Ich liebe dich, Vater.(大好きだよ、父さん) ~アルファベットが読めなくても、こんなに美しい言葉を知っている

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第一章 運命と意思 ~ローエングリン -大堤防- (5)
STORY
息子の発音異常に気付いたグンターは必死に直そうとするが、息子はどんどん頑なになり、「場面緘黙症」と診断される。それでも受け入れられないグンターは学校関係者と口論になり、とうとう息子に「なぜきちんと喋れないのか」と怒鳴りつけてしまう。そんなグンターに対し、息子が口にした言葉は、「Ich liebe dich, Vater.(大好きだよ、父さん)」。こんなにも美しい言葉を知っている息子に対し、グンターはいっそうの愛情と責任を感じるようになる。

そう……。

二歳を過ぎた頃には、楽しくお喋りできるはずだった。

ところが、二歳の誕生日を過ぎても、まだ片言しか話さない。

早い子だと一歳の終わりには単純な二語文を話し、「あれが欲しい」「これが食べたい」と言葉で伝えるのに、ヴァルターは未だに赤ちゃんみたいに指で差し、口の中でモグモグ言うだけだ。

周りは「個人差があるから」「三歳になってから急にお喋りになる子もいる」と慰めてくれるが、やはり四カ国語という環境が子供には過酷なのかと気が気でない。

グンターもアンヌ=マリーも多言語環境に関する様々な本を読み、one person, one language(一人の親に、一つの言語)を貫いてきたが、やはり親一人が外国語で話しかけても何の助けにもならないのではないか。

そうかと思えば、二歳四ヶ月のある日、突然、アンヌ=マリーの顔を見て「eau」、彼の顔を見て「wasser」、二人の顔を見て「water」と発し、二人を驚かせた。いずれも「水」の意味
「自分でアウトプットできないだけで、ちゃんと四カ国語を聞き分けてるのよ。ドイツ語はお父さんの哲学を語る言葉、フランス語はママンの愛を語る言葉、英語はみんなの共通語、そして、オランダ語は母国語。聞き分けができるなら、いずれ言葉も流暢に話すわ。私の大叔父も七カ国語を操る外交官だったけど、子供の頃はやっぱり言葉が遅くて、周りをやきもきさせたそうよ」

アンヌ=マリーはヴァルターの言語能力を信じて疑わない。

彼女の予想通り、ヴァルターは自然に言語を使い分け、「こんなに小さいのに四カ国語も理解できるの」と周りを驚かせた。が、今度はいつまでたっても「R」と「L」が「W」に、「V」が「B」に、「G」が「D」に聞こえるのが気になって仕方ない。

「そうじゃないよ、ヴァルター。RはR(アー)と発音するんだ。ほら、ゆっくり真似してごらん」
と教えるが、何度やっても鼻づまりみたいな音になる。喉も鼻も悪い所は一つもないのに、なぜこんな鼻の奥に豆が詰まったような、おかしな発音になるのか。

幼稚園に行って現地の子と交われば、オランダ語も自然に覚えるだろうと楽観してきたが、いつまでたっても語彙は増えず、赤ちゃんみたいな二語文喋りで、鼻づまりみたいな発音も変わらない。しかも四歳過ぎて幼稚園教諭から聞かされたのは、「構音障害と緘黙症の疑いがある」という衝撃の事実だった。

『子供が舌っ足らずで喋るのは自然なこと』。

小学校に上がる頃には自然に治ると信じていただけに、突然「構音障害」だの「緘黙症」だの言われ、グンターのショックは計り知れない。アンヌ=マリーも「四歳で『障害』なんて早
急だわ。それに緘黙症というのも、内気なだけじゃないかしら」と教諭の指摘にも懐疑的だ。

別の幼稚園教諭にも事情を聞いてみたが、やはり言うことは同じで、

「数ヶ月前から、お友達や先生が話しかけてもいっさい返事しなくなり、私たちも対応に困っているのです。こちらの言うことは理解しているようですが、黙って首を振るだけで、Ja(ヤー)(はい)とNee(ネー)(いいえ)さえ口にしません」

「でも、隣の三姉妹とは仲よく遊んでいるし、カールスルーエの祖父母ともビデオチャットで楽しくお喋りするんですよ。それなのに障害など……」

「ですから、選択的に話さないのです。幼稚園、見知らぬ人、初めての場所など、相手や周りの状況によって言葉が出なくなってしまうのです。同じ問題を抱えた子供は珍しくありません。このままだと就学に差し支えるかもしれませんから、一度、専門家に相談なさって下さい」

さーっと血の気が引き、目の前が真っ暗になった。

やはり四カ国語の環境が間違いだったのか、それとも先天的に問題があるのか。

とにもかくにも児童相談所に連れて行き、大病院の耳鼻咽喉科でも見てもらったが、

「今の段階で構音障害というのも微妙ですね。耳も、喉も、器質的に悪いところは見当たりませんし、緘黙症も実際の現場を見てみないと、どの程度かわかりません」

白とも黒ともつかない答えだ。

「ヴァルター、いったいどうしたんだい?何か嫌なことでもあったのかい?怒らないから、何でも話してくれないか」

「……」

「Licht(リヒト)って言ってごらん。Wycht(ウィート)じゃない、Li ch tだよ。ゆっくり、緊張しないで。……そうそう、その調子」

やさしく問いかけ、発音の練習もしてみるが、ヴァルターはぶんぶんと首を振り、しまいには逃げ出してしまう。

「あなた、あまり神経質にならないで。まだ四歳よ。大人になれば自然に良くなるわ」

アンヌ=マリーは宥めるが、グンターは気が気でなく、息子が発する一言一句に耳を尖らせてしまう。一生直らないのか、勉強はできるのか、もし社会から落伍するようなことになれば、どう責任をとればいいのか、不安は募るばかりだ。

事情を知らない人には「四カ国語なんて過酷な環境で育てるから」「言語教育を急ぎ過ぎたんじゃないか」と言われ、親としての自信も揺らぐ。(何とかしなければ)の一心で、あちこちの専門医、相談所、セラピストを訪ね歩き、良い評判を聞けば国境を越えて診てもらったが、状況は悪くなる一方だ。しまいには診察室で固く口を閉ざすようになり、「これじゃあ、診察もできないよ」と何百ユーロもの診察代と交通費がふいになったこともある。

「あなた、落ち着いて。あまり連れ回したら、あの子だって疲れてしまうわ。どこも悪くないのは、あなた自身が一番よく分かっているじゃないの。あの子を信じましょう。学校に上がる頃には嘘みたいによくなるわ」

アンヌ=マリーも励ますが、

「父親として出来る限りのことをしたいんだ」

グンターは焦りと責任感で自分自身もがんじがらめになっていく。

チューリップの季節、公立小学校の入学手続きのため健康診断に訪れると、今度は「学習障害」といわれ、公立小学校ではなく特別支援学級に行くよう勧められた。「意思の疎通が図れない」「アルファベットが認識できない」というのが主な理由だ。

「学習障害だって?四カ国語を聞き分ける子のどこが障害なんだ。この子はカールスルーエの祖父母とドイツ語で楽しくお喋りするし、フランス語の童謡も空で歌える。家では『リトル・アインシュタイン』や『オーシャン・プラネット』のような科学番組を観て、内容もそれなりに理解してるし、英語の子供番組に返事をすることもある。多少至らぬところがあっても、それをサポートするのがプロの教育者であるあなた方の仕事じゃないか!」

グンターは激しい口調で担当者と渡り合ったが、何度説明しても結果は同じだ。

すると学校側が一つの条件を提示した。ある専門医の診察を受けて、「異常なし」の診断書をもらってくることだ。

仕事も休み、朝七時には家を出て、三十キロ先のクリニックを尋ねたが、あれほど励ましたにもかかわらず、ヴァルターは固く口を閉ざして一言も喋ろうとしない。医師には「こんな状態で『異常なし』の診断書など書けないよ」と一蹴され、診察は十分足らずで終わった。

グンターは腸が煮えくりかえり、この悔しさをどこにぶつければいいのか分からない。家には戻らず、締切堤防の前で車を停めると、ヴァルターの手を引いてずんずん海岸に歩いて行った。

憤然としているのが息子にも伝わり、息子も一言も発さない。時折、父親の顔を見上げ、いつもと異なる雰囲気におろおろするだけだ。

水際まで来ると、グンターはとうとう心が折れたように、その場に座り込んだ。

早春の光が浜辺を照らし、これから訪れる美しい季節を予感させる。だが、自分たち父子には何の未来もないようだ。息子が学校に上がるのを楽しみにし、あれもやろう、これもやろうと夢に描いていたが、今は学校どころか、まともにアルファベットも読めず、鼻に詰まったような赤ちゃん喋りで、何の進歩もない。自分がなまじ優秀で通ってきただけに、息子の不具合がどうにもこうにも受け入れられず、しまいには「ちゃんと出来ない息子」に怒りすら感じてしまう。

息子が生まれた時はこんなではなかった。

一生を懸けて幸せにすると天地神明に誓った。

だが、今では人生の重荷のように感じ、この場から逃げ出したくなる。

自分だけはカールスルーエの父のようになるまいと心に固く誓ってきたのに、これではまるでそっくりだ。ヴァルターの目にも、僕は恐ろしい巨人族のように映っているに違いない。
そんなグンターの傍らで、ヴァルターは納屋の野菜みたいにぼーっと立ち尽くし、苦悶する父親の姿を不思議そうに見つめている。それが余計でグンターの神経に障り、気持ちを静めようとすればするほど苛立ちを覚えた。

そのうちヴァルターが「ねえ、父さん。お腹が空いたよ。早くおうちに帰ろうよ」と甘えるように言うと、グンターは弾かれたように顔を上げ、
「ちゃんと喋れるのに、どうして喋ろうとしないんだ!」
と一喝した。

父親に初めて怒鳴られたショックでヴァルターは「うわーん」と泣き出し、グンターの目にも涙があふれた。

「泣きたいのはこっちの方だよ……」

もう駄目だ。僕は巨人族と同じだ。この子の前で父親と名乗る資格もない。子育てがこんなに苦しいなら、親なんて永久に止めてしまいたい。

肩を震わせて泣いていると、不意にヴァルターが彼の首に抱きつき、「泣かないで、父さん。ボク、うんといい子になるよ。だから泣かないで」と囁いた。

ふと顔を上げると、自分にそっくりな顔が心配そうにグンターの顔を覗き込んでいる。碧い瞳が海のように瞬き、親の過ちも優しく包み込むかのようだ

ようやくグンターも我に返り、ヴァルターの小さな身体を掻き抱くと、「ごめん、ヴァルター。ごめん……」と胸を震わせた。

自分はこんなちっぽけな人間だったのか。我が子を思いやるどころか、事情も分からぬ幼子を怒鳴りつけ、逆に子供に慰められている。

そんな父親の肩を抱きしめ、ヴァルターは「Ich liebe dich, Vater.(大好きだよ、父さん)」と優しい声で囁く。

相変わらず鼻に詰まったような声だが、それが何だというのだろう。

アルファベットが読めなくても、息子はこんなにも美しい言葉を知っているではないか。

グンターも息子の身体を力いっぱい抱きしめると、(僕がこの子を信じなかったら、誰がこの子を信じてくれるんだ)と誓いを新たにした。

この先も周りに馬鹿にされ、孤独に苛まれる日もあるだろう。激しい自己嫌悪に陥り、希望を失うことも。

だが、僕だけはどんな時もこの子の側に居る。

たとえ世間に誤解され、低能児扱いされても、僕はこの子の優しさや四カ国語を聞き分ける頭の良さを信じる。

いつか海の底から朝日が立ち上るように、この子の能力が開花する日が来るはずだ。

やがて涙も涸れたころ、後ろから二人を呼ぶアンヌ=マリーの声が聞こえた。キッチンの窓から、赤いOPERAが猛スピードで家の前を通り過ぎるのを目にして、不安に駆られたらしい。

「さあ、一緒に家に帰りましょう。ヴァルターの大好きなミートボールをいっぱいこしらえたわ。一年、二年、回り道したぐらいで何だというの。この子は打てば響くような理解力がある。辛抱強く教えれば、いつか大輪の花を咲かせるわ。今は言葉や身振りで上手く表現できないだけよ」

余裕で答えるアンヌ=マリーが太古の地母神に見える。

彼女はだんだん強くなり、僕は未だに途方に暮れる少年のようだ。

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