結局、何も出来ないし、本気でやろうとしないのだ ~リズの決意

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第二章 採鉱プラットフォーム ~ミッション開始 (8)
STORY
リズは父が密かに所有する海辺の別荘に滞在する。 美しい眺望を前に、リズは父の採鉱事業と現在の心中を思い、結局、何も出来ないし、本気でやろうとしない自身を省みる。 そんな心境の変化をもたらしたのは、十六歳の頃から一人暮らしで、自立心の強いヴァルターの存在があった。

九月七日。土曜日。

リズはカーテンの隙間から差し込む爽やかな朝の光で目を覚ました。

父娘が滞在する海の別荘は、高級住宅街(ゲーテツド・コミユニティ)から少し離れた海岸沿いにある。そこはローレンシア島でも屈指の砂浜海岸で、南洋のように美しい弓形の汀線が南北に300メートルほど続いている。背後にはなだらかな丘陵が広がり、砂浜の幅は百メートルにも満たないが、かえってセキュリティにはプラスに働くようだ。

父が十八年前に建てた海の別荘は丘陵の斜面、砂浜から一段高い位置にある。どの部屋からも美しい海が一望でき、リビングのデッキテラスから波打ち際まで歩いて行くことができる。すぐ側には巨大な岩山がオコゼのように海に突き出し、歩いて向こう側に行くことはできないが、かえって外からの侵入を遮るのに都合がいい。弓形浜の向こう側も同じように高さ十メートルの海食崖が行く手を遮り、いわば二つの岩山に守られた天然の要塞だ。父の話では、海岸一帯にはたくさんのセンサーや監視カメラが設置され、人工衛星からも周囲の様子をチェックしているらしい。

だが、居室のカーテンを開き、ルーフバルコニーから砂浜を見渡すと、おどろおどろしい現実とはかけ離れた美しい風景が広がる。朝の光が宝石のように水面を跳ね、打ち寄せる波音も子守唄のように優しい。

海の別荘はアジアン・テイストを取り入れたコテージ風の三階建てで、一階にリビングとダイニングキッチン、二階に父の寝室と書斎と浴室、三階にバスルーム付きの居室と広いルーフバルコニーがある。床や柱にはダークブラウンの天然木材をふんだんに使い、南国ムードのウォーターヒヤシンス家具がアクセントを添えている。エルバラードの大邸宅に比べたら納屋のように小さいが、だだっ広いだけで、どこか空疎なエルバラードの邸宅より温もりがある。

(パパったら、ずるい。自分だけこんな素敵な別荘でくつろいで)

リズはぷっと頬をふくらませ、父が頑なにアステリアに来ることを拒み続けた所以だと思った。実際、彼女の心は海に捉えられ、本気でここに定住したいと思い始めている。永住するかどうかはともかく、せめて十月十五日の接続ミッションに成功し、採鉱事業の行方が明らかになるまでは――。

ほどなくインターホンが鳴り、通いの家政婦が「朝食はどうなさいますか」と尋ねた。

「軽く焼いたベーグルにブルーベリーのフロマージュを添えてちょうだい。シリアルはボウルに半分ほど、フルーツを多めにね。飲み物はグレープフルーツ・ジュースでいいわ。食後にミルクティーをお願い」

程なく家政婦が朝食を銀のトレイにのせて持ってきた。

家政婦はマルティナという名の五十代後半の女性で、もう十七年も家事を手伝いに来ている。家政婦といっても一日中拘束されるわけではなく、午前中に掃除、洗濯、買い物、夕食の仕込みを手早く済ませ、昼過ぎには帰ってしまう。

父は、朝食は冷蔵庫の残り物を適当にかっこみ、昼にボリュームたっぷりのビジネスランチをとって、夜は田舎料理のように質素な食事で済ますのが常だ。マルティナはサラダや煮込み料理を作り置きし、父はそれを自分で加熱して食べる。それもエルバラードの邸宅では考えられないことだ。

リズはガーデンテラスのデッキチェアに腰掛け、グレープフルーツ・ジュースを飲みながら、今一度、目の前の海を見渡した。朝の光がダイヤモンドのように煌めき、見ているだけで幸せな気分になる。

なるほど、二十年前、父が思いがけなくアステリアでディベロッパー事業を始めたわけだ。

当初は「迷走するMIGの多角化経営」「無目的な事業拡張」と揶揄する声もあったが、父と出資者の思惑は大当たりし、地価も年々うなぎ登りである。《渡航制限のある海のリゾート》は、安全と娯楽を求めるトリヴィアの富裕層を強く引き付け、臨海の分譲地は即日完売、海の見える高級住宅やコンドミニアムも企画段階で買い手がつくほどで、その勢いはとどまるところを知らない。来春にはローレンシア島、ローランド島共々、幾多の商業施設やオフィスビルが一斉にオープンし、さらなる発展が見込まれている。

父は採鉱システムの開発に打ち込む傍ら、常に周辺の拡充を図ってきた。直接的に大きな利益を得られずとも、全体を底上げすれば、自ずと自分の立ち位置も押し上げられる、共存共栄の精神だ。

そんな父の口説き文句は、「あんたの所も儲けさせてやろうじゃないか」。

その動きは、時に他社優先だが、最終的には回り回って、自分の懐にも十分な利益が入る仕組みを作り上げる。父が優良なビジネスパートナーに事欠かないのも、「あの人と組めば儲かる」という声望と信頼感があるからだろう。

採鉱システムに関しては、鉱業権の問題もあって、三十年がかりの一大事業となったが、その間、父がアステリアに成したことは幅広い。物流、土地開発、インフラ整備、工場誘致など、産業振興はもちろんのこと、教育、医療福祉、娯楽など、庶民の暮らしの向上にも努めてきた。事業の成否を決めるのは資本や設備ではなく、突き詰めれば、現場スタッフの質による。優良な人材を集めようと思えば、充実した福利厚生は不可欠だし、本人だけでなく家族のサポートも必須だ。それも余計な出費に見えるが、スタッフが引き起こした事故や損失の後始末に追われたり、悪評の火消しに躍起になることを思えば安いものだと父は言う。これぞと思う人材がアステリアの暮らしに満足し、いつまでも辞めずに尽力してくれることが最大の資本だと。

そうした背景もあり、十月十五日の本採鉱は、MIGと関連企業だけでなく、父と共にこの地に新たな拠点を築き、事業と社会の発展に打ち込んできた全ての人が大きな期待を寄せている。父は平然としているが、プレッシャーもひとしおだろう。

著名な経営者を父に持ち、「恵まれている」と羨む人も多いが、傍で見ている家族には切ない事も多い。どれほど想っても、父の代わりに事業を采配し、産業省に乗り込んで直談判するような真似は出来ないからだ。

父は「アル・マクダエルの娘らしく、真面目に慎ましく暮らしておれば十分」と言うが、飾り人形じゃあるまいし、行く先々でにっこり笑って、品のいいお嬢さんを演じておれば、万事上手く回るわけでもないだろう。

実際、女性向けのビジネス誌には、毎月のように二世経営者の活躍が取り上げられ、同じ「大物経営者の娘」でも、こうも違うものかと嘆息させられる。

エヴァン・エーゼル基金も、鉱害病の高度医療センター設立という大きな目標を達成したが、その後の運営はネンブロットの行政機関に一任し、もはやリズの出る幕はない。もしかしたら自分も名乗りを上げるべきだったのかもしれないが、これといった才覚もなく、セキュリティの問題で行動もままならないことへの引け目と、謝恩会での屈辱的な出来事が彼女を弱腰にしていた。

(結局、何も出来ないし、本気でやろうとしないのだ)

リズは冷えたベーグルを口にしながら、ふとヴァルター・フォーゲルのことを思い浮かべた。

十六歳の時からずっと寄宿舎や社宅で一人暮らしというなら、朝夕の食事も、掃除も、洗濯も、全部自分でしているのだろう。雨の日も、風の日も、病気で具合が悪い時も……。言えば何でも銀のお盆で運ばれてきて、まともに料理すらしたことがない自分とは大違いだ。

リズは食事を終えると、自分で銀のトレイを持ってキッチンに降りた。マルティナは「私がしますのに」と慌てたが、リズは静かに頭を振り、「これぐらい、自分でします」と自分で使ったプレートを洗い始めた。

先に朝食を済ませてリビングでくつろいでいたアルは、そんな娘の姿をちらと見やり、満足げに顔をほころばせた。

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