「俺が、俺が」と自分の主張を振りかざしても、周りは付いてこない

この投稿は小説【曙光】のボツ原稿や引用を元に作成しています。

海洋情報ネットワークの構想をめぐって、海洋開発の老舗企業、ノボロスキ・マリンテクノロジー社の部長と口論になった後、主人公のヴァルターは、直属の上司であるアル・マクダエルに「謝ってこい」と諭されます。

しかし、ヴァルターは、「最初に突っかかってきたのは相手の方。なぜ俺が頭を下げなければならないのか」と態度を改めようとしません。

そんな彼に、海洋情報部のメイファン女史が次のように諫めます。

俺が、俺が、と自分の主義主張をふりかざしたところで、周りは決して付いてこないわよ。

あなたがどれほど正しい事を口にしても、相手の心には響かないでしょう。

それよりも、自分を一歩下げて、周りの声に耳を傾けてごらんなさい。

相手に頭を下げたからといって、あなたの価値まで下がるわけではないのよ。

『曙光』 第三章・海洋情報ネットワーク

相手に頭を下げたからといって、あなたの価値まで下がるわけではないというのは私の処世術です。

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【心のコラム】 謝罪は敗北ではない

人に頭を下げるのは嫌な人がいます。

謝罪は敗北だと思っているんですね。

確かにそうかもしれません。

自分が正しいと信じたことが間違いだったり。

人に迷惑をかけたり。

どんな優れた人も、大なり小なり過ったり、無知だったりするのが普通でしょう。

間違いを認めるのは勇気が要りますし、「すみませんでした」と周りに頭を下げるのも、非常に格好悪いです。

人に頭を下げずに生きていけるなら、誰だってそうしたい。

でも、周りが信用するのは、誰にも一度も「ごめんなさい」と頭を下げたことがない人ではなく、間違いは間違いと認め、素直に謝れる人なんですね。

謝罪は敗北ではありません。

より正しい道に進む為の関門みたいなものです。

関門を乗り越えて、今度こそ本当に正しい事をすれば、誰も文句は言いません。

むしろ、勇気をもって誤りを認め、方向修正したことに、周囲は拍手喝采するものではないでしょうか。

人は正しい意見に付いていくのではありません。

正しい心に自分を預けるのです。

「俺が、俺が」と自分の主張を振りかざしても、周りは決して付いてこないのです。

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