つらい時も共に生きる覚悟を持とう ~結婚の目的は幸せではなく「学び」

つらいときも共に生きる覚悟を持って もうすぐ結婚する人へ
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もうすぐ結婚する人へ

このページを開いたあなたは、もうすぐ恋人と結ばれる運命にあります。

文字どおり、あなたは「結婚」するのです。それは少し先の話かもしれませんし、いますぐ実現するかもしれません。いずれにしろ、あなたは「結婚」するのです。結婚とは、二人で一単位として世間に認められることです。ですから、形式的には婚姻手続きをとっていなくても、気持ちのうえで互いに結婚していると考えているならば、あなた方にとっての結婚は成立しています。共同生活を送っているだけの二人でも、実際の結婚と同じくらい深い絆で結ばれているのなら、気持ちのうえで結婚は成立しているのです。

あなたは生涯を共にする相手と、いま出会ったばかりかもしれませんし、これから出会うのかもしれません。あるいは、もうすでに一緒に暮らしているのかもしれません。

いずれにしろ、その相手はあなたにとって完璧な男性です。永遠の愛を誓い、お互いをいつくしみ、深く愛し合うことができるでしょう。いまは、結婚のことだけをじっくりと考えてください。そうすれば永遠の絆が実現するはずです。

結婚とは、「喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しきときも、健やかなるときも、病めるときも」パートナーを愛し、敬い、助けることでもあります。ですから結婚を誓ったら、状況がどうであれ力を合わせ、支え合っていかなくてはなりません。相手が重い病に倒れようと、二人の生活が経済的に貧窮を極めようと、そこから逃げることなく、お互いを信じ、支え合って生きていかなければならないのです。

また、結婚するまでに、これまで別々のものとして分けてきた自分の内面を一つにまとめておきましょう。自分の本来の姿を、よく認識しておくのです。

これまであなたは、場合によって、あるいは相手によって、違う面を見せてきませんでしたか?

恋人の前ではかわいらしく振る舞い、いい顔ばかりしている。でも、友人と一緒のときには、言葉づかいが荒くなり、陰口を言うこともある。そして家に帰れば、家族に対してはとても無愛想で、ニコリともしない......。

これではいけません。

いま、あなたは自分の長所と短所とをよく自覚してください。そして、できるだけ裏表のない人間になってください。

結婚は、相手の人格を丸ごと受け入れることですが、同時に、自分の人格もすべてさらけ出すことでもあるのですから。

出典 : つらいときも共に生きる覚悟を持って ~もうすぐ結婚する人へ 『恋に揺れるあなたへ 56の処方箋』より

結婚の目的は幸せではなく「学び」

結婚に絶望するのは、「幸せ」を求めるからだと思います。

もちろん、誰もがそれを期待するわけですが、「求めて」はいけません。

期待は、期待通りにいかなくても、「まあ、これが現実よね」と割り切ることができますが、「求める」は、それを得ることが目的になっているので、手に入らなかった時の失望が半端ないからです。

では、結婚の目的とは何でしょう。

それは修業に他なりません。

料理を極めたい人がパリの一流店に弟子入りするように、結婚も、心を高め、人生処方を究めるための修業です。

料理人が一人で勉強して、一人で味見して、自分一人で満足しても、料理道を究めることはできないように、人間も一人で好き勝手に生きていたら、いつかは行き詰まります。

仕事で人と関わる機会があっても、「職場の建前の付き合い」は全然違いますし、相手が取引先ならペコペコ頭を下げてくれるのは当たり前。それを「人間同士の生の触れ合い」と勘違いし、「自分は人間力を究めた!」と自惚れても、傍から見れば、世間知らずのお坊ちゃん、人生の機微が分からぬ鈍感な人と処されるだけです。

その点、結婚は、趣味も、生き方も、バックボーンも違う他人との、ガチの全面対決です。

一緒にアクション映画を楽しめる仲でも、子供の教育、家のローン、老親の介護、親族の干渉など、レベルの違う問題が絡んでくれば、個々の利害や思い入れから修羅場にもなります。

「好き」という気持ちだけでは、どうにもならない、圧倒的な知恵と行動力が必要なわけです。

もちろん、最初から、そんな知恵や行動力を持ちあわせた人は皆無ですし、皆、躓き、落ち込み、泣き叫び、一つ乗り越えては、また次の壁にぶつかって、これでもか、これでもか、歯を食いしばりながら、忍耐力や機動力を身に付けていくものです。

野球少年が厳しいトレーニングを積んで、一流のスタープレイヤーになるように、人間も、強く、優しく、誰からも愛される人物になるには、人間関係のトレーニングが不可欠なんですね。

結婚はまさに人生の教習所、究極の人間トレーニングです。

簡単に降りることも、壊すこともできません。

時には心を病むほどの難局も訪れます。

それでも、一度でもがっつり取り組むのと、舐めてかかるのでは大きな違いがありますし、些細なことで投げ出すのと、人として能う限りの努力をして敗れ去るのも異なります。

見方を変えれば、これほどやり甲斐のある教習も二つとないですし、それまで他人の些細な言動に目くじらを立てていた人が、だんだん辛抱強くなり、「人間なんて、そんなものだから」と大らかに構えられるようになれば、それだけでも大変な進歩なんですね。

そして、これほどの心の変化は、会社の建前だけの付き合いでは得られません。

日々、いら立ち、許し、またムカついて、どうにか気を収める……というような、心の努力を繰り返して、初めて達成するものです。

それによって、巨額の富を得るとか、大会社の社長になるとか、目に見えるメリットはないかもしれませんが、人として生まれ、もがき苦しみながらも、最後まで戦い抜いた(たとえ失敗に終わっても)――という実感は、何にもまさるのではないでしょうか。

この世で家族関係ほど難しい仕事は無いですし、それが原因で不幸になっている人も多いことを思えば、結婚というものが、いかにやり甲斐のある一大事業か、お分かり頂けるのではないかと思います。

結婚は修業の場と割り切り、辛いことも、嫌なことも、人間としてもう一段、上に行くための試練と思えば、被害者意識に陥ることなく、頭を働かせることができると思います。

その結果、失敗に終っても、人間としての価値が下がるわけではありません。

なぜなら、生きている限り、人は何度でもやり直せるし、世の中には自分一人で努力しても、どうにもならない事も多々存在するからです。

それよりも、人生の大きな課題、もっとも難しい教習と受け止め、チャレンジしましょう。

その意義は、何年、何十年と経ってから、きっと実感できると思います。

Marriage 結婚とは、一つの経験

この章の原題は、Marriageです。

marriageには、「結婚」「婚礼」「(密接な)結合・融合」といった意味があります。 [ジーニアス英和辞典第5版]

「ビンテージワインと料理の見事なマリアージュ(融合)」「彼らの音楽はロックとオペラの融合だ」というような表現にも marriage は使われます。

用例を見る限り、「似たもの同士がくっつく」というよりは、「異質なものが結合して、一つになる」というニュアンスが強いですね。

何にせよ、結婚が人生の一大事であるのは、どこの世界も同じですし、それを最後まで真っ当するとなれば、芸術的に難しいです。

独身時代は、みな普通に結婚して、普通に添い遂げる……というイメージがありますが、実際に結婚してみると、想像以上の難しさで、結婚前の愛と尊敬を最後まで持ち続けるカップルの方が稀ではないでしょうか。

「だから、結婚なんか意味ない」という声も聞こえてきそうですが、上述のように、結婚とは一つの経験であり、人間的に成長する為の教習です。

たとえ離婚に終っても、人間的に成長すれば、それは十分に意味があったということですし、幸せになることが全てではないでしょう。

絵に描いたような幸福にこだわらなければ、結婚する意義は非常に大きいです。

結婚とは、生きること、そのものです。

誰かにこっそり教えたい 👂
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