
【画像と動画で紹介】 潜水艇の耐圧殻について
『しんかい6500』の耐圧殻
深海調査の潜水艇(『しんかい6500』の正式名称は「有人潜水調査船」)の耐圧殻は、精密な真球で、内径約2メートルです。
休憩用の椅子や布団、トイレ、ウォーターサーバーなど、何もありません。
ひとたび潜航を開始したら、何時間も狭い空間に閉じ込められます。
1平方センチメートルあたり約680kgfという水圧がかかる深海で、3名の乗員が安全に調査活動を行えるように、そして繰返し何度も深海を往復できる高い信頼性を得るために、コックピットは内径2.0mの球(耐圧殻といいます)の中にあります。この球は軽くて丈夫なチタン合金でできています。高圧下の深海では僅かなゆがみも許されません。なので、この球の真球度は1.004、外径は僅か±2mm以下の製作精度で製造されています。
『しんかい6500』の詳細は、JAMSTECの公式サイトが参考になります。
- 有人潜水調査船 しんかい6500(JAMSTEC 公式サイト)
-
しんかい6500のミッション、システム、潜航ヒストリーなど動画と画像で紹介。
- しんかい6500 完成25周年記念サイト
- 研究船・探査機パンフレット
-
深海泉水調査船支援母船、海洋地球研究船、学術研究船など、JAMSTEC所轄の研究船・探査機のPDF資料
Photo: JAMSTECのフォトギャラリー
Alvin号とNautile号の耐圧殻
アメリカ・ウッズホール海洋研究所の『Alvin』の構造は下図を参照。
仕組みや大きさなどは、ほぼ世界共通です。
英語で耐圧殻は『Sphere(スフィア)』と言います。
フランス国立海洋開発研究所(lfremer)の潜水艇『Nautile』(プロテウスのモデル)の耐圧殻は下図の通り。
こちらはAlvinの耐圧殻に関する動画。着水のオペレーションも垣間見ることができます。
『ALVIN Submersible and SwRI』
潜水艇でのランチ ~深海調査にて
上記にもあるように、潜水艇に搭載する重量は厳密に計算される為、当日になって、突然、ランチを持ち込むことはありません(『しんかい6500』の場合)
潜水艇の潜航には錘を利用し、浮上時には錘を切り離す為、行き帰りの重量に過不足が生じると、潜航に支障をきたすからです。
ちなみに、ウッズホール海洋研究所(米国)の潜水艇『Alvin』のランチの風景はYouTubeで紹介されています。
上級パイロットのBruce Stricrotto(ブルース・ストリクロット)さん。
Alvinの耐圧殻の中でのインタビューです。
支援船の調理場で、ピーナッツバター・サンドイッチを用意するシェフ。
ピーナッツバターがこってり・・・さすがアメリカ。
魔法瓶に入ったコーヒーの差し入れもあります。深海を潜航する間、耐圧殻の中は冷えるのです。
コーヒーも『しんかい6500』のように、きっちり重量を量るのでしょうか・・
ブルースさん、美味しそうに頬張っています。
Aフレームクレーンによる潜水艇の海中降下
Aフレームクレーンを使った潜水艇の海中降下は下図のイメージです。(同じ動画より)
全編はこちら。『Eating Lunch 14,000 Feet Below Sea Level | Gastro Obscura(1万4000フィートの深海でランチを食す)』
【小説】 潜航開始 ~採鉱システムを繋ぐ、世界を変える
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潜航の準備 ~エイドリアンの不安と父親の励まし
○ 深海とはムーンプールに広がるもう一つの宇宙の続きです。
午前九時を過ぎ、格納庫のフーリエからプロテウスの潜航準備が整ったと連絡が入ると、リズはガラスウォールの向こうに目を凝らした。だが、ここから格納庫の内部まで見渡すことはできない。
その時、セス・ブライトが立ち上がり、
「息子の様子を見に行ってきます。よかったら、お嬢さんもいらっしゃいますか」
と声をかけたが、リズは小さく頭を振った。
「ここで無事を祈っています。エイドリアンとパイロットに『幸運を(グツドラツク)』とお伝え下さい」
セスが立ち去ると、アルは「本当に行かなくていいのかね」と耳打ちしたが、リズは再び頭を振ると、「不安な顔をして、みんなの気持ちを乱したくないわ」とモニターウォールを見やった。
潜航開始 ~父と子の励まし
午前九時二十分。
潜航開始を前に、格納庫はいっそう慌ただしい雰囲気に包まれている。
プロテウスの周囲では整備士がバッテリー、推進装置、通信システム、投光器、水中カメラなどの最終チェックを行い、ヴァルターとエイドリアンはファクトリーブースでプロテウスのナビゲーションを担当するスタッフと最後の打ち合わせをする。
今日はエイドリアンも奇天烈な服装ではなく、深海の低温に備えてスポーツ用の長袖アンダーウェアと厚手のチノパンツを身に着け、肩に濃紺のニットセーターを巻き付けている。
接続の手順は、一から十まで、空で言えるほど理解しているが、最後の最後まで何が起きるか分からない。思いがけない電気系統のトラブルが発生する恐れもあれば、船の移動や海底地形によってナビゲーションの音響が妨げられ、潜水艇の位置を見失うこともある。各機でやり取りする音波のシグナルだけが手掛かりで、無人機が深海で行方不明になることも珍しくはない。
「海洋調査みたいに広範囲に動き回るわけじゃないから、位置を逃すことはまずないよ。夕方には何もかも決着がついている」
ナビゲーションをメインで担当する中年男性がエイドリアンを力づけるように言うと、
「テスト採鉱の時と同じですよね」
エイドリアンが不安そうに聞き返した。
「そうだ。二回目とまったく同じだよ。順調に行けば四時間もかからない。どうしても無理なら浮上すればいい。あとは無人機でフォローするから心配するな」
「目標物に接近するのは海洋調査よりはるかに楽だよ」
とヴァルターも言葉を添えた。
「ガスや熱水は自ら音波を出さないが、集鉱機やリフトポンプには上等な送受信機が備わっている。プロテウスにも衝突回避用の装置が付いてるから、パニック映画みたいな大惨事にはならない」
「……そうですね」
エイドリアンがまだ不安を拭いきれないように頷くと、向こうからセス・ブライトが足早にやって来た。
「お父さん!」
エイドリアンは席を立つと、仔犬のように父親に駆け寄った。メンズモデルのような二人が並び立つと、やはり父子と実感する。
彼にはもう長いこと、ああして飛びこんで行ける相手はないが、心はいつも一緒だ。左手のダイバーズウォッチを握りしめると、(大丈夫だ)と自分に言い聞かせた。
*
オペレーション室のマードックから連絡が入ると、フーリエはマイクを通して「予定通り、午前十時に潜航開始だ。パイロットはあと十分で搭乗する」と格納庫にアナウンスした。
彼はロッカールームでオレンジ色の作業ジャケットを脱ぎ、白い半袖Tシャツの上に長袖のニットソーを重ねると、厚手のパーカーを腰に巻き付けた。それから、小型リュックにミッションに関する資料とタブレット端末、司厨部に用意してもらったサンドイッチとアイソトニック飲料のボトルを手早く詰め込む。
プロテウスは既に準備万端、作業台の側でフーリエや甲板員が時間を気にしながら待機している。
一人が「エイドリアンは何所に行ったんだ」と見回すと、別の一人が「あそこでまだ父親と喋ってるよ」と答えた。
「もう時間だぞ。誰か呼んでこい」
フーリエは少し苛立つように言ったが、ヴァルターが静かに制した。
「もう少し待ってやれよ。あいつも不安なんだ。父親と話して気持ちが落ち着くなら、数分ぐらい遅れても構わない」
そして五分経過し、ようやくエイドリアンが父親と別れてこちらに来ると、ヴァルターは作業台の梯子を登り始めた。
続いてエイドリアンも梯子を登り、二人揃って耐圧殻に入る。
エイドリアンがエンジ色のカーペットの上に直接座ると、彼はコンソール盤の下から折りたたみ式の操縦席を引き出して腰掛けた。
いつもの手順で計器を確認しようとモニターのスイッチを入れた時、エイドリアンが持参した布袋をがさごそと開き、赤い格子柄ポーチに入ったランチボックスを彼に差し出した。
「ミス・マクダエルから差し入れです。 スープとかピラフとか、いろいろ入ってます」
彼はポーチの口を開いて食べ物の匂いを嗅ぐと、「まるで子供の遠足だ」と溜め息をついた。
「せっかく気遣って下さったのに、そんな言い方を?」
「有り難いとは思ってる。だが、俺はミッションの途中で腹は空かないし、潜航中はほとんど飲食しない主義だ。弁当の中身を残して帰れば、作った人ががっかりするだろう。俺とお前では気遣う所が違う。ミッション中、無理してでも完食しなければならない俺の気持ちが分かるか?」
二人が憮然としながら睨み合っていると、フーリエがハッチの向こうから「閉めるぞ」と声をかけた。
彼が「どうぞ」とぶっきらぼうに答えると、「お前ら、まるで中学生の喧嘩だな。ミッション中ぐらい仲良くしろよ」と呆れながらハッチを閉めた。
彼はランチボックスをコンソール盤の端っこに置くと、バッテリー、推進装置、通信、油圧、深度計、気圧計、水中カメラ、投光器、ランチャーなど、全システムの確認を始めた。
視線のやや上方に取り付けられた三つのモニターに各危機の正常動作を表すメッセージが次々に表示されると、「こちらパイロット。各部異常なし。着水の用意を始めてくれ」とマイクでフーリエに連絡を入れた。
プロテウスのマイク音声は、格納庫のワークステーション、タワーデリックのオペレーション室、そしてブリッジの管制室に同時配信される。
管制室のスピーカーからヴァルターの声が聞こえると、リズは膝の上できゅっと両手を握りしめた。
だが、プロテウスのモニターにはまだ何も映らない。
そわそわと周りを見回すと、「落ち着きなさい」と父が言った。
「彼が『やる』と言ったら、やるんだ。黙って見ておればいい」
潜水艇の海中降下 ~オープンエリアとAフレームクレーン
やがてプロテウスは格納庫からAフレームクレーンのあるオープンエリアに引き出され、船体上部の突起金物に数種類のガイド索と吊揚索が取り付けられた。
パイロットから「着水OK」の連絡が入ると、フーリエはクレーンオペレーターに合図し、クレーンの吊揚索を巻き上げさせた。
吊揚索が緩みのない状態まで引っ張られると、巻き上げを一旦停止し、再度、索が船体の吊揚金物にきちんと固定されているか点検する。
そうしてクレーンと潜水艇が数種類の索によって安全に固定されているのが確認されると、フーリエは全ての作業員を潜水艇から引き上げさせ、プロテウスを作業台に固定しているラッシング装置を開放した。
「気分はどうだ?」
マイク越しにフーリエが話しかけると、
「悪くない。何もかも以前のままだ」
ヴァルターは落ち着いた口調で答えた。
「それなら元気で行ってこい。ステラマリスもアステリアも海は海だ。前と同じ要領でやればいい」
「Merci(ありがとう)」
プロテウスが最上位置まで吊り上げられると、フーリエから「着水させるぞ」の号令がかかり、Aフレームクレーンが海側いっぱいに降り出された。あっという間にプロテウスは海面に着水し、大きなラグビーボールのように波間に揺れる。
操縦席の覗き窓からは大量の水泡が見え、船体の大半が海面下に沈んだことを実感する。
続いてスイマーが船体の上部に接近し、突起金物からクレーンの索を取り外す。
その間にも、操縦席では高度ソナー、流向流速計、放射線測定装置、水温塩分計、前方探査ソナーなどの計器を次々にONにし、フーリエに再度状況を確認する。
「主索が完全に外れた。スイマーも引き上げたよ。水中通話機の感度はどうだ?」
「良好だ。こちらも完全に潜航の用意ができた」
タワーデリックのオペレーション室やブリッジの管制室でも準備万端が確認されると、フーリエから「潜入開始」の指示があり、彼はメインバラストに海水を注入する為のベント弁を全開した。これにより潜水艇が浮力を失い、自然に海中に下降してゆく。
海水が注入されると、プロテウスはあっという間に海面下に沈み、10メートル、20メートルと潜航を始めた。潜航速度は一分間に約45メートル、水深3000メートルのティターン海台まで約一時間の行程だ。
エイドリアンは耐圧殻の壁に身を寄せ、左側の覗き窓からじっと海中の様子を見つめている。三度目の潜航とはいえ、あらゆる光が吸収され、鉄球も押し潰す超高圧が支配する深海は不気味そのものだ。だが一方で、計り知れないほどのエネルギーに満ち、もう一つの宇宙の深淵を覗き込むが如くである。細く長い息を吐き、気持ちを落ち着けようとした時、横から美味そうな匂いが漂ってきた。何事かと思って操縦席を見ると、ヴァルターが大中小三つのランチボックスを次々に開けている。
「何してるんですか?」
「弁当の中身をチェックしてる」
「もうお腹が空いたんですか?」
「そうじゃない。今朝、弁当を作るとしたら、おそらく七時頃だろう。俺達のミッションが完了するのは十四時頃だから、それまで食材が持つか、中身を確認してるんだ」
「……細かいですね」
「当たり前じゃないか。生活の知恵だよ。お前、料理したことないのか」
「料理ぐらいしますよ。簡単なものですけど」
「だったら、黙ってろ」
「それ、保温容器だから大丈夫ですよ」
「そうみたいだな。コンソメスープが入ってる。小エビのピラフにプレーンオムレツ、にんじんとブロッコリーの温野菜サラダにミートボール。まるで子供の弁当だ」
「あなたにぴったりじゃないですか」
「聞き捨てならないことを言うね。俺はお前より大人だよ。お前の生意気な言動に黙って耐えているのも、プロテウスのパートナーと思えばこそだ。だが、ミッションが終われば俺の我慢大会も終了だ。今度、生意気な口をきいたら、二度と足腰が立たないようにしてやるぞ」
「……」
「というのは冗談にしてもだね、ミッションが終わったら、お前も学業に専念して、しっかり研鑽を積めよ。お前の通ってる『スクール・オブ・エコノミクス』って、トップクラスの大学なんだろ? だったら前途有望だ。何だってやりたい事ができる。卒業して一人前になれば、二歳年下の引け目もなくなる。ミス・マクダエルにも堂々と会えるじゃないか」
エイドリアンはしばらく黙っていたが、
「Herr Vogel(フォーゲルさん ). もういい加減、心にもないことを言うのは止めましょうよ。僕はあなたより八歳年下ですけど、恋愛に関しては、あなたよりまともな感性を備えているつもりです。ミス・マクダエルのことが好きなら好きでいいじゃないですか。理事長だって、時代遅れなお家主義ではありません。あなた、本音は幸せになるのが怖いんじゃないですか?」
最後の一言は胸に突き刺さったが、
「俺は偽ってるわけでも、無理してるわけでもない。もし、お前が舵の壊れた帆船で、向こうから最新式の高速艇がやって来たら、愛する女はそっちに乗せるだろう。漂流すると分かって、みすみす道連れにする馬鹿がどこにいる。それから、俺は Herr Vogel じゃなくて Menner Vogel だ。ドイツ名でも、俺はオランダ人なんだよ」
「じゃあ、訂正します、Menner Vogel. あなたの高速艇の話には共感しますけど、世の中には、舵の壊れた帆船でも、共に生きたいと願う女性もいるんじゃないですか? あの人も表面はたおやかに見えるけど、いざとなれば弓矢をとって戦う人です。怒らせると、意外と怖いですよ」
「彼女はTVドラマの見過ぎだ」
「あなたもTVぐらいしか趣味がないでしょう」
その時、スピーカーからマードックの呼びかける声が聞こえた。
「Menner Vogel. プライベートな会話をする時はマイクに気をつけろよ。今の話、僕のヘッドセットに筒抜けだぞ」
「筒抜け?」
「通話機の設定を確認しろよ。下手すれば全艦放送だぞ」
彼が慌ててタッチパネルを操作し、通話機の設定画面をチェックしてみると、彼の着けているヘッドセットとオペレーション室のメインレシーバーが『常時通話』になっている。彼は設定を切り替えると、エイドリアンにも注意し、改めて全計器を確認した。深度計は水深1500メートルを指し、あと12分ほどで中間点に到達する。
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