海洋小説 MORGENROOD -曙光 One Heart, One Ocean

文明を支えるのは鉱害病でボロボロになった人の手

海の星 アステリア

アステリアはUST歴九五年、PAS第9恒星系の第三軌道に発見された。惑星表面積の実に97パーセントが海洋で覆われた水の惑星だ。赤道面の直径は約9000キロメートル、ステラマリスの70パーセントほどの大きさで、小さな衛星を一つ有する。

居住可能な陸地は、北半球の低緯度に位置するローレンシア島とローランド島の二つに限られ、大規模な植民には適さない。他は自然環境の過酷な極地の大陸だったり、大洋のど真ん中に浮かぶ絶海の孤島で、上陸もままならない。また、海上に突出している岩石島の大半は海底火山の頂部、もしくは完全に活動を停止した古い海山の一部で、いずれも人が住むには適さず、開発の予定もない。今後どれほど技術が発達しようと、ローレンシア島とローランド島以外に大多数が暮らす都市は建設されない――というのがセスと大多数の見解だ。

現在、アステリアの海洋開発の拠点になっているのは、全海洋で十番目に大きなローレンシア島だ。

北緯11度、東経23度に位置し、島の総面積は約600平方キロメートル、海岸線は約208キロメートル、最高標高172メートル。上空から見ると、洋梨のような形をしている。

通年の平均気温は23度、冬期でも最低気温は十八度前後と、亜熱帯リゾートのような気候だが、雨期は短く、台風の通り道でもない。九月初旬の今日も気温は26度とさほど高くないが、多湿のせいか、数値よりも蒸し暑く感じる。

ローレンシア島の周囲には、南端部の二キロ沖合に直径300メートルほどの小さな岩石島と、北西に十二キロ離れた所に直径八キロメートルのパンゲア島がある。パンゲアといっても小豆のような裸島で、町はなく、五十年前から建材用の砂利を採掘したり、僅かではあるが、天然ガスを採取している。

一方、マックス・ウィングレットとエヴァが向かったローランド島は、ローレンシア島の東方250キロメートル先にあり、ローレンシア島より遅れて開発が始まった。ローレンシア島より一・四倍大きいが、面積の80パーセントが山地で占められ、海岸線も大半が複雑で険しいリアス海岸であることから、ローレンシア島ほど開けていない。現在、西海岸のポートプレミエルと、東海岸のペネロペ湾を中心に開発が進んでいるが、険しい地形から、ローレンシア島ほど都市圏が拡がることはないだろう。

セスが運転するセダンは陸橋を渡り、ローレンシア島の東沿岸を走る『A1幹線』と呼ばれる片側二車線の湾岸道路に合流すると、エンタープライズ社に向けて一気に南下した。

ここ十数年、ローレンシア島の発展はめざましい。

65年前、最初の海洋化学工業『JP SODA』が北西部のメアリポートに設立され、工業用の水酸化ナトリウムや酸化マグネシム等などの製造に成功すると、様々な関連産業が展開し、町並みも海岸に沿って西に東に広がっていった。

宇宙港のある島の東側には、三つの埠頭からなる工業港、倉庫街、オフィス街が広がり、見た目はステラマリスの地方の港湾都市とさして変わらない。人口は短期滞在者も含めて七万人弱、それで、これだけの係留施設や貯蔵設備、道路、橋梁、通信などのインフラを完備しているのだから、意外と生産性は高いのかもしれない。

彼は想像以上に活気のある港町を眺めながら、「北海沿岸みたいだ」と呟いた。

「そうだろうね。建設にあたっては、ステラマリスから技術者を招聘したから。必然的に似たような町並みになる」

「トリヴィアに技術者はないのかい?」

「高等教育機関で海洋学や造船工学を教えるようになったのは、ここ二十年ほどの話だ。それ以前は全面的にステラマリスの専門家に頼ってた」

「あんたは何処から?」

「ステラマリスだ」

「スペイン語圏だろ」

「……よく分かったね」

「港で働くと、いろんな国の人と接する。流暢に英語を話す人でも、どこか母国語の癖が残っているものだ。人種や文化が入り交じっても、母国語だけは親から子に確実に受け継がれるからね。あんたは長いのかい?」

「かれこれ二十八年だ」

「母国に帰りたいと思わない?」

「さほどにはね。所帯をもてば、そこが自分の故郷になる」

(そんなものかな)と思いながら、再び窓の向こうに視線を巡らせる。

さらにA1幹線を南に下ると、もう一つ、入り江を利用した小さな船着き場がある。工業港ほど大きくはないが、精密機器の工場を中心に新たな産業セクションとして開発が進んでいる。エンタープライズ社もここに第二の倉庫と専用バースを構え、採鉱プラットフォームの補給基地にしている。

やがて船着き場のロータリーに差し掛かると、三つ目の出口を右折し、島の内側に向かう二車線道路をそろそろと上がった。

鉱山の現実 ~何が文明を支えるのか

彼の勤務先となるアステリア・エンタープライズ社は小高い丘の中腹にある。

周辺に建物はほとんど無く、常緑高木に囲まれた中にぽつんと立っているが、敷地は広々として、エクステリアには花壇や人工池もある。建物も横広がりの四階建てで、前面のガラス製カーテンウォールがモダンな水族館みたいだ。

セスいわく、エンタープライズ社の位置づけは、MIGとは完全に独立したアル・マクダエルの持ち分会社らしい。MIGが非上場の株式会社であるのに対し、エンタープライズ社は百パーセント自己資本で設立された有限責任会社で、経営もアル・マクダエルを頂点とするトップダウン方式である。MIGにとって最もリスキーな採鉱プラットフォーム事業の一部を「後方支援」の形で上手に分散し、万一、失敗しても、ダメージがMIG全体に波及しないよう取り計らっている。

また自己資本のメリットを生かして、物流、ディベロッパー、海洋開発コンサルタントなど、MIGとは畑違いの事業を展開し、そこで得た利益を採鉱プラットフォームの開発維持費に充てるというユニークな戦略も取っている。

「だが、なぜそんなにまでして海底鉱物資源の採掘にこだわるんだ? ネンブロットに行けば、全長300メートルの無人掘削機がガンガン露天掘りしてると言うじゃないか」

「それは一部の金属鉱山や、石灰や陶石や珪石みたいな非金属鉱床に限った話だ。希少金属、とりわけニムロディウムはそうじゃない」

「未だに奴隷が手掘りしているとでも?」

「機械は使っているが、それに限りなく近い。TVのドキュメンタリー番組などで目にしたことはないか?」

「いや」

「だったら、一度は見ておくんだね。宇宙文明を支えているのは科学技術ではなく、鉱害病でボロボロになった人の手だと分かるから」

セスは地下駐車場に車を駐めると、彼を三階の休憩室に案内した。手前の広いスペースにはラウンジ型のソファセットとコーヒーメーカー付き簡易キッチンがあり、その奥にはカーテンで仕切られたブースが三つもある。

「君も疲れただろう。三時間ほど休憩するといい。どのみち、僕も夕方にならないと時間が空かないし、今日中に全てを説明するのは無理だからね。すぐに昼食を運ばせるよ。事務の女の子がいつもグループで利用している中華料理のデリバリーだ。食後は向こうのブースでゆっくり身体を休めるといい。ヘッドセットとマッサージ付きのリラックスシートがある」

「至れり尽くせりだね」

「これくらいしないと、僻地の会社に良い人材が集まらない。職員の半数はトリヴィアからの移住者だ。心身の健康管理も企業投資の一つだよ」

「なるほど」

「それと、もう一つ。環境の変化で頭痛や吐き気に悩まされるかもしれないが、一過性のものだ。どうしても我慢できなければクリニックを紹介するから、遠慮なく言ってくれ」

セスが休憩室を出て行くと、入れ替わるように女性事務員が大きなトレイに食事を運んできた。鶏肉の唐揚げと焼き飯と野菜炒めのランチセットだ。からりとした醤油味が香ばしく、何所に行っても中華料理が充実しているのはアステリアも同じらしい。

それにしても、このヨードが腐ったような匂いは潮の香りか、大気由来か。車に乗っている時はさほど感じなかったが、建物に移ってから鼻に付くようになった。室内を見回しても特に原因となる物は見当たらず、どうやら惑星固有のものらしい。頭痛や吐き気とまではいかないが、しばらく不快感は続きそうだ。

食事が終わると、窓際のブースに足を運び、革張りのリラックスシートに横になった。アームレストのパネルを操作しながら、マッサージより酸素吸入器が欲しいと思う。

瞼を閉じると何故かしら母の顔が浮かび、何も告げずにここまで来たことが悔やまれたが、今更話し合ったところで全てが元に戻るわけでもない。それに、さっきセス・ブライトに手渡した『死亡時意思確認書』のコピーが数日後にはラクロワ邸に届く。母はショックを受けるだろうが、どうせ死に体も同然、いっそ息子は死んだものと諦めてくれた方が有り難い。

それにしても、あんな書類を書かせるところを見ると、よほど危険なミッションなのか。

(まあ、いいさ)と彼は寝返りを打った。

何所で死のうが、生きようが、俺にはどうでもいいことだ。

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「現代文明を支えるのはボロボロになった人の手」の参考となった白戸圭一氏のルポルタージュをメインに、レアメタル、および鉱物資源をめぐる社会問題について紹介しています。

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