まずは「幸せになる」と自分に誓いを立てる ~自立とは責任を果たす側に進むこと

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ここでは自立を決意した時、具体的にどのように行動すべきか、考え方のコツや注意点についてピックアップしています。
自立は必ずしも「一人暮らし」を意味しません。親と同居でも自立は可能です。
自立とは養われる側から責任を果たす側に歩みを進めることを意味します。

「幸せになる」と自分に誓いを立てる

どんな形にせよ、自分の足で立つと決めたからには、「必ず幸せになる」と自分自身に誓いを立てましょう。「これだけは絶対に成し遂げる」「三十歳までに実績を作る」等々、どんな誓いでも構いません。人は「やろう」と決めたことだけを、確実に叶えるものです。中には棚ぼた式に幸運を手にする人もありますが、世の多くの人は、大なり小なり決意を胸に秘めて、最初の一歩を踏み出すのではないでしょうか。

私も一応大学の願書を持って郵便局の前まで行ったのですが、結局、願書は出さずに、「家を出て、自活しよう」と決めて引き返しました。右手に大学、左手に未知の可能性。世間の声を意識すれば、当然、大学に行く方が手堅く感じましたが、心の現状とそろばん勘定、その他もろもろを計算すれば、必ずしもそれが最善の結果をもたらすとは思えなかったのです。その代わり、郵便局の看板を見ながら、「私は今日の判断を決して無駄にはしない」という誓いを立てて、その通りにしてきました。それで願いが叶ったか……といえば、八〇パーセントがイエスです。高卒+六畳一間コースにしては、上出来ではないかと思っています。それもこれも「決して無駄にしない」という執念があったからで、ヤケクソで家を飛び出して、ブラブラさ迷っていたら、決してこうはならなかったと思います。

億万長者になるとか、国民的アイドルを目指すとか、そんな大層な誓いを立てる必要はありません。ただ「自分を粗末にしない」ということを心に誓えばいいのです。自分を粗末にする中には、怠惰、浪費、暴飲暴食、非礼、暴力、すべて含まれます。いわば自分で自分を貶めるようなことはしない、それだけのことです。もし悪い習慣に染まって、自分を粗末にするようになれば、過去の一生懸命な自分を裏切ることになるからです。プロの野球選手になれなかったからといって、バットを折るような事をすれば、一番悲しむのは、子供の頃、頑張っていた自分自身ではないですか?

若いうちは、どうしても学歴とか美貌とか目に見える利点に拘りがちですが、意志の強さはあらゆる不利を克服するものです。エジプトのピラミッドだって、「こんなのができたらいいなあ」なんて憧れだけでは形にならないでしょう。重機もITもない時代、「知恵と力を尽くして築き上げてみせる」と決意した人たちがいたから、あんな巨大建設が実現したわけで、意志の無いところに結果は生まれないのです。

「楽に稼げる」に惑わされない

しかしながら、十代の子供が親元を離れて、自分で生活を立てるのは大変な困難を伴います。住環境、収入、就職できる職種など、選択の幅も限られており、必ずしも前途洋々とはいきません。女工哀史みたいな暮らしをするくらいなら、短時間でぱぱっと稼げる方がいい、と考える人も少なくないと思います。実際、そうした仕事や需要はありますし、先に明確な目標があるなら、期間限定で従事するのも一つの手立てではあるでしょう。現に、そうした道から入って、事業家になった人、功名の機会を掴んだ人、ユニークな人生を楽しんでいる人はありますから、グレーな世界が必ずしも悪いわけではありません。

問題は、通常の金銭感覚が狂って、そこから抜け出せなくなることです。事業家として成功するような器であればいいですが、そうなるには、一流商社で出世するぐらいの運や才覚が必要ですし、そうでない人は、加齢と共にどんどん相場が下がって、日々の生活も立ち行かなくなるほど追い詰められるものです。一般の勤め人のように、社会保障も無ければ、福利厚生もない、価値が下がれば即切られるような世界で、ウハウハの状態が六十代や七十代になっても続くと思いますか。

ところが、一度、楽に稼げる感覚を知ってしまうと、周りにどれほど諭されても、時給千円みたいな地味な仕事はやれなくなるんですよ。抜け出す機会があっても、そっちに舞い戻って、どんどん歯止めが利かなくなっていく。そしてまた、そういう弱みを利用する悪者が手ぐすね引いて待っていますから、よほど利口で、強い意志がない限り、とことん堕ちていくのが「楽に稼げる」世界の正体だと思います。

すぐに実らないことは誰の目にも退屈だし、焦りや不安もひとしおです。だけども、この社会で普通に暮らそうと思ったら、社会的信用が何よりも大事で、どれだけお金があっても、社会的信用がなければクレジットカードも作れないし、住まいも借りられません。公共サービスの申し込みや書類申請など、身分証明を求められる場面はたくさんあります。その重みが分からないうちは、「別に無くても構わないし」と思うかもしれませんが、いつか事情が変わって、契約や申し込みが必要になった時、定職も無ければ、保証人もない、納税した記録もなければ、年金手帳もない……というような状態だと、皆が当たり前に受けられる支援サービスが受けられなかったり、手続きがストップしたり、社会的にも金銭的にも損失しやすくなります。世間の大半が、低収入でも、とにかく定職を……と考えるのは、単に手堅いだけでなく、社会的信用もセットで付いてくるからです。いくら年収一千万でも、違法すれすれの手法で稼いだり、表向きにできないような事をやっている人に、好条件のオファーを提示したり、ローンを組んだり、有力な人脈を紹介するほど、世間は甘くないんですね。

目先の収入に目がくらんで、何の戦略もなしに、きわどい世界に足を突っ込むと、一時的に大金は得られても、社会的信用という第二の財産は確実に失われます。若さや可能性も同様です。

親と同居でも自立は可能

親と物理的・精神的に距離を置くのが困難でも、家庭内の状況を変えることはできます。

まずは、経済的にも生活の上でも、親に全面的に依存することを止めましょう。

学費や生活費の全ては無理でも、小遣いぐらいは自分で稼いで、数千円でも光熱費として親に渡せば、気持ちもずいぶん変わります(親が子供にお金をせびる場合は絶対厳禁ですが)。なぜなら、養う側と養われる側の間には、どうしても精神的なマウンティングが生じやすいからです。住まいも食べる物も親に依存している限り、子供は言いなりにならざるを得ません。この社会において、金銭はただ単に欲しい物を買う為の手段ではなく、人間の尊厳と深く結びついています。あなたが一人の人間として親と対峙したいなら、少しずつでも、養われる立場から脱却することをお勧めします。

その上で、掃除、洗濯、食事、買い物など、自分で出来ることは自分でしましょう。これらは誰にとっても生活の基本です。くだらないと思うかもしれないけど、そんなくだらないことさえできなくて、どうして大きな事ができるでしょう。面倒な単純作業の繰り返しに見えますが、限られた時間内に複数の作業を同時にこなす能力や、食品や化学薬品、物価や巷間に関する知識は仕事や勉強にも役立ちます。日々の暮らしを大事にすることは、自分を大切にすることでもあります。

若者のフラストレーションの大元は、「立場は子供、要求は大人」というギャップにあると思います。学費も生活費も全部出してもらって、ご飯も、洗濯も親任せ、暮らしぶりは小学生の延長なのに、要求は大人と同じだから、親子ともにイライラするのです。経済的にも、暮らしの上でも、養ってもらってる限り、本物の自由はありません。

話は少しずれますが、大正時代、あるいはそれ以前から、女性が自立を目指して闘ってきたのは、結婚するにせよ、親元に居るにせよ、誰かに養われる限り、精神的にも社会的にも相手に隷属し、洋服一枚買うにも相手に頭を下げなければならない立場に置かれるからです。そうした弱い立場にいると、相手に暴力をふるわれたり、人として蔑まれても、黙って従うほかありません。なぜって、相手を怒らせて、家から追い出されたら、自分一人では到底生きていかれないからです。そうした隷属から女性を解放し、何かあっても一人で生きていける知恵とスキルを身に付けよう……というのが、津田梅子の女子教育向上運動や、平塚らいてうの婦人運動であり、男性みたいにマッチョ化して、打倒するのが目的ではないんですね。

子供も家庭内の女性の立場によく似ています。男性配偶者の収入に全て依存すれば、殴られても、罵られても、黙って耐えるしかありません。「出て行け」と言われたら、生活が立たなくなるからです。だから、世の多くの女性は、そういう現実を肌で感じ取っているから、結婚後も仕事を続けて、自活力を維持する方法はないかと模索しています。見栄や野心が全てではなく、この社会において自己の尊厳を勝ち取る為なんですね。

子供の自立も、女性の自立と似ています。経済的にも社会的にも自分の足で立つことは、子供の誇りに

たとえ実家暮らしでも、自室をオフィス代わりにして仕事を始める人もあれば、社会活動に参加したり、親族の仕事を手伝ったりして、大人と同等の責任を果たしている人もあります。学費の足しにアルバイトするのもいいし、寝たきりの祖父母の世話を手伝ったり、休日に家業を学んだり、親と対等にできることはたくさんあります。実家住まいで、生活費の大半を親に頼っているから子供、という訳ではなく、十七、八を境に、おんぶに抱っこの養われる側から、責任を果たす養う側に歩みを進めることが大きな自信に繋がっていくのです。

魅力的に煽り文句に目がくらんだら、本当にそれは長続きして、社会的信用やキャリアに繋がるのか、じっくり考えましょう。 

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十七歳のオイディプス 「親 死ね」「親 殺す」の正体 十七歳は、世の中のこともよく知らず、心を処す術も知らない、オイディプスと同じです。若いエネルギーを持て余し、自分らしく生きる道を渇望しています。では、彼らがこの葛藤を克服し、成熟した大人になるには、どうすればいいのでしょうか。子供たちの「親志ね」「親殺す」という感情には理由があります。
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親殺しは心の中で成し遂げる オイディプスの幸せ道 親に逆らうことに罪悪感を持ち続ける限り、あなたは生涯、呪いの囚われ人であり、「親 死んでほしい」「親 殺したい」という憎悪から解放されることもありません。あなたの心の中で、親は一生許しがたい悪魔として存在し、その毒は、あなたの人生も、あなたの周りの人も、めちゃくちゃにしてしまうでしょう。