海底鉱物資源とレアメタル ~Fortes fortuna adjuvat(運は勇敢な者たちを助ける)

この投稿は、海洋科学をテーマにしたサイエンス・フィクションです。詳しくは作品の詳細をご参照下さい。


第一章 運命と意思 ~フォルトゥナ号(1)
STORY
宇宙世紀。みなみのうお座に打ち上げられた探査機が一つの鉱石を持ち帰る。そこから発見された新物質ニムロディウムによって科学技術は著しく発達し、宇宙開発も加速的に進むが、最大のニムロデ鉱山がファルコン・マイニング社の手にわたったことで、ファルコン・グループによる一党支配が始まる。特殊鋼メーカー『MIGインダストリアル社』のカリスマ経営者アル・マクダエルは水深3000メートルの深海底に眠るレアメタル『ニムロディウム』を採掘すべく、愛機『フォルトゥナ号』を駆る。大企業の寡占に風穴を開けるべく、アルは海底鉱物資源の採鉱事業に乗り出す。
目次

運命は試すだけ この世に幸運も不運もない

陽が落ちてゆく。

アル・マクダエルはフォルトゥナ号のリクライニングシートに深く身を沈めると、白髪まじりの頭を窓枠にもたせかけた。

夕陽は疲れを知らぬコークスのように赤々と燃え、落ちてなお鮮烈な光を大地に投げかける。

それはまた世界屈指の特殊鋼メーカー『MIG』の長として火のように駆け抜けてきたアル・マクダエルの最後の輝きでもあった。

特殊鋼の雄アル・マクダエルとMIGインダストリアル社

UST歴--世界標準時間(ユニヴァーサル・スタンダードタイム)、200年8月25日。

宇宙船《フォルトゥナ号》は巡航高度に達すると銀色の両翼を大きく広げ、黄昏の空を大きく旋回した。

有翼の女神のように優美なフォルムと最新の恒星間航行システムを備えたフォルトゥナ号は、MIG(ミグ)(マクダエル・インダストリアル・グループ)の創業者一族であるマクダエル家が代々所有するプライベートジェットだ。その推進装置には、宇宙文明の根幹を成す『ニムロイド合金』がふんだんに使われ、MIGの卓越した技術を象徴する。

銀色の機体には、苛烈な宇宙開発競争を生き抜いてきたマクダエル家の家訓『Fortes(フォルテス) fortuna(フォルトゥナ) adjuvat(アドユヴァト)(運は勇敢な者たちを助ける)*1』と刻まれ、受難の戦士に福音を告げる。

だが、伸るか反るかは己次第。機会は与えても、勝利は約束せぬ。この世に幸運も不運もなく、運命はただ試すだけである。

そして今、フォルトゥナ号を所有するのは、MIGインダストリアル社の最高経営責任者にして、稀代の事業家と名高いアル・マクダエルだ。

この五月で六十歳の誕生日を迎えたアルは、人懐こそうな黒い瞳が印象的な紳士だ。顔は丸く、眉は八の字に垂れ下がり、鼻はちんまりとして、タヌキのようにとぼけた風貌は厳しい交渉の場でも変わることがない。祖父ノア・マクダエルが興した特殊鋼メーカー『MIGインダストリアル社』を三十五歳の若さで受け継ぎ、五歳年上の姉ダナ・マクダエルと共にグループを率いてきた。その指導力もさることながら、企画、戦略、管理、実践、あらゆる面で卓越し、ぼんくらとした世R襲社長のイメージとは程遠い。就任以来、一度も赤字を経験したことがなく、社内外に幅広い人脈を持ち、ライバル企業でさえその手腕に一目置くほどだ。

二十年前には長年の研究開発の成果であるニムロイド新合金「NM(エヌエム)ーNu(ニユー)」を市場に送り出し、MIGインダストリアル社を世界で五指に入る特殊鋼メーカーに押し上げた。今やMIGの関連企業は六十社を超え、その市場は宇宙植民地の隅々まで広がっている。

だが、アルにとって世間の賞賛は無意味だ。

その目は常に惑星アステリアの海に注がれている。

水深3000メートルの深海底に堆積する海台クラスト。

そこに含まれる金属元素《ニムロディウム》こそ世界を変える。

NMーNuの成功も、経営者としての名声も、全てはこれを採掘する為の手段に過ぎない。絶対不可能と言われた海底鉱物資源の採鉱を成し遂げて、初めてアルの人生も報われる。「悪をもて悪に報いず、凡(すべ)ての人のまえに善からんことをはかり、汝らの為し得る限りつとめて凡(すべ)ての人と相和らげ。愛する者よ、自ら復讐すな。ただ神の怒りに任せまつれ。録(しる)して主いい給う、復讐するは我にあり、我これに報いん*2」の言葉通りに。

惑星探査と新元素ニムロディウム

二世紀前。Anno Domini(西暦)の末期。

みなみのうお座に向けて打ち上げられた無人惑星探査機パイシーズが、《ネンブロット》と呼ばれる赤茶けた惑星から一つの鉱石を持ち帰った。

程なく鶏卵ほどの赤い石から未知の金属元素《ニムロディウム》が検出され、これを鉄や銅などのコモンメタルに微量に添加すると、有害な宇宙線の遮蔽能力が格段に向上することが明らかになった。

それを皮切りに、ニムロディウムを用いた合金設計の技術も飛躍的に進歩し、それまで絶対不可能とされた恒星間航行の推進装置や高機能な宇宙構造物の建造が可能となった。
この流れを受けて、惑星ネンブロットの鉱物資源開発に乗り出したのが国際資本グループ『トリアド・ユニオン』だ。代表会議の場に幾つもの三色旗が並んだことから、当初は「トリコロール・ユニオン」と呼ばれていたが、出資者の増加に伴い、『トリアド・ユニオン』と名称を改めた。そのシンボルは、聖なる力とバランスを表す三叉矛(トライデント)である。

トリアド・ユニオンの他にも様々な資本がネンブロット進出を目論んだが、トリアド・ユニオンに決定的な優位をもたらしたのが《ニムロデ鉱山》の発見だ。

ニムロデ鉱山は、惑星ネンブロットの赤道直下に広がる二六〇万平方キロメートルにも及ぶ巨大な単体火山だ。地下深くにはニムロディウムの含有率三〇パーセントを超えるニムロイド鉱石の大鉱床が広がり、その商業的価値は計り知れない。だが、採掘は困難を極め、あまたの業者がつるはしを折る中、アダマント*3のような岩盤を掘り抜いて、これをいち早く手中に収めたのが、トリアド・ユニオン傘下の鉱山会社《ファルコン・マイニング社》だ。

当時、宇宙開発には幾多の問題が横たわっていた。その最たるものが、旧時代に制定された宇宙開発法「宇宙の領土はいかなる国家にも属さない」という規約である。この曖昧さゆえに、宇宙開発の主導権は『国』ではなく、巨大な多国籍資本が掌握していた。かつて宇宙船の船体には国家の偉業を称えて国旗が描かれたものだが、新時代の宇宙船には出資した企業のロゴがずらりと並んでいる。

そんな中、中堅の鉱山会社に過ぎなかったファルコン・マイニング社が、いち早くニムロデ鉱山の鉱業権を手に入れたのも、宇宙鉱業法が整備される以前の『先願主義』の賜だ。ファルコン・マイニング社は、宇宙文明の基礎であるニムロディウム市場を瞬く間に独占し、採掘から販売まで一手に手掛け、「ファルコン・マイニング社の採掘機が止まれば宇宙船も飛ばない」と言われるまでになった。

更に系列会社であるファルコン・スチール社がニムロディウムの製錬法を確立し、優れた強度や耐久性を備えたニムロイド合金の大量生産が可能になると、宇宙航空、建設、恒星間通信など、宇宙文明を支える技術が飛躍的に向上し、宇宙植民時代が幕が開けた。

これを機にUST歴(世界標準時間(ユニヴァーサル・スタンダードタイム))が導入され、人類は宇宙に向かって爆発的に領土を広げたのである。

*1) Fortes fortuna adjuvat(運は勇敢な者たちを助ける) 引用『ラテン語名句小辞典』 野津寛(著) 研究社
*2) 『復讐するは我にあり』 新約聖書『ローマ人への手紙』第十二章・第十七節~第十九節(文語訳)
*3) 『アダマント』 《外力が通じない》強固なもの,堅固無比のもの;<詩> 鉄石のような固さ;<古> 無砕石《想像上の石で,実際には金剛石・鋼玉など》 [リーダーズ英和辞典第3版]

宇宙文明を支えるレアメタル 《ニムロディウム》と技術革新

今、アルの眼下には、繁栄を極める《惑星トリヴィア》の工業地帯が銀のパノラマのように広がっている。

直線距離にして約200キロメートルに及ぶ広大なベルト地帯には、最新式のエコシステムを取り入れた製鉄所や化学プラント、組み立て工場やバイオファクトリーが立ち並び、世界中に工業製品や半製品を送り出している。

《トリヴィア》は、ネンブロット開発に伴って開けた、世界最大の宇宙植民地だ。政治的にはself-governing colony(自治領)に区分され、二院制からなる高度な自治を行っている。

みなみのうお座星域を表す《PAS(パス)第6恒星系》の第3軌道を周回し、直径は約一万キロメートル。都市部の大半は東半球の中緯度に集中し、地熱ジェネレーターが作動する総面積約二万平方キロメートルの領内に8000万人が暮らしている。

大気の安定した岩石型惑星で、多くの宇宙航路が行き交う利便を活かし、UST歴元年、貿易中継基地として開かれた。名前の由来はラテン語の『三叉路(trivium)』だが、暗に開発を主導したトリアド・ユニオンを指しているとの見方もある。

開発当初は、輸送、修理、補給、宿泊といったサービス業が中心だったが、産業基盤の整備が進み、オフィスや工場が次々に建設されると、世界の工業基地としての役割を一手に担うようになった。以後、一世紀半にわたり、優れた工業原料や製品を輸出し、今では《ステラマリス》と呼ばれる人類の母星を遙かに凌駕する生産力を誇っている。

MIGの前進である『マクダエル特殊鋼』がファルコン・スチール社と提携してトリヴィアに進出したのはUST歴四〇年代だ。

元々は合金設計を得意とする中堅の特殊鋼メーカーだったが、卓越した技術を見込まれ、ファルコン・スチール社と共同でニムロイド合金の製造に乗り出した。ファルコン・スチール社が高品質なニムロイド合金の大量生産を可能にしたのも、マクダエル特殊鋼の高度な技術ゆえである。

UST歴九〇年、トリヴィアが自治権を獲得し、同じ《PAS第6恒星系》の第4軌道を周回する惑星ネンブロットが『属領(テリトリー)』として取り込まれると、ファルコン・マイニング社は政財界の中枢にいっそう深く入り込み、鉱業行政のみならず、経済政策、外交、広報、労働問題や福祉に到るまで隠然たる影響力を持つようになった。その結果、ニムロディウムはもちろん、その他の金属資源までもがファルコン・マイニング社を頂点とする企業連合の支配下におかれ、価格、販売、生産量、輸送経路に至るまで、独占的に取り仕切られるようになった。

わけても世界に多大な影響を及ぼしているのは、ハイテク産業の要ともいうべきレアメタル(希少金属)だ。

レアメタルは、鉄、銅、亜鉛といったコモンメタルに微量に添加することで、耐熱性、耐食性、高張力といった金属性能を高め、新素材や技術開発の鍵となる重要な物質である。だが、「産出する場所がきわめて限定されている」「純金のように元々の埋蔵量が少ない」「純度の高い金属成分の抽出が非常に難しく、複雑な精錬プロセスを必要とする」といった理由から生産者も製造量も限定され、その安定供給には常に政治的、経済的問題がつきまとう。

とりわけ良質なニムロディウムはファルコン・マイニング社に抑えられ、生産も市場価格も彼らの意のままだ。トリヴィア政府も鉱業局の権限を強化し、ファルコン・マイニング社の寡占に対抗したが、鉱業局の幹部までもが収賄に手を染め、業界の浄化には至らない。

価値観の違いからファルコン・スチール社と袂を分かち、独自路線を歩み始めたマクダエル特殊鋼も、ファルコン・マイニング社に幾度となく原料の供給を止められたり、一方的に原価を吊り上げられたり、お預けを食らう犬のように翻弄されてきた。

かといってニムロディウムの採掘には地下深く掘削するノウハウが必要であり、何の実績もない企業が真似できるほど容易くもない。誰もがファルコン・マイニング社に強い不満を抱きながらも、正面から「NO」を突きつけることができないのは、彼らが図体だけでなく、世界屈指の採掘技術と開発力を誇っているからだ。

そんな中、UST歴九十二年から九十三年にかけて、ファルコン・マイニング社の劣悪な労働環境に反発し、労働組合が鉱山、製錬所、宇宙港などで大規模なデモとストライキを決行した。この運動は長期化した上に、暴徒がネンブロットの倉庫や鉄道を襲撃してITシステムをダウンさせ、ニムロディウムのみならず、その他の金属資源の生産や輸送にまで大きな支障をきたした。その後、労働者の賃上げや福利の向上、鉱業法の見直しや監督機関の強化といった抜本的な対策により、とりあえず事態は沈静化したが、ファルコン・マイニング社の一党支配は依然として変わらない。

ネンブロットに依存する政治経済の基盤の脆さを改めて認識したトリヴィア政府は、九十三年半ばより自主探鉱政策の一環として惑星探査を開始し、九十五年、PAS第9恒星系の第3軌道にテラフォーミング可能な惑星を発見した。

それは惑星表面積の九十七パーセントが海洋で覆われた水の惑星だった。

この海洋惑星は、ギリシャ語で『星の島』を意味する《アステリア》と名付けられ、人工衛星と無人機による精査が開始された。

海水にはニムロディウムをはじめ、マンガン、コバルト、ニッケル、リチウム、ウラン、金、銀、レニウムなど、様々な金属元素が溶け込み、海底の泥や岩石にも大量に堆積していたが、それを採掘するのは決して容易ではない。

理由の一つは、海洋に関する知識、技術、人材の圧倒的な不足である。

ニムロディウムの実用化により、人類は爆発的な勢いで宇宙に進出し、宇宙開発に必要な科学技術は著しく発達したが、海は置き去りにされた。金属容器も押し潰す深海の超高圧、どれほど強力なライトを用いても視界十メートル程しか照らせない絶対的な闇、電気も電波も届かない水の世界が技術の前に立ちはだかり、研究は遅々として進まない。海底地形を調べるにも数十名の乗組員を集め、調査船を出し、水中機器のオペレーターや整備士、音響測深や音波探査のエキスパートなどを総動員せねばならず、同じ一平方キロメートルを調べるにも、地上の鉱山と海底では掛かる経費も手間も桁違いである。

また、ステラマリスでは深刻な海洋環境の破壊によって自然保護が強く叫ばれ、産業界がより実益をもたらす宇宙開発にベクトルを向けた理由も大きい。海洋科学に投入される予算も、学問自体も縮小し、水中音響学、船舶工学などの特殊技能を有する人材まで激減した。

それに加えて、商業的に採算の取れる海底鉱物資源の採掘システムは未だ確立されていない。

古来より、海に眠る未曾有の鉱物資源を得ようと国や企業がこぞって研究に取り組んできたが、水深数千メートルの海底鉱物資源を効率よく回収する技術は困難を極めた。

まず正確な埋蔵量を把握する海洋探査が陸の鉱物探査に比べて非常にハードルが高く、一つの海域を調べるだけでも莫大な予算と手間を必要とする。地上の鉱山であれば、観測衛星や無人飛行機を使って地上の様子をつぶさに観察できるが、超高圧と暗闇に閉ざされた深海では海底地形の把握からして困難だ。探査に必要な水中機材の開発費だけでも馬鹿にならず、それを支える人材も年々減少している。Anno(アンノ) Domin(ドミニ)i(西暦)の後期には幾通りかの採鉱システムも考案され、プロトタイプによる試験採掘も行われたが、安全で効率的な手法を確立するには至らなかった。

また採取した海底鉱物や堆積物から商業的価値のある金属成分を抽出・加工する技術も未完成であり、どれほど埋蔵量が膨大でも、陸上の鉱山業を凌ぐ経済効率を達成できなければ、海底資源の有用性はきわめて低いと言わざるを得ない。

結局、海底鉱物資源の採鉱に必要な何十億もの初期投資と、その維持管理に必要な経費を考慮すれば、ネンブロットをはじめとする資源供給地との外交を重視し、技術協力や資金援助を通じて間接的な採鉱政策をとる方がより現実的との判断から、トリヴィア政府はアステリアの海洋開発を断念した。

そして、発見から一世紀以上が経った今も、未曾有の海底鉱物資源は誰の手に渡ることなく、深く静かに眠り続けている。

もし、それを掘り起こせる人間がいるとしたら、アル・マクダエルをおいて他になかった。

ニムロイド合金と真空直接電解法 ~技術で目に物を言わせる

アルがMIGインダストリアル社を継いだのは一七五年のことだ。父のヨシュアが七十歳で病に倒れたのを機に、アルが三十五歳で社長に就任、五歳年上の姉ダナがMIG執行委員会の会長に就任した。だが、アルに跡取りとしての帝王学を叩き込んだのは、父よりも祖父ノア・マクダエルである。

この「厳めしいお祖父さん」は、MIG会長兼インダストリアル社社長として西に東に飛び回る多忙な父に代わり、やれ読書だ、数学だと、孫二人の英才教育に傾注した。

祖父はアララト山の仙人みたいに面痩せ、膝が痛むと杖を突くようになってからは、ますます浮き世離れして見えた。若い頃は大変な美男子だったが、ファルコン・マイニング社と火花を散らすうち、甘やかなマスクは鉄火のように厳しくなり、ふさふさした金髪は四十半ばで真っ白になった。子供たちには優しかったが、嘘をついたり、掃除をさぼったり、勉強を手抜きすると「お仕置き部屋」に入れられ、難しい本を何冊も読まされた。その中にはラテン語の本もあり、部屋を出る時、名句の一つも暗唱しないと、次の日から算数の課題が一つ増えるのだった。

それでもこの「厳めしいお祖父さん」が一族の尊敬を集め、周囲にも一目置かれていたのには大きな理由がある。

ニムロディウム製錬技術の歴史を変えた『真空直接電解法』の確立だ。

宇宙文明の基礎を成す特殊鋼であり、恒星間航行エンジンや宇宙構造物に不可欠なニムロイド合金は、鉄や銅といったコモンメタルに、ニムロディウム、コバルト、ニッケル、ニオブ、モリブデンといったレアメタルを微量に添加することによって作られる。その匙加減はメーカーにとって門外不出の企業機密であり、マクダエル特殊鋼も多くの技術特許を有している。

しかしながら、手法を確立したところで、肝心のニムロディウムが入手できなければ何の意味もない。そして、ニムロディウムの安定供給の鍵を握るのは、政財界に根を張るファルコン・マイニング社である。また、その系列会社であるファルコン・スチール社とは、ニムロイド合金の特許技術をめぐって係争した因縁の間柄でもあり、こちらの納期が迫ろうが、決算に支障をきたそうが、お構いなしに原価を吊り上げ、鉄スクラップの供給を止めてくる。そればかりか産業省にまで手を伸ばし、電気炉の増設や技術特許の認可まで阻止する執念深さだ。

だが、祖父の怒りに火を付けたのは、ある日、社長室にかかってきた一本の電話だった。

電話の主は、祖父が中心となって推し進める非鉄金属組合の解体を要求し、家族の安全を脅かすような文句を口にした。

祖父はついに堪忍袋の緒が切れ、《技術で目に物を言わせる》決意をした。

それが真空直接電解法だ。

通常、ニムロディウムは自然界において単体として存在せず、酸素と強固に結びついた酸化物として存在する。酸化ニムロディウムを含む鉱物は、みなみのうお座星域の惑星や衛星、隕石からも検出されるが、その含有率は一パーセントにも満たず、三〇パーセント以上ものニムロディウムを含む高品位のニムロイド鉱石はニムロデ鉱山でしか見つかっていない。

また*4ニムロイド鉱石の中間生産物から高純度のニムロディウムを精錬するのは非常に難しく、幾種類もの電気炉や精錬炉を必要とする上、精錬過程で大量の有害物質や放射性廃棄物を排出することから、商業ベースで大量生産できるのはファルコン・スチール社に限られていた。

そこで祖父は、不純物の多い中間生産物からも効率的にニムロディウムを精錬できる技術の開発に取り組んだ。それが真空直接電解法だ。

この精錬システムは、ニムロイド鉱石の中間生産物を電解し、直接的にニムロディウムを抽出するもので、全工程にかかる手間と時間を大幅に短縮し、従来の製造コストの半分以下で九九・九九九九パーセント以上の高純度ニムロディウムを精製することができる。しかも放射性廃棄物を一切排出せず、低品位な鉱石にも市場価値が生まれたことから、業界は諸手を挙げて歓迎した。しかも祖父はその技術を広く開放し、設備投資が困難な中堅メーカーでも精錬システムを導入できるよう計らった。

これにより、ファルコン・マイニング社やファルコン・スチール社に依存していた業界に風穴が空き、脱ファルコン・マイニング社の機運が一気に高まった。

また非常に高価だったニムロディウムが手頃な価格で入手できるようになったことから、航空、建設、電子機器、医療など、様々な分野にいっそうの技術革新をもたらした。

この成功を機に、マクダエル特殊鋼は『マクダエル・インダストリアル社』に社号を改め、MIGを再編し、名実共に新たな第一歩を踏み出したのである。

*4) 精錬と『真空直接電解法』について
鉱石から金属成分を取り出す工程を『製錬』、製錬によって得られた不純物の多い金属から、さらに高純度の金属を取り出す工程を『精錬』という。本作に登場する『真空直接電解法』は、ニムロイド鉱石の製錬によって得られた中間生産物から不純物を取り除き、純度九九・九九九九パーセント以上のニムロディウムを取り出す精錬法である。

【科学コラム】 海底鉱物資源の採掘について

マンガン団塊やコバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床といった『海底鉱物資源』の存在は20世紀半ばから知られてきました。
世界中の海洋機関で研究が進められ、様々な採鉱システムのモデルが設計されてきましたが、いまだ商業的に採算のとれる採鉱システムは確立されていません。

もっとも、パプアニューギニアで展開するNautilus Mineralsや、日本の石油天然ガス・金属鉱物資源機構が牽引するプロジェクトは相当に出来上がっていて、早ければ、21世紀半ばには世界初の採鉱システムがお目見えするかもしれません。

参照 『海底鉱物、大量採掘に成功 20年半ば、商用化目指す』(京都新聞) (リンク先は削除されています。

ところで、なぜ鉱業なのか……といえば、『鉱業問題が手軽に分かる『コルタン狂想曲』と『ブラッド・ダイヤモンド』にも書いているように、政治、経済、製造、医療、娯楽、地球上の全ての人の暮らしは、鉱物資源に支えられているからです。世界紛争の元を辿れば、たいがい、そこには資源が絡んでいます。どれほど優れた技術や設備があっても、製品の元となる鉱物資源が入手できなければ、全ては絵に描いた餅にすぎないからです。

そして、世界の鉱業における最大の悲劇は、資源産出国の多くが後進国や紛争地域に偏り、豊富な資金や技術を有する先進国の進出によって、本来、恵みを得るべき地元民が何の利益も得られないばかりか、逆に、資本国の思惑に翻弄され、劣悪な環境から抜け出せなかったり、紛争の犠牲になったり、決して幸せを掴むことはできないからです。

しかし、こうした世界の構図も、海底鉱物資源の採掘――それも機械化された安全かつ効率的な採鉱システムによって、大きく変わる可能性があります。もし、日本が、鉱物資源を輸入する側ではなく、世界中に鉱物資源を輸出する側に立てば、それだけでも経済の仕組みは変化し、国際政治にも影響するようになるでしょう。

宇宙開発ばかりが注目され、海洋の方は人気も関心も今一つですが、日本の海洋技術は、世界経済のみならず政治やライフスタイルも変えるポテンシャルを秘めています。世界有数の調査船、調査技術、研究者や技術者を数多く有しています。四方を海に囲まれた日本こそが、世界を変えるトリガーになるわけです。これは決してマンガではなく、誇張でもありません。嘘だと思うなら、JAMSTEC | 海洋研究開発機構の公式サイトを見て下さい。こんな凄いものが20世紀から運航され、世界のトップクラスの頭脳と肩を並べて研究開発に打ち込んでいるのです。国民の大半が無関心なだけで、海のNASAなのです。

私もまた1995年からこのネタを追いかけ、願いと問題意識を込めて、長編小説に書きました。

サイトには、主に技術的な部分を掲載しています。

少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

【資料】 稀少金属(レアメタル)について

本作の要である『レアメタル(稀少金属)』とは、「地殻中での存在量が少ない」「産出箇所が特定の地域に集中している」「分離・精製が困難である」(放射線医学総合研究所パンフレットより)と定義されています。
『ニムロディウム』は架空の金属元素で、惑星ネンブロットのニムロデ鉱山から産出される『ニムロイド鉱石』に多量に含まれます。

これらのレアメタル、及び、レアアースは、その他の常用金属と組み合わせることで(もしくは単体で)、耐久性、強度、耐酸性といった、金属の持つ性質を飛躍的に高めることで知られ、自動車、電子機器、電化製品、建材、医療機器など、幅広い製品に使用されています。まさに現代文明の根幹を成す物質です。

本作では、主に宇宙文明を支える技術や製品にニムロディウムが大量に使われており、その産出地であるニムロデ鉱山、およびニムロイド鉱石の市場がファルコン・マイニング社にほぼ独占され、市場はおろか、政治経済にまで悪影響を及ぼすようになったことが話の発端です。

【動画で紹介】 美しくパワフルなレアメタルの世界

こちらは地球上に存在する稀少金属の中でも、もっとも賦存量が少ないとされるイリジウム

こちらは神がかり的に美しいバナジウム。天然物とは思えません。

こちらは液体みたいに不思議な性状をもつガリウム。融点はわずか29.3度。
人間の手の平で氷みたいに融解します。
ターミネーター2に登場する、液体金属のT-1000型を彷彿とさせますね!

こちらは強力な毒性を持つタリウム。
007 スペクターでも、スパイのミスター・ホワイトが、携帯電話に仕掛けたタリウムで毒殺されるエピソードが登場します。

このように各金属が有する、独特の性質を組み合わせて、耐熱、耐圧、防食といった機能を強化し、「錆びない建材」や「丈夫で軽量な傘(金属製品)」や「数千度の高温に耐えるロケットエンジン」などを作り出すのが合金設計の面白さです。

この分野は、今後ますます技術革新が求められますので、興味のある方は、ぜひ金属工学や冶金学などを目指して下さい。

最後に、地上で最も効果とされるルテチウム。
現在は放射線治療に用いられているようですが、

【資料】 紛争メタル(コンフリクトメタル)

鉱物資源が紛争の原因になるのは、主立った鉱山が政情不安な経済後進国や紛争地域に集中しているからです。

近年ではレオナルド・ディカプリオ主演のアクション映画『ブラッドダイヤモンド』でアフリカの紛争ダイヤの実態が注目を集めました。

とはいえ、レアメタルがなければ、どれほど優れた工業技術を有しても、アイデアを商品化することはできません。早い話、「我々の世界は矛盾そのものである」ということです。

こちらは、スマートフォンやタブレット、パソコンなど、IT機器のバッテリー(タンタルコンデンサー)に不可欠の鉱物資源、タンタル。

主に、ルワンダ、コンゴ民主共和国といった政情不安な地域で産出し、武装組織の資金源にもなっていることから、紛争メタル(コンフリクトメタル)の一つに指定され、国際的な取り組みがなされています。

紛争メタルに関しては、ゴルゴ13でもテーマに取り上げられています。
非常に面白い話なので、興味のある方はどうぞ。

https://novel.onl/mineral

【資料】 海底鉱物資源の採掘システムについて

そこで海底鉱物資源を採掘してはどうかという話が、もう数十年前から繰り返され、採掘システムのモデルも何通りも考案されてきましたが、いまだ、実現化に至っていません。

こちらは実際にパプアニューギニア海域で採掘を試みているNautilus Mineral社のプロモーションビデオです。

ここも2012年にはやるぞー、2015年にはやるぞー、2018年にはやるぞー、と言い続けて幾星霜。諸事情により未だ実現に至りません。

技術もそうですが、環境破壊や領海の問題も根深いんですね。

日本でも2020年半ばに商用化を目指す動きがありますが、どうなりますか。

こうした事も視野に入れて、現代の領海問題を見ると、なかなか興味深いですよ。

こちらは実際に商業採掘に向けてパプアニューギニア近海で操業しているNautilus Minreal社のプロモーションビデオ。
今年、来年、また来年……と言い続けて、幾星霜。
近年の環境保護活動を見ていると、技術的に可能でも、政治的、倫理的に商業化は超絶にハードルが高そうです。

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