継父は世知に長けた人 父は真理に通じる人

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第一章 運命と意思 ~オランダ人船長 -漂流- (3)
STORY
息子の学費と治療費を得る為、母のアンヌ=マリーは裕福な実業家ラクロワ氏と再婚する。少年のヴァルターにとって豪奢な暮らしが始まるがラクロワ氏の言葉は正しくても心に響かない。その点、亡き父の教えは身体の真ん中でしっかり心を支えてくれた。世渡りの世知と真理は違うと実感する。小説の無料公開パートです。
第一章 オランダ人船長 -漂流- (3)
目次

世知と真理の違い

息子の学費と治療費を得る為、母のアンヌ=マリーは裕福な実業家ラクロワ氏と再婚する。少年のヴァルターにとって豪奢な暮らしが始まるがラクロワ氏の言葉は正しくても心に響かない。その点、亡き父の教えは身体の真ん中でしっかり心を支えてくれた。世渡りの世知と真理は違うと実感する。小説の無料公開パートです。

25

一週間後、 アンヌ=マリーはジャン・ラクロワの言葉が上辺だけでないことを知った。
マルセイユでも一、二を争う名門私立学校から案内状が届いたのだ。それに併せて、高台にあるメンタル・クリニックの予約券も添えられている。学校はともかく、一度、受診が必要なのは確かだ。ヴァルターは嫌がったが、「夜、少しでもぐっすり眠れるように」と説得し、一度限りの約束で受診した。

クリニックは真新しい住宅街のど真ん中にあった。外観も内装も高級オフィスのように洗練され、心を病んだ人が通う医療施設にはとても見えない。ドクターも上品な中年の女医で、半時間ほどカウンセリングすると、数種類の錠剤を処方した。

「よくなるのでしょうか?」

アンヌ=マリーが強い不安を示すと、女医は声を潜めて「時間がかかります」と答えた。

「あの子の場合、未だにTVの映像が生々しく瞼に浮かぶそうです。決壊した堤防や水没した干拓地の光景です。父親が高波に呑まれる夢も繰り返し見ると言ってました。父親の後ろ姿を必死に引き留めようとするけれど、その声は届かず、あっという間に波に呑まれて、藻掻き苦しむのです。そうかと思えば、父親がライン川の向こうから手を振りながら戻ってきて、『心配かけたね、ヴァルター。もう大丈夫だよ』と抱きしめてくれる。『やっぱり父さんが死んだなんて嘘だ、俺のところに戻ってきてくれた』と幸せいっぱいに父親の胸に顔を埋めるけれど、朝が来たら何もかも幻のように掻き消え、その度に自分も死にたくなるそうです。それ以外にも、サッカー、自転車、音楽など、父親を連想するものを目にしただけで、所構わず涙があふれ、級友にからかわれたことも一度や二度ではないと。でも、お母さんに心配かけまいと、家でも学校でも張り詰めたように暮らしているのでしょう。顔半分が歪んだように見えるのも、そうした緊張の表れです。天災や交通事故、目の前で人が殺されるなど、ショッキングな体験が引き金となり、鬱、自傷、悪夢など、何年、何十年と苦しむ人も少なくありません。これといった治療法はなく、記憶を消し去る事もできませんが、根気よくケアすれば苦痛を和らげることはできます。ただ、一朝一夕に改善することは期待なさらないでください」

診察後、受付で請求書を見たアンヌ=マリーは飛び上がりそうになった。ほんの三十分で、この金額。一ヶ月の光熱費よりも高いではないか。

戸惑いながら財布に手をかけた時、「すでに診察料は頂いております」。

誰が払ったかは言わずもがなだ。

アンヌ=マリーは息子の背中を抱いてクリニックを出ると、近所の薬局で処方薬とハーブティーを買い求め、少し気分転換に遊歩道を歩いた。

頭上には太陽が照りつけ、青空が目に眩しいほどだが、ヴァルターはじっと口を閉ざしたまま、にこりともしない。クリニックでいろいろ喋りすぎたせいで、心に反動が来たのだろう。「カフェに行って、マカロンでもいただきましょうか」と促しても、黙って頭を振るだけだ。

そうして通りの端まで来ると、グラウンドでサッカーをしている少年たちの姿が目に入った。

フェンス越しにじっと見つめるヴァルターの横顔を覗き込み、「あなたも体調がよければサッカーをしていいのよ。どこか受け入れてくれそうなクラブを探してみましょうか?」と声をかけるが、彼は答えない。

そのうち誰かの蹴ったボールがここまで転がり、一人の少年が拾いにやって来た。ヴァルターと同い年くらいの体格のいい子だ。少年がよく鍛えた足で蹴り返すと、ボールは虹のような弧を描いてセンターまで飛んでいった。

「あなたも以前は、あれくらい軽く飛ばせた」

アンヌ=マリーは、アルコレ橋のナポレオンみたいにフィールドを駆け回っていた息子の雄姿を思い返した。

「少し練習すれば、すぐに勘が戻るんじゃないかしら」

だが、彼は痛いほど金網を握りしめ、幼子のように涙をこぼすだけだ。以前は肉付きもよく、ピューマのようにしなやかな体つきをしていたのに、今は痩せて見る影も無い。このままでは高校はおろか、中学校を卒業することさえままならないのではないか。

子犬のように声を押し殺して泣く息子の姿を見るうち、アンヌ=マリーの脳裏にジャン・ラクロワの言葉が響いた。

「わたしが援助しよう。これはビジネスだ」

*

二日後、アンヌ=マリーは診察の礼を兼ねてジャン・ラクロワの住まいを訪れた。

ジャンは「マルセイユのラクロワ」と呼ばれる大財閥の一員で、彼の親族はいずれも金融、政治、文化教育など、様々な分野で高い地位に就いている。

現代の王族といわれ、その呼び名も様々だ。「血塗られたラクロワ」「プレジデントメーカー」「世界の支配者」。これらの噂について尋ねられても、彼らは黙って笑みを浮かべるだけ、否定も肯定もせず、世間の好きに言わせているところが、かえって不気味でもある。

わけても有名なのは、世界最大のメガバンク《クレディ・ジェネラル》との密接な関係だろう。ラクロワの血筋であるオーナー一族はパリに拠点を置き、支配域をみなみのうお座まで広げている。ニムロディウムの発見後、宇宙開発を先導した国際資本グループ『トリアド・ユニオン』が、実質、彼らの持ち物であるのは有名な話だ。

世界各地で大型合併や金融再編、政権交代や内紛が起こる度、『マルセイユのラクロワ』の名が囁かれ、その影響力が取り沙汰されてきた。その実体がどこにあるのか、クレディ・ジェネラルの幹部でさえ知り得ぬ世界であり、暗部を覗き見た者は親族でさえ消されるという、まことしやかな噂もある。

ジャンは出自を誇ることはないが、直系にかなり近い血筋だそうだ。一部の親族らと共にマルセイユの丘陵の奥深くに居を構え、独自のゲーテッド・コミュニティを形成している。そこでは一般車両の乗り入れも厳しく制限され、誰がどんな暮らしをしているのか、外から窺い知ることはできない。

その中でも、ジャンは一風変わった存在だ。一族の大半が親の資産と家業を受け継ぎ、当たり前のように先代の椅子に座るのに対し、ジャンは大学時代に自らビジネスを立ち上げ、己の才覚で現在の地位と名声を勝ち取った。また一族が徹底して秘密主義、身内主義であるのに対し、ジャンは一族から距離を置き、外部との交流を大切にしている。上客を招待する時も、これみよがしにマルセイユのゲーテッド・コミュニティに呼び出したりせず、自らが所有するクルージングヨットやリゾートホテルで華やかにもてなすのが彼のスタイルだった。

アンヌ=マリーを乗せた黒塗りの送迎車がゲーテッド・コミュニティの正門に到着すると、車はいったんカーポートに入り、そこでセキュリティ・チェックを受けた。車はジャン・ラクロワの私有である為、認証キーの照合だけで通過したが、運送トラックや作業用車の場合、ガードマンがボンネット、トランク、車内の収納ボックスまで開いて、銃器や爆発物、録音装置などの有無を確かめるらしい。

ゲートを通過すると、森林に囲まれた一本道をさらに数百メートルを走り、いくつかの屋敷の前を通り過ぎる。それもまた背の高いブロック塀に守られ、至る所で監視カメラが目を光らせている。

途中、三叉路を左に曲がり、雑木林を抜けると、そこがジャン・ラクロワの邸宅だ。本邸は白を基調としたキュービック・スタイルで、インテリアも現代的なデザイナーズ家具で統一されている。
そのくせ、廊下の突き当たりに中国の美人画が飾ってあったり、年代もののペルシャ壺が置いてあったり、アメリカンフットボールのスーパースターの直筆サイン入りポートレートが立てかけてあったり、ハンバーガー女性とのちぐはぐな暮らしが忍ばれる。

現在、ジャンは独り暮らしで、八歳と六歳になる娘は母親と一緒にニューヨークに住んでいる。前妻とも特にわだかまりはなく、今でも互いの事業をサポートしたり、年に数回は娘を交えて顔を合わせる仲だ。

アンヌ=マリーは一階の主応接室に通され、家政婦が運んできた紅茶を飲みながら帰宅途中のジャンを待った。ジャンはマルセイユの中心街にメインオフィスを構えているが、仕事の大半はホームオフィスでこなし、町中のオフィスは主に応接に利用している。今日もモロッコから訪れた金融関係者と面談中で、予定より少し長引くとのことだ。

紅茶を飲み終わり、ふと格子型の飾り棚を見やった時、デルフト焼きの飾り皿が置かれているのに気づいた。デルフト焼きはオランダの伝統的な工芸品で、ラピスラズリを溶かしたような青色が美しい。描かれているのは、オランダの代表的な画家ヨハネス・フェルメールの『真珠の首飾りの少女別名「青いターバンの少女」』だ。肩越しに、少しこちらを振り向いた表情がどこかアンヌ=マリーに似ている。

なぜこんな所にデルフト焼きが――と奇異に感じた時、戸口に人の気配を感じ、アンヌ=マリーは弾かれたように席を立った。

いつの間に帰ってきたのか、ジャンが戸口に立っている。

彼女と目が合うと、ジャンは大きく構え、「それで決心はついたかね」と横柄な口調で言った。

「ドクターとは電話で話した。予想以上に悪いと言っていた。洪水以来、まともに眠ったためしがないそうだ。気付いていたかね?」

「……」

「まあ、気付いても、治す余裕もないだろう。君も一度、自分の顔をじっくり鏡で見てみるといい。まるで絵皿に若さを吸い取られたが如くだ」

ジャンはつかつかと中に入ってくると、アンヌ=マリーの向かいにどっかと腰を下ろした。

その威圧感は、十四年前と全く変わらない。

二十歳のダンスパーティーでラストダンスを踊った時、これが未来の夫と覚り、自分でもそのように言い聞かせてきた。母も、叔母も、従姉妹らも、みな富貴な人と結婚し、愛より社会的な後ろ盾を優先してきた。一族にとって結婚とは財産と権力の物々交換に他ならず、ロマンスなど無用の感傷とはなから割り切っている。そんな中、自分だけ自由が許されるとも思えず、それが定めと諦めてきた。

だが、大学を卒業し、いよいよこの人の妻になると思うと、鎖に繋がれたアンドロメダのような気分になり、食事の誘いも、贈り物も、電話すらも拒絶するようになっていた。
周りはそれをマリッジブルーと解釈し、ジャンにもそのように取りなしてきたが、一時の憂鬱などであるはずがない。本音も言えず、逃げることも叶わず、悲しみに沈んでいた時、たまたま似たようなマリッジブルーを経験した遠戚の女性と話す機会があり、フィンステンベルクの別荘に招いてくれた。アンヌ=マリーは逃げるようにネーデルラントに赴き、マルセイユとは異なる田園風景に目を見張った。

ネーデルラントの春は美しかった。

色とりどりのチューリップが咲き誇り、束の間、淋しさを忘れさせてくれた。

それでも心は晴れず、小鳥が恋を歌っても、風が木々を奏でても、私の人生に春が訪れることは永遠にないのだと目に涙を浮かべて川向こうを見やった時、運河に落ちた幼子のボールを懸命に拾い上げようとする作業員の姿が目に入った。この世にはなんと優しい人もあるのかと、心洗われるような思いで見つめ、その人と目が合った時には恋に落ちていた。
思い違いなどではない。何度生まれ変わっても結ばれたいと願うだろう。魂があの人を選んだのだ。

それは目の前の人も同じだ。あの人に出会っても、出会わなくても、この人に恋心を抱くことは永久にない。

「それで君の返事は?」

ジャンがぶっきらぼうに訊いた。

「二、三日で答えが出るとお思いですか?」

「他に答えがあるなら迷いもするだろう。だが、君に選択肢はないはずだ」

アンヌ=マリーはぎゅっと唇を噛みしめ、ここで腹を括るか、母子二人、浜に打ち上げられた魚のように飢えて死ぬかだと思った。

「あなたが本当に援助者として私とあの子の人生に関わるつもりなら、その証しを立てて下さい。一つは、私とあの子のために住まいを用意すること。二つ目は、フォーゲル姓を通すこと」

「わたしを舐めるんじゃない。金と好意だけ引き出して、あとは自分たちの好きにさせろと?最初に言ったはずだ。これはビジネスだと。私は金で君の姻戚を買い、君もそれなりのものを差し出す。形だけの妻にしても、世間の流儀に則ってもらわねば困る」

「……ここで一緒に暮らせと?」

「わたしは公私ともに客人が多い。もてなすのは君の重要な仕事だ。第一、家の務めを果たさぬ者が『奥さま(マダム)』と仰ぎ見られると思うのか? それなら囲いの女のように金だけくれてやった方がましだ」

アンヌ=マリーは思わず立ち上がり、

「お話はなかった事にして下さい。こんな屈辱を受けるぐらいなら、あの子と二人、乞食にでもなった方がまし」

「なれるものなら、なってみろ。最愛の者が飢えと絶望でぼろぼろになっていく姿を目の当たりにできるならな」

「……」

「何も身を売れと強要しているわけじゃない。ここで暮らすなら、君の為に居室も寝室も別に用意する。二階に二世帯が余裕で暮らせるほどのスペースがあるのは知っているだろう」

「本当に守って下さるのね」

「わたしの住まいは運河沿いの貧乏長屋とは違う」

*

その夜、アンヌ=マリーはヴァルターにこう告げた。

「ラクロワさんがね、あなたさえよければ、丘の上の家で一緒に暮らさないかと仰ってるの。学費も、治療費も、全部援助して下さるって。もう何も心配しなくていい。着る物も食べる物も十分に与えられる。丘の上の私立学校に行けば、港町の学校みたいに苛められることもない。みな優秀で行儀のいい子弟ばかり、最高の環境で、あなたも落ち着いて学ぶことができるわ。以前のように、フィールドを駆け回ることも」

「父さんはどうなるの?」

「どんな時も一緒よ。忘れたりしないわ」

ヴァルターはじっと口をつぐんでいたが、「お金持ちの家で暮らした方が母さんは楽なんだね」と呟いた。

「ヴァルター……」

「母さんが幸せなら、俺は従うよ。背伸びしたって、母さんを養えるわけじゃない。共倒れになるより、母さんだけでも幸せになった方がいい」

*

マルセイユの丘の上にあるジャン・ラクロワ邸に移り住んだのは、新学期が始まる九月中旬のことだ。

エクス=アン=プロヴァンスの古城も驚きだが、ジャン・ラクロワの邸宅も想像をはるかに超える豪邸だった――というより、田舎者の彼の目にはそう見えた。これでも周辺に立ち並ぶ大邸宅に比べたらずいぶん慎ましい方らしい。

彼には一階の南側の居室があてがわれた。ジャンの上の娘が使っていた部屋だが、家具もカーテンも一新し、男の子らしいインテリアに改装されている。居室といっても、寝室、書斎、リビング、バスルーム、ウォークインクローゼットが備わり、リビングの続きには専用のガーデンテラスもある。離れにはガラス張りのプール、ジェットバス、トレーニングルームもあり、車庫にはぴかぴかの高級車が四台も並んでいる。飛行場にはプライベートジェットもあり、行きたい場所があれば、何所でもひとっ飛びらしい。

学校は『コレージュ』と呼ばれる中等教育前期の第三学年のクラスに編入し、これから猛勉強して、国家資格である中等教育修了資格証書(Brevet)を取得しなければならない。この一年を頑張れば、その後のリセ(中等教育後期)で挽回できるし、進路が固まれば、早期に専門教育を受けることもできる。その重要性はヴァルターも理解し、週二回の家庭教師とスピーチセラピー、定期的なクリニック受診も受け入れた。勉強は大変だが、港町の公立学校と異なり、品行方正な上流階級の子弟ばかりだ。口の悪いクラスメートもなければ、校庭の隅でタバコをふかす生徒もなく、高度なITシステムを備えた教室で集中して課題に取り組める。サッカーも少しずつだが皆に交じってボールを蹴るぐらいには回復し、わざとパスを無視したり、肘鉄を食らわすような子も無かった。

ラクロワ邸の暮らしも快適そのものだ。タオルもパジャマも毎日洗い立てのものが用意され、学校から帰ってくると、ベッドもバスルームもホテルのように整えられている。不足があれば呼び鈴を押すだけでよく、廊下で使用人とすれ違えば、恭しく頭を下げてくれた。

平日の朝食は一階の小サロンで母と一緒に取った。テーブルに着くと、絞りたてのフレッシュジュースがなみなみとグラスに注がれ、ウインナー、スクランブルエッグ、数種のフロマージュ、ベーグルなどが次々に運ばれてくる。自分で食器を洗う必要はなく、欲しい物があれば家政婦に言えばよかった。

ちなみにラクロワ氏は、自身のリビングで、ワールド・ワイド・ニュースを見ながら各事業所のレポートに目を通し、一時間以上かけてクロワッサンとカフェオレの朝食を取るのが習慣らしい。朝はグラノーラとグリーン・スムージーで軽く済ませる前妻とは合わなかった所以だ。

通学は黒塗りの高級車が学舎の正面玄関まで送迎してくれる。それも自動運転車に子供一人が乗せられるのではなく、ボディガードを兼ねた運転手が付き添うのが上流階級の証しだ。学校といえどセキュリティは厳しく、銃を携えた警備員が敷地内を巡回している。これだけ警戒しても、通学途中に強盗に襲撃されることがあり、生徒の中にはセキュリティチップを体内に埋め込んでいる子もあるそうだ。

夕食はメインのダイニングでラクロワ氏を交えてとった。伝統的なフランス料理からエスニック料理まで、メニューは様々だ。時には母の手作りのエルテンスープエンドウマメのスープやクロケットが並ぶこともある。

ラクロワ氏の話はそれなりに面白かった。政治経済に限らず、スポーツでも文化でも一見識もっていて、聞けば何でも教えてくれた。口調も丁寧で、相手が子供だからといって見下したり、誤魔化すこともない。時には価値観が引っ繰り返るような業界の裏話も聞かされたが、それも社会の現実と思えば興味深かった。

だが、父のように一から十まで共感することはない。その価値観はどこまでも実用的で、合理的だ。

何でも使用人に頼むのは気が引けると言えば、

「何を躊躇うことがあるんだね。使用人はそれを生業としている。君がそれを肩代わりすることは、彼らから仕事を奪うことになるんだよ。使用人は奴隷じゃない。れっきとした職業だ。彼らは生きる為に君の服を洗い、バスルームを掃除する。何もかも納得の上で労働契約しているんだ。躊躇はかえって彼らに失礼だよ」

それも分かるが、彼が知りたいのは生業うんぬんではなく、人としてどうかという点だ。ラクロワ氏のように社会的に成功し、分刻みのスケジュールで暮らす大人が使用人を雇うのは理解できるが、彼はまだ子供だ。父は「十歳になったら、自分の使った食器ぐらい自分で洗わないと駄目だ」と皿洗いをさせたし、「土曜の朝は家族で掃除」と決まっていて、彼も自室と二階のバスルームが担当だった。それもずいぶん面倒だったが、バスタブを磨くうち、工夫や忍耐、思いやりも身についた。使用人に身の回りの世話をしてもらうのは簡単だが、どこか人としての感覚がずれていくような気がしてならない。

そのなれの果てが、エクス=アン=プロヴァンスの阿呆面の従兄だ。「その分勉強に打ち込んで、社会に役立つ人間になれば、大勢に富を還元できる」とラクロワ氏は言うが、そうなる前に自分の価値観が歪んでしまいそうで怖い。

激変したのは暮らしだけではない。社会的立場も同様だ。

今では買い物といえば高級デパートで、専属の役員が付いて、あれやこれやと最上級の商品を見せてくれる。父とスポーツショップに出掛けた時、「これ、いいね」と手に取ってみたものの、値札を見るとびっくりするほど高価で、そーっと商品棚に戻していたのが冗談みたいだ。『ヴァルター・ラクロワ』になってから財布を開いた試しは一度としてなく、レジではラクロワ氏のメインオフィスの名称を言えばよかった。

サッカー観戦もVIP席で、時には有名選手が挨拶に訪れることもある。かつてシュテファン・マイアー選手を間近に見て、口をぽかんとさせていた田舎者も、今ではスポンサーの御曹司として有名選手の方からおべっかを使うほどだ。

そうかと思えば、週末はプライベートジェットでアイスランドやノルウェーに連れて行ってくれる。泊まりは五つ星ホテルのスイートルームで、レストランでは値段を気にせず何を注文してもよかった。

だが、裕福であればあるほど彼は違和感を覚え、上辺だけの人生を生きているような気持ちになる。ラクロワ氏が父とは違った明達の士であるのも理解できるが、その言葉は少しも心に響かない。

「道理のわからぬ者に理屈を言って聞かせようなどと思わぬことだ。彼らはやがて君を敵とみなすようになる。それより本音は胸の奥に隠し、実になる部分だけで付き合うことだ。この世で賢人と言われる人はみなそうしている」

「世の中というのは、一割の利口者がそうではない九割から金や時間を奪って儲ける場所だ。それが嫌なら、楽しむ側より楽しませる側に立つことだ」

「良いことも正しいことも、ほどほどにすることだ。徹すると、善行も毒になる」

理屈としては解るが、永遠の真理とも思えない。それはあくまで処世に過ぎず、仁慈や気高さとは別ではないか。

それに対して、父の教えは春の日差しのように胸にしみた。

「学校でも、サッカークラブでも、納得いかないことはたくさんあるだろう。人の悪意に触れて愕然とすることもあるはずだ。でも、そんな時は、心の中でこう唱えるんだ。『父よ、彼らをお許し下さい。彼らは自分が何をしているのか、わかっていないのです』――これは十字架にかけられたイエス・キリストが彼を侮辱する人々に対して言った言葉だ。君をいじめる子供たちも、今は自分たちがしていることの意味を分からずにやっている。もしかしたら、一生理解せずに終わるかもしれない。それでも赦すんだ。相手を赦すことが君の心も救う。だから君も辛く悔しく感じた時は、この言葉を胸に唱えてごらん。真の心の強さがどういうものか、きっと分かるから」

もし、サッカークラブの子供たちが父とラクロワ氏の言葉を聞いたら、子供たちは父の周りに集まるだろう。

一見、損で遠回りに思えても、父の教えは身体の真ん中でしっかり心を支えてくれる。たとえ世知においてはラクロワ氏が正しいとしても、どうして父の教えから離れて生きていけるだろう。それこそ永久不変の真理に感じるのに。

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