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物事の成否より、自分が何をしてきたかの方が心に残る ~ミッション完了と支援船への帰還

本作は、海洋科学や土木・建築をモチーフにしたサイエンス・フィクションです。
投稿の前半に小説の抜粋。 後半に参考文献や画像・動画を掲載しています。
目次のインデックスをクリックすると、該当箇所にジャンプします。

第二章 採鉱プラットフォーム ~接続(5)
STORY
接続ミッションの途中で、電気系統の故障により、水中無人機『ルサルカ』のスラスタが停止するトラブルに見舞われながらも、潜水艇パイロットのヴァルターと大学生のアシスタント、エイドリアンは接続作業を完遂する。 感極まったヴァルターはマイクを押しっぱなしの状態で、現在の心境をとうとうと語るのだった。
目次

接続ミッションの完了と支援船への帰還

潜水艇のアクロバットと幸運の右手 誰にも真似できないことを成し遂げるの続きです。接続ミッションを追えて、洋上に戻る過程を描いています。

潜水艇のアラーム ~揚収装置の電気系統のトラブル

潜水艇(有人潜水調査船)の耐圧殻(スフィア)は下図のようなイメージです。
潜航開始 耐圧殻にて ~愛する女は最新式の高速艇に乗せるもの』で詳しく紹介しています。
Alvinの耐圧殻とパイロット
Photo: DSV Alvin Tour

その時、頭上でアラームが鳴った。

見上げると、上段の計器盤で赤いランプが点滅している。

エイドリアンは思わず腰を浮かし、彼もすぐさまコンソールで状況を確認した。

「《クアトロ》の揚収装置で絶縁低下が生じてる。多分、作業中か揚収する時にアンビリカブルケーブルを損傷したんだろう。もうミッションも完了したし、プロテウスの浮上にも支障は無い。大丈夫だ」

だが、狭い耐圧殻の頭上で赤いランプが絶え間なく点滅し、気味の悪いアラームが鳴り続けるのは、経験の浅いエイドリアンにとっては恐怖だ。「本当に大丈夫なんですか?」と何度も不安そうに尋ねる。

「揚収装置の電気系統はプロテウスの蓄電池から電源を取っているが、潜航に必要な電気系統とは別だ。怖がることはない。あと半時間もすれば帰れるよ」

彼は落ち着いた口調で言ったが、エイドリアンは青ざめた顔で深度計の数値が1500、1400、1300……と減ってゆくのをじっと見守っている。

何度生まれ変わっても、同じ道を選ぶ

「そちらでアラームの原因になっているようなものは見つかったか?」

彼がマードックに呼びかけると、

「今、フーリエとノエにも調べてもらっているが、こちらの監視装置にもこれといった異常はない。プロテウスも順調に浮上しているし、もう少し様子を見ろ。何か分かれば、すぐに連絡する」 

彼ももう一度、メインの油圧系統、電気系統、推進装置、ソナー、投光器など、各部の点検を行ったが、重大な問題は見つからない。原因探しをしている間に海上に戻るだろう。

「それにしても大した活躍じゃないか」

マードックがマイク越しに感嘆した。

「エイドリアンも良くやったが、お前のサポートも完璧だ。プロテウスを定位置で保持したまま、微動だにしなかった」

「あれぐらい何でもない。プルザネの操縦士長はもっと上手かった。よくこんなものを持ち帰ったと思うような物をいくつも採取して、最高の状態でラボに届けてた」

「だが大した腕前だ。来た時に大騒ぎしていたのは何だったんだ?」

マードックがからかうと、彼も肩をすぼめ、

「一年五ヶ月、操縦桿を握らなかった。おまけに見知らぬ海に来て、自信満々とはいかないさ」

「だが、本当に素晴らしかった。皆、お前に任せて良かったと納得してる。最後のレバースイッチも無人機だけでは対処できなかっただろう」

「採鉱システムの主電源はいつ入れるんだ?」

「プロテウスの揚収作業が完了したら、すぐにも」

「みな、感無量だろうね」

「無論だ。みな今日の為に生きてきた。そして明日からは新しいステージが始まる。それはそれでプレッシャーも大きいが、この数十年の苦労が報われた悦びは何にも勝る。もちろん、採鉱システムが本稼働してみないと分からないがね」

「きっと上手く行くよ」

「僕もそう信じてる。お前はどうだ? 今後に弾みがつきそうか?」

「先のことは分からない。だが、こうしていると自分が何者かを思い出す。二年前はプロテウスの操縦桿を手にして、世界中の海を潜っていた。好きで選んだ仕事だった。でも、他にやりたい事が出来て、一時期、職場を離れた。自分でも無謀に感じたが、どうしてもやらずにいられなかった……」

「誰でもそういう時がある。どうしても何かをやらずにいられないとしたら、それが定めだ。そういう魂に生まれついたんだよ」

「その言葉、祖父からも聞いたことがある。俺の父は決壊寸前の堤防を守りに戻ったが、『何度生まれ変わっても同じ道を選ぶ、そういう魂に生まれついた』と言っていた。今ならその意味が分かる。俺も何度生まれ変わっても、きっとそうするだろう。理屈じゃなくて、魂がそれを求めずにいられないんだ」

*

管制室では、ダグとガーフィールドが顔を見合わせ、

「あいつ、管制室や格納庫でも音声を受信していることを忘れてるな」

「トークボタンを押しっぱなしにしてるんだ。意外と間抜けだな」

他のスタッフも肩をすぼめて、くすくす笑っている。

「誰か教えてやれよ」

「面白いから、もうちょっと実況中継してやれ。オレも続きが聞きたい」

失敗しても、何度でも立ち上がる

そうとも知らず、ヴァルターは夢中で話し続ける。

「正直、俺は、もう二度と自分から波をかぶるような真似はすまいと思ってた。人ひとりの正義感など、嵐の前には何の役にも立たないと。それでもやはり為さずにいない。父が何度生まれ変わっても、堤防を守りに戻るように」

「それが自分らしさだ。上手くやれなくても、無目的に生きるよりいいじゃないか。年を取って振り返れば、物事の成否より、自分が何をしてきたかの方がいっそう心に残る」

父の死もそうだ。死んだから無意味なのではない。真摯な生き様があればこそ、ヤンが動き、サッカー仲間が動き、リロイ・ファン・デル・サールが動いたのだ。さらにその波動はメイヤーの臨海都市計画に歯止めを掛け、フェールダムに緑を取り戻そうとしている。

人ひとりの命など、大海の前では小さな一滴に過ぎないが、その一滴から始まる潮流もある。たとえ嵐の前に砕けたとしても、愛する者にとって命の輝きは永遠だ。

彼は遠ざかる深海を覗き窓の向こうに見ながら、「また、やれるかな」と呟いた。

「何を?」

「いろいろと。自分の為、誰かの為。やるべき事はたくさんある」

「やればいいさ。人生は一度きりだ。失敗しても、何度でも立ち上がればいい。Luctor et Emergo. お前の好きな言葉だろ? ともかく早く上がってこい。みんな待ってる」

「……了解」

*

彼の独白が終わると、管制室のダグとガーフィールドは顔を見合わせた。

「Luctor et Emergo って何だ?」

「さあ。オランダ語かな」

「それにしても神妙な告白だった。あいつ、見かけによらず繊細だな」

「ミッションを完遂して感極まったんだろう。でも、オレも感無量だよ。本当に長かった」

ダグがいつになくしんみりした口調で言うと、ガーフィールドはダグの大きなお腹を突っつき、ダグも負けず劣らずのガーフィールドのお腹を突き返した。

二人は互いのお腹をバウンドさせるように抱き合うと、「やったな、兄弟」とねぎらった。

彼を信じるということは、彼を選んだ自分自身を信じるということだ

一方、リズはまだ放心したようにプロテウスのモニターを見つめている。既に画像も切り替わり、揚収準備に追われる作業甲板の様子が映し出されていたが、まだ海の底に捉えられたように膝の上で両手を握りしめている。

アルもしばらくモニターウォールを見つめていたが、のっそり立ち上がると、

「さて、わしは甲板に行ってくるよ。もうすぐ主電源が入って採鉱が始まるから。お前も来るかね?」

だが、リズは頭を振り、

「私はもう少しここに居るわ。身体に力が入らなくて……」

「じゃあ、わしは一足先に行ってるよ。お前も気持ちが落ち着いたら、甲板に来るといい。エイドリアンもじきに戻ってくる」

アルが外に出ようとすると、

「パパはどうしてそんなに冷静でいられるの」

リズは水色の瞳を見開いた。

「一度も動じず、質問さえしなかったわ」

「自分を信じているからだ」

「自分を?」

「彼を信じるということは、彼を選んだ自分自身を信じるということだ。いつかお前にも分かる日が来る」

アルは甲板に向かい、リズはいつまでも父の言葉を噛みしめていた。

【資料】 潜水艇と小型無人機のランチャー

潜水艇の前部から小型無人機をランチャーするアイデアは、タイタニック号の撮影で知られるアメリカ・ウッズホール海洋研究所の潜水艇『Alvin』をモデルにしています。

本作に登場する潜水艇プロテウスも、前面にランチャーをインストールし、機械作業を行う小型の水中無人機(ROV)、『クアトロ』を搭載しています。
しかし、潜水艇のアクロバットで書いているように、電気系統の故障で、途中でスラスタが停止し、無人機の機体を潜水艇のマニピュレータで把持しながら、機械操作を続稿します。
何かの弾みで船体が水中の設備に接触したら、ただちに爆発しそうなイメージですが、原子力潜水艦と異なり、深海調査の潜水艇は、人が歩くぐらいの速度でゆっくり航行するので、海洋パニック映画のような事態にはなりません。

潜水艇の前面に取り付けられたランチャー。
Akvin 潜水艇とROVのランチャー

潜水艇を支援船に揚収する場面です。巨大な索で船体を吊り上げる様子が窺えます。数名のダイバーが海中に入り、吊り上げ索の取り付け / 取り外しを行います。
Alvin 揚収

周囲のスタッフと比較しても、かなり大きな装置であることが分かります。
Alvin 船体前面

フル動画はこちら The Alvin Submarine Part 1 Updating the Deep-Diving at 50 years old(潜航歴50年の歩みを特集したドキュメンタリー)

耐圧殻の上部は、コントロールパネルに埋め尽くされています。覗き窓も小さい。
耐圧殻のコントロールパネル

昇降用のハシゴです。背面にも機械類がびっしり搭載されて、人が動き回るスペースは皆無です。
耐圧殻の操縦席

Alvin号の操縦席。『しんかい6500』と異なり、「パイロット一人、科学者二人」の構成です。
耐圧殻 昇降用のハシゴ

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第二章『接続』のシリーズ
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