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あの日のアイデアを形にして、父との思い出を永遠に留めたい

本作は、海洋科学や土木・建築をモチーフにしたサイエンス・フィクションです。
投稿の前半に小説の抜粋。 後半に参考文献や画像・動画を掲載しています。
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第一章 運命と意思 ~オランダ人船長・救済(4)
STORY
幼馴染みのクリスチャンが巧みにGeoCADを使いこなし、美しい鳥瞰図を描く姿を見て、ヴァルターも子供の頃、父と話した干拓型海洋都市『リング』のアイデアを形にすることを思いつく。
目次

あの日のアイデアを形にして、父との思い出を永遠に留めたい

GeoCADと建築パース

そんな彼がGeoCAD(ジオキヤド)でリングを描き始めたのは、復興ボランティアに参加して二年目の夏、クリスティアンの制作を目にしたのがきっかけだ。

彼より二歳年上のヤン、クリスティアン、イグナスは、そろって大学を卒業し、ヤンは地元の土木建設会社レイクス・エンジニアリング、クリスティアンは建築パースのデザイン工房《vanderloop》、イグナスは都市開発コンサルタントに職を得て、スキルアップに励んでいる。それぞれに立場は違うが、故郷の復興に懸ける気持ちは同じだ。

ある日、デ・フルネのオフィスに行くと、クリスティアンがカンファレンステーブルに十七インチのラップトップPCを広げ、GeoCADでデンボンメルの鳥瞰図を描いている。地元企業や公的機関から支援を募るためのPR用パースだ。

「GeoCADは君のお父さんに教えてもらったんだ」
(参考記事 → 数百年に一度の水害に備える ~オランダの堤防と美しい干拓地

クリスティアンは子供時代を懐かしむように言う。

「建築パースの仕事がしたければ、一日も早くGeoCADをマスターした方がいいって」

GeoCADはドイツの『Geo Tech』という会社が開発したコンピュータ設計支援ソフトウェアだ。土木・建築、機械設計の分野で広く利用されている。一口にGeoCADといっても、建築に特化した『GeoCAD Architect』、機械設計の『GeoCAD Machine』など様々な種類があり、父は土木の設計監理に特化した『GeoCAD Civil』を愛用していた。

また子供向けの『GeoCAD Kids』や『GeoCAD Junior』、学生向けの『GeoCAD ZERO』もあり、専門スクールや資格検定も全世界に普及している。

彼も幼稚園の頃から父の見よう見まねでGeoCAD Kids やGeoCAD Juniorに親しんできた。メニュー用語やコマンドはGeoCADシリーズ全てに共通しており、この一貫性が世界中のユーザーに支持される所以だ。いったん基本操作をマスターすれば、その他のシリーズ製品も同じ要領で使いこなすことができる。

クリスティアンはGeoCAD Architectの上級ユーザーで、トラックボール付きのマウスや電子ペンを器用に使いこなす。瞬く間に白いキャンパスに色鮮やかな森林が蘇り、画面に吸い込まれそうになる。

彼がクリスティアンの手元をじっと見つめていると、

「君もやってみたら?」

とクリスティアンが言った。

「グンターおじさんがいつも嬉しそうに話してたよ。君もGeoCAD KidsやGeoCAD Juniorの使い方をすぐにマスターして、小学校に上がる頃には船や飛行機を上手に描いてたって」

「あんなの、ただの塗り絵だよ」

「塗り絵でもいいじゃないか。僕だって平面のドローイングから始めたんだ。物事を極めるのに王道も正道もないよ」

「だが、専門分野に特化した製品は操作が難しいだろう」

「建築パースに関してはGeoCAD StandardもGeoCAD Architectも大差ないよ。建築士でもStandardを使っている人はたくさんいる。Archtectの場合、描画にプラスして、積算ソフトウェアと連携したり、施工管理システムに組み込んだり、拡張性が高いだけで、基本操作は同じだ。クライアントに建築のイメージを伝えたり、広告のイラストを描く程度ならStandardで十分事足りる」

「なるほど」

「でも、君ならGeoCAD ZEROの方がわかりやすいかもしれないね。GeoCAD JuniorとStandardの中間だ。初めてGeoCADに触れる専門学生も、みなGeoCAD ZEROから始めてる。描画に関しては、Standardと大差ない」

彼は少しだけクリスティアンのGeoCADを操作させてもらうと、懐かしい手応えを思い出した。

そうだ、『リング』を描いてみよう。

あの日のアイデアを形にして、父との思い出を永遠に留めたい。
(参考記事 → 干拓型海洋都市『リング』~世界を変えるアイデアも口にしなければ伝わらない

高価なラップトップ『Leopard』

プルザネに帰ると、彼は目抜き通りのPCショップの前で足を止めた。

Leopard(レオパルト)。 

大手PCメーカー『PANTHER(パンター)』の主力製品で、《豹の如く俊敏に》が謳い文句だ。氷のように美しい液晶ディスプレイを誇り、見た目も機能もスタイリッシュな人気商品だ。特にグラフィック処理能力に優れ、クリエイターやデジタル・アーティストに愛用者が多い。神剣のように煌めくメタリックシルバーの外観も美しく、見る角度によって天板がブルーやパープルに色合いを変えるのも魅力的だ。父もいつもショーウインドウの前で足を止め、欲しそうに眺めていた。

「そんなに欲しければ買えばいいのに」と勧めるが、Leopardは高機能な処理装置やディスプレイを搭載しているため、価格も他機の二倍から三倍はする。

「今のデスクトップPCがまだまだ使えるし、これからお前の勉強やサッカーにもお金が必要だからね。それに、いつかお母さんと世界中のオペラハウスを旅して回る夢もあるから、無駄遣いしたくないんだよ」

といつも見るだけで終わってしまう。

(こんな形で命が終わるなら、Leopardぐらい買えばよかったんだ)

彼は悔しさを噛みしめ、もう一度、値札を覗き込んだ。それは彼にとっても大きな出費だったが、間接的にでも父の願いを叶えてやりたい。彼は思いきってLeopardを購入すると、GoeCAD ZEROをインストールし、最初の編集画面を立ち上げた。さすが大衆向けの機器とは比べものにならないほど起動が速く、画質も目に迫るようだ。

父さん、Leopardだ。この感触がわかるかい? 

これがキーボード。

これがトラックパッド。

GeoCADのプレビュー画面も段違いの美しさだ。父さんが使っていたデスクトップPCとは比べものにならないくらい。

ワーグナーの歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』では何と歌ってた?

《Fanget(ファンゲ) an(タン) !(さあ、始めよう)》

アイデアを形にしよう。

俺が描くから、父さんは横でアドバイスして。

最初にベースの円環だ。

直径十五キロメートル。

それが父さんの示した数値だ。

彼はトラックパッドに指を滑らせ、真っ白なキャンパスに外周ダムの円環を描いた。

それが未来のフレームになるとは夢にも思わない。

(参考記事 干拓型海洋都市『リング』~世界を変えるアイデアも口にしなければ伝わらない )

【参照】 GeoCADと治水管理

本作に登場するGeoCADは、AUTODESK社のコンピュータ支援設計プログラム『AutoCAD』『Civil 3D』といったプロダクト・シリーズをモデルにしています。

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