【63】深海で潜水艇にトラブルが起きたら ~爆発より酸欠が問題

深海潜水艇 Alvin
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第二章 採鉱プラットフォーム ~ウミガメ(4)

「まあ、プロテウスの事故で死ぬとしたら、火災で発生した有毒ガスか、自分たちの吐き出した二酸化炭素が耐圧殻に貯留して中毒死する可能性が一番高い。突然、耐圧殻が破裂してペシャンコになるとか、緊急浮上する際に急激な圧力変化によって身体が内側から爆発するとか、B級パニック映画のような事態には絶対にならないが、意識がある中での中毒死はものすごく辛いだろうよ」

MORGENROOD -曙光
目次 🏃

【資料】 本当の問題は爆発ではなく酸欠

二酸化炭素の吸着が重要

深海における潜水艇の事故といえば、多くの人は「酸欠」を連想すると思いますが、実際には、人が吐き出す二酸化炭素の充満によって中毒死するのが先とのことです。酸素欠乏が要因ではないんですね。

私も最初、「酸欠」と思って、そのように記述していたのですが、Kindle版のリリース後、JAMSTECの西村さんに内容確認して頂いた時に、そのように指摘を受けました。

『しんかい6500』の耐圧殻も、直径2メートルほどの大きさしかありませんが、内部でかなりスペースを取っているのが二酸化炭素の吸着剤です。

私はてっきり大量の酸素を搭載していると想像していましたが、2018年に訪問した際、その事を確認しました。緊急時には、酸素の補給よりも、二酸化炭素の吸着の方が重要なんですって。

多分、一般人が想像するのは、こういう展開だと思うんですよ ↓

気圧の急激な変化で、人間の身体が爆発する場面です。

でも、こういうことは、絶対に有り得ないそうです。

「えー、爆発しないんですかー?」とJAMSTECの専門家に質問していた私はごく普通の一般人です^^;

↓ 耐圧殻の内部

海洋パニック映画『リバイアサン』

1989年公開、海洋パニック映画の先駆けとなった『リバイアサン』です。

沈没したソ連の軍艦を調査した深海底の採掘基地の面々が、そこから持ち帰った謎のクリーチャーに次々に襲われる海洋モンスター映画です。
『遊星からの物体X』の海洋版といえば分かりやすいでしょうか。

※ リバイアサンX 深海からの襲来(2017年)とは異なる作品です。

ストーリーや特撮はB級っぽいですが、主演のピーター・ウェラー(ロボコップの人)が好きなので、夢中で観ました。

こちらが潜水艇の爆発シーン。

仲間を見捨てて、我先に脱出ポットで逃げ出した卑怯者は、必ず報いを受けるという、お決まりのパターンですね^^

※ グロテスクな描写を含みます。流血シーンが苦手な方はご注意下さい。

「しんかい 6500」ハッチ浮上り事象報告書

『しんかい6500』のトラブルについて、公式なレポートはほとんど見つかりませんが、平成20年8月7日、「しんかい 6500」ハッチ浮上り事象報告書(海洋工学センター 応用技術部)が参考になります。

現在、ネット上から削除されている為、閲覧のみです。

PDFを見る

【小説】 深海で潜水艇にトラブルが起きたら

物語

採鉱プラットフォームの接続ミッションを前に、潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルは、当日、アシスタントを務める大学生のエイドリアンと耐圧殻で打ち合わせを行う。アシスタントが「大学生」と聞いて、最初は猛反発したヴァルターだが、僻地で生まれ育ち、勉学でも恋でも出遅れたエイドリアンの複雑な心中を知ると、少しずつ心を通わせるようになる。一抹の不安を覚えながらも、エイドリアンに心構えをレクチャーする。

👀 全画面で読む(PDF)

エイドリアンの葛藤 ~恋か、ミッションか

十月八日。火曜日。

いよいよ接続ミッションを一週間後に控え、各部署の緊張も高まる中、またも豪華メガヨット『サンロイヤル・ジェネシス』がプラットフォームの船着き場に到着した。

全長二十三メートル、最高速度45ノットの高速艇で、会員制ヨットハーバーに繋いであるプライベート船の中でもひときわ目立つ存在だ。中には十代から二十代の男女七名が乗船しており、その中の一人がエイドリアンだ。

採鉱プラットフォームの面々が、唖然と白い船体を見つめる中、エイドリアンはすたすたとアコモデーション・ラダーを降り、プラットフォーム入りした。他の男女は水着姿できゃっきゃと騒ぎながら、甲板のジェットバスでトロピカルドリンクを飲んだり、プラットフォームをバックに自撮りしたり、まるでお祭り騒ぎだ。

エイドリアンが格納庫にやって来ると、フーリエが後ろを捉まえ、「お前、あんなヨットでプラットフォームに来るなよ」と苦言を呈した。

「すみません、足が無かったもので。二時間したら、すぐに発ちます」

「みんな、学生?」

「三人が学生で、あとの三人はトリヴィアから遊びに来た知人です」

「社会人?」

「さあ……家業は手伝ってるみたいですけど……」

フーリエが呆気にとられると、エイドリアンも多少決まりの悪い顔をし、

「みな、採鉱プラットフォームに興味津々なんですよ。潜水艇や重機も見たいと言ってたけど、それだけはちゃんと断りました」

「当たり前だ。テーマパークじゃあるまいし」

「それより、フォーゲルさん、居ます?」

「居るけど、ここじゃない。多分、タワーデリックの方だ」

「じゃあ、呼んでください」

「呼んでくださいって……お前、ずいぶん偉そうだな」

「僕は急いでるんですよ。二時間で引き上げないといけません」

「じゃあ、連絡しよう。だが、来るかどうか分からんよ」

フーリエは手持ちの携帯ですぐに電話をかけた。

「十分後に行くから、先にプロテウスに乗ってろって」

「それはどうも」

エイドリアンは勝手知ったる風にタイヤ付きの白い梯子を船体に付けると、すたすたと船体上部に上がった。

久しぶりに耐圧殻の中に入ると、機械臭とカーペットのすえた臭いが鼻をつく。何度乗ってもこの臭いには馴れないが、それもあと一回きり。接続ミッションが終われば、プロテウスを目にすることもない。

あの人はあんな風に言ってたけど、嘘丸出しなことぐらい、年下のエイドリアンにも分かる。この先も、二人がいちゃつく姿を見せつけられるぐらいなら、アステリアには帰らない。たとえ父母が恋しくとも、一番大事なものを掠め取られた悔しさの方が胸に堪える。それは今のエイドエリアンにとって、三十年にわたる悲願を達成することよりも、技術で世界の構図を変えることよりも、何よりも、切実で、重大で、忍耐を要することだ。

だからといって、拗ねた子供みたいに手抜きするのも恥ずかしい。操縦席に私情を持ちこめば、それこそミス・マクダエルの言う通り、ますます下に見られるどころか、信頼さえ失うだろう。

エイドリアンは身体を起こすと、控えめにメインの操縦席に座った。別にパイロットになりたいとは思わないが、これを自在に操縦できる人には素直に尊敬の念を抱く。皆がジム・レビンソンを嫌っても、エイドリアンは不思議とそこまで嫌わなかったのは、若い彼の目にも並外れた能力が感じられたからだろう。

ふと淋しさを覚え、(なんであんな海賊が突然紛れ込んできたのだろう)と憮然としながらも、ジム・レビンソンに教えられた通りに計器を確認し、コンソールをいじっていると、後ろでかたりと音がし、ヴァルターが顔を覗かせた。

ヴァルターの講義 ~潜水艇でトラブルが起きたら

エイドリアンは決まり悪そうに席を離れたが、

「お前がそこに座っていても、俺はちっとも構わないよ」

ヴァルターはやさしい口調で言った。

だが、エイドリアンは気兼ねするように操縦席を降ると、左側の床に腰を下ろした。

ヴァルターはそれ以上は言わず、メインの操縦席に腰を掛けると、

「接続ミッションの段取りについて、二、三、確認したいことがある。お前、船体保持はしたことがあるか?」

「ええ。レビンソンさんに教わりました。海上から座標を指示されたら、自動操縦システムにロードアップして、目的地に船体を導くことができます。位置確認の仕方も」

「そうじゃなくて、俺が無人機を操縦している間、深海流に影響されることなく、船体の向きや深度を一定に保てるか、と聞いているんだ。あの辺りは、突然、不規則に流れが変わることがある。俺は一度も潜ってないから体感的に分からないが、レビンソンが残したメモにはその時の状況が詳しく綴られていた。もしかしたら、今度のミッションでも、『右に、左に、流されるような』不規則な深海流に遭遇するかもしれない」

「船体保持なら、ある程度、自信があります。もっとも僕の操舵経験は海上の船舶が大半で、潜水艇とはかなり感覚が違いますが、潮流の激しい沖合や悪天候での操舵もそれなりに経験してますから、応用は利きますよ」

「じゃあ、緊急時の訓練は?」

「緊急時?」

「万一、潜水艇が浮上できなくて、水深三〇〇〇メートルの海底に沈没した場合の話だよ」

「……」

「お前、そんなことは絶対にあり得ない、なんて思ってるわけじゃないだろうね」

エイドリアンが答えられずにいると、彼は訳知り顔で答えた。

「まあ、プロテウスの事故で死ぬとしたら、火災で発生した有毒ガスか、自分たちの吐き出した二酸化炭素が耐圧殻に貯留して中毒死する可能性が一番高い。突然、耐圧殻が破裂してペシャンコになるとか、緊急浮上する際に急激な圧力変化によって身体が内側から爆発するとか、B級パニック映画のような事態には絶対にならないが、意識がある中での中毒死はものすごく辛いだろうよ」

「……変なことを言うのは止めてくださいよ」

「変なことじゃないさ。俺はあり得る話をしてるんだ。潜水艇に乗るからには、それぐらい覚悟してるだろ? 命が惜しいなら止めとけよ」

「あなた、惜しくないんですか?」

「惜しいとか、惜しくないとかの問題じゃない。自分のプロフェッションだ。いざとなれば火の中にも飛び込む消防士と同じだよ」

「……」

「お前を脅かすわけじゃないけれど、今回の潜航に関しては、何も無いよりは、何か有る確率の方が高い。理由は二つ。俺はこの海に潜るのは初めてで、しかも一年五ヶ月のブランクがある。おまけに海洋調査ではなく、海中での接続作業がメインだ。何事も百パーセントの保証は出来ない。今更、こんなことを言うのもなんだが、出来れば、俺一人で行きたいような気もする。そうすれば、少なくともお前を巻き添えにせずにすむ。なんと言っても学生だし、ミス・マクダエルとも幸せになりたいだろう? 両方の身に何か有ったら、それこそ彼女が立ち直れなくなるじゃないか」

「……それ、本心ですか?」

「俺が嘘を言うと思うか?」

エイドリアンは怪訝な顔をしていたが、

「僕、今度の日曜日にミス・マクダエルと海に行くんです。ミッションが終わったら、すぐにトリヴィアに戻らないといけないので、その前の思い出作りです」

「いいじゃないか。楽しんでこいよ」

「水上バイクに乗せてあげる約束をしてるんです。僕、けっこう上手いんですよ」

「そうだろうね」

「沖合から北西側の海岸を見ると、とても綺麗なんです。特に、日の暮れが……」

「それはいいけど、ちゃんとライフジャケットやウェットスーツを着けろよ」

「分かってますよ、それくらい。あなたはヨットや水上バイクはやらないんですか?」

「レジャーは興味ないんだ」

「へえ。意外ですね」

「年中海に出るのに、休みの日まで海で遊ぶ気にならないよ。それより、ミス・マクダエルに会うなら、トリヴィアに帰るよう説得しろよ」

「僕が説得するんですか? それは無理ですよ。あの人、海に夢中だし、ローレンシア島の自由で安全な暮らしを満喫してるから、当分、帰らないと思います」

「トリヴィアでの暮らしはそんなにハードなのか?」

「トリヴィアも場所によりけりですよ。デッドゾーンに面した辺鄙な所もあれば、朝から晩まで工場の機械音が鳴り響いているような所もある。ミス・マクダエルの邸宅は首都エルバラードの外れにあって、トリヴィアでも随一と言われる高級住宅街(ゲーテツド・コミユニティ)にありますが、車なしに外出もできないし、周りは広大な緑に囲まれて、若い人には退屈な場所ですよ。それに彼女にはいつもボディガードが付いて、アイスクリームショップですら一人で行かれないほどです。あれじゃあ、息抜きなんか出来ないし、何も楽しいことなど無いですよ。僕でも気を使うぐらいです」

「それは気の毒だな」

「犯罪が多いんですよ、金持ちや有名人の子女を狙った誘拐は特に深刻です。ましてマクダエル一家は主勢力にとって敵みたいな存在だし、受け継ぐ資産も莫大だ。ボディガードだけでは物足りないくらいです。いずれ彼女がここに居ることが知れたら、また警護の日々でしょうね。今は束の間の自由ですよ。本当に可哀相だけど」

「そう……」

「出来ることなら、僕もずっとアステリアに滞在して、彼女を守ってあげたいぐらいです。彼女にも叶えたい夢がたくさんあるんですよ。夜にオープンカフェでビールを飲んだり、海岸をサイクリングしたり。そんな事と思うかもしれませんが、彼女にはハードルの高い夢なんです。だから、アステリアで自由に暮らせる間だけでも、その夢を叶えてあげたくて。でも、接続ミッションが終わったら、僕も大学に戻らないといけません。いずれMIGの仕事を手伝う予定なので、最後の一年、みっちり勉強したいんです。まさか彼女がアステリアに居着くとは夢にも思わなかったので、すごく残念ですけど、これきり二度と会えないわけじゃないし、卒業すれば、また彼女の近くに居られる。一年の辛抱と割り切って、頑張るつもりです」

「なるほど」

「僕、あなたと話して、告白する勇気も湧いてきました。別に振られてもいいんです。今すぐ気持ちを返してもらおうなんて思ってませんから。近くにいる限りチャンスはありますし、どんなに時間がかかっても待つつもりです。僕、本当に、あの人の笑顔を見ているだけで幸せなんです」

「それはいい心がけだ。ミッションでは頼もしいところを見せないとな」

彼が励ますと、エイドリアンもにっと笑い、「どこから始めます?」と聞いた。

それから二時間、徹底的に確認と練習を行い、心理的にも納得できるレベルに落ち着いた。

「じゃあ、僕もう行きますね。仲間がヨットで待ってるんで。プラットフォームには来週月曜日に戻ってきます。ミス・マクダエルに伝言があれば承りますよ」

「伝言なんて、ないよ」

「そうですか」

エイドリアンは席を立つと、耐圧殻の梯子をのぼり始めた。

「一つ、言い忘れたけど」

「なんですか?」

「水上バイクもいいが、調子に乗って、あんまり沖合に出るなよ」

「分かってますよ」

エイドリアンがするりとハッチの外に出ると、ヴァルターは大きく息をつき、再び計器の点検に取りかかった。

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MOKO
この記事を書いた人
作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。モットーは『クソ映画にも五つ星の愛を』。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。東欧在住。小説は実名で書いてます。
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