが、接続部品の詳細な設計図はもらえるかな」

「設計図? 何のために」

「サイズや形状を細部まで理解したい」

「お前も凝り性だな。オスとメスが合体すりゃ、あとは自然の為すがままだ。それに、部品をこしらえたのは『キャメロン・サブシー・エンジニアリング社』だ。お前も知ってるだろ?」

「知ってるよ。海底油田や掘削調査用のドリリング・システムを手がけている世界屈指のメーカーだ。現場で使われている機械や部品の八割がキャメロン製だと言われている」

「ここの採鉱システムもまったく同じだ。水中作業に手間取っても、ネジが接合すれば自動的に固定され、部品と部品が噛み合わなければ電源も入らない仕組みになっている。識別用の蛍光塗料も、そこいらの建設会社が使っているのとは訳が違う」

「それでも見ておきたい」

「分かったよ。設計図の圧縮データは八番ライブラリにある。汎用ネットワークのアクセスの仕方は知ってるだろ。そこに閲覧可能な設計ファイルが保存されているから、必要なものをコピーすればいい。印刷したければ、総務部のプリンターが一番性能がいい」

ヴァルターは可動式パーティションで仕切られたファクトリーブースに足を運ぶと、コンピュータデスクに就き、汎用ネットワークの八番ライブラリにアクセスした。

ライブラリには重機や揚鉱管を含む採鉱システム全体の設計図が保存されているが、閲覧できるファイルは限定されており、細部まで目を通せるのはマードックのような上級職員だけだ。

それでも重機や揚鉱管に使用されている大半のパーツについて詳細なデータが一般公開されており、末端の作業員も手持ちのタブレット端末などで手軽に閲覧することができる。ファイルコピーにはいちいち認証を求められ、ログも残るようだが、それは機密上、仕方ない。

彼は接続ミッションに用いる自動回転式フランジやボルトなど、いくつかの設計図をモニターで閲覧しながら、機械製図用の『GeoCAD Machine』が使われているのに気が付いた。彼が使っている『GeoCAD Standard』や父が使っていた『GeoCAD Civil』とは機能が若干異なるが、基本操作やインターフェースは共通だ。何でも意外なところで役立つものだと嘆息しながら、いくつかの設計図を印刷用フォルダにコピーする。

その後、彼はブリッジに赴き、非常階段で一気に五階まで駆け上がった。

階段を使うのは体力増強の為だ。船舶やプラットフォーム内では意識して身体を使わないと、すぐになまってしまう。各階の休憩室にはルームウォーカーやトレーニングマシーンもあるが、階段の昇降、倉庫の整頓、物品の運搬など、こまめに身体を動かすのが一番だ。ミッションまで、あと五週間。少しでも心身のコンディションを高めたい。

五階の総務室のドアを開くと、三十代前半の女性事務員が顔を出した。黒目黒髪に熟れるような小麦色の肌をして、カリブのビーチバーでピナコラーダでも飲んでそうなボリュームのある美女だ。彼が「プリンターを使いたい」と申し出ると、ピナコラーダは快く中に通し、プリンターの使い方を教えてくれた。

しかし、事務経験のない彼には最新式プリンターの使い方が分からない。スタートボタンを押した途端、白紙が勢いよく吐き出され、そこら中に飛び散った。慌てて「キャンセル」を押すがペーパーの排出は止まらず、ついには紙詰まりを起こして機能停止した。

側で見ていたピナコラーダはケラケラ笑い出し、奥からミセス・マードックも飛んできた。

「あなた、メカに強そうなのに、プリンターは駄目なのね」

ミセス・マードックは若い男性社員を呼ぶと、プリンターの紙詰まりを直すよう頼んだ。男性も浅黒い肌をしたヒスパニック系で、ピナコラーダとスペイン語で楽しくお喋りながらプリンターのカバーを開き、搬送ユニットの奥からぐしゃぐしゃに折れ曲がった印刷紙を引き出す。

「Perdóname.(ごめんね)」

彼は謝ったが、男性とピナコラーダはデスクに戻ってからもクスクス笑っている。何がそんなに可笑しいのか、不思議な気持ちで突っ立っていると、「何をプリントするつもりなの?」とミセス・マードックが訊いた。

「接続ミッションに使う部品の設計図です。他にも重機や採鉱システムに関するものを幾つか」

「じゃあ、私のプリンターを使うといいわ」

ミセス・マードックは奥のワーキングステーションに案内した。

彼女のデスクは総務部長らしくオフィスの一番突き当たり、磨りガラスのパーティションで仕切られた向こうにある。一般事務員よりも一回り大きな事務用机と、六人がけのカンファレンステーブル、壁際に細長いパソコンデスクと幾つかの周辺機器を備えているが、随所に東欧風の可愛い民芸品が飾ってあるのがいかにも女性らしい。

ミセス・マードックは壁際のパソコンデスクでPCを立ち上げると、操作を説明した。

「ちょっと面倒だけど、こっちのアプリケーションを使って一枚ずつプリントアウトするといいわ。その方が内容を一つ一つ確認できるし、色合いや濃淡も調整もできるから」 

「100枚近くありますよ」

「構わないわよ」

そうして半時間ほど過ぎ、彼がプリントアウトされた設計図や仕様書をペーパーホルダーにまとめて席を立ちかけると、ピナコラーダがコーヒーを持ってきてくれた。普段コーヒーは飲まないが、せっかくだから二口ほど口にした。

そうして、ふと周りを見回した時、壁に貼られたローレンシア島海域の地図に目を留めた。

向かい合う二つの勾玉みたいなローレンシア島とローランド島。ローレンシア島の北西には、豆粒ほどパンゲア島があり、島の南沖にもぽつんと離れ小島がある。だがローランド島の周囲には何も無く、等高線を見る限り、ほとんど山地だ。その様相はどこかコルシカ島を思わせる。

彼はふとステラマリスの排他的経済水域のことを思い出し、「ローレンシア海域の鉱業権はどうなっているんです?」とミセス・マードックに質問した。

「トリヴィアの資源探査規制法に基づいてるわ」

夫人は黒い丸眼鏡の縁を指先で押し上げた。

アステリアはトリヴィアの属領(dependency(ディペンデンシー))なの。部分的に自治権を与えられたトリヴィアの『特別経済開発区』なのよ。地方都市との大きな違いは選挙が無いこと。区政の最高意思決定機関は十二人の管理委員で構成され、彼らは全てトリヴィア政府に任命された行政官という点よ」

「じゃあ、アステリアの産業活動や区民の社会生活もトリヴィアの法律に基づいているわけですね」

「そういうこと。そして、アステリアの鉱物資源は全てトリヴィア政府の資産であり、企業はトリヴィア政府から鉱業権を借り受ける形で探鉱や採掘を行うの」

「それならセス・ブライト専務から聞きました。ティターン海台の鉱業権は『リース権』で、営業利益率に応じて二〇パーセントから二十五パーセントのロイヤリティを支払うそうですね」

「形態としてはそうね。ただ、アステリアに関しては、本格的な鉱業活動はMIGが初めてだから、ネンブロットに比べたら審査基準も曖昧で、政府も進捗を見ながらルールを書き換えるような感じよ。それがMIGにとって有利に働くこともあれば、不利な条件を突きつけられることもある。その度にマクダエル理事長が鉱業局に直談判して、どうにかこうにか現在に至る、よ」

「鉱業権の期限はどれくらいです?」

「探鉱ライセンス――いわゆる排他的探鉱権は五年間。申請すれば五年まで延長可能。準備期間に相当するリテンション・ライセンス(活動継続権)も五年で、こちらも五年の延長が可能だけど、アステリアの海洋資源に限り、さらに五年の延長が認められているわ。トータルすれば、最長十五年間、権利の保有が認められる訳ね。さらに資源の採掘から販売までカバーする生産権は二〇年。これも五年ごとに延長が可能で、最大十年の延長期間が認められているわ。トータルすれば、最長三〇年、生産可能よ」

「じゃあ、今後三十年間は安泰というわけですね」

「厳密には、UST歴二二九年九月までよ。生産権は昨年九月に取得してるから。だけども、二一九年にはいったん権利を喪失するから、その後はどうなるか分からないわ」

「どうして?」

「ライセンスが延長されない恐れもあるからよ」

「ここまで開発が進んだものを無視するんですか」

「それがトリヴィアという所よ」

ミセス・マードックは語気を強めた。

「二一九年まで現行の鉱業法が続くかどうか分からないし、鉱業局のトップが変われば方針も変わる。これまでにもネンブロットではいろんな理由をこじつけて『生産者不適格』とみなし、探鉱権や生産権を停止する事例があったわ。同じことがMIGにも起きないと限らないから」

「しかし、トリヴィアでも通常の民主主義政治が行われているわけでしょう。そんな独裁帝国みたいな理不尽がまかり通るものですか?」

「トリヴィアの自治権がまともに機能しだしたのは、ここ半世紀の話。それ以前は、トリアド・ユニオンとファルコン・マイニング社の私有地みたいなものだったと聞いてるわ。政府の高官も、産業界のトップも、自治領の元首さえも、みなトリアド・ユニオンとファルコン・マイニング社の息の掛かった人物で占められて、政策を変えたくても議論にすらならなかったそうよ」

「なぜそんなことに?」

「あなたにはトリヴィアの開発史から説明した方がよさそうね」

ミセス・マードックはウォール型モニターをONにすると、一枚の写真を映し出した。

そこに映し出されたのは、アル・マクダエルとは顔形も雰囲気も全く異なる長身の紳士だ。いかにも厳格で気難しい感じだが、顔立ちは貴公子のように端麗で、炎のような才気を感じさせる。

「この方がノア・マクダエル。理事長の祖父よ。真空直接電解法を完成させて、ニムロディウム製錬に技術革新をもたらした。剛胆な知恵者で、MIGの基盤を築いた傑士でもある。これが契機となってファルコン・マイニング社の影響力も大きく揺らぎ、産業のみならず政治の世界でも独立独歩に向けて大きく動き出した。接続ミッションの日程が『十月十五日』に定められたのは、ノア氏の誕生日であり、真空直接電解法の稼働に成功した日だからよ」

「なるほど」

「MIGも元々はファルコン・スチール社の系列会社だったの。『マクダエル特殊鋼』といって、高度な合金設計を手がける中堅の特殊鋼メーカーだったのよ。だけども、UST歴三〇年代、トリアド・ユニオンによって惑星ネンブロットの鉱山開発が始まると、良質なレアメタルを仕入れる為に資本参加し、ファルコン・スチール社の後ろに付いて、貿易中継基地に過ぎなかったトリヴィアに第二の生産拠点を築いた。その頃は右も左も分からず、儲け話に乗ったような感じだったのでしょう。九〇年、トリヴィアが自治権を獲得すると、トリヴィア政府はネンブロットを『属領』として取り込み、管理機関として『鉱業局』を設立した。そして独自の『地方鉱業法』を制定して、世界中の鉱山会社を誘致し始めたの。ところが、この地方鉱業法がくせ者でね。税制やライセンス制度が猫の目のように変更され、ロイヤリティを大幅に吊り上げたり、優良な鉱業会社が突然探鉱権を停止されたり、トラブルが絶えなかった。国際批判の高まりを受け、かなり改善されたけど、裏で糸を引いていたのはファルコン・マイニング社とも、彼らの筆頭株主であるクレディ・ジェネラルとも言われているわ。彼らは鉱業局や産業省のトップに根回しし、自分達の都合の良いように鉱業行政を操ってきたのよ。そのせいでネンブロットからは優良な鉱山会社が撤退し、得体の知れない合弁会社や投資家がどんどん入り込んで、市場を引っ掻き回した。それでも世界中の国や企業がネンブロットに頼らざるを得ないのは、ニムロディウムを筆頭に、安価で良質な原鉱や半製品を大量に輸出しているからよ」

「なぜ、そこまで一局集中したんです?」

「Anno Domini(西暦)に制定された国際宇宙開発法『宇宙の領土はいかなる国家にも属さない』という古びた一文が、逆に国際資本グループに有利に働いたからよ。本来、平和や協力を目的とした『超国家的』の前提が、彼らに都合のいい無政府状態を生み出したの。問題が可視化した時には司法機関でさえ抑えが効かないほど肥大し、今でも根っこの部分は変わってないわ。国や民族にとらわれない『自治領』というスタイルが理想の新社会という人もあるけれど、差別や格差は依然としてあるし、巨大資本のよる支配と従属は何も変わってないのよ」

「それなら、ファルコン・マイニング社のMIGに対する怨恨も深いでしょうね」

「怨恨というより脅威でしょう。技術特許の数でも、社会的信用においても、ファルコン・マイニング社は何一つ敵わない。大きいのは資本と政治力だけ。大衆がどちらを支持するか、言わずもがなでしょう。そして今度は、海台クラストの採掘という、従来の鉱業の概念までも覆すようなシステムを完成しつつある。いくら資本や政治力で勝っても、世間もいつまでも物言わぬ子羊じゃなし、海のニムロディウムが市場に出回り、ニムロデ鉱山に対する絶対的な依存が崩れたら、今度こそファルコン・マイニング社にとどめを刺すでしょうね。それだけに彼らもネガティブ・キャンペーンに必死。たとえ本採鉱が軌道にのっても、あの手この手で潰しにかかると思うわ」

「でも鉱業権に守られているでしょう」

「今のところはね。でも、十年先、二十年先は分からない。ネンブロットに限らず、さしたる理由もなく鉱業権を停止される事例は数多くあるから。鉱山会社と政府が十数年も係争して、結局、会社の方が泣き寝入りすることも珍しくない。私の父も長年陶器やガラス製品の原料をネンブロットから輸入してるけど、いつ細則が変わって業務に支障をきたすか分からないくらい。トリヴィア鉱業局もそこまで腐ってないと信じたいけどね」

「でも、マクダエル理事長が……」

「理事長も六十歳よ。十年後も、二十年後も、今と同じよう健在だと思う?」

「……」

「アステリアも、いつ、どうなってもおかしくない。これまでは理事長が巌のように守ってこられたけど、それが無くなったらどうなるか、皆、不安に感じてるわ」

「それなら逆に、鉱業の新天地としてアステリアの強みを前面に打ち出せばどうです?」

「どういうこと」

「世界中の鉱山会社にとって魅力的な生産地なれば、後に続くものがきっと現れるはずです。アステリアの海底鉱物資源がネンブロットに匹敵するような財源になれば、トリヴィア政府もむやみに鉱業権を差し止めるようなことはないでしょう。むしろMIGをモデルに採鉱事業を推進するはずです」

「それはそうだけど、MIGとしては真似されたら困る部分もあるわ」

「技術はそう簡単に真似できませんよ。採鉱システムやマッピングの核の部分は特許を申請して、知的財産として保護されていると聞いています。たとえアステリアの海底に鉱物資源が無尽蔵に眠っていても、何所に、どれだけ賦存しているか、確実に把握しなければ、採鉱システムだけを真似ても意味が無いし、水深数千メートルの堆積物の状態を把握するには非常に高度な技術と経験が必要です。今から他の鉱山会社が真似ても、採掘マップを作成するだけでも、十年、二十年とかかるでしょう。他社の技術がどの程度か知りませんが、一隻の調査船を出すにも、高度な造船技術、訓練された航海士、水中機器のオペレーションや通信技術に長けたエンジニア、司厨士など、何十人というスタッフが必要です。航海には海図が必須ですが、その海図も、優れた調査技術がなければ水深一つ正確に計測することは出来ません。その上、アステリアの海水の成分はステラマリスとは異なります。東洋の造船会社からタンカーを買い付けて、アステリアの海に浮かべても、数年と経たないうちに金属腐食でボロボロになるでしょう。その点、プラットフォームの補給船の塗装に使われているコーティングは見事なものです。建造して十年という割には船体にほとんど傷みがないので、乗務員に理由を聞いてみたら、化学プラントの溶射加工で実績のある『ネオプラズマ』の特別化合のスプレー剤を使っているそうですね。そんな些細な事でも、事業を支える礎になる。現地で十年、二十年の積み重ねがあればこそ活かせる技術です。MIGが上手くやってるからといって、誰もが簡単に真似できるわけではありません」

「じゃあ、あなたならMIGの権益を守る為にどんな方策を取るの?」

「俺ならむしろオープンにいきますよ」

「どんな風に?」

「誰でも気軽にアステリアの海にアクセスできるようにする」

「それは直行便を増やすということ?」

「そうではなく、情報の観点からです。俺もここに来る前、アステリアの海のことを詳しく調べようとしたのですが、海上安全局という公的機関が波高や潮流や水温に関する汎用データを提供しているだけで、これといった情報サービスは存在しません。アステリアに何があるのか、どんな企業がどんな事業を提供しているのか、まったくといっていいほど見えてこない。六週間後には世界の構図を変える海底鉱物資源の本採鉱が始まるにもかかわらず、です。こんな状況では、業界に通じた者がせめぎ合うだけで、本当の意味で自由競争や活性化には結びつきません。そうではなく、現在までに知り得た情報や知識を誰でも利用可能なオープンデータベースとして提供し、各方面にアステリアの海の可能性を示すことが、回り回ってMIGの為にもなるのではないですか」

ミセス・マードックはじいっと彼の顔を見つめ、

「それ、マクダエル理事長に話してみたら」

と促した。

「でも、単なる思いつきですよ」

「単なる思いつきでも、十分、聞くに値する話だわ」 

だが、彼は頭を振ると、「プリンター、ありがとうございます」と小脇に資料を抱えて慌ただしく席を立った。

彼は非常階段を一気に駆け下りると、甲板の手摺りで一息つき、(嫌な話を聞いてしまった)と頭を振った。

十年後、二十年後の話をされても、彼には如何ともしがたいし、そこまで深入りするつもりもない。

第一、彼はプロテウスのパイロットとして雇われたのであって、MIGの社員になる為ではない。

そんな彼の脳裏に「理事長も六十歳よ。二〇年後も今と同じようご健在だと思う?」というミセス・マードックの言葉が響き、彼は弾かれたように顔を上げた。

六十歳といえば、一四〇年生まれ。俺の父親と一つしか違わない――。

彼の記憶の中では、父はいつまでも英雄みたいに若々しい。衰えることもなく、病に伏せることもなく、白鳥の騎士のように燦然と輝き続ける。だが、父が生きていたら、今頃、皺も白髪もある高齢者だ。身体もどこか悪くして、身体の上り下りにも不自由しているかもしれない。

彼は足下の水面を見やり、アル・マクダエルが居なくなった後のプラットフォームについて思い巡らせた。

採鉱事業も区政の仕組みも隅から隅まで知悉しているわけではないが、『タヌキの父さん』がいなくなれば、一枚岩にひびが入るのは容易に想像がつく。いくら優秀なオペレーターを揃えても、採鉱システムが順調に稼働しても、それだけではプラットフォームは守れない。社会全体が支援し、後に続くものがなければ、一代限りの栄光で終わるだろう。

彼も「いっそうの情報開示」が絶対的な救済策になるという自信はないが、ここで起こりつつあることを大勢が知れば、一方で抑止力になる。フェールダムの臨海都市計画も、大勢が関心を寄せたから密室の謀議が成り立たなくなり、再建コンペの流れに変わったのだ。

だが、これ以上、関わりたくない。

他所の事情に首を突っ込むのも真っ平なら、再び社会正義に身を投じるのも御免だ。

(ここがどうなろうと、俺の知ったことじゃない)

彼は自分に強く言い聞かせると、ミセス・マードックの言葉を振り切るようにその場を立ち去った。

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