どう切り抜けるかも実力のうち ~学習しなければ将来も同じ石に躓く

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第二章 採鉱プラットフォーム ~ミッション開始 (13)
STORY
アルとリズ、セス夫妻は海辺の別荘でしばしの休息を楽しむ。 接続ミッションを前に、採鉱プラットフォームではテスト潜航の是非をめぐって揉めているが、アルはヴァルターに助け船も出さず、静観している。 リズは「冷たい」とアルを詰るかが、「学習できない人間は、将来も同じ石に躓く」とアルはヴァルターの社会人としての甘さを指摘する。 秘書のセスも「どう切り抜けるかも実力のうち」とリズの懸念を一蹴する。

その夜、海の別荘にセス・ブライトとイーダ夫人が訪れた。本採鉱前のちょっとした気分転換だ。

リズはキッチンでイーダ夫人が持参した生ハムやチーズを白い陶器に盛り付けながら、デッキテラスで話し込む父とセスの会話に耳をそばだてている。

はっきり聞き取れないが、採鉱量がどう、製錬所がどう、という話だ。

リズは夕べ父が口にしたプロテウスの運航費用のことが気になって仕方ない。どうしてスポーツカーの値段を引き合いに出したのか、もしやプロテウスの運航費用に欠いているのか、父に聞いてみたいが、正面から答えてくれそうな雰囲気ではない。

プレートの用意ができると、リズとイーダ夫人はクリスタルのワイングラスを添えてウッドデッキに運んだ。

セスが赤ワインの栓を抜き、皆のクリスタルグラスになみなみと注ぐ。

イーダ夫人はハムやチーズを小皿に取り分けながら、「二十三日にエイドリアンが帰ってくるわ」とリズに耳打ちした。

「あなたと行き違いになって、たいそう残念がっていたけど、また仲良くしてやって下さいね」

エイドリアンの名前を聞くと、リズの胸は痛む。

エイドリアンはリズより二歳年下で、今は『スクール・オブ・エコノミクス』という高等教育機関で経営学を学んでいる。少年時代は機械工学をやると言ってたのに、高校三年生になって突然経営学に方向転換し、ここ数年は頻繁にエルバラードを訪れるようになっていた。

最初は僻地のアステリアで生まれ育ったが故の焦りとコンプレックスと受け止めてきたが、どうもそれだけではないらしい。彼女が目当てだと気付いたのは二年前、不意に髪に触れられたのがきっかけだ。

エイドリアンのことは好きだが、友人以上のものを感じたことはない。それをエイドリアンも悟ったのか、この六月になって突然、「大学の最後の一年間はエルバラードに住んで学業に専念したい」と言い出した。

アステリアで生まれ育った子供にとって最大の問題は「教育」だ。教育法に則ってそこそこに施設は整っているが、トリヴィアの恵まれた環境とは比ぶべくもない。

アステリアに教育については、父や産業振興会の有志がかなりの出資をして「ローレル・インスティテュート」という教育基金を設立し、遠隔教育支援システムの充実を図ってきた。それが功を奏して、アステリアに居ながらでもトップクラスの大学を受講し、学位や専門資格の取得が可能になった。それは産業開発の最先端を支える高度技能者の育成にも一役買っている。

エイドリアンも最初の三年間はアステリア在住のまま講義を受けていたが、やはり物足りなくなったのだろう。六月、突然トリヴィアへの移住を決めた。以前から「トリヴィアに引っ越したい」と言っていたが、それはあくまで「勉強のため」と捉えてきた。そして、そう思いたかった。だが、それが全てではないと気付いて、リズも少し距離を置くようになった。リズがアステリアに来たのは、そんな気まずい最中だ。

エイドリアンと入れ違うようにアステリアに来たことを、エイドリアンがどんな風に両親に話しているかは分からない。だが、イーダ夫人の口ぶりから察するに、本音は話してないのだろう。それ以前に、彼らの間には雇用関係がある。それは勉強や恋愛よりデリケートな現実だ。

それにしても、エイドリアンは本気で接続ミッションに参加し、プロテウスに同乗するつもりなのだろうか。いくらマリンスポーツの達人で、機械に強いといっても、ほとんど未経験の大学生ではないか……。

「エイドリアンには感謝してるよ。学業の合間を縫って、プラットフォームの事もいろいろ手伝ってくれた」

唐突に父が言った。

「元々、機械いじりの好きな子ですから。少しもプレッシャーではありません」

セスが答えると、イーダ夫人も「たとえ一時期でも皆さんの仲間入りが出来て、いい勉強になります」と屈託のない笑顔を浮かべる。

「でも、接続ミッションは難度の高い水中作業なのでしょう」

リズが何気に口をはさむと、

「万全を期して設計しています。機械の手がメタルフレームに触れたぐらいで、すぐに壊れるような代物ではありません」

セスが淡々と答えた。すると、父もリズの真意を見透かしたように言葉を継いだ。

「針小棒大に騒いでいるのは一人だけだ。本人にもれっきとした理由はあるらしいがね」

「でも、ここに来たばかりで、畑違いのミッションを任されたら、誰だって動揺するわ。どうして最初にちゃんと説明してあげなかったの?」

「彼も聞かなかったからだ。ろくに確かめもせず、契約書にサインした。相手がたちの悪い詐欺師なら、今頃、ネンブロットの不法採掘場に送り込まれている」

「切羽詰まってたのでしょう」

「切羽詰まってようが、なんだろうが、最低限、聞くべきことは聞くものだ。あんな調子だから、前の職場もあっさり解雇されたんだ」

「……パパは冷たいわ」

「冷たかろうが何だろうが、一度痛い思いしたら二度目は慎重になるものだ。学習できない人間は、将来も同じ石に躓く。それとも一から十までわしが教えてやって、不安を解消してやるべきかね、小学生の子供みたいに? インダストリアル社でも、エンタープライズ社でも、突然異動を命じられ、畑違いの仕事を任されることは珍しくない。その度に感情的になっていては大役など到底務まらない」

リズが押し黙ると、アルはグラスワインを飲み干し、

「みな生きるか死ぬかで闘ってるんだ。これぐらいでガタガタ騒いで、どうやって一角のものになれる」

と席を立った。

父が中座すると、リズは後ろを気にしながら、「いったい、プラットフォームで何が起きているの?」とセスに耳打ちした。

新しく来た人がテスト潜航を希望しているんです。水中作業を一〇〇パーセント確実にする為に」

「誰であれ、そう願うのが当然でしょう」

「だけども現場はテスト潜航するだけの余裕がありません。どうしても本人が不安なら、無人機でやろうという声もあります。最終的にどうなるかは分かりません」

「そんな気の毒に。潜水艇のパイロットが必要だとスカウトされたのに、現場はNOを突きつけるの? それじゃあ、パパが問題を作ったようなものじゃない」

リズが頬を膨らませると、

「騒ぐほどの事でないのは本当ですよ」

とセスは苦笑した。

「エイドリアンでも出来ました。それぐらい単純な作業なんです。でも、そうは見えないのでしょう。きっと緊張してるんだと思います」

「だったら、力づけてあげればいいのに」

「どう切り抜けるかも実力のうちですよ」

セスも父と同じような事を言い、すぐに話題を変えた。

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