巨大建設の公共性をめぐる意見の対立 ~不透明な試算と自治体の負担

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【建築コラム】 巨大建設の負債と公共性

いつの時代も、どこの国でも、一時の必要性や話題性から巨大建設が作られることがあります。オリンピックや万博会場もそうですし、巨大モニュメントやテーマパークもそうです。

イベントの後、何らかの形で活用できればいいですが、まるでゴーストタウン、廃墟と化した世界の五輪開催地10選廃墟と化した過去のオリンピック開催地の写真みたいになってしまえば、それに費やした巨額の税金や寄付金はどうなるのか……と首をひねりたくなりますね。

一時の利益も大事ですが、巨大施設の場合、移動遊園地のように、不要になったら片づける……というワケにいきません。

取り壊しにも巨額の費用がかかります。

そして、それは誰が負担するのか。

市民の目が厳しくなるのも当然です。

本作では、「海上のヴェニス」と称えられる高級リゾート、海上都市『パラディオン』の建設をめぐり、様々な意見が飛び交います。

高級リゾートが呼び水となり、アステリアに富が流れ込む……というのが、推進派の主張ですが、建設と施設の維持費には莫大な公費が必要です。

また、富裕層が移住することで、支配構造も持ち込まれ、これまでの自由公正な機運に翳りがさすことを市民は恐れているのです。

建築も、巨大化し、人が集まれば、建築以上の意味を持ちます。

そして、ひとたび建設されたものは、二度と元に戻せません。

このパートでは、推進派と慎重派が激しく意見を交わします。

その過程で、第二の試算が提示され、これまで見込まれてきたよりも、はるかに巨大な建設費を要することが明らかになります。

【小説】 パラディオン建設をめぐって

ペネロペ湾開発のアイデアコンペで、海上のヴェニスと称えられる『パラディオン』が一位に選出されるが、莫大な建築費と維持費がかかることから、公共性に異議を唱える者も多い。

表彰式の質疑応答で、ヴァルターが自身の考案する干拓型の海洋都市『リング』を提示したことを知ったリズは、彼にもアイデアを発表するチャンスを与えるべく、区政の開発委員会で「全体構想」の対案を募集することを提案する。

高所得者向けの洋上リゾート『パラディオン』か。干拓型の海洋都市『リング』か。

世間が中止する中、アステリア開発協議会が開かれ、議員らの意見は、『パラディオン』の公共性をめぐって、真っ向から対立する。

警察や消防署の取り調べで、(水上ハウスの)火災の経緯が明らかになるにつれ、住民の間ではいっそう不満が高まり、区政センターにも苦情や疑問の声が多数寄せられている。

十二月末には、水上コロニーおよびサマーヴィル住民から相当数の署名が提出され、これまで「一部の不平」で片付けられていた声がもはや無視できぬところまで膨れ上がっているのを強く印象づけた。

これまで無視を決め込み、市場の勢いに乗じてパラディオン建設に漕ぎ着けようとしていた推進派も、さすがに再考せざるを得なくなったようだ。

それでも、だらだら討議を繰り返し、一月も半ばになった頃、ついにリズは痺れを切らしたように全体構想の公募を提案した。

「パラディオン計画の見直しにはそれなりの理由が必要だと仰るなら、それに代わるアイデアを募る以外にないのではないですか。他に有用なアイデアがあるなら、それで十分、民意も得られるはずです」

「ミス・マクダエルの言う通りだよ」

と白髪のミムラ管理委員も同意した。

「パラディオンの是非を云々したところで根本的な解決にはならない。アステリアの住民が求めているのは、ペネロペ湾をどうするかの話ではなく、アステリア全体の展望だ。皆が納得のいくような明るい見通しだよ。たとえ五年、十年かかっても、その先に豊かな未来が開けると分かれば、多少の苦労も乗り越えられる。もちろん、即効性のある処方も必要だが、旧港の補修や集合住宅の増設といったことは、手持ちのカードで十分に対応できるだろう。今、多くの区民は、この先アステリアがどこに向かうのか、明確な指針を求めている。その方策の一つとして選出されたパラディオンに『NO』を突きつけているんだ。それでも強行すべき理由がどこにあるのかね」

「では、またコンペをやり直すのかね」

推進派の一人がうんざりしたように切り返すと、

「コンペではない。討論だ。互いにアイデアを持ち寄って、徹底的に議論を尽くす」

「では、誰がジャッジするのです」

「決まってるじゃないか。区民だよ。トリヴィア市民も参加すればいい。彼らの税金も建設費に使われるんだ。トリヴィア市民にも一票投じる権利はある」

「市民に重大決議を委ねるのですか」

「大統領の選出も、憲法改正も、全体投票で決めておる!」

ミムラ委員が一喝すると、リズが控えめに進言した。

「有識者による審査の後、区民投票で決めるのはいかがでしょう。どんな構想を出すにせよ、ある程度の水準は必要だと思います。最初に専門家による検証を行い、一定の基準を満たしたものについて、発案者が区民に向けてプレゼンテーションする、という流れです」

「無駄足だ」

推進派の一人が反駁した。

「まだこの上に全体構想を募集して、どこまで話を掻き回せば気が済むのです。ペネロペ湾のアイデアコンペを公募した時、ここまで異議はなかった。それがパラディオンに決まった途端、非難囂々だ。パラディオンにしたって、公開プレゼンテーションやオフィシャルサイトでの人気投票など、一般人の声も参考に選出された。それが今頃になって計画の見直しだの、全体構想だの、人を馬鹿にするのも程がある。実作に向けて、既に動き出している調査会社や設計事務所もあるのです。それらも無視して否決ですか」

「実際に着工すれば、もっと取り返しのつかないことになるよ」

ミムラ委員も強い口調で帰した。

「実際に建設が始まれば、施工ミスだの、悪天候だの、想定外のトラブルで経費が膨らむのは目に見えている。ローレンシア島の海上空港だって、最初の試算より一・三倍多かった。もっとも、あれは必要不可欠な施設だったから、政府も必死にやり繰りして完成に漕ぎ着けたがね。だが、パラディオンの予算はそれ以上だ。誤差も海上空港の比ではないだろう。百万、二百万の話なら、別のところを削って建設費に充てることも可能だが、十億、百億、まして兆単位の誤差になれば、『すみませんでした』と謝って済むものではないよ。皆それを懸念しているのだ」

その時、様観していた協議員の一人が挙手し、「こちらの資料を見て頂けませんか」と大型プロジェクタに新しい試算表を写し出した。

それは我が目を疑うような数値であった。

これまで産業省の試算では「総工費二十兆」とされてきたが、別の専門機関がきわめて忠実に工程をシミュレーションし、海洋構造物の維持費や、航路・空路のインフラ整備、上下水道・給電システムの拡張工事など、これまで無視されてきた箇所も加えて計算し直したところ、総額は二十五兆を超え、アステリアのみならずトリヴィアの財政も圧迫する内容になっている。

推進派は顔を真っ赤にし、「でたらめだ! 悪意をもって試算されたとしか思えない」と反論したが、

「でたらめではありません」

提出した協議員が答えた。

「エルバラード大学の土木研究所で試算させたものです。今まで試算は産業省内だけで行われ、セカンド・オピニオンを仰ぐこともありませんでした。これほどの巨大建設にもかかわらず、最高の権威である土木研究所に一つの問い合わせもなかったのが不思議なくらいです」

一同がざわつくと、ミムラ委員も「だから不透明と言われるんだ」と一喝した。

「どこの誰が試算したかも分からない机上の数値を振りかざし、全体の利益になるなどと大言するから不審を買うんだよ!」

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世界の爆笑・失敗建設。設計図が悪いのか、施工管理が悪いのか。笑いで済むうちはいいですが。

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