真実も地獄も一杯あるさ ~穿った意見も基礎があってこそ

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真実は一つ 地獄は一つ

高校生の質問
ぼくは神がいると信じている。でも、ぼくの信ずる神は、普通の神と違うものだ。ぼくはもともとあらゆる宗教の根源に一個の神がいると思っている。キリスト教だって仏教だって、その神の一部分を伝えるものにすぎないと思うのだ。そして、その神はぼくらひとりひとりをちゃんと見守ってくださるに違いない。よく、「この宗教を信じなければあなたは不幸になる」などと、一種の脅迫をもって勧誘している宗教団体などがあるけれど、そんなのは下の下だな。

だから、正しく生きなきゃいけないんだけれど、じゃ、いったい何が「正しい」ことなのかというとはっきりわからない。今ぼくは、それを捜してるんだけれども、一つだけは、ぼくに結論が与えられた。それは、「真実は一つ」ということ。なぜなら地獄は永久不変のものだから。だから、人間がいかに法律をつくったとしても、本当の悪は一つしかないに違いない。ぼくの考えは少しおかしいのだろうか。
(東京・桜町高 清水●夫)

真実も地獄も一杯あるさ

神はぼくらの幻想が作りだす存在で、何体あってもいいのではないか、と思う。「正しい」なんてことは相対的で、毎日変わる。それをきめる尺度は道徳にも法律にもない。そんなものを捜すのも遊びの一つかもしれないけど、そんなに楽しくないのではなかろうか。

ぼくは、真実が一杯あって、地獄も限りなくあるところに現代人の苦悩があるのだと思う。何が正義で何が悪かがはっきりわかっていればカンタンだが、悪の中にも正の中にも真実は限りなくあり、その概念は入り乱れて、ぼくの正がきみの悪だったりするところがおもしろいのではないだろうか? (寺山)

【コラム】 正しさも、悪も、相対的なもの

高校生の言いたい事も分かります。

「真実は一つ」「本当の悪は一つしかない」というのも、若い感性が見れば、その通りでしょう。

ところが、世の中には、侵攻や略奪を良しとする人もあれば、「男はいいけど、女はダメだ」と国ぐるみで押しつける集団もあり、何事もそうカンタンにはいかないのが現実です。

「戦争はいけません」と訴えて、敵の攻撃が止むなら、これほど楽なことはないですから。

それでも、若い時は、カンタンな真理から学ぶべきと思います。

カンタンな真理とは、「盗むなかれ」「殺すなかれ」「欺すなかれ」という、小学生でも知っている道徳の話です。

そうした基礎が分かった上で、「いや、それだけでは通用しないことがある。その不条理を、どう解決すればいいのか」と考えるのが、研究(スタディ)であり、哲学です。

若い時分から、わざと捻くれた物の考え方をして、恰好つける必要もないと思うんですね。

現代生け花も、古典的な生け花の基礎を知っていればこそ、斬新かつ独創的な型を作り出すことができます。

基礎を知らずして、ぶっ飛んだ考えをするのは、ただ単に捻くれているに過ぎません。

単に捻くれたことを口にしても、人は驚くどころか、馬鹿にされるのがオチでしょう。

そんなわけで、上記の質問は、非常に高校生らしいと思うし、寺山修司の回答も、やんわりと現実社会を示唆して、興味深い。

「ぼくの正がきみの悪だったりする」って、どういう意味? ……と考えるところから、人生も始まるのですから。

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