白鳥の騎士(ローエングリン) 誰かを愛したら、誓いを破ろうと、それを許して添い遂げるのが本物ではないか

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第一章 運命と意思 ~ローエングリン -大堤防- (1)
STORY
ワーグナーのオペラに魅せられたグンターは子供劇団でローエングリンを演じるが、エルザを捨てて故郷に戻ることに違和感を覚え、勝手にエンディングを変えてしまう。周りに叱られ、学校でも笑いものになるが、母は古人の書物が射手座の星のように導くとグンターを励ます。

父の名はグンター・フォーゲル。

141年12月10日、カールスルーエのライン川の畔に住む巨人族の家に生まれた。「巨人族」といっても、邪悪な怪物ではない。父親が身長一九〇センチの背高のっぽで、双子の弟と並ぶと、『ラインの黄金*9』に登場する巨人族のファーゾルトとファーフナーに見えたからだ。

グンターの父は火山学者で、物心ついた時から地殻の割れ目ばかり覗いている。グンターが生まれた時はインドネシアで学術調査中で、間近で顔を見たのは生後三ヶ月経ってからだった。その後もハワイ、アイスランド、チリ、北米、ニュージーランドと、世界中の火山活動を追いかけ、まともに家に居たためしがない。たまに家に帰ってきても、朝から晩まで自宅の書斎にこもり、息子のグンターでさえドアをノックするのが憚られるほどだ。

たまには一緒にサッカーをしたり、ボードゲームやサイクリングなども楽しみたい。

だが、何かお願いしたくても、身長一九〇センチの長身からぎょろりと見下ろされると、何も言えなくなってしまう。父のことは決して嫌いではないが、気軽に甘えられるタイプでもない。オリンポス山のように、遠く、気高く、それでいてどこか親しみのある不思議な存在だ。

一方、父に瓜二つの双子の弟は、父とは対照的に豪放磊落な人だ。ハンブルクの大手造船会社の上級技師で、やはり身長190センチの大男である。

二人は成人してからも番い鳥みたいに仲が好く、二ヶ月に一度はハンブルクの弟がやって来て、大ジョッキになみなみと黒ビールを注ぎながら、サッカー批評や政治談義に明け暮れた。二階の子供部屋に居ても、兄弟の笑い声は「ウハハハハハ」と巨人族の酒盛りみたいに階下から鳴り響き、グンターの心を揺さぶった。頭から布団をかぶっていても、若い時分は町中の娘っ子を片っ端からものにしただの、ブンデスリーガ*10の何とかいう選手は昔自分の舎弟だっただの、誰某のシュートを指三本で止めただの、どこまで本当か疑わしい武勇伝が聞こえてくる。我が家の祖先はライン川の上流からやって来た誇り高い一族で、欧州中の王侯貴族が羨むほどの武勲を立てたという与太話も何度聞かされたことか。だが、そんな事を真に受ければ、庭に転がる石ころさえも「フリードリヒ大王に賜った」と言い出しかねないのだ。

そんな兄弟に言わせれば、グンターは「フォーゲル家の男とは思えぬほど繊細でお上品」だそうだ。もっと剛胆で、腕っ節が強くなければ、到底この世は渡れぬぞ、と。
その場では頷き、笑いもするが、自分は父が望むような超人には到底なれそうにない。父が火山調査に出掛けると、幼いグンターは子供部屋で膝を抱え、涙を浮かべるのだった。

その点、母は典雅で、さくらんぼのケーキみたいに優しい。

ミュンヘンの音楽一家の生まれで、お祖父さまは音楽大学で音楽学や音楽史を教えている。お祖母さまはピアノ科の講師で、母も、母の姉も、ベートーヴェンのソナタやシューベルトの即興曲を楽々と弾きこなす。幼い頃、お祖母さまが居間のアップライトピアノで弾いて聞かせてくれた『月光ソナタ』は神が宿るかのようだった。グンターも五歳の時からピアノのレッスンを始め、いつか由緒あるコンサートホールで演奏会を開くことに漠然と憧れている。

母は文学にも造詣が深く、カールスルーエの公立図書館で司書をしながら、地元の幼稚園や福祉施設で読み聞かせのボランティアをしている。学校が終わると真っ直ぐ家には帰らず、母の勤める図書館に立ち寄り、児童文学や偉人伝に読み耽るのが日課だ。数百年の歳月が染み込んだ茶色い本のページを繰りながら、いつかシュヴァイツァーやグーテンベルクのように社会の役に立つ人間になりたいと願う。

そんなグンターの心を強く惹きつけたのが、ワーグナーのオペラだ。

七歳の時、お祖母さまの招きで初めてドレスデン国立歌劇場を訪れ、楽劇『ローエングリン』を鑑賞した。有名な指揮者がオーケストラピットに立ち、白いタクトが宙を舞うと、川面が煌めくような弦楽器の前奏が始まる。華麗な旋律が波のように高まり、グンターは一気にローエングリンの世界に引き込まれた。

舞台はアントウェルペン*11のスヘルデ河畔。

ブラバント公国のエルザ姫は、テルラムントの領主フリードリヒ伯爵とその妻オルトルートに弟殺しの罪を着せられ、裁きの場に立たされている。身の潔白を証すため、エルザの代わりに戦う騎士が現れなければ、エルザは有罪だ。エルザは騎士の到来を信じて祈り続ける。

そして、奇跡は起こった。

川向こうが明るく輝き、誰かが白鳥の曳く船に乗ってやって来る。白いマントに銀色のブーツを身に付け、その立ち姿は神々しいばかりだ。

Nun sei bedankt, mein lieber Schwan!
ごくろうだった、僕の可愛い白鳥よ!*12

清澄な歌声が響き渡り、当代一のヘルデンテノール*13が演じる白鳥の騎士にグンターも心を奪われた。

騎士はエルザに「決して我が名と素性を尋ねてはならない」と誓いを立てさせ、フリードリヒとの一騎打ちに挑む。戦いの音楽が盛り上がる中、剣が火花を散らし、ついに騎士の剣がフリードリヒを打ち倒す。

だが、騎士は止めは刺さず、フリードリヒに慈悲を施す。

Durch Gottes Sieg ist jetzt dein Leben mein:
Ich schenk es dir, mogst du der Reu es weihn!
神の勝利により、お前の命は我が物だ。
しかしそれをお前に与えよう。
後悔に身を沈めるがよい!

裁きの場に歓喜が沸き起こり、エルザと白鳥の騎士はめでたく結ばれる。

だが、国を追われたフリードリヒとオルトルートは復讐を企て、巧妙にエルザに近づく。邪悪なオルトルートは「あの騎士は怪しい魔法使いだ。お前は騙されているんだよ」とエルザに吹き込み、騎士への疑念を掻き立てる。

婚礼の夜、不安に耐えかねたエルザは、とうとう誓いを破って騎士の名を問い質す。そこにフリードリヒが乗り込み、再び騎士と剣を交えるが、今度は騎士に討ち取られて命を落とす。

だが、誓いが破られた以上、騎士はエルザの元に留まることはできない。騎士は居並ぶ貴族たちの前で「我が父パルツィファルは聖杯の王であり、その騎士たるわたしはローエングリンと呼ばれる」と名乗り、白い聖杯の鳩が舞い降りた舟で故郷のモンサルヴァートへ帰っていく。

それと入れ替わるように、白鳥に身を変えられていたエルザの弟が帰還するが、残されたエルザは悲しみのあまり、その場に倒れてしまうのだ――。

悲しい結末ではあるが、グンターは光のシャワーのようなワーグナーの音楽にすっかり魅了され、寝ても覚めても、その旋律が頭から離れなくなった。早速、お祖母さまに歌詞と解説が掲載されたオペラ読本をおねだりし、難しい箇所は母に意味を教わりながらローエングリンの世界に耽った。

それを皮切りに、「ニーベルングの指輪」「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」などワーグナーの楽劇に親しみ、それに併行して、北欧神話、ニーベルンゲンの歌、中世騎士物語など、読書の幅も広がった。

ああ、ワーグナーの世界はなんと素晴らしいのだろう!

弦楽のさざ波は雄大なライン川を想起させ、金管は天のラッパのように高らかに鳴り響く。そこではグンターも誇り高いヴェルズンク族の勇士ジークムントであり、大神ヴォーダンの槍を一刀両断にするジークフリートだ。黄金の指輪を独り占めする大蛇を討ち取り、火の山もくぐり抜けて、神の娘を花嫁にする。
ワーグナーは僕の心の聖域だ。ここでは巨人を恐れることもなければ、自分の無力に打ちひしがれることもない。全てが福音のように輝かしく、最後には必ず愛と正義が勝利する。いっそワーグナーの世界に入っていけたら、どれほど幸福かしれない。

*

そんな十二歳のある日、隣町の文化会館で「ローエングリン」の子供劇が企画された。役者は全て一般公募で選出し、経験は問わないという。

上手い具合に、父は三ヶ月ほどインドネシアで学術調査だ。噴火すれば、それ以上になる。

グンターは母以外の誰にも内緒でオーディションを受け、見事にローエングリン役を勝ち取った。

それから三ヶ月。

せっせと練習に通い、舞台監督も舌を巻くほどの演技力を身に付けた。これぞ天職と自分でもウットリするほどだ。上手い具合に火山も噴火し、父に気兼ねなく舞台に立つことができる。火の神ローゲよ、感謝!

天にも昇るような気持ちで本番を迎え、いよいよ夢の幕が開こうという時、突然、父が楽屋に姿を現した。信じがたいことに、息子の初舞台を一目見ようと、インドネシアから戻ってきたのだ。

白いマントと銀色のブーツを身に着け、顔にはうっすら舞台化粧を施した息子の姿を見て、父は絶句した。

「お……男のくせに、マントにブーツとは……」

とっさに母が取りなし、父を楽屋の外に連れ出したが、グンターの目に涙がこみ上げ、その場にくずおれそうになった。

そんな彼の手をとり、エルザ役の女の子が優しく励ます。

「今日のあなたはとても素敵よ。きっと素晴らしい舞台になるわ」

エルザ。君はなんて美しいんだ。僕が大人なら、この場で求婚したいくらい。

グンターは気を取り直すと、颯爽と舞台に上がり、正義の剣を振るった。その一挙一動に観客が溜め息をつき、凜とした立ち居振る舞いに見惚れているのが自分でも分かる。

舞台はいよいよクライマックス。グンターは居並ぶ貴族たちの前で「我が名はローエングリン」と高らかに名乗り、誓いを破ったエルザに別れを告げる。そして、いよいよ白い鳩が曳く舟に乗ろうとすると、後ろから「ローエングリンさまぁ~」と姫の哀しい声が聞こえてくるではないか。グンターは思わず足を止め、後ろを振り返った。エルザは目に涙をいっぱい浮かべ、追いすがるように彼を見つめている。

だが、ここは別れの場面。グンターは聖杯王の息子らしく、故郷モンサルヴァートに帰らねばならぬ。姫の哀願を振り切り、一歩、また一歩と川岸に向かうが、グンターの胸に去来したのは、ワーグナーの台本に対する疑念だ。

これは本当に「愛」なのか。

誰かを愛したら、誓いを破ろうと、それを許して添い遂げるのが本物ではないか。

一瞬、父の顔が浮かび、舞台監督の顔が浮かび、理性がそれを押し止めたが、グンターはもう迷わなかった。エルザの方に駆け寄ると、彼女を抱き起こし、

「姫よ、どうしてあなたを見捨てることができるでしょう。悪いのはワーグナーの台本です。二人で幸せになりましょう」

と力強く抱擁した。

会場は大爆笑に包まれ、次いで嵐のような拍手喝采が沸き起こった。

ローエングリンとエルザは手に手を取って舞台中央に進み出ると、輝くような笑顔で観客に応えた。

ところが主催者と舞台監督はカンカンだ。勝手に筋書きを書き換えるとは何事かと、グンターを厳しく叱責した。

父も呆れ果て、慰めの言葉もない。

エルザ役の女の子は「あなたこそ本物の白鳥の騎士よ」と称えてくれたが、観客に笑われるより、舞台監督に叱責されるより、何よりも父を失望させたことが辛い。きっとまた惰弱と思われ、「男はもっと強くあらねば」とハンブルクの叔父と一緒になって説教されるに違いない。

だが、本当の悲劇は次の日にやって来た。

いつものように登校すると、皆が彼の顔を見てクスクス笑う。(どうしたんだろう)と不思議に思いながら教室に入ると、ホワイトボードいっぱいに、マントとブーツを身に着けたグンターの似姿が面白おかしく描かれているではないか。おまけに「パルツィファルの息子=グンター・フォーゲル」と吹き出しも付いている。どうしてばれたのか、グンターは慌てて落書きを消したが、それから一ヶ月以上も『白鳥の騎士』『マント男』とクラスメートにからかわれる羽目になった。

ある晩、どうしても寝付かれず、牛乳でも飲もうと階段を降りかけた時、居間から父と母の話し声が聞こえてきた。

「あの子はどうも一事を成そうという覇気がない。何をするにも遠慮がちで、どこぞの狂王*14みたいに朝から晩までワーグナーに聞き惚れている。おまけに神話だの、詩歌だの、お伽噺みたいな本ばかり読んで、将来の目的もあるのか無いのか、ピアノもサッカーもみな中途半端だ。演劇も身を入れてやるのかと思えば、舞台監督に叱責されただけで、もう降参。あんなに意志が弱いとは思わなかった」

グンターは胸を刺されるような衝撃を受け、その場に立ち尽くした。

「何を仰るのです。あなたは、あの子のことをよくご存じないから、そんな風に見てしまうのですわ」

母がいつになく強い口調で反論した。

「あの子も本当は思い切り行動したいのです。でも、あなたに叱られたらどうしよう、失望されたらどうしようと気になって、萎縮しているのではないですか。もっと褒めてやったらどうです。家でも、学校でも、あれほど折り目正しく、思いやりにあふれた子はいませんよ。成績だって、いつもクラスで一番じゃないですか」

むーっと父が口を尖らせると、母は椅子から立ち上がり、

「地殻の割れ目ばかり覗いてないで、たまには息子の心の中もじっくり覗いてみたらどうです。今にあなたから遠く離れて、二度と戻ってきませんよ」

それから、とんとんと階段を上がってきた。

グンターは慌ててベッドに潜り込み、涙を拭ったが、母には何もかもお見通しだ。グンターの隣にそっと腰を下ろすと、

「本当はね、お父さんもあなたのローエングリンに感心なさってたのよ。楽屋であんな物言いをしたものだから引っ込みがつかなくて、わざと気難しい顔を作っているだけ。素っ気なく見えるでしょうけど、心の底ではあなたが自分に懐かないことをひどく気に病んでいるのよ。一言、優しい励ましを口にすればいいだけなのに」

「でも、僕は間違っていた……」

「そうね。舞台の決まりを守らなかった点では間違いだったかもしれない。でも、お母さんは、あなたがエルザを見捨てず、彼女の元に戻ったことがとても嬉しかったわ」

「……本当にそう思う?」

「もちろん。英雄は剣を振るい、正義を為すだけが全てじゃない。愛する者の為に行動する勇気も同じくらい大切よ。己の信念に基づけば、時に周りの反感を買い、嘲笑されることもあるでしょう。それでも心の強さとは何かと問われたら、自分の信じたように行動できることだと思うわ。そして、あの時のあなたはとても勇敢だった。お父さんにもそれは分かったはずよ」

グンターが涙ぐむと、母は優しく彼の肩を抱き、

「あなたは強い子よ。今はまだ心が眠っているだけ。いつか人生を懸けるものが見つかれば、何事にも自信をもって振る舞えるはず」

「どうやって見つけたらいい?」

「それはね、目の前をご覧なさい」

母は書架にずらりと並んだ本を指さした。

「ゲーテ、シラー、ヘッセ、カフカ、ショーペンハウアー、マルクス、フロイト、等々。これらはみな、お父さんや私の家で代々読み継がれてきた本よ。今のあなたには難しい内容もたくさんあるけど、ここに綴られた言葉の一つ一つが射手座の星のようにあなたを導いてくれるはず。たくさん吸収して、いろんなことにチャレンジしなさい。人に嗤われ、否定されることを恐れないで」

それからグンターはいっそう読書に励み、勉強も、スポーツも、これまで以上に打ち込むようになった。

思春期を迎え、身体つきもだんだん男らしくなると、音楽よりサッカーが面白くなり、トレーニングに打ち込むようになった。

積極的に攻めるタイプではないが、防御に回れば敵なしだ。相手の動きを的確に読み、ゴール前で確実にスイープする。敵のストライカーに猛攻されても冷静に動きを封じ、時には果敢に攻撃に転じるスタイルが高く評価され、高校生になる頃には地区一番のディフェンダーと称賛されるまでになった。

白黒のユニフォームを身に着け、味方の砦を守る姿は、さながらフィールドのローエングリンだ。グラウンドの金網にはいつも女の子がいっぱい。サッカークラブのスカウトやスポーツ紙の記者が見学に来ることもある。

そんなグンターにまたとないチャンスが訪れた。地元の第二部(ツヴァイテ)リーグから特例で練習に参加しないかと誘いがあったのだ。これで実力が認められれば、ブンデスリーガでプレーすることも夢ではない。チームメイトも母も喜んでくれたが、父だけが強硬に反対した。

「お前のように頭のいい子がサッカー選手など、とんでもない。あんな浮き沈みの激しい世界で、お前みたいに生真面目な人間が幸せに生きていけるはずがない。いずれ心を傷つけられて、ボロ屑みたいに捨てられるのが目に見えている。趣味でプレーする分には構わない。だが、大学にも行かず、サッカー一色で貴重な時間を無駄にすることは絶対に許さない」

だが、今度はグンターも負けてはいない。

「まだ始めてもないのに、どうしてそんな事が分かるんだ。お父さんは地殻の割れ目ばかり覗いて、僕の本当の気持ちなど理解しようともしないじゃないか。僕はお父さんが留守の間も一所懸命にお母さんを手伝って、弱音も吐かず、我が儘も言わず、必死で自分を支えてきた。僕はお父さんが思うほど小胆でも、腰抜けでもない。学問、学問というけれど、家族を犠牲にしてまで究める学問に一体どんな価値があるというんだ!」
そこから先はよくあるシナリオだ。

グンターは頬を腫らしたまま家を飛び出し、ミュンヘンの祖父母の所に転がり込んだ。

すると今度は父とミュンヘンの家族の間で大論争になり、ハンブルクの叔父まで参戦して、*15『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の第二幕第七場と化した。主題は僕のはずなのに、なぜビールや地下鉄や支持政党の話になるのだ?

グンターは耐えきれず、皆に言った。

「僕、しばらく旅に出るよ。一人で遠くに行って、将来のことをゆっくり考えたい」

*8) ドイツのバイエルン州バイロイト市に所在するバイロイト祝祭劇場で毎年七月から八月にかけて開催される、ワーグナーのオペラや音楽を主とする音楽祭。

*9) ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指輪(四部作)』の「序夜」にあたる。ライン川に棲む三人の乙女から黄金を奪い取ったニーベルング族のこびとのアルベリヒは、愛を断念した引き換えに、この世界を支配する指輪を作り上げる。一方、神々の長ヴォーダンは巨人族に依頼してヴァルハラ城を築かせていたが、その報酬として美の女神フレイアを差し出すことを渋り、代わりにアルベリヒの有する黄金の指輪を与えることを約束する。ローゲの奸計によって指輪を奪われたアルベリヒは復讐を誓い、ここに神々の没落が始まる。

*10) 『ブンデスリーガ』 ドイツのプロサッカー・リーグ

*11) 英名「アントワープ」でも知られる。ベルギーのアントウェルペン州の州都。『フランダースの犬』の舞台でもあり、ネロとパトラッシュが死の間際に目にしたレンブラントの名画「キリストの昇架」「キリストの降架」は同市のノートルダム大聖堂に展示されている。

*12) CD ワーグナー楽劇『ローエングリン』(EMIミュージック・ジャパン)の冊子より。訳詞 渡辺護。

*13) herden(ヘルデン)=英雄的な、という意味。ワーグナーの楽劇に登場する英雄のように、力強い歌唱力が要求される男声のテノール。

*14) バイエルン王、ルードヴィヒ二世の異名。ワーグナーに心酔し、国政も顧みず芸術に耽溺した。ワーグナーの世界を具現化したノイシュヴァンシュタイン城が有名。
参考URL → 現実と魂の居場所 映画『ルートヴィヒ』とワーグナー(バイロイト祝祭劇場の写真付き)

*15) ワーグナー楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の第二幕第七場。ベックメッサーのヤケクソの歌唱をきっかけにダーヴィッド、マグダレーネ、近所の人たちを巻き込んで喧噪の巷となる。

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