海洋小説 MORGENROOD -曙光 海とレアメタルの本格SF小説

魂の幸福とは、自身を肯定し『それでよし』と思える気持ち

第1章 運命と意思 ~ローエングリン・大堤防(6)

君が心の底から
『これが生だったのか。よし、それならもう一度!』と思えたら、
それが本当の魂の幸福だ。

MORGENROOD -曙光
あらすじ
言葉の問題を克服するが、級友に『鼻づまり』と馬鹿にされ「死にたい」と打ち明けるヴァルター。父親のグンターは何と励ませばいいのか分からない。母はニーチェの『ツァラトゥストラ』の冒頭を語り、肝心なのは自身を肯定し、「それでよし」と思える気持ちだと諭す。
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死んでしまいたい

しかしながら、子供の回り道は大人が思うほど単純でもない。ほんの一年でも、子供にとっては何年分もの開きがある。

まず担任教諭にテキスト読み上げスキャナーを補助的に使用することについて許可を得なければならないし、どこまで使用可能か、細かい取り決めも必要だ。テストは別室で一人で受けることもあり、好奇の目で見られることもある。なまじ読んだり書いたりできる為に、スキャナーを使えば怠け者とみなされ、本当に必要性があっても言い出しにくいようだ。

その上、発音がおかしいのを悟られまいとして余計につっかえたり、早口になったり。オステルハウト先生の教室で楽しくお喋りするようにはいかない。それがまた自信喪失に繋がり、状況は一進一退だ。

今まで通り特別支援学級でのんびり学習させた方が良かったかと思うが、それはそれで余りに周りと理解力が異なり、必ずしもベストの選択とはいえない。
そうして夏が過ぎ、秋が過ぎ、いつもの厳しい冬が訪れると、ヴァルターはいつになく沈み、家の中でも塞ぐことが多くなった。何かあったのかと尋ねても、「別に」と首を振るだけで、口を開こうともしない。

近頃は身体の鍛練を兼ねて、冬でも海岸を散歩するのが日課になっていたが、その日は零下十度を割り、凍えるような寒さだった。あまりの北風の強さに今日は無理と判断し、海に向かう途中で「帰ろう」と踵を返したが、ヴァルターはそんな父親の腕を掴み、「冬の海が見たい」と言う。

「いくらなんでも今日は無理だよ。肺炎でもこじらせたら大変だ。もう少し暖かい日に行こう」

だが、ヴァルターはぶんぶんと頭を振って、絶対に帰ろうとしない。いつものことだが、こうなると信じられないほど強情なのだ。

二歳の時も、庭先のブランコで唖然とさせられた事がある。

夏期休暇中の月曜日、アンヌ=マリーは気晴らしにデパートに出掛け、ヴァルターと二人で留守番をすることになった。二歳児ながら一日のスケジュールはきっちり決まっていて、少しでも段取りが違うと腹を立てたり、泣いたりし、一日を最初からやり直そうとする。

その日も「昼食の後はブランコ」と聞いていたが、あいにくの雨模様。「今日は土砂降りだから、ブランコは無理だよ」と諭しても、絶対にブランコに乗るといって聞かない。しまいに廊下に大の字になり、書斎のドアをどんどん蹴って「ブーラーンーコー!」と騒ぎ出した。いいかげん気が狂いそうになり、カッパを着せ、長靴を履かせて、大雨の中、リンゴの樹の下まで連れて行き、「ほら、ごらん。雨でびしょ濡れだ。こんなのでブランコなんか乗れるわけがない」と見せたが、ヴァルターはすたすたとブランコに腰掛けると、ずぶ濡れになりながら、ギィコギィコと無言でブランコを漕ぎ始めたのである。

(な……なんて強情な子だ……)

買い物から帰って来たアンヌ=マリーに一連の出来事を話すと、

「そういう時は、『まあ、大変!雨でブランコが故障だわ。明日の朝、お父さんに直してもらいましょう』と言うのよ。故障と分かれば納得するの。あの子に物を言い聞かせるには、ちょっとしたコツがいるのよ」

そこまでの機転はグンターには無い。

そして今も、息子自身が納得しなければ、家に帰るとは言わないだろう。

仕方ない。極寒の北海がどれほど厳しいか、身をもって体験すれば分かるだろう。グンターはヴァルターを連れて、海岸に向かう道を黙々と歩きだした。
海岸に近付くにつれ、強風にはみぞれが混じり、目も開けていられない。それでも堤防を越え、砂浜まで来ると、狂ったように打ちつける白波を見ながらヴァルターが言った。

「父さん。冬の海は何分くらいで死ぬの」

「は?」

「カールスルーエのお祖父ちゃんが『冬山で遭難したら眠るように死ぬ』と言ってた。でも、ネーデルラントには山は無いから、海で死ぬしかない。でも、俺は泳ぎが得意だから、夏の海では無理だ。死ぬなら、冬の海と決めてるんだ」

「な……何を訳の分からないことを言ってるんだ。死ぬだの、遭難だの、縁起でもない。まったく、カールスルーエのお祖父ちゃんもろくなことを教えない」

「そんなことはない。『オーシャン・プラネット』でもやっいてる。生き物はいつか死ぬ。だから、俺も冬の海で死ぬんだ」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。人間には人間の生がある。ゾウや魚みたいに死ぬわけじゃない」

「でも、死んだ方がいい」

「なんだって?」

「俺みたいな人間は生きていても仕方ないからだ。冬の海なら一瞬で凍るだろ」
「ヴァルター。そんな悲しい事を言わないでくれ。お前が死んだら、僕も、お母さんも、カールスルーエのお祖父ちゃんも、とても淋しいよ。死んだら、サッカーの試合も見られないし、お前の大好きなバームクーヘンも食べられない。死んでも、何も楽しいことなどありはしないよ」

「でも、死にたい」

「どうして」

「俺は頭が悪いからだ」

「ヴァルター……」

「皆に言われる。俺は頭が悪いから、文字も読めないし、喋り方も変だと。俺の鼻の奥にはエンドウ豆が詰まっていて、鼻くそみたいに臭いらしい。毎日洟(はな)もかんでるし、歯磨きもしてるのに、鼻くそと言われる」

「そんなひどい事を言う子がいるのか……」

「それだけじゃない。この前も隣のクラスの子に言われた。父さんがキャベツばっかり食べてるから、俺の頭もキャベツみたいに発酵してるって。ちゃんとオランダ語で喋ってるのに、何度もわざと聞き返したり、『ドイツ語で喋るな』と詰られる。俺もネーデルラントの人間なのに、いつもドイツ人に間違えられて、俺だけ違う海を彷徨ってるみたいだ。もう、こんなのイヤだよ。どこか遠くに行きたい。カールスルーエのお祖父ちゃんの所がいい」

「いつか自分の文化に誇りが持てるようになれば、そんな悪口は気にもならなくなるよ」

「そして、どうなるの?一生、どこの誰でもない、中途半端な混ざり物みたいに生きていくの?父さんは何でも完璧だから、俺の気持ちなんか分からないんだよ。でも、俺はこれからもずっと鼻くそと言われて、大人になっても多分直らない。ドイツ人でもない、ネーデルラント人でもない、キャベツ頭とバカにされ、一生鼻くそ呼ばわりされるぐらいなら死んだ方がましだよ」

「オステルハウト先生は、君の能力は発音ではなく、理解力にあると言ってたじゃないか。君は何でも本質を掴むのが早い。恒星と惑星の違いも、潮汐と月の引力の関係も、うるう年の仕組みも、小学校に上がる頃には理解してた。たった一度、『ザ・ユニバース』を見ただけで、なぜ恒星間飛行が可能になったか、大要を把握したじゃないか。鼻の奥のエンドウ豆ごときで、君の知性は損なわれたりしない。人生に必要な知恵と力が身に付けば、いつか絶望より理知の方が勝るようになる」

「そんなのウソだよ。恒星系の仕組みが理解できても、喋り方が変だと馬鹿にされる。大人になっても鼻くそと嘲られるぐらいなら、死んだ方がましだよ」

ヴァルターは身体を震わせて「死にたい、死んでやる」と泣きじゃくり、グンターもそんな我が子をひしと抱きしめるばかりだ。

ツァラトゥストラ

数日後、カールスルーエの母がヴァルターの大好きなバームクーヘンやシュネーバルドイツの揚げ菓子をいっぱい送ってくれた。御礼の電話を入れた際、海での出来事を話すと、母がおもむろに言った。

「《地上に生きることは、かいのあることだ。ツァラトゥストラと共にした一日、一つの祭りが、わたしに地を愛することを教えたのだ。『これが――生だったのか』わたしは死に向かって言おう。『よし!それならもう一度』と》」

グンターがはっと顔を上げると、母はさらに暗誦を続けた。

「《おまえたちがかつて『一度』を二度欲したことがあるなら、かつて『おまえはわたしの気に入った、幸福よ、刹那よ、瞬間よ』と言ったことがあるなら、それならおまえたちはいっさいのことの回帰を欲したのだ。おまえたち、永遠な者たちよ、世界を愛せよ、永遠に、また不断に。痛みに向かっても『去れ、しかし帰ってこい』と言え。全ての悦楽は――永遠を欲するからだ》」

それから席を立ち、居間の書架から一冊の古びた本を取ってくると、背表紙をカメラに近づけた。

《Also sprach Zarathustra ツァラトゥストラはかく語りき *28》

「あなたは最後まで読んだことがなかったでしょう。中学生の頃、最初の数ページを繰っただけで、『僕、こういうの苦手だ。くどくど五月蠅い感じがする』とすぐに書架に戻してしまったから。ワーグナーが好きなら、いつかこの本にも手を伸ばすだろうと期待してたのだけど」

「すっかり忘れてたよ」

「そうね。あなたも読まないし、お父さんも読まない。ミュンヘンの家族もほとんど興味がない。唯一、愛読していたのは巨人族のお父さま。つまり、あなたのお祖父さんよ」

「意外だな。僕の記憶では、政府の機関紙やビジネス書ばかり読んでいた記憶があるけど」

「そうね。お年を召してからは、実用的な読み物ばかりだったものね。でも、私がここに嫁いできた時、どうしてだか居間の本立てにあったの。お好きなんですか?と聞いたら、『若い時にな』って。なんだか気恥ずかしそうだったから、それ以上は聞かなかったけど、相当入れ込んだ時期があったんじゃないかしら」

「我が家では忘れ去られた書物なんだね」

「皆がそれぞれに幸福で、生きる知恵に長けていたからでしょう。あなただって、そこまで自己を探求したことはないはずよ。哲学や自己啓発の本を読み漁ることもなければ、思索や創作に耽ることもない」

「高校の時、父さんと喧嘩したぐらいだよ」

「でも、ヴァルターは違う。多言語の環境に育って、ドイツ名のオランダ人。両親も地元の人ではないし、子供にとっては辛いハンディもある。自分だけ皆と違って、どこの誰でもないような疎外感を覚えるのでしょう。口に出さないだけで、自分は何ものか、どうすれば周りに認めてもらえるのか、ずっと心の中で考えているはずよ」

「僕はどう力付ければいい?」

「この本に書いてあることを教えてあげればどうかしら。魂の幸福とは、自身を肯定し、生きることを悦ぶ気持ちだと」

「自身を肯定し、生きることを悦ぶ……」

「あなたは以前からあの子の言葉の問題を直そう、直さなければと躍起になっている。その気持ちは理解できるし、訓練次第で改善するのも本当でしょう。でも、直らないからといって、あの子の価値が半減するわけでもない。肝心なのは、受け入れること。言葉に不自由しようが、周りに誤解されようが、『それでよし!』と思える気持ちでしょう」

確かにその通りだ。

たとえ言葉の問題を克服しても、周りと見比べて「駄目だ」と落ち込むようでは、魂の幸福など永遠に訪れない。

「でも、どうやって教えればいい? 僕でさえ自分自身を肯定するのは難しい。いつもこれで良かったのか、他にもっとやりようがあるんじゃないかと落ち込んでばかりだ。こんな状態で、あの子に肯定の気持ちなど教えられるわけがない」

「あなた、自分の仕事はどうなの?上級技師の資格試験を受けると言って、まだ受けてないの?」

「そんな余裕はないよ。スピーチセラピーの送り迎えに水泳教室、散歩にサッカー、図書館の読書会、夜はあの子の勉強を見るのに精一杯だし、土日もいろんな遊びを考えて、あの子を楽しませて……」

「驚いた。それじゃあ、自分の時間など一分もないじゃないの。朝から晩まであの子にくっついて、面倒ばかり見ているの?」

「だって、今が一番大事な時期だし、僕かアンナが側に付いてないと、すぐに心が塞いで、閉じこもってしまうから」

「気持ちは分かるけど、それではあなたもアンヌさんも気持ちが参ってしまうでしょう。あの子の面倒を見るのを心底楽しんでいるならともかく、あなた方だって、多少は負担に感じているのでしょう」

「……」

「たまにはアンヌさんと二人で食事に出かけたり、ドレスアップして劇場に出掛けたり、自分たちの人生も楽しんではどうなの」

グンターはここ数年、遊びらしい遊びも体験した事がないのに気付いた。夫婦で出掛けても、学校だったり、スピーチセラピーだったり、真ん中にはいつもヴァルターがいて、それ以外の娯楽など考えたこともない。

「子供は親の幸せそうな姿を見て、人生の楽しみ方を学ぶのよ。あなたが自分に懐疑的で、迷ってばかりなのに、どうしてあの子に肯定の気持ちを教えられるの?このまま上級試験も受けず、第二次デルタ計画に参画する目標も達成せずでは、それこそ本末転倒でしょう。あなたの人生あっての、あの子じゃないの。この本も送ってあげるから、少し自分たちの生き方を見つめ直してごらんなさい」

魂の幸福

数日後、母から本が届き、グンターは寝床の中で一ページずつ読み始めた。

いつもベッドに入る頃にはくたくたで、読書する余裕もなかったが、数分でも本に触れると、ずっと見失っていたものが心に呼び覚まされる。

《わたしはあなたがたに超人を教える。人間とは乗り越えられるべきものである》

《人間において偉大な点は、かれらがひとつの橋であって、目的ではないことだ。人間において愛しうる点は、かれが過渡であり、没落であるということである》

《創造――それは苦悩からわれわれを解放する大いなる救いであり、生の軽快化である。だがまだ、創造する者が生まれ出るために、苦悩と多くの変身が必要なのである》

《創造する者とは、人間の目的を打ち立て、大地に意味と未来を与えるものである》

《いまはまだ一切が眠っている、とかれは言った。海も眠っている。海は眠りに酔い、未知の者を見る目つきで、わたしのほうを見ている。しかし、それにもかかわらず、海はあたたかく息づいている。それをわたしは感ずる。わたしはまた海が夢みていることも感ずる。海は夢みながら、堅いしとねの上で身を輾転させているのだ》

《わたしはわたしの目標をめざす。わたしはわたしの道を行く。ためらう者、怠るものをわたしは飛び越そう。こうして私の行路はかれらの没落であるように》*29

グンターはいつしか自分自身が夢中になっていた。学生時代、なぜこの本に見向きもしなかったのか不思議なくらいだ。

『生を肯定する』

このシンプルな諦観が、人によっては何故こうも難しいのか。

人は誰でも自分が好きで、自分第一という印象があるが、「自己満足」と「肯定」は違う。肯定は、自分自身にとどまらず、この世の全てを包括した生の賛歌だ。世の中の矛盾も、身を切るような不運も、ありのままを受け入れ、生そのものを楽しむことができる。生を肯定できなければ、何を得ても虚しいし、失敗すれば損に感じるだけだろう。逆に、どれほど周りから劣っても、思う通りに生きられなくても、心の底から『これが生だったのか、よし、それならもう一度!』と思えたら、あらゆる苦悩から解放され、生きることを楽しむことができる。

「だから、ヴァルター。皆と違っても、上手く出来ないことがあっても、君が心の底から『これが生だったのか。よし、それならもう一度!』と思えたら、それが本当の魂の幸福だ。辛いことがあっても、これが自分の人生だと胸を張って生きられるようになる」

「もう一度、何をするの?」

「生きることだ。ewig wiederkehren(永劫回帰)といって、同じ自分、同じ人生を、何度生きてもいいと思えるくらい、この生を愛して悦ぶ気持ちだよ」

「ewig wiede……難しくてわかんないよ」

「じゃあ、こう言おう。Der Ring der Ewigkeit――『永遠の環』だ。たとえば、太陽は海の向こうに沈んでも、また昇って輝きたいと願う。それは太陽である自分自身を悦んでいるからだ。それと同じように、君もこの人生、同じ自分を何度生きてもいいと思えるようになれば、あらゆる苦悩から解放されて、自由になれる」

「俺が何度も生きるの?そんなのイヤだよ、俺、早く死にたいのに」

「そうじゃない、ヴァルター。俺が何度も生きるんじゃない。何度生きてもいいと思えるほど、自らの生を悦ぶという意味だ」

「『悦ぶ』って、どうやって?毎日、バームクーヘンを食べるの?」

「やっぱり君には難しすぎるかな。じゃあ、こうしよう。これからお父さんの言うことをしっかり頭の片隅にメモするんだ。今は意味が解らなくてもいい。丸ごと暗記して、折に触れ思い出して。そうすれば、いつかきっと人生の助けになる。『グンター・フォーゲルもかく語りき』だ。世界で唯一、君のための哲学書だよ」

それからグンターはいろんなことを語って聞かせた。

創造とは。人生とは。運命愛とは。

ヴァルターは聞いているのか、いないのか、退屈そうに砂に絵文字を描いたり、ぼんやり海を眺めたり、水面に小石を投げたり。時にはあくびをしながら、英語やオランダ語で独り言を言ったりもする。それでも息子の頭にひたすら書き付ける。いつの日か、それが人生の導き手となるように。

「ヴァルター、どうか忘れないで。生きるということは、一つの魂の経験だ。周りがどう思うかは問題じゃない。自分でどれだけ納得できるかだよ。命ある限り、人は何かを為すチャンスを与えられる。そして、人生は一度きりだ。どんな時も、自分で納得がいくよう、精一杯生きてごらん。そうすれば、思う通りにならなくても、辛いことがいっぱいでも、生に感謝するようになる。いつの日か、君が昇る朝日に両手を広げ、『これが生だったのか。よし、それならもう一度』と言えたなら、それが僕と君の魂の幸福だ」

文中に登場する日本語訳は『ツァラトゥストラ (中公文庫) 』手塚 富雄 (訳)より引用。

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