海洋小説 MORGENROOD -曙光 海とレアメタルの本格SF小説

【77】 潜水艇の帰還と海の香りの抱擁  資料・オールインワン型マンガン団塊の採鉱システム

【解説】 オールインワン型 マンガン団塊採鉱システム

本作に登場する採鉱システムは、Nautilus Minerals社をモデルにしていますが、、、
(参照→ Exploring Our Sea Floor Production Equipment and How It Will Work

マサチューセッツ工科大学の教授、トーマス・ピーコックによる採鉱システムも画期的なものです。

Nautilus Minerals社の集鉱機が掘削機、破砕機、集鉱機と、三台の重機を必要とするのに対し、ピーコック教授のモデルはオールインワン型です。

両者の違いは、Nautilus Minerals社が海底熱水鉱床(チムニーに代表されるもの)を対象としているのに対し、ピーコック教授のシステムは、水深5000メートルの海底下に存在するマンガン団塊を対象としている点です。

マンガン団塊の採鉱システム

マンガン団塊の採鉱システム

オールインワン型採鉱システムのイメージ動画はこちら。

Nautilus Minerals社の採鉱システムは、チムニー(熱水噴出孔)など起伏のある浅海を対象としています。
Auxiliary Miner ビートル型破砕機
Exploring Our Sea Floor Production Equipment and How It Will Work

マンガン団塊の分布する場所は、大洋底が大部分を占めるので、ピーコック教授の考案するオールインワン型が機能するのかもしれません。
(大洋底とは、大陸斜面につづく深さ約3000~6000メートルの海底。 全海洋底の約80パーセントを占め、軟泥・青泥などの深海堆積物が堆積する。コトバンクより)

日本語の資料は、海底熱水鉱床 採掘要素技術試験機の開発(三菱重工技報・2013)が参考になります。

採鉱システムのモデル(海底熱水鉱床 採掘要素技術試験機の開発)

こちらは海底鉱物資源の採掘について、概要を伝えるプロモーション動画です。

20世紀末から、様々な採鉱モデルが考案され、国際シンポジウムや海洋調査も行われていますが、いまだ実働に至っていません。

技術的にも、生物学的にも、クリアすべき課題があまりに多いからでしょう。

本作で採鉱システムが実現したのは、アステリアには広義の意味での海洋生物が存在しないからです。

詳細は、『生命の始まりは微生物 ~今日の利益か、数億年後の生命か 海洋開発と宇宙的価値に関する口論』でも紹介しています。

【小説】 ミッション成功、おめでとう ~リズの祝福

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(ページ数 5P)

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>>物事の成否より、自分が何をしてきたかの方が心に残る ~ミッション完了と支援船への帰還に続くエピソードです。

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【小説】 ミッション成功、おめでとう ~リズの祝福

潜水艇の浮上と帰船

一方、プロテウスの現在位置は水深400メートル、もう十分ほどで海面だ。

ヴァルターはエイドリアンの方を向くと、「大丈夫か」と声をかけた。

エイドリアンは耐圧殻の壁にぐったり身体をもたせかけたまま、青い顔をしている。

「吐きたかったら、吐いていいんだぞ」

彼は気遣ったが、エイドリアンは小さく頭を振り、

「あなたは弁当を全部食べたんですか?」

「もちろん」

「すごいですね。僕は食べきれませんでした。なんだか胸がいっぱいで」

「無理することないさ。海面に上がったら浮き袋みたいに船体も揺れるし、そのせいで立てなくなる人も少なくない。せっかくここまで頑張ったのに、最後は担架で運び出されたら、お前も格好つかないだろ」

「そうですね」

「あと少しだ。がんばれ」

彼はカメラや照明、測定機器や警報など、補助機能のシステムを次々にオフにしながら、浮上に備えた。

やがて覗き窓の外がほのかに明るくなり、炭酸水の栓が抜けたように泡立つと、船体が勢いよく水面に飛び出し、波の向こうにプラットフォームが見えた。

プロテウスが海上に姿を現すと、ゴムボートに待機していた二人のスイマーがすみやかに船体に移り、Aフレームクレーンの主索をプロテウスの上部の突起金物に取り付ける。続いて、クレーンの揚収装置が主索を徐々に巻き取り、風船のように浮かぶ船体をプラットフォームに引き寄せる。

その間、プロテウスは右に左に揺れ動き、エイドリアンも顔面蒼白だ。

プロテウスがAフレームクレーンの直下まで十分に引き寄せられると、再びスイマーが数本のガイド索をプロテウスの上部の突起金物に装着し、安全が確認されるとAフレームクレーンがプロテウスを吊り上げる。

やがて覗き窓の向こうに甲板で待ち受ける作業員の姿が見えると、ようやくミッションを終えた安堵と達成感がヴァルターの胸にも広がった。

プロテウスが移動用の台車に降ろされると、彼は推進装置や通信、油圧、コントローラー、モニター類など主要システムをオフにし、最後にコンピュータシステムをシャットダウンして、「着いたぞ」とエイドリアンに声をかけた。エイドリアンは朦朧と顔を上げ、耐圧殻の出入り口を見上げた。

程なくハッチが開き、フーリエがパン屋の親父のような丸顔を覗かせた。

「オレのかわいいキャベツちゃん。よく頑張ったな。もうすぐ採鉱システムの主電源が入る。よかったら、選鉱プラントを見学してこいよ。揚鉱管からクラストが排出される様は圧巻だぞ」

「俺はもう少し中を整理するから、先にエイドリアンを休ませてやってくれ」

「わかった」

エイドリアンは壁に手をついて立ち上がると、「本当に終わったんですね」と目に涙を浮かべた。

「そうだ。終わりだ」

彼はハッチの梯子を引き出すと、エイドリアンの身体を支えて、梯子に掴まらせた。

エイドリアンは梯子の途中で少し振り返ると、「ありがとうございました」と声を潤ませ、最後の力を振り絞って、耐圧殻から出た。

エイドリアンが行ってしまうと、ヴァルターは肩で大きく息をつき、操縦席に腰を下ろした。

ハッチの外で「お父さん!」と仔犬のように甘えるエイドリアンの声が聞こえ、覗き窓の向こうに固く抱擁する父子の姿が見える。彼も左手のダイバーズウォッチを握りしめると、(父さん、ありがとう)と心から礼を言った。

それから改めて耐圧殻を見回し、特に異常がないのを見届けると、自身の私物を小型リュックに詰めた。

採鉱システムの稼働 ~新たな歴史の始まり

海底から揚収された鉱物資源は、いったん、採鉱プラットフォームで化学処理された後、輸送船を使って、港の製錬工場に送られます。
海底鉱物資源の回収と生産
輸送船に移し替え
Exploring Our Sea Floor Production Equipment and How It Will Work

その時、システムの主電源が入ったのだろう。遠くで歓声が沸き起こり、ミッションに成功したことを実感した。

今日、この瞬間から、破砕機と集鉱機は一日二十四時間、ノンストップで海台クラストを基礎岩から削り取る。吸い上げられた海台クラストは、プラットフォームの選鉱プラントで洗浄、選り分けられ、次々に専用のサプライボートで運び出される。その目標量は一日5500トン、一分間に3.8トンの規模だ。

最初の一週間は様子見で、少量からスタートするが、それでも毎分一トン以上のクラストが全長3000メートルの揚鉱管を伝って選鉱プラントに排出される様はさぞかし豪快だろう。

海台クラストが今後社会をどのように変えるかは分からない。ただ一つ確かなのは、海の深みから新たな可能性が姿を現したということだ。

ハッチから顔を出すと、格納庫は閑散としたものだ。

仕方ない。

今日のヒーローはマードックであり、オペレーターであり、マッコウクジラの兄弟だ。彼は後から手伝ったに過ぎない。

ハッチから出ると、プロテウスの周囲では数人の甲板員が残って機材の後片付けをしていた。彼は甲板員らと握手を交わすと、いったん格納庫のロッカールームに引き上げ、ペットボトルのアイソトニック飲料を飲み干した。弁当のコンソメスープとミートボールで喉の奥はカラカラだ。その後、厚手のパーカーを脱いでオレンジ色の作業ジャケットを羽織ると、足早に格納庫を出た。

ブリッジ手前の選鉱プラントはなおも歓声に包まれ、快活な機械音が響き渡っている。皆の真ん中にはアル・マクダエルが居て、今にも胴上げせんような勢いだ。アル・マクダエルもいつになく砕けた笑みを浮かべ、皆の祝福に応えている。

彼の方に振り返る者は誰もなく、(俺だって必死にやったのにな)とちょっぴり淋しい気もするが、今日の栄光はアル・マクダエルのものだ。彼は素直に祝福しながら、足早に選鉱プラントを突っ切った。

プラットフォーム甲板の資材置き場
Offshore Newfoundland – Life on Hebron

海の香りの抱擁

それから資材置き場の脇を通り、非常階段から三階の居室に上がろうとした時、後ろから優しい声が聞こえた。振り返ると、リズが蜂蜜色の髪をなびかせ、一人ぽつんと立っている。彼は彼女の腕を取り、人目につかないように資材置き場の裏手に回ると、「ずっとここで待ってたのか?」と目を見張った。

「半時間ぐらい」

「どうして皆の所に行かなかった」

「あなたのことを一番に祝福したかったからよ」

水色の瞳がみるみる涙でいっぱいになった。

「心配したわ。私にはパパのようにあなたの腕を信じて冷静を保つことなどできなかった。途中で怖くなって、何度も目を閉じて……。でも、無事だったのね」

「君が幸運をくれたからだ。本当に有り難う」

「礼を言うのは私の方よ。パパや皆のために真摯に取り組んで下さって、心から感謝してるわ」

「君にもらった幸運のお返しをしないとね。目をつぶって、両手を出して」

リズが目を閉じ、おずおずと両手を差し出すと、掌の真ん中に濡れた石の手触りを感じた。

ゆっくり目を開いてみると、十センチほどの黒い塊だ。表面はざらざらして粒の粗いアスファルトのようだが、太陽光にかざすと、銀粉をちりばめたような光沢がある。小さな石塊ながら、何百万年とかけて形成された時の重みが感じられ、地上の宝石とは異なる輝きに見えた。

「採ってきてやると約束した。水深3000メートルの海底で拾った海台クラストだ」

リズは掌にぎゅっと握りしめ、

「ありがとう。一生、大切にするわ」

と声を潤ませた。

「こんな石塊で感激するなんて、君も変わってるね」

「当たり前じゃない、これを採るために大勢が人生を懸けたのよ。パパも、マードックも、ダグも、計り知れないほどの苦労を重ねて、今日やっと報われたのよ」

彼はそんな彼女の姿をじっと見つめていたが、

「君のこと、一瞬だけ抱きしめていいかな」

リズが目を見開くと、

「一瞬だよ」

彼の両腕が彼女の身体を捉えた。

潮の香りがする広い胸に抱きしめられ、リズは息も止まりそうになる。でも、それは決して野卑な欲望ではなく、日だまりのように温かな抱擁だった。

この七週間、どれほどのプレッシャーと闘ってきたか。その肩は少し震えているようにも感じられる。

リズもまた細い腕を彼の背中に回すと、遠くに皆の歓声を聞きながら、「ミッションの成功、おめでとう」と囁いた。

海底に眠る鉱石のイメージ

Phosphorite rock formed on the seafloor offshore Southern California. Credit: Amy West, USGS Science Communications Contractor
(海底のリン鉱物の断面図(南カリフォルニア沖)

【動画】 潜水艇の揚収

潜航を追えた潜水艇の揚収は下図のイメージです。

 

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宇宙文明の根幹を成すレアメタルと海洋社会の覇権を懸けて水深3000メートルの深海に挑む。
リストラされた潜水艇パイロットが恋と仕事を通して再び生き道を得る人間ドラマです。
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