相手に媚びるやり方では本物の愛は掴めない

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


STORY
リズに熱烈な思いを寄せていたエイドリアンだが、ヴァルターと急速に惹かれていくのを目の当たりにして、ついに愛を断念する。 周囲の尊敬を得る為に格好をつけていたこともあるが、周りに媚びたところで本物の愛は得られないことを悟り、接続ミッションを機に真面目になることを誓う。 リズもそんなエイドリアンに対する気持ちを改め、今後も友人として良好な関係を続けることを約束する。

十月十三日。日曜日。

リズはエイドリアンと水上バイクを楽しんだ後、海の別荘に招待し、エイドリアンの両親も交えて豪勢な夕食を楽しんだ。

「ミッションの成功を願って!」

ワイングラスのかち合う中、リズだけが少し違う方向を見ている。

天候だ。

予報では明日の夜半から十五日未明にかけて大雨といわれている。今もどんよりした雲が海を覆い、今にも激しい雨が降り出しそうだ。

食事が済むと、親同士はデッキテラスでくつろぎ、リズとエイドリアンは海岸を散歩した。

一つ、二つ、星を数えながら、リズは誰かの幸運を祈り、エイドリアンはもはや入り込む隙もないことを思い知らされる。

いろいろ言いたい事もあったが、ウミガメの話を聞いて、その気持ちも失せた。あの人も、あの人だ。初めてラブレターをもらった中学生みたいに気のない振りして、その挙げ句がウミガメかよ!

砂浜の端から端まで歩き、別荘まで戻ってくると、リズは小さな砂の高まりの前で足を止めた。あの日、彼女の心を慰めたウミガメも波に削られ、今は跡形もなくなっている。

淋しい想いで見つめていると、「あの人が歩み寄ってくれるまで待つんですか」とエイドリアンが訊いた。

リズは頷き、

「パパに言われたの。愛を掴みたければ、もっと相手の気持ちや状況を考えなさいと。何でも正面から気持ちをぶつければ相手が喜ぶわけじゃないのね。私も心のどこかで自惚れていたような気がするわ。誰にも言わないお父さんの話も私にはしてくれた、私だけは特別だと。私にはウミガメが何を意味するのかは分からない。優しさなのか、謝意なのか。でも、もう一度、向き合う機会があるなら伝えたい。あの人の力になりたい気持ちは本物だと。その果てに拒まれたら、その時は潔く諦めるわ」

「トリヴィアに戻る気はないんですか?」

「あれが駄目なら、次はこれ。そんな都合よく気持ちを切り替えられるほど器用じゃないわ。それに、私も自分の仕事に取り組みたい。具体的に何をするかは決めてはないけど、もう少しここに居て、身の振り方を考えるつもりよ」

だが、エイドリアンは軽く頭を振る。

「僕はね、気付いてるくせに気付かない振りをされるのが一番傷つくんですよ。あなたは思いやりのつもりでしょうけど、それは少しも思いやりになってない。本当に僕のことを思いやってくれるなら、正面から話して下さいませんか? 目をそらしながら気遣われても、嬉しくもなんともない」

「エイドリアン……」

「もう、どうあがいても勝ち目がないのは分かりました。それこそ一生かかっても、あなたが僕に振り向いてくれることはないでしょう。あなたは少女の頃からああいうのが好みで、将来も変わらない。なぜって、あなたも本質的には情熱家だからです。自分から嵐の海に乗り込んでいく」

「そんな風に言われても、私には分からない。自分がどんな人間かなんて、今までじっくり考えた事もなかったから……」

「それは僕も同じです。あなたの事も、自分の事も、本当の意味でじっくり考えたことなどなかった。

思えば、あなたあっての僕でした。進路を決めるのも、アイスクリームの味を決めるのも、いつも、あなたを意識して、あなたに気に入られることを第一にしてきた。

でも、結局 何も残らなかった。

相手に媚びるやり方では、その場の歓心は買えても、本物の愛情は得られないのだと痛感しました。

あなたに限らず、です。あなたが違う道を歩き始めて、僕もやっと自分自身を客観的に見られるようになりました。

大学の仲間と馬鹿騒ぎするのもこれきりにします。サンロイヤル・ジェネシスを操船したところで、誰も僕のことなど仰ぎ見ない。

本当に尊敬されるのは、嵐の中、小舟で病人を島に連れ帰った人の方だと身に染みたから。

でも、最後に一つだけ言わせて下さい。

僕のあなたへの想いは本物だ。いつもあなたを幸せにしたいと願ってきました。

今もその気持ちに変わりはありません。その機会を下さるなら、いつでも応えるつもりです」

「ありがとう、エイドリアン。ずっと無意識にあなたに甘えてきたわね」

「いいんです。むしろすっきりしました。これが別の人なら気持ちも違っていたでしょう。でも、キャプテン・ドレイクのそっくりさんでは太刀打ちできません」

「もうその話は止めてちょうだい。私だって、いつまでもスターに憧れる年じゃないわ」

リズが苦笑すると、エイドリアンも微笑み、

「お互い、おやつとドラマの結末だけ心配してればいい時代は終わりましたね」

「本当ね。もう二度とあんな無邪気な頃に戻れない。でも、この先、険しい道ばかりとも思わない。もしかしたら、未来は自分が描くものと全く違うかもしれないし、人生の最後に隣に居るのは思いも寄らぬ人かもしれない。でも、身に起きる一つ一つが生きた証しだわ。たとえ泣いて傷ついても、悔いのないように生きたい。お互い、特殊な責務を背負った父親の元に生まれ育って、それに影響されながら生きていく立場は同じだわ。虫のいいお願いかもしれないけど、これからも良き相談相手でいてくれる?」

「もちろん、そのつもりです、ミス・マクダエル。僕もそこまで臍曲がりではありません」

「本当にありがとう。そして、これからもよろしく――」

リズは久しぶりにエイドリアンの顔を正面から見つめた。そこには、自分よりずっと背も高くなり、体つきも逞しくなった幼馴染みの姿があった。

それから二人はリビングに戻り、アイスクリームでも食べようとキッチンに足を向けた。

すると、冷蔵庫の前で父が電話を受けている。父も小腹が空いたのか、冷蔵庫からチーズや生ハムを取り出している最中だ。

「ふんふん、なるほど……それで、彼は何て?」

父はいつになく呆れた顔で電話に相槌を打っている。

「事情は分かった。とにかく明日話そう。わしは午後一時にプラットフォーム入りする。それまで、そっとしとけ」

父は電話を切ると、エイドリアンに「申し訳ないが、君はしばらく席を外してくれるかね」と断った。

エイドリアンがテラスに出ると、リズは「どうしたの?」と声を潜めた。

「パイロットが放心してる」

「放心?」

「夕べ、幼馴染みから父親の最期を聞かされて、ショックを受けたらしい。朝から二枚貝みたいに塞ぎ込んで、ミセス・マードックがよくよく話を聞けば、父親は数分の差で高波にさらわれたそうだ。それでますます父親の死に納得がいかず、不安定になっているらしい――まったく」

「どうして、そんな言い方をするの。私だって、パパが洪水で亡くなったら、一生嘆き悲しむわ」

リズは強い口調で言った。

「優しい人なのよ。だから、いつまでもお父さまの無念に心を痛めずにいないのよ。ああいう人はいつかパパの支えになるわ。人間、強さが全てではないはずよ。どうか力を貸してあげて。こんなことで見捨てたりしないで」

「別に見捨てやせんよ」

アルは冷蔵庫の中を覗きながら言った。

「お腹を空かせた子を路頭に放り出すほど薄情じゃない」

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