重役会議とプレゼンテーション ~理路整然と説明する

この投稿は、海洋科学、鉱業、建築・土木をテーマにしたフィクションです。詳しくは作品詳細をご参照下さい。


第二章 採鉱プラットフォーム ~くちづけ(3)
STORY
上司のアル・マクダエルから海洋情報ネットワークのプレゼンテーションをするよう命じられたヴァルターは適当に準備して出社する。 だが、彼を待ち受けていたのは重役会議だった。MIGの重鎮に突っ込まれ、大恥をかいたヴァルターは晩餐会をキャンセルし、アルにもそっぽを向く。 彼の心中を察したリズは一人淋しく晩餐会を過ごしたが、重役会議に同席したオイラーからヴァルターの話を聞いて、胸をときめかせる。 一方、アルは彼の優れたプレゼンテーション能力を見抜き、どうやって『リング』のアイデアを聞き出したものかと画策する。

ヴァルターがアル・マクダエルから電話を受け取ったのは、翌朝九時のことだ。

ベッドの中でまどろんでいると、突然呼び出し音が鳴り、びっくりして飛び起きた。

早起きの爺さんは、きびきびした声で、明日の午後からエンタープライズ社でミーティングを行うからプレゼンテーションの準備をしろと言う。

「でも、明日はプラットフォームに戻る予定だ」

「その事ならマードックに了解済みだ。一日延期しろ」

「それはいいけど、何のプレゼンテーションだよ?」

「先週の木曜日に電話でいろいろ話しただろう。海洋情報ネットワークとか、何とか。それを企画書にまとめて、出席者に説明しろ。とりあえず概念が伝われば、それでいい」

「だが、あれは単なる思いつきだ。人に話すほどの価値があるとは思えない」

「価値があるかどうかは、わしが決めることだ。お前が判断することじゃない。お前の任務は、自分のアイデアをいかに分かりやすく伝えるかだ。いいから言われた通りにしろ。明日の正午にはエンタープライズ社に顔を出せ。褒美はサフィールのディナーだ」

またも一方的に電話が切れた。

(タヌキめ)

彼は携帯電話をナイトテーブルに投げ出すと、猛然とベッドから出た。

『価値があるかどうかは、わしが決める』だと? いったい、何様のつもりだ。

いつもながら横柄な物言いに怒りが込み上げるが、確かにその通りではある。何に投資し、何を事業化するか、最終的に決定するのはアル・マクダエルだからだ。

だから今は「自分で良し悪しを判断するな」――アイデアをいかに分かりやすく伝えるかに集中しろということか。

彼は気を取り直してバスルームに行くと、軽く身繕いして目玉焼きトーストの朝食を作った。

それからエンタープライズ社の汎用ネットワークにアクセスし、企画書のテンプレートをダウンロードすると、先日、アル・マクダエルに話した「海洋情報ネットワーク」「洋上風力発電ファームと太陽光発電パネル」「プラットフォームの節電と人員配置の見直し」「モニタリングの一元化」といったアイデアを一つずつ書き出していった。

あっという間に正午になり、冷凍ピザをかじりながら、さらに作業を続ける。

明日はご馳走なら、今日は冷凍ピザで十分だ。

*

翌日、エンタープライズ社の社長室に顔を出すと、アル・マクダエルは彼を一瞥するなり「着替えてこい」と言った。

彼は今日も通販で買ったカジュアルチェックのシャツにジーンズという軽装で、これ以上に見栄えのいい服はない。

「これしか持ってない」

彼が憮然と返すと、

「だったら、ポートスクエアの『MEGA MART』で買ってこい。二万エルクも出せば、それなりのビジネススーツが買える。ついでに髪も切るんだ。その頭で重役会議に出たら承知せんぞ」

「重役会議?」

「そうだ。重役会議だ。今日、MIGの最高幹部を集めた定例会が開かれる。何人かは既に現地入りして、社内で待機中だ」

「あんた、重役会議なんて一言も言わなかったじゃないか」

「言えば、そのように準備してくるだろう。だが、ただのミーティングと思えば、お前も多少は手抜きするはずだ。その手抜きの状態で、自分のアイデアをどれだけ簡潔に伝えられるか、いい実験場になる」

「……きたねぇ」

「何が汚いんだ。チャンスはいつ訪れるか分からん。明日にも有力なビジネスパートナーと廊下ですれ違うかもしれないんだ。その時に相手の興味を引く話の一つもできなくて、どうしてチャンスを掴めるね」

「俺は喋りは苦手だ」

「その割りには、再建コンペのプレゼンテーションはたいした熱弁だったじゃないか」

「なんでそんなことまで知ってるんだ?」

「わしは何でも知ってるんだよ。お前が夕べ、娘を泣かせたこともな」

「ちょっと待ってくれ、あれは……」

「そうだよ、娘はお前の言葉に感動して泣いて帰ってきたんだ。それだけ口が上手ければ、プレゼンテーションの一つや二つ、どうってことないだろう。話が分かれば、髪を切って、スーツに着替えてこい。スーツ代は次の給料から差し引いておく」

「スーツは妥協する。でも、髪を切るのはいやだ」

「三センチでいい。切ってこい」

「長すぎる。二センチで十分だ」

「二・五センチだ。それ以下は許さん」

彼は憤然としながら社長室を出た。

あのタヌキ、どこまで人を嬲り者にしたら気が済むんだ?

*

その頃、『サフィール』の小宴会場では招待客が楕円形のテーブルに着き、フランス風の創作料理に舌鼓を打っている。

アルは上座に座り、右隣にはトリヴィアから来訪したMIG執行委員長、左隣にはインダストリアル社のロイス副社長、その他の席には関連会社の社長や常務など、採鉱事業に関わる面々が顔を揃えている。

堅苦しい席にもかかわらず、先ほどから何度も笑い声が上がっているのは、楕円テーブルの真ん中でリズが懸命にホステス役を務めているからだろう。

今日は春風のように優しいピンクベージュのワンピースを身に付け、こぼれるような花珠真珠のネックレスとお揃いのイヤリングでアクセントを添えている。髪も華やかなポンパドゥール風に編み上げ、いつになく優美な印象だ。

誰かが来ないので、もっと暗い顔をするかと思っていたら、「どうせまた無理難題を押しつけたのでしょう」と口を尖らせ、ぷいと背を向けて席に着いた。それから先日の思い出に支えられるように微笑み、受け答え、懸命に場を盛り上げている。

アルは食事もそこそこに、デザートのガトー・ショコラを持ってこさせると、周りの役員らと軽く言葉を交わしながら、重役会議を思い返した。

不意打ちであの男を引っ張り出し、頭の中にあるアイデアを説明させたが、プラットフォームに来てから一ヶ月も経たないのに、よくここまで現場の実情や採鉱事業の本質、アステリアの抱える根本的な問題を看破したものだ。

しかも、発表の場にスライドもビデオも、何も無い。一夜漬けで仕上げた企画書だけを手掛かりに、人員配置の見直しや節電対策、システムの一元管理、情報資産としての海洋調査データの活用など、あの晩電話で話したことを、現場を知らない重役らに理路整然と解説してみせた。再建コンペのプレゼンテーションも決してまぐれではなく、やはり能力として身に備わっているのだろう。

だが、初期投資はどうするか、管理体制は、財務計画は、他部署との連携は、等々、実務面で切り込まれるとたちまち論調が弱くなる。当然だ。彼にはマネジメントの経験など皆無なのだから。百戦錬磨の重役らに、「アイデアだけずらずら並べても、具体性がなければ実効性はないし、『こういう風になるでしょう』という見込みだけで計画は立たないんだよ」「理想としては分かるが、それだけの設備を揃えるのに幾らかかるか、試算はしてないのかね」「それでは融資の材料にもならないよ」と絞られ、彼のプライドもずたずただ。最後は一言も発せず、木偶の坊みたいに立ち尽くしていた。

その時、会議室に居合わせた重役の一人が「もう十分じゃないか」と助け船を出した。

マルティン・オイラー。

MIGエンジニアリング社の副社長で、採鉱プラットフォームを技術面から支える統轄部長だ。ぽこっと突き出たビール腹に陽気な丸顔で、若い社員にも人気がある。

オイラーは、こういう時だけ新人いびりに精を出す重役らをうんざりしたように見回すと、

「今日はあくまでアイデアを紹介するのが目的だろう。準備期間もなしに、それ以上の具体性を求めるのは酷というものだよ。プラットフォームに来て、まだ一週間ほどしか経たないのに、これだけ問題点を指摘して、なおかつ対策を提示できるだけでも大したものだ。何をそんなに皆でけなす必要があるのかね。ところで、Sprechen Sie Deutsch? (君はドイツ語が話せるの?)」

「……Ja(はい)」

「じゃあ、後でゆっくり話そう。わたしも英語でぺらぺらお喋りするのは苦手でね」

オイラーは片目をつぶって見せると、接続ミッションの段取りについて話題を変えた。

ヴァルターは席に着き、自分で作成した企画書をじっと見つめていたが、その顔は怒りと恥辱で今にも火が噴き出しそうだった。

だが、アルは気にしない。

これだけインパクトが強ければ、物覚えの悪い重役も、顔だけは脳裏に焼き付く。顔を覚えてもらえば、次にまた何かを仕掛ける時、アプローチしやすくなる。それが格段に進歩すれば、「勉強熱心な若者」と今度は好意を持って受け入れられるだろう。

(さて、どうしたものか)

何とかあの男の心を開き、「これこそアステリアの未来図」と『リング』を自分の所に持って来させたいが、そう簡単ではなさそうだ。あの強情な面構えと、意外と臆病な一面を見る限り、『リング』は彼の心の一番深い所にある。よほど強い動機と目的意識が無ければ、誰にも話そうとはしないだろう。

アルはちらと娘を見やり、こちらも筋書き通りにはいかんものだと溜め息をついた。

リズは口元に淡い笑みを浮かべ、ホステス役をそつなくこなしているが、時折、放心したように宙の一点を見つめ、長い睫毛を淋しげに伏せる。あんな男のどこがいいのかと詰め寄りたくもなるが、まあ、気持ちは分からないでもない。手の早い優男だが、確かに頭は切れるし、勤勉でもある。

だが、今夜、あの男が拗ねて来ないのは大正解だ。このまま放っておけば、「ハンサムな海賊さんのお嫁さんになるの」などと本気で言い出しかねない。たとえ運命がそれを望もうと、それだけは絶対に許さない。そして、もう二度と逢わせてはならぬと自分に言い聞かせ、インダストリアル社のロイス副社長と個人的な話をする為、いったん宴会場の外に出た。

*

一方、リズは、最後のデザートが終わり、両隣の招待客が気分転換に席を立つと、ふーっと大きく息をついた。

自分も父や伯母のように仕事や社会情勢の話もしたいが、役員らの関心事はリズのファッションだったり、異性の好みだったり、とても一人前に見られているように思えない。もっとも相手が『アル・マクダエルの娘』となれば、突っ込んだ話をするわけにもいかず、お洒落やグルメのように無難な話題でやり過ごすしかないのだろうが。

だとしても、綺麗に着飾って、にっこり微笑んでおればいいというのも虚しい。それとも、私は何の見識も持たない「お人形さん」と思われているのだろうか――。

その時、「ご一緒してもよろしいですか」と声をかける人があった。

マルティン・オイラー氏だ。

今まで個人的に話したことはないが、MIG執行委員の催しで何度か顔を合わせたことがある。「german goiter(ビール腹)のオイラーさん」と誰からも慕われ、内外の信頼も厚い。MIGの広報誌でも、トリヴィアの経済的展望や海台クラストの採鉱について読み応えのあるコラムを寄稿し、父とはひと味違う見識を持っている。

リズが慌てて顔を繕い、「もちろんですわ」と微笑んで見せると、オイラーは隣席に腰を下ろし、「周りはおじさんばかりで、君も退屈でしょう」といたわった。

「いいえ。そんなことありませんわ。いろいろ為になるお話が聞けて、とても勉強になります」

「いいの、いいの、無理しなくても。うちにも君と同じ年頃の娘が二人もいるからね。可愛いお嬢さんの気持ちは少なからず分かるつもりだよ」

オイラーが優しい父親の口調で答えると、リズも頬を緩め、

「よかったら、カクテルでもいかがです。私も少し甘いお酒を頂こうかと思って」

「もちろんです。でも、わたしはビールを頂きますよ。ギネスビールを、ちょっとばかり」

オイラーは給仕を呼ぶと、リズにはミント味のグラスホッパー、自身にはギネスビールを注文した。

程なく飲み物が運ばれてくると、二人は軽くグラスの縁を合わせ、

「いつもMIGや父の為に尽力下さり、本当にありがとうございます」

「いえいえ、礼を言うのはこちらの方です。工学部では課題をこなすのに四苦八苦、MIGもどうにか就職試験に合格して、さほど自身に期待していなかったのですが、これほどやり甲斐のある仕事を任せて頂けるとは夢にも思いませんでした。プラットフォーム建造中の数年は本当に大変でしたが、他人の倍ほど濃厚な人生を生きさせてもらっているように感じます」

「そう言って頂くと、父も私も幸せです」

「だけど、こんな所でお嬢さんにお目にかかるとは思いませんでしたよ。お父上は決してアステリアに来ることをお許しにならないだろうと思っていました」

「どうしてですの?」

「海を見たら、きっと帰りたくなくなる」

リズは目を伏せ、まったくその通りだと痛感した。朝目覚めた時も、夜眠りに就く時も、いつも瞼に海の面影がある。

オイラーはそんな彼女の胸中を汲むように、「そういえば、重役会議であなたにぴったりの王子さまを見ましたよ」と切り出した。

「あなたより少し年上だけど、背が高くて、ハンサムで、一本芯の通った青年です。ここに来ていたら、あなたのいい話し相手になったでしょうに」

リズが水色の瞳を見開くと、オイラーはにこにこしながら、

「もしかして、既に面識があるのかな。名前は確かヴァルター・フォーゲルといった」

「ええ、あの……何度かお目にかかりましたわ」

リズの頬に赤みが差すと、オイラーも父親のような笑顔を浮かべ、

「颯爽とした、頭のいい青年ですね。度胸もあって、居並ぶ重役を相手に堂々とプレゼンテーションをした。アステリアに来て、まだ一週間ほどなのに、現場の問題も把握して、その対策を理路整然と説明できる人も珍しい。エンジニアリング社のベテランでも、ああはいかないでしょう」

「そんなにお上手でしたの?」

「ええ、お嬢さんに見せてあげたいほどでしたよ」

「そうですか……」

リズは何気に答えたが、胸の高鳴りを抑えることはできない。

その時、コンシェルジュが恭しく彼女に近づき、銀のトレイに載ったメモを差し出した。

たちまちリズの指先が震え、息も止まりそうになる。

リズは残りのグラスホッパーを飲み干すと、胸の動揺を抑えながら、

「あの……申し訳ありませんが、少し中座させて頂きます」

と席を立った。

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